[一話のみ公開]
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11月目前の夕方。地球温暖化の影響もあり残暑が長く続きギリ上着の出番は来ない昼から一変、太陽は顔を隠し日の暖かみがなくなったからか、冷たい風が吹き、街行く人の体温を徐々に奪っていく。もちろんそれは俺も例外ではなく、澄んだ秋空が広がる上空を見上げて、薄着で来てしまったことを悔やみながら冷たくなった両手を擦り合わせた。
ギターケースを背負い直しスタジオに入ると、1人の同い年くらいの青年がカウンターで支払いをしていた。背中には俺と同じくギターケースが背負われていて、おそらく個人練習をしていたのだろうと推測する。
横顔しか見えないけど、小さな顔にすらりとしたスタイルの良い長身から うわ、モデルさんみたい なんて小並感溢れる感想を抱いた。でも、耳には銀色のピアスが付いていて、軽くパーマが当てられている金髪のおかげもあってどこかチャラそうなイメージも同時に抱く。
少し離れたところで支払いが終わるのを待っていようと思い、壁に寄りかかってスマホをいじっていると、なにやらその男の子が慌てたような声で財布の中を漁っていた。それだけでなく、受付さんに何度もぺこぺこと頭を下げている。
「…あのっ、どうかされました?」
しばらく見守っていたけど、そんな様子を見ているとさすがに放っておくなんてできなくて、つい声をかけた。
近くで見るとぱっちり二重の目は顔の半分くらいあるんじゃないかってくらい大きくて睫毛が頬に影を作るくらい長い。それに、肌は白くて綺麗で彼の容姿が人一倍整ってるのがより一層分かり、ちょっとだけドキドキする。
「あっ、すみません!えと…お金、足りなくて」
薄い桃色の唇が紡ぐ声色は甘いキャラメルのようで、同性ながらイケメンは声もいいのか、ともはや感心した。
「何円ですか?少しなら出せますよ」
「えっ、……いいんですか?」
「はい、また会った時に返してもらえれば」
そんな目の前の彼は今ほんとに焦っているのか、俺より背が高いのにちんまり縮こまっている気がしてつい助けてあげたくなる雰囲気を醸し出していた。にっこりと笑いかけながらそう言うと、彼は安心したように眉を下げた。
「本当にありがとうございます、200円足りなくて…」
「いえいえ、全然気にしないでください」
財布をバッグから取り出して、無事支払いを終える。思っていたより大した金額じゃなくてよかった、と安心していると、がしっと腕を掴まれた。意外と強い力にびっくりしていると、今度はぱしっと離される。
「へ、ど、どうしました…?」
「…あ、ごめんなさい、……っその!連絡先交換しませんか!」
顔、赤っ。イケメンがこんなに焦ってるのがなんか可愛くて笑ってしまう。
「ふふ、はい、いいですよ」
「……なん、うぅ、にやにやしないでください…」
スマホを取りだしてLINEのQRコードを映そうとぽちぽちしていると、自分より少し高いところから弱々しい声が聞こえてきた。なんとなくだけど、年下感漂うなぁ。
「ごめんなさい…笑 あの、年いくつなんですか?」
液晶画面を向けながら聞いてみる。年下だろうなと思いながら。
「ありがとございます…、19です!」
返ってきた言葉にあぁ、やっぱりと納得する。まあ俺より背も高いし全然大人っぽいけど…。
「じゃあ俺20だから一個違いだ」
「え、成人してるんですか!」
「最近ね、ハタチなったばかり」
「へー、すごい、大人だ」
「そんな大して変わんないでしょ」
そうぽつぽつと言葉を交わしていると、友だち登録し終わったのか見知らぬアカウントが追加された。
「若井…ひろとくん?」
「うん、好きに呼んで」
彼に自分の名前を呼ばれるのがなんか擽ったい。
「じゃあ滉斗くんで!って、ごめんなさい…!またっ、あの!LINEします!」
「うん」
スマホのロック画面に映った時刻を見て、時間が思ったより過ぎてたのか、ペコペコと頭を下げながら慌てた様子でスタジオから彼は出ていった。ダッシュで遠ざかっていく彼からは見られはしないだろうけど一応手を振る。
かっこよかったな。
今まであまり見たことの無いタイプの美形だった。 それに年下。…おかしい。なんかドキドキしてる。
最近失恋したばかりだから判断力が低下してんのかもな。
あぁ、また思い出してきた。しばらくの間ぼーっとスマホを眺めていると、ぽん、と肩を叩かれる。
「わぁっ!」
「何してんの?まだ若井しか来てない感じ?」
慌てて振り返ると、なんともまぁ見覚えのありすぎる人が立っていた。
「びっくりした、元貴か…。うん、まだ誰も来てないよ」
ふーん、そう。まぁ先に入っとくか、という元貴の言葉に頷いてスマホをバッグにしまう。眼鏡をかけた元貴の姿は最近じゃほぼ毎日見ているので、さっきまでもわもわと曇っていた頭はクリアになり、一気に日常に戻った気がした。
「さっきなにスマホガン見してたの?」
「えぇ、そんなにガン見してた…?さっきまでここ使ってた男の子と話してて」
「え?なんで?」
「なんかお金足りなかったらしくて、貸してあげたの」
「ふーん…」
「聞いたくせに興味無いんかい!」
「いや、そんなんじゃ…」
元貴が聞いてきたのに興味無さそうに返されるのは割と日常茶飯事で、いつもはそれに一言つっこんで終わるのだけど、今日は話したいことが多い日なので構わず話し続けさせてもらう。
「めーっちゃイケメンだったんだよ。すっごいかっこよかった。連絡先まで交換しちゃったし!♡」
「は?……なにそれ、ダメ」
「ダメとかないですー」
廊下を喋りながら歩いていると、かすかにドラムの音で床が揺れているのが分かる。はやくギターに触れたくなって、なにやら複雑そうな表情の元貴との話を切り上げて、予約しといた部屋のドアを開けた。
それが、約半年ほど前のこと。
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