ハリーが闇祓いになってから、ドラコは大きな壁を乗り越えて同じ職に就いた。世間が求めたハードルは高く、それをクリアするまでに時間を要していたものの、真摯に努力を重ねる彼にみんな絆されてしまったのだ。
ハリーもドラコに絆された人間の1人であった。
が、絆された角度は少し違っている。
何を血迷ったかハリーはドラコを恋愛対象として好きになってしまったのだ。
ふいに見せる笑顔や、優しさは勿論、皮肉のきいた冗談でさえも、好きだと思う。
ドラコは最初、
“英雄が僕を好きなんて許されるわけがないだろう!”
とか言ってたけど、1年足らずで折れてくれた。
ハリーはいつまでもドラコを追いかけるつもりでいたから、白旗を挙げる決断をしたのは賢明な判断だと思う。
学生時代のように喧嘩もするが、ドラコが随分丸くなったので、ハリーの癇癪も受け流されるようになった。
今ではドラコから謝ってくることも少なくない。
たまに子供扱いされていると癪に触ることはあれど、惚れた弱みからか最後はそんな事どうでも良くなっちゃうんだ。
学生時代からは考えられないほど穏やかで、良い関係を築けていると思う。
(一応?)優等生であったドラコは闇祓いになってからも努力を欠かさず、日々作戦の立案から戦闘まで様々な面で活躍している。
ハリーは、ドラコの有志に燃える瞳が好きだ。
闇を憎み、過去の苦しさを燃やして煌めくアイスグレーは今もハリーを虜にしてやまない。
世間はドラコの事を”ハリーの右腕”と言うが、彼の闇祓いとしての腕を知っている者は首を傾げる。
右腕というより、彼はもう────
そう、ドラコはハリーと、闇祓い最強のバディとして認められ始めていた。
閑話休題。
ドラコと歳を重ねて早数年になるが、仕事も安定してきたし、そろそろ良いと思うんだ。
そう───プロポーズ。
ドラコに対する感情はいつも鮮烈で、後にも先にも彼しかいないと思うには十分だった。
ドラコの闇祓いとしての地位も確立されてきた今が絶好のチャンスなんだ。
サプライズにしようと思い立ってから、ゆっくりと準備を重ねてきた。
ハリーに何かあると直ぐに気付くドラコに隠し事をするのはとても骨が折れた。
でも、絶対に成功させたくて、長い時間を掛けて計画を立てた。
マグルに居た頃に身についた手料理のなかでもドラコの好きな物を厳選して決めたり、親友達に渋い顔をされながらも指輪のアドバイスを貰ったり。
結局は親友2人とも応援してくれてるんだから、持つべきものは友だと思うんだけど。
僕はドラコに嘘なんて付けないんだ。
でも、それが裏目に出るなんて思いもしなかった。
────────
「魔法界の英雄!ジュエリーショップで満面の笑み!麗しい女性と結婚秒読みか!?」
週刊誌の一面を華々しく飾った恋人の姿にドラコは思わず顔を顰めた。
ここら一帯でも桁のひとつ違うジュエリーショップで、見た目麗しい店員と会話を交わしているのは、見紛うことなく自分の恋人であった。
普段はこんなこと気にする質じゃない。
でも、ここ最近のハリーは少し変なのだ。
仕事が終わればドラコよりも先に帰ったり、いつもは聞かなくても答える出先をはぐらかしたり。
絶対に何か隠している。
浮気を疑っているのかって?答えはNOだ。
あれだけ追いかけ回されたらもうハリーを疑う気持ちなんて微塵も残っちゃいない。
でも────だからこそ許せない。
自分のことを愛しているというくせに、何も伝えてくれないことが。
悩んでいるのなら力になりたいし、危ない目にあいそうならば僕を頼って欲しい。
いつも面倒事を持ち帰ってきて辟易することがあるのは確かだが、足手まといになるほど無能な魔法使いではない自負はある。
最近は此方が折れることの方が多かったし、我儘を聞いて欲しいという気持ちもあった。
