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ある日、事務所で呼び出された入野自由は、台本を手に、困惑していた。
「……これって……“BLCD”……ですよね?」
「うん。自由にぴったりだって、スタッフさんが推薦しててさ~」
後ろから現れたのは、もちろん宮野真守。にっこにこの笑顔で肩をぽんと叩く。
「ま、なんていうか……“その声”、業界が放っておくわけないよねぇ〜?」
「な、なんでマモが知ってるんですか!?」
「推薦したの、俺だから!」
「やめてぇぇぇぇぇ!!」
しかも、収録相手のキャスト一覧には、しっかりとこう書かれていた。
攻め役:神谷浩史/受け役:入野自由
「っ……そ、そっち!? 僕が受け……!? っ、まさか……!!」
「うん、“自然体が一番”って言われたから、台詞も地声ベースでOKらしいよ」
宮野は最高の悪戯顔でウィンクをしてきた。
「自 然 体……」
絶望の中、台本のセリフをちらりと読み上げてみる。
「や、っ……そんなトコ……っ、触らないで……っ、ん……!」
「声……出ちゃう……っ……」
「……これ……やばい……絶対、収録中に“地で”出る……っ」
自由の頭を抱える手が震えていた。
「安心しなよ~、神谷さん、自由の反応見るの好きだから」
「むしろ台本なくてもいけるんじゃない?」
「むしろやめてぇぇぇぇぇ!!」
そして迎えたBLCD収録当日。
マイクの前、すぐ隣に立つ神谷浩史が、少し意地悪く囁く。
「台詞じゃない声も、……全部、録ってやるよ」
「っ……か、神谷さん……!!」
そして静かに始まった録音——
けれど、数分後にはスタジオ中に響いていた。
「んっ……ぁ……や、だ……そこっ……っ、ふ……んぅっ……」
音響スタッフが思わずマイクのフェーダーを上げすぎてしまうほどの甘い声が、空間を震わせる。
宮野真守、江口拓也、木村良平、浪川大輔……収録を見に来ていた全員が、その瞬間を無言で聴き入っていた。
そして、収録後。
「やばかった……俺の中で、自由の価値が10倍になった……」
「音響監督が“自然界にこんな声があるなんて……”って言ってたよ……」
「俺、このCD買うわ……10枚」
「やめてっ!!ほんとにやめてぇぇぇぇ!!」
顔を真っ赤にしてスタジオから飛び出す自由の背中を、ひときわ熱い視線で見つめる神谷。
「……あの声……俺だけのもんにしたいな」
その呟きが届くことはなかったが、確かにその瞬間——
新たな“伝説の1枚”が、誕生してしまったのだった。