夕方、いつものようにキルシュトルテの部屋でだらだらしていたら、弐十が「今日は泊まってくから」と当然のように言い出した。
「冷蔵庫相変わらず何もねー」と文句を言われながらも、腹が減ったふたりは近所の定食屋へ。
カツ丼と唐揚げ定食を平らげたあと、「腹ごなしに」と向かったのはお馴染みの近所のカラオケだった。
流行りのアニソンから始まって、途中ちょっと語って、弐十が入れたバラードのイントロが流れ出すころには、ふたりともだいぶ黙りこくっていた。
キルが「しんみりさすなや」とぼやきながら煙草に火を点ける。
換気扇のまわる低い音と、画面の中の歌詞だけが淡々と進んでいく。
ふと視線が合って、何も言わずにふたりで笑い合った。
そんな夜の名残を連れて、今―。
深夜3時すぎ、カラオケが終わってふたり並んで歩く帰り道。
手にはコンビニ袋。
中身は、ミネラルウォーター2本と、アイス、それと……。
「ゴム、なくなりそうだったから買っといたよ」
「あーもう、言うな。声に出すな。アホ」
部屋に戻って、玄関先で脱いだサンダルが並ぶ。
キルがつっかけたスウェットの裾を引きずりながら、カーテンをしゃっと開けて窓を開ける。
ゆるい夜風が入り込んできて、ふわりとカーテンを揺らした。
昼間の熱がまだ残る部屋の空気が、少しだけやわらいでいく。
「……なぁ」
買ってきたコンビニ袋をごそごそと漁りながら、弐十がぼそっと言う。
その声には、特に意味のない夜の静けさが混じっていた。
「なんか、おれら……エモいね」
「……はぁ?」
「いやさ、アイスとタバコとゴムと水。なんかその、バランスやばない?」
「うざ。キモ。きしょ。黙れ」
キルが吐き捨てるように言いながらも、袋からタバコを取り出して、カチッとライターを鳴らす。
細く煙を吐きながら、ソファに座る弐十の隣に腰を下ろして、その肩にぽすっと軽くもたれかかった。
距離を測るように、でも、甘えを隠すように。
ふと窓の外に視線をやると、ビルの隙間に、小さく星が瞬いていた。
都会の空にも、まだ少しだけ、ちゃんと星はある。
「なぁ……今度、花火しよ」
「ん?」
「線香花火とか。ベランダで」
「……うん、いいよ」
弐十は応えるように、キルの耳元にそっとキスを落とした。
ちゅ、と小さな音がして、キルが顔を赤くして眉をひそめる。
「そういうの、いいって……!」
「おまえが可愛いこと言うからだろ」
「……きしょいねん」
そう言いながらも、キルの右手がふわりと動いて、隣にある弐十の左手にそっと触れる。
まるでためらうように、でも迷いはなく、薬指を探すようにして――指先を絡めた。
触れた肌から、言葉にならない安心が伝わってくる。
弐十も、握り返す力をほんの少しだけ強めた。
不器用でも、ちゃんと繋がっている。
指先のぬくもりを確かめながら小さく笑い合うふたりを、夏の夜風がそっと包んでいった。
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