でも、言い訳かもしれないが、口論をするつもりはなかったんだ。
─────────
溜息をひとつ、週刊誌を閉じた。
後ろで上機嫌に鼻歌を歌っているハリーを振り返る。
平和になった魔法界には真新しい報せなどないだろうに、満面の笑みで月刊魔女を眺めている。
そもそも笑顔になるような記事は月刊魔女には載っていない。
今、週刊誌に機嫌を損ねられたドラコはそんな姿に苛立ちを覚えた。
最近はこんな姿ばかり見ているのだ、文句のひとつくらいでるさ、そう自分に言い聞かせて立ち上がった。
ドラコは大股で歩き、ハリーの前に立つと、週刊誌を、月刊魔女の上に叩き付けた。
「また撮られたのか?流石人気者の英雄殿だ。」
冷たい声でハリーの前で仁王立ちをする。
そんなドラコを他所に、ハリーは叩きつけられた週刊誌を開く。
1番最初のページを見るとハリーはうへぇ、と顔を歪め、出来るだけ撮られないようにしてたのにな……、とだけ言った。
そうだろうな、なんたって僕は知りもしなかったんだから。
ドラコの気持ちなど知らないハリーは、いつもはこんなもの鼻で笑うのに……首を傾げる。
「……ドラコこれ信じたの?」
「そうじゃない。」
「ジュエリーショップに何をしに行ったんだ?僕は君がジュエリーショップに行ったことすら知らなかった」
そう皮肉を交えて問い詰めると、ハリーは態とらしく視線を逸らした。
嘘が下手すぎるだろう。
結局、あー、とかうーん、とか言いながら視線を伏せた。
「特になにもないよ。君の手を煩わせることなんてない用事だ。」
ハリーは内心冷や汗だらだらである。
君にプロポーズするためにジュエリーショップに行きました!!
……なんて言えるわけがない。
言葉選びが下手なハリーが頑張って絞り出した言葉だったが、ドラコを納得させることなんて出来ることはなく。
矢張り、と言ったところだろうか。
ドラコは眉をひそめた。
……ふうん、そんなに隠したいのか。
折れてくれると思っていたハリーに一向にその気配はない。
いつもは何を聞かれてもはぐらかしたりしないハリーが自分に本当の事を言わない。
僕の手を煩わせることなんてない、だ?
その事実はドラコの怒りに油を注ぐには十分だった。
「そんなに言えないことなのか?人気者の君には僕なんて取るに足らないのだろうからな」
「違う!そういう事じゃなくて……」
煮え切らないハリーの態度に声を荒らげる。
「野暮用でこんな笑みを浮かべるなら撮ってくれと言っているものだろう!」
流石にハリーの気に触ったのか、ハリーの声も大きくなる。
「僕だって好きで撮られているわけじゃない!」
ドラコだってそんなこと分かっている。
でも……
「僕と一緒にいるときは絶対に撮られないようにしているくせに」
これはずっと思っていたことだった。
魔法界の英雄と元死喰い人が恋仲だなんて、同じ闇祓いに就くことにすら反対していた人達が知れば激怒するだろう。
それをドラコも分かっているからこそ、何も言わなかった。
でも少し、寂しいと思ってしまうのも事実で。
二人でいる時は、ドラコでさえ神経質だと感じるほど、ハリーは記者を気にしている。
色々なところに一緒に出掛けているが、ハリーの努力のお陰か一度も撮られたことがない。
だから、記者から逃げるなんて難しいことではないことの筈なのだ。
記者が気にならないくらい、楽しい会話だったのだろう?
「それは……僕たちが正式に……」
焦ったように口を開閉して言葉を探すハリーにため息をついた。
そうか、そんなに僕には言えないことなんだな?
「もういい……仕事に行ってくる」
……勿論、嘘だ。
同じ職場で働いているハリーには絶対に通じない嘘。
だが、ハリーを納得させられるかなんて今はどうでも良かった。
いくら恋人であっても言えないことの、1つや2つや3つや4つあるのだろう?
