「バカ。……俺はどこにも行かねぇよ。」
李斗のその言葉が、胸の奥にじんわりと響いた。
優しい手が私の頭をポンと叩く。その温もりに、私は思わずぎゅっと目を閉じる。
──よかった。
さっきまでの不安が、ふっと消えていく。
私、こんなにも李斗のことを気にしてたんだ。
誰と話してるかとか、どこにいるかとか、そんなの今まで気にしたことなかったのに。
でも、李斗がふいに遠くへ行ってしまう気がして、怖かった。
「……ありがと、李斗。」
私がそう呟くと、李斗は照れくさそうに「チッ」と舌打ちした。
「礼とかいらねぇし。」
「でも……嬉しかったから。」
「……っ!」
李斗が一瞬、顔をそらしたのを見逃さなかった。
***
その日の放課後、私たちはいつものように一緒に帰ることになった。
でも、いつもと違うのは──
私が李斗の袖を、そっと掴んでいたこと。
「……なぁ、まりあ。」
「うん?」
「今日、なんか変じゃねぇ?」
「変?」
「袖、掴んでんの。」
「あっ……!」
言われて初めて、自分がずっと李斗の制服の袖を握っていたことに気づく。
急いで手を離そうとしたけれど──
「別に、嫌じゃねぇけど。」
小さく呟かれたその言葉に、私の手がピタッと止まった。
「……ほんと?」
「……あぁ。」
「じゃあ……もう少しだけ、こうしててもいい?」
「……勝手にしろ。」
李斗は照れくさそうにそっぽを向いたけれど、私は彼の袖を離さずに、もう少しだけそばにいることを選んだ。
──お試し恋愛なんて、もうどうでもいい。
私はきっと、本当に李斗のことを……。