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身体を動かす近接戦の練習と違って、魔法の練習はニーナちゃんといつも放課後にしていること。
だから、雨の降り続く日曜の午後は淡々と過ぎ去っていった。
途中でヒナが魔法の練習を見に来たので、一緒に練習して、そしてご飯を食べて、眠った。
その日は同じ部屋では寝なかった。
きっとニーナちゃんも悪夢は見ないと思ったんだろう。
ただ、俺は続けて悪夢を見た。
熱さと、虚勢と、そして無力感だけがずっしりと胸の中に残る、そんな悪夢を見た。
「イツキ。顔色悪いわね」
「……ん。そうかな」
月曜日の朝。
重たいランドセルを背負いつつ、交差点で立ち止まるとニーナちゃんからそう話しかけられた。
「昨日、変な夢を見たからかも」
「変な夢? どんなの?」
「いや、ちゃんとは覚えてないんだけど……」
嫌な気持ちになった以外の感想をすっかり忘れてしまった俺はそんなことしか言えないものだから、ニーナちゃんは心配顔。
「ちゃんと寝れないならぬいぐるみと一緒に寝たら?」
「ヒナのを借りるの?」
「うん」
いや、『うん』と言われても。
確かにヒナに言えば貸してくれそうではあるが。
でも、どうなんだ。
もうそろそろ小学校3年生にもなろうってのにぬいぐるみを抱いて寝るのは。
「それとも一緒に寝る?」
「……ううん。大丈夫だよ」
ニーナちゃんがちょっとお姉さんぶってそんなことを言ってくるものだから、俺は静かに首を横に振った。
「そう? なら良いんだけど」
同じ部屋だと緊張でちゃんと寝れないのでそれは勘弁してほしい。
そんな俺の反応に顔色一つ変えること無く、ニーナちゃんは信号の変わった横断歩道に一歩踏み出して続けた。
「そういえばモンスターが減ったって本当なのかしら?」
「ん? 昨日の話?」
「うん」
昨日の話、というのは父親から電話があった件だ。
モンスターが減ってきから家に戻って来れるかも、という話は俺だけで完結させれるような話じゃないので、ニーナちゃんを含めて家族には伝達済み。
父親が帰ってこれるということは、つまりイレーナさんも帰ってこれるかも知れないということだ。
「減ったって言われても信じられないわ。だって、増えた感じもしなかったのに」
「うーん。それは確かに」
でも、ニーナちゃんの疑問も最もだ。
確かにモンスターの増減は分かりづらい。
父親みたいにモンスターを祓う仕事をしているのであれば分かるんだろうけど、俺たちみたいに自然発生したモンスターに出会うだけだと増えたとか減ったとか言われてもいまいち分かんないのだ。
感覚的にはネットニュースで流れてくる景気が良いとか悪いとか、そんな話に近いかもしれない。
そんなことをツラツラと考えている俺に向かって、ニーナちゃんは更に続ける。
「それに、ただモンスターの数が減ってるだけなの? 隠れてるだけだったりしないの?」
「うーん。“隠し”を使えるのは『第五階位』以上だから、隠れてるってことは無いんじゃないかな」
俺はニーナちゃんの後ろを追いかけて横断歩道を渡りながら答えた。
確かに父親の言葉を聞いてから、ニーナちゃんと全く同じことを考えた。
今回のモンスターたちは劇団員アクターの手によって組織的に増やされた。
だからモンスターが減ったというのは劇団員アクターが指示して、どこかに引っ込めたんじゃないのか、という話だ。
だが、すぐにその考えはすぐに否定できた。
何しろ世の中には『探知魔法』というモンスターを探す魔法がある。
当然、今回の劇団員アクターが生み出したモンスターたちもそれによって探されている。
ということは、“隠し”が使えるモンスター以外は全てその魔法に引っかかっているはずなのだ。
ニーナちゃんは釈然としない顔をしながらも、どうにか納得してくれたみたいだった。
そんな不服そうな顔を浮かべたニーナちゃんに並んで、学校に向かう。
肝心の劇団員アクターが見つかっていない話については、2人とも触れなかった。
学校での退屈な授業が過ぎ去った昼休み。
早食いのクラスメイトたちはグラウンドに勢いよく飛び出し、一方で仲良しグループを作っている女の子たちも同じように教室を後にする。
そして、いつものように友達がいない俺たちが取り残されたタイミングで、珍しく先生に呼び出された。
しかも、俺だけじゃなくてニーナちゃんも。
学校で先生に呼び出しをくらうなんて、叱られる時以外ありえないのでドキドキしながら教卓に向かうと、先生は小さな声で口を開いた。
「あのね、イツキくん。イツキくんとニーナちゃんにお礼を言いたいって人がきてるの」
「お礼?」
「そう。細井さんっていうおじいちゃんなんだけど、知ってる?」
「細井さん……?」
誰だろう?
