CASE 椿恭弥
拓也と再び会う事になったのは、1週間後の事だ。
兄は少年院に送られる事になり、祖父母は父が介護施設に放り込んでしまった。
連絡を受け警察署に来た父の対応は、あまりにも早く冷たいものだった。
母と僕を広い家に残し、父は離婚届を置いて出て行った。
父は、ある程度の生活費と光熱費を払い続けるらしい。
もうとにかく、母さんから離れたかったようだ。
それもそうだ。
祖父母と兄、父がいなくなった後の母はタガが外れた。
黒髪だった髪を茶色に染め、歳に合わない露出の高い服を着出した。
毎日素っぴんだったのに、毎日化粧台の前で赤い口紅を塗っている。
今まで貯めていた貯金を崩し、若い男に貢ぎ体を重ねていた。
しかも僕が家にいる時間帯を狙って、”わざと”男を連れて来て喘ぎ声を出す。
俺への当てつけだ。
あの日、俺が警察を呼び連れて来たと思っている。
本当は祖母が僕を探す為に呼んだのに。
逆恨みもいいところだ。
父は僕達息子をきっと見限っただろう。
だったら、今まで我慢してきたんだから自由にしても良いだろ。
母さんだって自由にしてんだ。
それぐらいしたって良いだろう。
深夜1時過ぎ、今日も母さんのうるさい喘ぎ声が聞こえる。
うるせぇな…、毎日毎日。
ベットの布団を頭から被り、中で蹲りながらスマホを操作した。
連絡アプリを開き、兵頭拓也のアカウントを押す。
電話をするか、メールをするかの2択が表示された。
僕は迷わずに通話ボタンを押し、スマホを耳に当てコール音を聞く。
可愛らしいコール音が3回繰り返され、ピッと音が鳴った後、大きな欠伸が聞こえた。
「ふぁあー、恭弥?どうしたんだ?」
「あ、ごめん、寝てたよね…」
「寝てたけど…、なんかあったんだろ?どうした」
拓也の優しい声を聞くと、涙が出そうになるのは何故だろう。
「えっと…っ、その…。今から、会えないかな」
こんな事を言ったら、拓也に面倒臭い奴だと思われるだろうか。
嫌われるだろうか、関わりたくないと思うだろうか。
拓也はこの言葉を聞いて、どう反応するだろう。
「今から恭弥の家に迎えに行くわ。すぐ行くから、電話切るぞ」
「う、うん!!」
高鳴る胸を押さえながら、ベットから飛び出す。
適当なTシャツにズボンを取り出し、部屋着を脱ぐ。
15分が過ぎた頃、拓也からメッセージが届いた。
「着いた、出て来るの待ってる」
部屋を飛び出し、階段を急いで降りる。
ドタドタと大きな足音が出た所為か、母が部屋から出て来る気配がした。
何が叫んでいたが、構わず玄関のドアを開け外に出る。
ガチャッ。
「拓也!!」
「久しぶりだな。連絡がなかったから、色々と忙しくしてんのかなと思ってたわ」
拓也は僕が見た事がないバイクに乗っていた。
原付より大きいバイクは、エンジン音がうるさかった。
だけど、拓也がそのバイクを愛しているのが分かる。
車体はピカピカに磨かれているし、傷一つ付いていない。
「色々とあったよ。本当に、この家は終わってるよ」
「今日はどうする?どこか行くか?」
「家にいたくないから、どこでも良いよ」
「そうかー、なら…って。雨が降りそうだしな…」
そう言って拓也が空を見上げたので、僕も釣られて空を見上げた。
濃い灰色の雲が空を覆い、雨の匂いがした。
「拓也、いつもの原付じゃないんだ」
「あー、あれはダチのだよ。修理してやって、試し乗りしてたんだ。俺のバイクはこれ、SR400」
「SR…、400?」
「バイクの名前だよ。ほら、お前はメット被れよ」
ヒョイッと、軽く投げられたヘルメットをキャッチす
る。
「早く行こうぜ、マジで降りそうだから」
「う、うん!!」
原付に乗った時の様に同じ感じで、バイクに跨る。
だが原付と違って、バイクの後ろは地面に足が届かない。
「俺の体掴んでろよ、振り落とされねーようにな」
「うん」
ブンッ!!