わざわざこれ以上詮索なんてしないさ。
ローブを引き寄せたドラコはハリーに背を向け、姿現しをした。
─────────
「すみません、局長。明日の任務ですが、今日に回しても宜しいでしょうか。」
今日は姿を見る筈ではなかった部下の姿に局長は驚いた顔を向けた。
ドラコが姿現しをしたのは魔法省。
激務を極める闇祓い局に、局長が静かに座っている所を見ると、今日は仕事を貰えないだろう。
連勤が2桁を越えることなんてしょっちゅうの闇祓い局の人間は、貴重な休みを教授している筈の人間に仕事を押し付けるなんてこと、罪悪感から出来やしないのだ。
それは、ドラコだってそうだ。
そうなると、明日の案件を済ませてしまうのが早いと思った。
明日の仕事……もとい死喰い人の残存の捕獲はハリーと二人で任されたもの。
報告資料によれば、大きな闇の魔術は確認されておらず、死喰い人は4人。
これならばドラコの技量でお釣りがくる。
新米の闇祓いらしく現場ばかりだが、体を動かす仕事は好きだ。
スリザリンのシーカーは伊達じゃなかったと言えるだろうか。
それに───ハリーが最も輝くのはデスクワークではなく、魔法の飛び交う最前線だ。
華麗に杖を振り、敵を蹂躙する姿が美しいと感じるのは恋人フィルターから来るものではない。
そう思ってドラコは───また先程喧嘩したばかりの恋人のことを考えていたことに気がつき、ため息をついた。
分かっているさ、本当は。
ハリーにやましい事なんてないのだろう。
いくら僕が鈍感でも、あれだけところ構わず愛情を振り掛けられたら嫌でも彼のことを信じるしかない。
ハリーにも何か事情があるのかもしれないし、全部僕に言う義務はない。
でも、今回みたいに何も伝えられないのは
……嫌なんだ。
ハリーの隣にいると、何処までも欲深くなってしまう。
そんな我儘も受け入れて欲しいと思ってしまうのだから僕も大概だが。
それにこの位の任務、僕ひとりだってこなせるだろう。
マルフォイの名を毛嫌いする人間でも首を縦に振らせる位には、闇祓いとして功績を挙げているつもりだ。
加えてこの状態でハリーと仕事をするのはあんまりだという気持ちもあり、昼になってしまう前に局長に掛け合った。
「準備は済んでいます。許可を頂けませんか?」
「君のことだ。なにか事情があるのだろう……だが、ハリーには相談したのか?」
幾つもの死線を潜り抜けてきたであろう双眼が、ドラコを射貫く。
無意識に喉が鳴るのを感じた。
「……明日、ハリーは有給を頂きたいと。ここ最近、ハリーが忙しそうにしている事は、局長もご存知でしょう。」
正直、この人にはバレているかもしれない。
それでもここで折れるつもりはなかった。
「……確かに君は優秀な闇祓いだ。この仕事くらいなら1人でも大丈夫だろう。だが、油断はいとも簡単に足を掬う。気を引き締めて臨むことだ。」
そんな局長の言葉に詰めていた息を吐く。
ドラコは1歩引いて礼をした。
「お言葉、及び許可、ありがとうございます。」
顔を上げたドラコは足早に闇祓い局を後にした。
こうなれば話は早い。
敵の本拠地で姿現しをする訳にはいかないが、近くに姿現しが出来る場所があった。
棚から取ってきた地図を確認する。
明日持っていくつもりであった資料や、魔法道具を項目にチェックを入れながら拡大魔法をかけた胸元に入れ込んでいく。早いうちに準備しておいて良かった。
死喰い人たちを捕まえた後に運ぶための魔法具、攻撃魔法を妨げるチョッキ、それから……
ドラコが思考を巡らせていると後ろからドタバタとした足音と焦った声が耳を貫いた。
「……ドラコ……あなた、本気なの?」
「……ハーマイオニーか。なんの話だ?」
走ってきた彼女はハーマイオニー・グレンジャー、今はウィーズリー。
ハーマイオニーには、あの戦いの後、謝っても許されないことをしたが、と頭を下げた。
生まれたときから、植え付けられた考え方を改めるには、とても時間がかかってしまった。
だが、もう二度と差別をしようとは思わない。
彼女はずっと優秀な魔女であったのだ。
謝った時、ドラコは学生の頃のようなパンチが飛んでくることを覚悟していたのだが、いつまで経ってもそれが飛んでくる兆しはなかった。
ドラコが恐る恐る頭を上げると、信じられないものを見たとでも言うように見開かれた瞳があったのだ。
