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左腕がジンジンと痛む。
二の腕から肘がびっくりするくらい熱い。
まるで、勢いよく走ってる時にこけて擦りむいたみたいな痛さだ。
「い、イツキ! け、怪我してる!」
ニーナちゃんがそう叫んでも、やっぱりなという感想しか出てこない。
さっき劇団員アクターが撃ってきた魔法で怪我をしたのだ。
机の上でバレリーナみたいにくるくると回る劇団員アクターが笑いながら口を開いた。
『うん。うん。持ってるね、良い眼を持ってるね。『真眼』だ。不意打ちが不意打ちにならないなんてズルだね!』
そう叫ぶ劇団員アクターの声と同時に昼休みの終わるチャイムの音が響く。
俺はその瞬間に『導糸シルベイト』を2本伸ばした。
片方は左腕に、もう片方は劇団員アクターに向かって、
「――『焔蚕ホムラマユ』」
劇団員アクターを『導糸シルベイト』で雁字搦がんじがらめにすると、発火。
その瞬間、応接室の中にあった火災報知機が反応して甲高い警報音を鳴り響かせた。
『熱っ! 熱ッ! アハハ!!』
炎に悶もだえながら机の上をのたうちまわる劇団員アクターが魔法を使えない間に、俺は左腕を治す。頭の中で人の構造を描き、形質変化。
「ニーナちゃん。逃げて! 大人の祓魔師を呼んできて!」
そして、更にニーナちゃんを逃がそうとした瞬間に劇団員アクターの炎が消えた。
『んー? イヤイヤ。それはやめた方が良いんじゃないかな。こっからでてもさ! 無駄無駄。もうボクの友達が学校の中にたくさんいるんだから! ねー?』
劇団員アクターの言っている友達。
それがモンスターを指していると分からないほど、馬鹿じゃない。
馬鹿じゃないが、だからと言って眼の前にいる劇団員アクターを無視して祓いになどいけるはずがない。
元凶を叩かないと、いつまで経ってもモンスターの発生は食い止められないからだ。
次の瞬間、俺が魔法で生み出した炎を振り払って劇団員アクターが飛び上がった。
『アハハ!』
劇団員アクターが笑いながら、手をパンと叩く。
叩いた瞬間、応接室の机とソファーが起・き・上・が・っ・た・。
『こうやれば簡単に友達が増えるの! 友達100人できるかなー?』
ソファーの中から細く白い腕が伸びる。
机からは黄ばんだ乱ぐい歯が、ぐいと伸びると巨大な舌が床を舐めながら俺とニーナちゃんのところに向かって走ってくる。
『おっと、大人気だね。イツキくん』
だが、それよりも俺の手が打ち鳴らされる方が速い。
『絲術シジュツ』の魔法と違い、妖精を呼び出す俺のルーティンによって生み出されるのは純白の妖精たち。
「連れ去ってッ!」
そして、俺の『お願い』を叶えるために妖精たちは姿をくらませて、劇団員アクターが生み出したソファーと机のモンスターたちを世界のどこかに消し飛ばした。
その瞬間、モンスターが死んだことによって生まれた黒い霧が部屋の中を澱よどませる。
そんな極悪な視界の中で、俺の耳元に悲鳴が届いた。
……最悪だ。
学校の中で、誰かがモンスターに襲われている声だ。
この学校にいる祓魔師は俺だけ。
非常勤の先生もいるらしいが、会ったことがない。
だったら、俺がこの状況をどうにしかしないといけないのだ。
『酷いや。せっかく友達を作ったのに……。悲しくて悲しくて涙が止まりません……。ボクの心は悲しみの青信号……』
劇団員アクターの声を消すように、同時に俺は再び手を鳴らす。
その間に数十の核を作って、周りを魔力でコーティングしていく。
妖精魔法によってピクシーたちが核の数だけ生み出されると、俺はそれを学校に放った。
「……学校の中にいるモンスターを探して、祓って」
ピクシーたちは俺の『お願い』の通りに学校内に散らばった。
イレーナさんほど妖精を同時には生み出せないが、それでも学校1つをくまなく見張れるくらいの妖精は今の俺にだって呼び出せる。
1年間、ニーナちゃんと一緒に妖精魔法の練習を積み重ねていた成果だ。
俺は妖精たちが応接室から出ていくのを見ながら、地面に転がっている健康食品会社その社長の皮を見た。
「……この社長は劇団員アクターが演技してたの?」