拓也はそう言って、エンジン音を鳴らして走り出した。
暴風に似た風が顔や体をすり抜け、見える景色が小さな光の玉に見える。
拓也と一緒にいると、いつもの景色が輝いて見えた。
高鳴る鼓動が鳴り止む事はなく、拓也から香る甘い匂いが鼻を通る。
煙草の匂いは不快だと思っていたが、拓也のは思わなかった。
甘いヴァニラの匂いと少しスモーキーな香りがした。
思わず拓也の背中に顔を付け、匂いを嗅いでしまう。
「うおっ!?びっくりした!!」
赤信号で停車した拓也が慌てて振り返ってきた。
「あ、ごめん。拓也から甘い香りがしたから…」
「悪りぃ、煙草臭かったろ。吸いながら、恭弥の家に向かってたからよ」
「全然、拓也のなら平気。なんて煙草なの?」
「ウィストンのキャスターだよ。家に着いたら吸ってみるか?」
そう言って、拓也は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なんてな、煙草は勧めるもんじゃねーな」
赤信号が青に変わり、拓也はバイクを走らせた。
15分ぐらい経った頃、日本庭園がある家の前でバイクを停車させた。
庭が日本庭園になってる…。
「おーい、バイク停めたから行くぞ」
「ま、待って」
慌てて拓也の後を追い掛け、玄関を潜った。
長い廊下を歩き拓也は一室の襖を開け、着ていた上着を敷布団の上に置いた。
どうやら、ここは拓也の部屋らしい。
拓也の部屋は、お世辞にも綺麗に整頓されていとは言えなかった。
畳の上にバイク雑誌が数冊置かれ、ガラスの灰皿には数本の吸い殻がある。
テーブルの上には空き缶のジュースが数本、あとはポテトチップの中身の入った袋。
「適当に座ってくれ。飲み物、コーラでいいか?取りに行って来る」
「うん、ありがとう」
拓也はすぐにコーラを2本持ってきて、僕の前に腰を下ろした。
「そう言えば、どうなった?あの後、色々と大変だっ
ただろ?」
「色々あり過ぎた。それも、めちゃくちゃ早い速度で」
僕はこの1週間に起きた事を拓也に話した。
拓也はヴァニラの香りのする煙草を咥え、火を付ける。
白い煙を天井に向けながら吐く。
「お前の家、かなりヤバくね?」
「ヤバイ、特に母さんがね。毎日、毎日よく飽きないなと思うよ」
「普通なら、グレる環境だろ?そもそも家に帰りたくなくなるだろ」
「だからね、母さんも好きにやってるし。僕も好きにやろうと思って」
僕の言葉を聞いた拓也は目を丸くさせ、首を傾げる。
「好きに自由にしてやるって事!!拓也、付き合ってくれるよね」
「お、おう。とうとう、恭弥もグレてしまうかぁ」
「そうだよ、グレてやる!!あのババァ!!」
「おおお、良いぞ!!もっと言ってやれ!!」
この日を境に、拓也と行動をするようになった。
拓也と同じ数のピアス。
拓也の吸っていたウィストンのキャスター。
拓也の乗っていたSR400。
ピアスの数と煙草は同じに出来たが、バイクまでは出来なかった。
そんな僕を見て、拓也の先輩からSR400を安く買えるようになった。
「ありがとう、拓也!!マジで嬉しい!!」
「メンテナンスしなきゃ、乗れねーヤツだけど。俺も
一緒にやるから、早く乗れるようにしような」
「うん!!」
「それにしても、本当に拓也の事が好きだねー」
先輩は僕と拓也の顔を見た後、息をするように言葉を吐いた。
そう言われても当然だ。
僕は拓也の隣を陣取って、いつも一緒にいたから。
拓也の友達も僕を受け入れてくれ、仲間外れになる事はなかった。
寧ろ、仲良くしてくれた。
母さんも僕が家に帰らなくなったり、学校をサボっても何も言わなかった。
と言うか、顔を合わさなくなったからか。
小言を聞くこともないし。
そもそもな話、僕に無関心だから言うはずもない。
家に帰って寝る事はなくなり、拓也の家に転がり込んでいる状態だった。
拓也の家は、父子家庭で若い衆が家に出入りしていた。
自分の事は自分でやるのが、この家の家訓だそう。
だから、拓也は料理も出来れば洗濯も出来ていた。
「まぁ、親父とは仲は悪くねーよ?親父は仕事が忙し
そうだから、ほとんどは事務所にいんだよ」
そう言って、熱せられたフライパンに卵を2個落とした。
「拓也が料理出来たのは意外だった。しかも、美味い
し」
「だろ?どうせなら、美味いもん食いたいじゃん?」
「確かに」
拓也とほぼ、2人ぐらいの状態が数ヶ月続いた頃。
拓也が嫌な先輩に呼び出される事が多くなった。
深夜のコンビニで集まっていた僕達だったが、拓也が
例の先輩に呼び出されてしまった。
「悪りぃ、行って来るわ」
「え、また?毎日じゃない?」
「うーん、なんか俺と遊びたいみたいなんだよなー。悪りぃ、行って来るわ。恭弥は先に帰ってろよ」
「分かった」
僕の返答を聞いた拓也は、SR400に乗って行ってしまった。
「最近さ、拓也あの先輩によく呼び出されてんなー」
「あー、あの先輩の良い噂を聞かねーな。なんか、クスリやってるみてーだぜ」
「え、マジ?」
「でも、やってそうだな。拓也、誘われたりしてねーかな。心配だな」
その言葉を聞いて、僕の額から冷や汗が流れる。
拓也に薬を勧める為に呼び出してるのか?