それからハーマイオニーは幾つか条件を述べた。
当時は拍子抜けしたが、今思うと、凄く彼女らしい。
これからは色んなボランティア活動に参加したり、投資をしたり、そんな約束をいくつかした後、和解となった。
結局、最後には和解の印に、とビンタで精算されたのはいい思い出だ。本当に。
ドラコが回想に浸っていると息を整えたハーマイオニーがドラコを見上げた。
「さっき闇祓い局長から聞いたのよ!貴方1人で死喰い人を捕獲するつもりなの?!」
「……そうだ、と言ったら?」
ハリーがいないとこの任務は危険だ、と言われているようで少し声が棘を孕んでしまった。
そんなドラコの思考を見透かすかのようにハーマイオニーはため息をついた。
「貴方の実力を疑っているわけじゃないの……だから止めはしないわ。でも、ハリーが原因なら、貴方は誤解している。日刊予言者新聞のことでしょう?たしかにあれはハリーが悪いと思うわ。でも、ハリーに限って浮気なんてこと絶対にないし、ましてやドラコに隠れてやましいことなんて、できっこないもの。」
早口で捲し立てたハーマイオニーには感服した。
僕が任務に行こうとしただけでここまで分かってしまうだなんて本当に恐ろし……いや、素晴らしい観察力だ。
でも、ひとつ、彼女は誤解している。
「僕はハリーの浮気を疑っているわけじゃない。やましいことではないこともわかっている。
だが、ハリーが僕に隠し事をする時は、何か危険なことに巻き込まれているか、僕に関する時だけだ。
……もしハリーがまた何かに巻き込まれていて、僕を巻き込まないようにしているのならそれはお門違いなんだ。
僕は、英雄様に降りかかる災難に打ち負けるほど弱い魔法使いではない。」
そう告げると、ドラコは踵をかえした。
「ちょっとドラコ!!」
ハーマイオニーは、ドラコを追いかけることはしなかった。
彼も親友と同じように頑固な面がある。
あぁなったドラコを止めるのはハーマイオニーの頭脳を持ってしても骨が折れる、出来ることなら二度としたくない。
いつもは冷静な判断が出来ることが売りでもあるというのにハリーが絡むといつもあれ。
その度に親友である自分たちは振り回されているというのに、それに気付いているのかどうかも怪しいのだ。
「はぁぁぁぁあ」
歩いている人が思わず振り返ってしまうほど大きなため息をつき、頭を抱えた。
どうしてあそこまで分かっていて最後の選択肢を間違えてしまうのだろうか。
ドラコに関することで隠し事をすることがあるところまではちゃんと分かっていたのに……
「たしかにハリーはすぐトラブルに巻き込まれるわ……でも……隠し事をする理由が後者である可能性も十二分にあるでしょう?……」
愛しの恋人には絶対に嘘を付けない親友と、最後の2択を取り違えた真新しい友人を交互に思い浮かべると、もう一度盛大にため息をついた。
─────────
準備を終えたドラコは早速移動した。
姿現し特有の、物が割れるような音が辺りに響き渡る。
ドラコが姿現しをする先に選んだのは死喰い人の本拠地のある森の一角。
どうやら屋敷には軽い認識阻害の魔法が掛かっているようだが、一度視察していたドラコがそれを探し出すのは決して難しくはなかった。
森の中に鎮座している屋敷は御伽噺に出てきそうな───と言いたいところだが、それはそれはもう、古い。
あと無駄に大きい、それだけ。
ドラコはひとつため息をつくとローブを翻し、屋敷に忍び込んだ。
「アセンディオ、上昇せよ」
自身の体を浮遊させたドラコは、大きな窓枠に足をかけた。
窓枠から覗くは、大きな暖炉と上質な家具たち。
綺麗な方法で入手されたとは考えられないそれに、眉を顰める。
死喰い人はこの部屋に既に2人、他の部屋にも2人いるのだろう。
死喰い人たちはまだドラコの侵入に気付いていない。
ドラコは、ひと呼吸置くと愛用のサンザシの杖を指先に滑らせた。
「フィネストラ、砕けよ」
滑らかなテノールを皮切りに、窓ガラスが派手な音を立てた。
「誰だ!!!」
死喰い人の大声が轟いた。
ドラコの魔法によって砕かれたガラスが、四方八方に散らばる。
ガラスは大きなシャンデリアの光を反射し、場違いにキラキラと輝いた。
突如として割られたガラスは衝撃波を生み、リボンで結ばれたプラチナブロンドがさらりと肩をなぞる。
