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喜八郎は懐かしい道を歩んでいた。前にこの道を通ったのは何時だったか。恐らく、卒業の時以来であろう。その時と同じ、麗らかな春の日に彼は重い任務を背負ってこの道へと踏み入れたのだった。
「滝夜叉丸、」
喜八郎が彼を見つけた時にはもう既に手遅れだった。彼の御自慢の武器、輪子は誰のものかもわからない血に濡れて地面に落ちていた。
「滝夜叉丸……、」
喜八郎は自分の呼びかけに反応しないかつての同室の姿を見た。そして、うつ伏せになっていた彼の身体を抱き抱えた。
彼の身体は傷だらけだった。
彼の芝居であって欲しいと何処かで思っていたけれど、その身体は重くて芝居などでは無いのだと分かった。
彼の身体も、瞳も。最後に会ったときとはその何もかもが異なっていた。ただ一つ、鳶色の髪だけが、生きていた頃のように艶やかだった。
喜八郎は忍び装束から短刀を取りだして、それを一房切りとり、麻の小袋に入れた。
最後に、彼の瞼をそっと閉じて、喜八郎は六年間同室として過ごした男に背を向けた。
喜八郎の目的は、彼の遺髪を忍術学園に埋めることだった。六年間もの時間を過ごした、彼にとって家と言えるであろうその場所に。
「誰かと思ったら、五年前に忍術学園を卒業した綾部喜八郎くん!」
あの頃のように、事務員の小松田の説明的セリフを聞き、入門表にサインをした。
「今日はどんな御用で?」
そう聞いてきた彼に、喜八郎は「久しぶりに、穴を掘りたくなって。」と返した。
ざっく、ざっく。
懐かしい土の匂い。あれから幾度となく落とし穴を作ってきたが、やはり忍術学園の土が一番掘りやすい。我が家とでも言おうか、そんな安心感がここにはあった。
半刻ほどで、喜八郎はあの男の身体が入りそうなほど大きい穴を掘った。そして、その中に例の麻袋をいれて、また踏鋤を手に取った。
半刻たち、穴が半分ほど埋まった。喜八郎の集中力など、とうに切れていた。しかし、同室の最期の姿を思い、何とか踏鋤をふるっていた。穴を埋めるのをここまで苦痛に思ったのは初めてだ。
さらに一刻たち、喜八郎はやっとその穴を埋めることが出来た。ぽたぽたと汗が土を濡らした。
汗が引くまで、穴があった場所の上に座り込むことにした喜八郎の耳に、とある忍たまたちの話が聞こえてきた。
「なぁなぁ、五年前に卒業した先輩のこと、知ってる?」
「知ってる知ってる!!猪名寺先輩たちがお話なさっているのを聞いたことがある!」
「僕も知ってるー!!あの人でしょ!」
「「「忍術学園の中で、教科の成績も1番なら、実技の成績も1番!忍たま期待の星!学園のスーパースター、平滝夜叉丸!」」」
「ふっ、」
思わず笑ってしまった喜八郎に、忍たまたちが気づき、こちらを向いた。彼らは、七年前に喜八郎たちが着ていた忍び装束と同じ色のものを着ていた。
「どなただろう?」
「もしかして……、侵入者?!」
「でも侵入者だったら、入ってくる前に小松田さんが捕まえてるんじゃないかなー、?」
「「確かにー!」」
「じゃあ、一体どなたなんだろう??」
「先生ではないしねぇ……」
「卒業された先輩方とかかな、?」
隠しきれていない好奇心と、丸聞こえの会話に、また笑いが込み上げてくる。
「ふふふっ、あはははっ!」
ぎょっとした三人組を横目に見ながら、喜八郎は下を向いた。
「滝夜叉丸。お前はスーパースターになれてたみたいだよ」
地面の下のあの男は笑っているだろうか。あの頃のように、輪子を回しながら。
黒く土を濡らしたそれは、今度は汗などではなかった。
了