僕から拓也を取ってまで?
「ん?恭弥、帰るのか?」
「うん、また明日ね」
「おー、気を付けてな」
無意識で腰を上げ、SR400に跨りコンビニを後にした。
「おい、恭弥!!やめろって!!」
拓也の声が遠くから聞こえた。
どうして、拓也が怒っているのか分からなかった。
「やめろ、恭弥!!」
ガッと肩を強く掴み、持っていた物を地面に落とした。
カランカランッ。
地面に落としたのは、血がべっとりと付着した鉄パイプ。
足元には、いつも拓也を呼び付ける先輩が倒れてる。
しかも血だらけで、殴られた痕があった。
両手の指が歪に曲がり、顔はかなり腫れ上がっている。
歯もほとんど折れているし、鼻も曲がっていた。
履いていた白いスニーカーが、真っ赤に染まり赤いシューズを履いているようだった。
あれ?
なんで、僕はコイツの前にいて血だらけなんだろう。
「これ以上やったら、マジで死ぬぞ!!」
「あれ、拓也…?」
「どうしたんだよ、恭弥。いきなり来て、落ちてた鉄パイプで先輩を殴り付けてさ」
「殴り付けた?僕が…?」
あれ、全く記憶がない。
どうして、ここにいるんだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして?
頭の中がグチャグチャして、気持ちが悪い。
拓也に嫌われた。
拓也に引かれた。
拓也に見限られる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「恭弥」
「ご、ごめんなさ…っ」
トンッと優しく、拓也が僕の肩を掴んだ。
「大丈夫だから」
「た、拓也に嫌われたら…、僕は生きていけないよ」
「そんな事で、恭弥を嫌わないよ。俺の為に来たんだろ。先輩の噂を聞いてさ」
「う、うん」
拓也の優しい言葉も、今は内臓が抉られるように痛い。
ここまで来た時の記憶が曖昧で、自分の事なのに状況が掴めていないのだ。
無意識で先輩を殺そうとしてい事だけは分かる。
「とりあえず、先輩を病院に連れ行こう」
「そ、そうだ。きゅ、救急車よ、呼ばないと」
「いや、待て恭弥。救急車を呼んだら、この状況を色々と聞かれちまう」
「だ、だったらどうすれば…」
「親父に連絡する。ちょっと待ってて」
そう言って拓也はスマホを取り出し、電話を掛け始めた。
「もしもし、親父?今、時間良い?うん、ありがとう。実は…。ちょっと、まずい状況になっちゃって」
拓也は簡単に事情を説明すると、すぐに電話を終わらせた。
「今から親父が来るから、待とう」
「え、組長が…?」
「うん、普通の医者じゃない所に連れて行くから。本当は親父に頼まれて、先輩と絡んでたんだよ」
「どう言う事?」
僕が質問すると、拓也は一呼吸置いてから答えた。
「先輩、クスリやってたのは本当。クスリの売人もしてて、兵頭会の縄張りで売買してたんだよ。うちの組さ、クスリは御法度なの」
「お父さんに頼まれて、先輩に近付いたって事?」
拓也が先輩と交流を持ったのは、そう言う理由だったんだ。
「正解。元々、この後に親父に引き渡す予定だったんだ。まぁ、大怪我をさせちまったんだけど…。あ、恭弥は気にすんなよ。どうする?家に帰るか?それとも、俺の家に帰ってるか?」
「…、今日は家に帰るよ。少し、頭の中を整理したいから」
「分かった、気を付けて帰れよ。あとで連絡するから」
「うん、分かった」
僕はこの場を離れたかった。
拓也の申し出は正直言って、とても有り難かい。
SR400に跨り、急いで自分の家に向かった。
椿恭弥が走り去った後、黒のメルセデスが到着した。
運転手席から降りてきた岡崎伊織は、すぐさま後部座席のドアを開ける。