『ン? いやいや。この社長を知ったのはつい昨日のことだよ? 遊園地でさ。イツキくんを殺すって約束したからさ。どうやって近づこうかなって思ってさ』
劇団員アクターは口で『すたっ!』と言いながら、地面に着地した。
『ほんとは家まで行ってさ。イツキくんの家族をみーんな殺して。みんな幸せなワンダーランドで遊ぼうと思ってたんだけどさ。結界で家が分かんなかったから、こいつなら近づけるかなって!』
俺は歯を噛みしめると、次の魔法を放つ。
劇団員アクターを祓うために、必要な魔法を。
『だから殺して皮だけ貰っちゃった!』
「『樹縛ジュバク』ッ!」
それは俺の持っている拘束魔法。
『属性変化:木』によって生み出された木の幹は拘束相手の魔力を吸い取って成長する。それにより、絶対に逃さない拘束魔法になるのだ。
『うわーッ! 絡まってます! 絡まってます!!』
応接室のど真ん中で生み出した俺の魔法は劇団員アクターを捉えると同時に勢いを増すと、窓ガラスを突き破って部屋の外に劇団員アクターの身体を追い出した。
「……僕は狭い場所で祓う魔法を持ってなくてさ」
心がざわつく。
あの社長はほとんど知らない人だった。
だから、殺されたとか、死んだとか。そんなことを言われても涙が出るような関係じゃない。
でも、顔見知りだった。
だから、心がざわついてしまう。
「どうしても、外に追い出す必要があるんだ」
『魔力が持っていかれる! 魔力泥棒だ!』
「僕を殺しにきたんだったらさ」
『導糸シルベイト』を練り上げる。
合計で5本。
ただ、目の前にいるモンスターを祓うためだけに。
「最初から僕だけを狙えよ……!」
『え? ウン。だから最初からイツキくんしか狙ってないけど……』
「…………?」
『こっそり隠れてるところからさ学校まで来たのもさ。学校に僕の友達を放ったのもさ。全部全部イツキくんだけを狙うためだけど?』
「じゃあ、なんで皮に……」
『そりゃイツキくんを殺すために必要だからだよー! 笑顔笑顔! にぱーっ!』
俺はもはや何も言わなかった。
言えなかった。
『目的最優先! やるべきことはまっすぐやるのがモットーです! アハハ!』
だから、俺はもう劇団員アクターに言葉を向けなかった。
変わりに5つの『導糸シルベイト』を放った。
それだけで、全てが終わるから。
『あ、ちょっと! 本当にここでボクを祓っちゃうの? 良いの? 良いの?? このまま祓ったら、タダじゃおかないよ』
劇団員アクターは、そのタイミングでようやく自分が避けられない運命にいることに気がついたみたいで暴れだすが『樹縛ジュバク』に囚われた状態から抜け出せるわけもない。
そのままもがき続ける玩具おもちゃの身体に『導糸シルベイト』が5つ絡みついた。
「『朧月』」
次の瞬間、俺の魔法が発動する。
どんなモンスターであろうとも逃さない絶対の魔法。
それが劇団員アクターを捉えて、飲み込む。
俺が生み出した『複合属性:夜』の小さな球体に向かって、劇団員アクターの身体が細かくバラバラにされて煙みたいになって、飲み込まれていく。
『あ、これ凄い! 凄い!! 死んじゃう! これ死んじゃう!』
劇団員アクターの叫び声がグラウンドに響く。
だが、その声すらも遠く、小さくなっていく。
『こうなったら最終魔法! 座長マスター召喚を……ッ! て、魔法使えないじゃん! アハ』
笑い声が途中で途切れるとともに、劇団員アクターの姿が消え去った。
そして、その変わりと言わんばかりに黒い霧がグラウンドに残った。
だが、それも風に乗って消えていく。
何も残さないまま、劇団員アクターは死んだ。
死んだのだ。
「……イツキ。大丈夫?」
「うん」
割れたガラスをシューズで踏んで、ニーナちゃんが顔を出す。
「……大丈夫だよ」
俺はそう返して、校舎に戻ろうと思った。
妖精たちがまだ校舎に残ってモンスターを祓っている。
その後を追って、早くモンスターたちを祓わないといけない。
それに、細井さんの皮もある。応接室も壊してしまった。
後処理の人たちを呼ぶ必要だってあるのだ。
だから、やるべきことは沢山あって。
心のざわつきなんかを噛み締めている暇は無いわけで。
「大丈夫だよ、ニーナちゃん」
俺はもう一度、自分に言い聞かせるように言ってから応接室に戻った。
頭の中はやらなきゃいけないことでいっぱいだった。