暖炉の火を纏い煌めくのは、細められたアイスグレー。
冷たく感じる色素の薄いグレーは、火のせいか、燃える有志のせいか、煌々と輝いていた。
ドラコは驚いている死喰い人2人を横目に、黒いローブを翻し、館にひらりと舞い降りる。
同時に死喰い人の1人がドラコに杖を向けた。
「ステューピファイ!!!」
反応が早くて結構。
闇の帝王がいなくなっても訛ってはいないようだ。
こちらを認識してすぐに放たれた呪文。
完全なる奇襲であったはずなのに、ほんの数秒での状況把握、正確な攻撃。
彼は死喰い人の中でも優れた人物であることが伺えた。
闇にいるには勿体ない。
いや、彼は道を間違えた僕の未来だったかもしれないな。
そんなことを思いながらも こちらも杖を構える。
放たれた衝撃を杖腕で受け止め、身を翻す。
と同時に、ひらりと杖を振った。
「エクスペリアームス」
正確に放たれた魔法は、死喰い人の杖を弾き飛ばした。
杖をアクシオで引き寄せ、弾かれた杖はドラコの左手のひらに収まる。
長く白い指がいたずらに杖を回し、その後胸元に消えた。
仲間が一瞬で杖を奪われてしまったことに驚いた死喰い人は、震える手でドラコ杖を向けた。
「インペリオ!!!!!」
禁忌の呪文……服従の呪いが放たれた。
呪文を認識した瞬間、ドラコの眉間に皺が刻まれる。
出来れば武装解除だけで済ませたかったのだが、そうはいかないようだ。
「プロテゴ、守れ」
透明な盾によって遮られた許されざる呪文は光を放ち、四方に散った。
相殺された呪文によって衝撃波が風となって吹きつけるが、意志の強いアイスグレーは真っ直ぐに標的を見据えている。
ドラコが闇祓いとして立ち続けられるのには理由があった。
──もう、二度と同じ過ちを繰り返させない。
己の学生時代に思いを馳せる。
闇の魔術に憧れを持ち、皮肉にもそれに壊されていった自分。
あんな思いをする人間を、1人でも減らさなければならない。
周りになんと言われようが微塵も気にならないほど、前だけを向けたのはひとえに闇に対する憎悪から。
それと、
“ドラコ、闇祓い向いてると思うよ”
そう告げてくれた友人、──今は恋人の言葉があったからだ。
闇祓いを志してはいたが、
“自分が此処にいてもいいのか”
まだ、そんな言葉が胸を燻っていた頃の話。
ハリーはホグワーツを一足先に旅立ち、ドラコの裁判で、ナルシッサがついた嘘が勝利に繋がったと証言した。
そのおかげで釈放されたドラコは、杖を返しにきた彼にお礼を言ったのだ。
酷く驚いた顔をされたが、学生時代には自分に向けられることのなかった笑顔で、杖をドラコの手に握らせた。
このときの胸の浮遊感が恋だと気付いたのは、また暫く経ったときの話になる。
2人の交流が本格的に始まったのは、杖諸々のお礼と称して幾つか持っていたクィディッチの限定品を送ったところからだろう。
ドラコがホグワーツを卒業する頃には、2人で会うのに違和感がない位には良い関係を築けていた。
何度目かも数えなくなった酒の席。
その頃から既に優秀な闇祓いとして認められていた彼の耳に、噂話が流れ着いたらしかった。
「最近さ、ドラコが闇祓いの就任過程を履修し始めたって聞いたんだけど」
世間話、とでも言うかのように尋ねられた言葉にドラコは目を見開いた。
思わず、手に取ったばかりのツマミを皿に落としてしまった。
ハリーの言っていることは間違っていない。
確かにドラコは闇祓いになるために必要な知識、最前線でも通じる力を身につける事に全てを費やす日々を送っていた。
だが───、ドラコには他の人よりも高く合格ラインが設定されていたし、嫌味を言われることも多くあった。
手を出されなかっただけ感謝すべきだろう。
何よりも、ドラコ自身も分かりかねていた。
確かにドラコは闇を憎んで、闇祓いになりたい、そう心から思っていた。
だが、闇側にいた自分が闇祓いになるなど許されない。
一時は闇として人々の苦しみに加担していたというのに、今更。
そんな自己否定の気持ちを持ち続けていたのも事実で。
もちろん、努力を怠ることは無かったが、ドラコが闇祓いになるということは、何処か遠い話だったのだ。
だから、このまま何も無かったかのように闇祓いになることを諦めていくのだろうと、漠然とそう思っていた。
そう思っていた矢先の、その言葉。
驚くのも当然だろう?
