冷たい雨が、鉄と油に染まったアスファルトを叩いていた。
そこは東ゴルドー共和国・第七区、廃工場地帯。
戦争終結から数年経っても、この区域に人の気配はなかった。
レイ=アスガードは、薄汚れたコートのポケットに両手を突っ込んだまま、
煙草に火をつけようとしてやめた。
火は点いた。だが、吸う気になれなかった。
「……やっぱ、まだ俺には向いてねえか」
手元の封筒には、血痕がこびりついていた。
差出人は書かれていない。だが、その封筒が
「ハンター協会の裏部門」
からのものだということは、差出人の念を見ただけでわかった。
中には、短くこう書かれていた。
《貴殿の適性を確認した。正式に”ブラックハンターズ”への推薦を行う。詳細は以下の任務にて証明せよ。》
そして、1枚の写真。
白目をむいて死んだ若者の顔。
脳から出血した痕があり、体のあちこちが焼け焦げていた。
「念による自殺――だと?」
死体の周囲に“念の残滓”が微かに残っていた。
念を見られる者には分かる。「何者かに意図的に与えられた念」の痕跡。
それは、何かの“実験”だった。
廃ビルの一室。
中で彼を待っていたのは、女性だった。
「ようこそ。レイ=アスガード。聞いていたより若いわね」
彼女は長い黒髪に赤いスーツ。鋭い目つきが、軍人のように場を制していた。
「ミラ=サーヴェリス。私はブラックハンターズの現場指揮官。今日から、あなたの上司になる」
「初対面にして、やけに馴れ馴れしいな」
「逆よ。あなたが“どんな奴か”は、前から調査済み」
ミラは言った。
「あなたは民間人の家に念能力者が放火したとき、犯人を射殺した。まだ、念能力も知らなかった頃に、ね」
レイは黙った。
「あなたの“怒り”は、あの時から変わってない。だからこそ、私たちに必要なの」
ミラが机に置いた端末には、既に次の事件のデータが表示されていた。
地域:第十三区・旧大学病院跡地
被害者:3名(いずれも一般人)
死因:念の暴走による「自殺」
状況:現場には念の波動が残存。犯人は不明。
「念を与えられた素人が暴走して死ぬ。そんなことが、3件。……偶然じゃ済まないわ」
レイは小さく息をついた。
「つまり、“念能力をばらまいてる奴”がいるってことか」
「ええ。そして、その行為は協会にとっても危険。だから表に出せない」
ミラは立ち上がり、レイに小さなバッジを渡す。
黒いHマーク――それが“ブラックハンターズ”の証だった。
「これは身分証ではない。“正義を捨てた者”の証よ」
レイはそのバッジを見つめ、問い返した。
「正義を捨てたら、何が残る?」
ミラは微笑んだ。
「“狩人(ハンター)”だけよ」
レイは、その夜、雨の中に歩き出した。
足元には、かつて焼け落ちた家。
そして、立ち上る念の痕――不快な気配。
「誰が何のために……。もし“試してる”なら、その代償は高くつく」
かつて自分が味わった喪失。
今、別の誰かが同じ目に遭っている。
そのことだけは、許せなかった。
レイの念が、静かに立ち上る。
手の中に“幻想のナイフ”が現れた。
戦いの始まりだった。
▼次回予告
「念を与える者」
レイは現場の念痕を追い、違法な「念能力伝授屋」と接触する。
その裏には、“念を売る”新たな黒幕の姿が…。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!