先生に名前を言われて、俺は首を傾げた。
細井という名前でおじいちゃん……と、そこまで考えたところで思い当たった。
そうだ。健康食品作ってる会社の社長だ。
前に見せてもらった名刺にそんな名前が書いてあったような気がする。
モンスターが作っている若返り薬を勝手に会社の販売ルートを使って配られたあの社長である。そういえばそんな名前だった。
俺はまだ分かっていないニーナちゃんの袖をちょんちょんと引っ張ってから「健康食品の人だよ」と教えてあげた。
ニーナちゃんは「健康食品……?」と首を傾げていたがすぐに思い当たったのか、ぱっと分かりやすくその大きな目を開くと勢いよく頷いた。
「思い出したわ。あの人ね」
こくこくと頷くニーナちゃん。
流石にまだ忘れてなかったみたいだ。
「良かった。2人の知り合いだったのね。今は応接室にいらっしゃるんだけど、昼休みの間だけでも、ちょっとだけ挨拶してみたらどうかな」
そう聞かれた俺たちは顔を見合わせて、頷いた。
まぁ、挨拶くらいなら……という感じである。
だから、俺とニーナちゃんは先生と一緒に応接室に向かった。
一階の校長室のすぐ隣、そこにある応接室の扉を開けて先生が先に入ると部屋の中にいた老人が、すっと立ち上がった。
そこにいたのは、やっぱりあの社長だった。
いつかの放課後に話しかけてきた老人である。
「久しぶりだね。イツキくん。ニーナちゃん」
「お、お久しぶりです……」
いつにも増して社長感に溢れた老人を前に、俺は思わず前世の社会人っぽさが出てしまう。いや、前世もそんなに社会人経験は長くないのだが。
「君たちのおかげで本当に助かったんだ。感謝している」
そうして頭を下げる細井さん。
俺とニーナちゃんは「どういたしまして」とそれぞれ別のタイミングで言うものの、そこから会話の続け方が分からずに沈黙。
……何を話せば良いの?
てっきり挨拶くらいだと言っていたのでそれで終わると思っていた俺は閉口。
困った俺がちらりと先生を見たのだが、先生は先生で細井さんの目の前にあるコップが空になっていることに気が付き『お茶入れてきますね』と言って部屋から出ていってしまった。助けて。
ということで、部屋の中には3人。
俺とニーナちゃんと細井さんだけが残された。
そして、早々に訪れる沈黙。
グラウンドからはドッジボールとか、サッカーをやっている楽しそうな声が聞こえてくる。
「どうして、学校に来たんですか?」
ちょっとした沈黙に耐えきれなくなってしまった俺がそう尋ねると、細井さんはソファーに腰をおろしながら続けた。
「実は君たちとある約束をしたと思っていてね」
「約束、ですか?」
「そうとても大事な約束だよ。覚えてないかい?」
細井さんからそう聞かれて、俺は思わず首を傾げた。
確かモンスターを祓ってほしいという依頼を受けた気がするが、あれは『神在月』家の管轄になったはず。
だから、直接何かの約束をした覚えはない。
「そうか……。忘れてしまったか」
「ごめんなさい……」
「いいや、良いんだ。ウン。良いんだ。しかし、忘れてしまっては……。思い出して貰わないといけないな」
そういうと、細井さんはにぃっと笑ってから皮・を・脱・い・だ・。
そして、中から現れたのはまるで小学生が夏休みの工作で作ったかのような針金と空き缶で作られた小さな人形。
それが、机の上に着地すると同時に『導糸シルベイト』を放った。
『こうすれば思い出すかなーっ?』
甲高く、耳に残る嫌な声。
俺は何も分からないまま反射的にニーナちゃんを押し倒した。
遅れて頭の上からバズッ! と、魔法が炸裂した音が響く。
……一歩遅れたら死んでた。
その事実がぞっとするような恐怖とともに俺の心臓を掴んだ。
だが、それでも目の前にいるモンスターに相対しなければならない。
だからこそ、俺は震える声で目の前にいるモンスターに向かって『なぜ』を投げた。
だって、こいつはどこにいるか分からないはずなのだ。
だって、こいつはもしかしたら日本にいない可能性だってあったのだ。
「……なんで、ここに」
なんで、ここに劇団員アクターがいるんだッ!
『ほら、遊園地でさ! ボク言ったよね!』
だが、劇団員アクターは俺の問いには答えずに笑った。
『イツキくんを殺すってさ! アハハ!』