「あぁ……まあそうだが」
ドラコは煮え切らない返事を返したが、ハリーは嬉しそうに翡翠を煌めかせた。
「ほんと?!人手が足りなくて困ってるんだよ」
「そうだろうな。闇祓いの業務は多忙を極めると聞く。だが僕は、、」
言葉を続けられなかったドラコにハリーは首を傾げた。
「……試験に受かるか不安なの?君はシーカーとしても優秀だったし、筆記試験なんて首席に近かったじゃないか。」
「そうじゃないんだ」
「他に不安要素があるなら僕が直々に手引きしようか?」
ドラコは、カランとグラスを傾けて楽しそうに笑う彼に少し苛立ちを覚えた。
「受かる、受からないの話ではない。
僕が闇祓いになることを望まない人間が、この世界には沢山いるんだ。」
ドラコが、そう言うとハリーは驚いたように少し目を見開いた後、言葉を選ぶように視線を伏せた。
「確かに君は闇側にいた。それは事実だ。
ただ────君が闇祓いになることで救われる人は少なからず現れる。
君が闇祓いになることを気に入らない人達と、君の罪悪感のせいで闇祓いになることを躊躇っているなら……
それは、君と同じような思いをする人を救わないのと同じことだと、僕は思うよ」
そう、か。
がつんと、頭を殴られたような気がした。
胸に燻っていた煙がいとも簡単に晴れていくのを感じた。
ドラコには、驚いた顔でハリーを見つめることしか出来なかった。
ハリーは何も言わないドラコに少し気まずそうに眉根を寄せた。
んーとかあーとか意味をなさない擬音語を発した後、こういうのは性にあわないなー、とグラスに残っていた酒を一気に煽った。
「これは僕の意見だけど、ドラコ、闇祓い向いてると思うよ。僕、待ってるから」
その言葉にも、胸が締め付けられる。
笑ったことで隠された翡翠に、自然とグラスを持つ手に力が籠った。
所在なさに、ハリーの皿からツマミを取り口に含む。
するとハリーは、少し怒ったような表情をして、同じようにドラコの皿から料理を掴んで口に含んだ。
口いっぱいに料理を詰め込んだ彼が面白くて思わず笑みが零れる。
つられて笑いだしたハリーと顔を見合わせ、ふたりで笑った。
良いのだろうか?彼と同じ職に就いても。
1番許されたかったのは彼だったのかもしれないな、と自分の奥底にあった望みに気がつく。
あの瞬間、ドラコから迷いが消えたのだ。
服従の呪いを振り払うように杖で空気を切る。
冷たいアイスグレーは燃えていた。
1寸の狂いもなく、ただ真っ直ぐに対峙する。
「ステューピファイ、麻痺せよ」
禁忌を犯した者に容赦はしない。
もう1人と同じように杖を杖を引き寄せ、部屋を後にした。
────────
屋敷の階段を降りると、大広間に出た。
広く、音のしない空間はひどく不気味だ。
フローリングを革靴で歩く音だけが響き渡る。
すると待ち構えていたかのように死喰い人たちがドラコを囲った。
その数は1、2、3……
5人……ドラコは自分を囲う死喰い人の数に瞠目した。
調査書には全員で4人と書かれていたはずだ。
もう2人倒しているから、全員で7人ということになる。
調査書との差異が見られること自体は珍しくはないが、大きなものは滅多にない。
自分の悪運の強さに思わず舌打ちが漏れる。
────分が悪すぎる。
「ステューピファイ、麻痺せよ」
死喰い人の1人に攻撃が命中する。
杖を回収する余裕はなく、後ろを振り返り、もう一度杖を振るう。
「インカーセラス、縛れ」
今度は死喰い人の1人に弾かれる。
「クルーシオ!!!!!」
体の軸はぶれたままだったが、なんとか護りの呪文を唱えた。
今度は呪文を放った人間に杖を振るう。
「ステューピファイ、麻痺せよ」
「クルーシオ!!!!」
同時に、死喰い人から放たれた呪いをなんとか弾く。
ドラコが放った魔法は今度こそ命中したらしい。倒れている死喰い人は2人になった。
まだ立っている死喰い人の1人は、床に伸びている2人を見つめて震えながらもドラコに杖を向けた。
殺していないが、彼らにしてみれば、ここで捕まるのと殺されるは同義なのだ。
「ア……アバダケタブラ!!!」
放たれた緑の閃光にドラコの護りが揺れる。
護りの魔法があると言っても、そう何度も受けるものでない。
立て続けに許されざる呪文を受けた杖腕をさすった。
「インカーセラス、縛れ!」
仲間によって弾かれてしまい、舌打ちが漏れる。
体勢を立て直し、杖を振るう。
「ステューピファイ、麻痺せよ」
「クルーシオ、苦しめ!!!」
「エクスペリアームス、武装解除」
閃光の散る戦闘を制したのはドラコだった。
すかさず残りの死喰い人に杖を向ける。
が、
(1人しか、いない?)
倒したのは3人、あと2人、残っているはず。
状況を理解したドラコは慌てて後ろを向く。
「貴方のような人が死ぬのは勿体ない、
……愛なんて知るからだ」
ドラコの想像通り男はそこにいた。
(背後を取られた)
ドラコの背筋に冷たいものが伝う。
何の呪いだろうが、杖腕で受けるのだけは避けたい。
ドラコがとっさに杖腕を庇った瞬間、
「エクスペリアームス!!!!!」
死喰い人が大声で死の呪文を唱える声と同時に、ドアが破られる音と武装解除魔法を叫ぶ声が轟いた。
「愛なんて知るから?そうかもしれないね
なら僕がその隙を埋めるだけだ」
彼は、いつよりも冷たい色を翡翠に称えてそこに立っていた。
吐き捨てられた言葉は地を這うようだ。
ドラコは驚いたように目を見開いたが、杖を持ち直してハリーの隣に立った。
「ドラコ大丈夫?まだいける?」
「当たり前だ」
そう鼻で笑ってやると、ハリーは少し心配そうに眉根を寄せたが、死喰い人に向き直った。
「ステューピファイ、麻痺せよ!!」
「インカーセラス、縛れ」
再び呪文が飛び交い始める。
最後まで残っていただけあって、中々に強い。
ドラコの攻撃を弾いた死喰い人の1人が杖を突きつける。
杖を向けなかったドラコに、口角を上げた。
「判断を間違えたな」
勝った、とでも言うように死喰い人が杖を翳した。
が、終ぞ杖から攻撃が放たれることは無かった。
「間違えた?これが[[rb:正解 > ・・]]だよ」
ふたりの背を軸に立場が入れ替わる。
死喰い人が状況を把握する前に、ハリーは杖を振るった。
無言で放たれた武装解除魔法が、死喰い人に直撃する。
ハリーが振り向くよりも早く、ドラコもハリーの相手をしていた死喰い人を縛り上げた。
───────
死喰い人を改めて縛り直し、魔法具を使って魔法省に送った。
杖は別に回収したし、部署には多くの優秀な闇祓いが揃っている。これで一安心だ。
もうする事が無くなってしまったドラコは、そっとハリーに視線をやった。
ハリーはずっとドラコを見つめていたようだが、視線が合うとすぐに逸らしてしまう。
そんなしおらしい姿にもう彼を責める選択肢は消えてしまっていた。
永遠にも感じられた沈黙を破ったのは、ドラコだ。
「……なんで此処が分かった」
声を掛けられたハリーは弾かれたようにドラコを見たが、おずおずと口を開いた。
「あの後……結局家で待ってるなんて出来なかったから、探し回ったんだよ、君のこと。よく行く店から、同僚の家まで。
で、ほんとに仕事に行ったのかと思って魔法省に行ったらハーマイオニーに会ったんだ。」
それで、君がひとりで明日の仕事を片付けに行ったんだって聞いて……、と言葉を区切り、1度息を吸った。
「ごめん、ドラコ。僕の中途半端さで、君を傷付けることになった」
頭を下げたハリーに、ドラコはゆっくりと歩み寄り、頭を上げてくれないか、と声を掛けた。
「……僕にも非はあったさ。ちゃんと君の話を聞かなかった。
それにこの仕事を片付けようと思ったのは君のせいじゃない。
君と喧嘩したからでなければ、自暴自棄になっていたからでもない、僕の慢心からだ。
……まぁ、結局君に助けられてしまったわけだが。」
「慢心じゃないだろう?報告書には……4人って書いてあったから」
そう言うとハリーは視線をうろうろと彷徨わせた後に口を開いた。
「でも、報告書通りでないことだって多いじゃないか……だって、もし、今回の件で君が怪我を負っていたと思うと……」
凄く、後悔した。
今度は、ドラコの瞳を真っ直ぐに射抜いて、ハリーはそう告げた。
「……」
ドラコは翡翠に囚われて、目を見開くことしか出来なかった。
もしあのままハリーが来なければ確実にドラコは手負いになっていただろう。
何か言う権利は、ドラコにはない。
そんなドラコを見てハリーは諦めたようにため息をついた。
「もうホントの事を言うよ……君と僕に隠し事は禁忌みたいだ。」
今度はハリーの方から顔を近づけて、視線を合わせる。
ハリーは囁くように続けた。
「君にね、サプライズプロポーズをしようと思っていたんだ。ジュエリーショップでのことを切り抜かれちゃったのも、ドラコの話で盛り上がっちゃったからなんだ。」
「……え」
ドラコは目を見開いた。
だって、まさか、自分にプロポーズを…しようとしていたなんて考えもしないじゃないか。
そんなドラコの様子に気をよくしたのか、ハリーは少し笑みを浮かべて続けた。
「ドラコがさ、2人でいたときに記者に撮られないようにしているって言ったよね。
あれは中途半端に撮られて、君との関係を好き勝手書かれるのが嫌だったんだ。
────ちゃんと、結婚してから発表したいなって」
にこにこと笑みを浮かべるハリーに、ドラコは朱が差しているであろう頬を逸らし、皮肉を口にした。
「……結局君からサプライズをバラしたじゃないか」
そう言うとハリーは案の定、頬を膨らませてじとりとドラコを見た。
「こんな事になるなんて思わなかったんだもの。馬鹿にすればいいさ」
ハリーはサプライズが失敗に終わったことは、あまり気にしていないようだ。
少し、ドラコが失敗への舵を切ってしまったような気がして申し訳なくなってくる。
が、
それを壊してしまった申し訳なさと、嘘をつけない彼が、サプライズを計画していたことに対する喜びが拮抗し始めたのも事実で。
結局ドラコは、絆されたように笑った。
「あぁ……確かに君は馬鹿だ。
……僕は嬉しくて堪らないというのに」
今度は、ハリーが赤面する番だった。
「ほんとに君ってのは……」
目の前にいる恋人を見遣る。
指輪も花束もない。それでいいのだろうか?
料理に囲まれて、沢山の魔法で嬉し泣きを拝んでやろうと思っていたのに。
でも、目の前にいる恋人を見ていると、これ以上絶好の機会は無いような気がしてくる。
今、幸せそうに微笑を浮かべる彼には指輪も花束も、霞んでしまうだろう。
暫くすると、ハリーも釣られたとでも言うように破顔した。
ドラコの前に恭しく跪くと、白い手のひらに手を掛け、キスを落とした。
「ねぇドラコ、君のことを愛してる
───これから先もずっと。僕と、結婚してください」
ドラコはまた、嬉しそうに笑った。
とびきり、幸せそうな笑顔で。
「あぁ、勿論。僕の愛は重いぞ?」
「僕だって負けないよ。望むところだ。」
ハリーが感極まってドラコを抱きしめる。
それによろめきつつも、ドラコも強く抱きしめ返した。
それから、翡翠とアイスグレーを見つめ合い、わらった。
射し込む夕日に照らされて、2人はキスをした。
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