降りて来た兵頭雪哉が兵頭拓也に近付くや否や、頭に拳骨を落とした。
「痛ったぁ!!何すんだよ、親父!!」
「お前、面倒事を起こすなと言ったよな。どうして、このガキが殴られてんだ」
「恭弥が…、やったんだよ。電話でも話しただろ」
「最近、家に入り浸ってるガキか。自分の連れぐらい、管理しておけ」
兵頭雪哉の言葉を聞いた兵頭拓也は、キッと睨み付ける。
「おい、親父でも恭弥の事を悪く言うのは許せねー。恭弥の事を犬と同じに考えてんのかよ」
「お前は兵頭会を継ぐんだろ。自分のお荷物になる相手とは、縁を切れ」
「な…に、言ってんだよ。恭弥を見捨てろって言ってんのか」
「椿恭弥と言うガキだがな、精神病を患ってると知ってんのか拓也」
兵頭拓也は目を丸くし、口をパクパクと動かす。
「は、は?せ、精神病?な、なんで、親父がそんな事を知っ…。あぁ、そうかよ。調べたんだな、恭弥の事。いつもみたいによ。恭弥はなんも、悪い事してねぇだろ!!」
「お前、自覚してる部分があるだろ。お前は認めないようにしてるだけだ」
その言葉を聞いた兵頭拓也は、苦虫を噛み締めた表情を見せる。
「以前、お前と椿恭弥が怪我をした時があっただろ。その時に、椿恭弥には他の診察を受けて貰ったんだ。椿恭弥には、依存性パーソナリティ障害と言う病気があると診断されている。俺の知り合いの医者が検査したんだ。この診断結果に間違いはない」
*依存性パーソナリティ障害(いそんせいパーソナリティしょうがい、英語: dependent personality disorder, DPD)は、他者への心理的依存が強く、何事も一人ではできないという広範で持続的な様式を持つパーソナリティ障害である*
「恭弥が俺に対して、懐いてるなとは思ってたよ。周りからも異常なんじゃないかって、何度も言われたし」
「だったら何故、椿恭弥と関わりを持つ?いずれ、お前は椿恭弥に足を引っ張られ…」
兵頭拓也の顔を見た兵頭雪哉は口を閉じた。
悲しげな笑みを浮かべながら、兵頭拓也は語り出す。
「依存性パーソナリティ障害だろ?俺も調べたよ。幼少期の否定体験とかが関係してるんだっけ。恭弥は自分が精神病を持ってるなんて、思ってないよ。親父が邪魔な人間として判断してさ、調べさせた事が悲しいよ」
「現に邪魔な存在になってるだろ。椿恭弥は自制が効かないくらい暴走したんだろ。拓也、椿恭弥とは縁を切れ」
「恭弥と初め会った時、アイツ泣きそうな顔してたんだ。今まで、ずっと我慢して来たんだよ。俺は恭弥と縁を切らないよ。恭弥の事は俺が止めるし、暴走させない。二度と親父に迷惑かけない」
そう言って兵頭拓也は、兵頭雪哉に向かって頭を下げた。
CASE 椿恭弥
久しぶり家に帰り、自分の部屋のベットに寝転んだ。
自分のした行動について、深く考える必要があった。
拓也はお父さんの命令を聞いて、あの先輩に近付いた。
危ない目に遭っていたら、どうしていたんだろう。
どうして、拓也に頼む必要があったのだろう。
いや、そんな必要はない筈だ。
「拓也を守りたいって気持ちがあれば、なんだって出来るんだ僕…。あの先輩だって、殺そうと思えば殺せたんだ」
そう呟いた瞬間、頭がクリアになった。
拓也と僕の仲を邪魔しようとした、あの男が悪いんだ。
死に値する行動をしたのはあの男。
これからも僕は拓也と一緒にいるつもりだし、離れる事はありえない。
「そうだ、邪魔する奴等は消せば良いんだ。拓也に知られなければ、嫌われる事はない。兵頭雪哉も消せば、拓也と一緒にいられるよね」
この日をきっかけに、僕は生まれ変わった。
邪魔な奴等は潰し、拓也を馬鹿にした奴は痛め付けた。
鉄パイプを地面に引き摺らせながら、逃げ出す男のに振り翳す。
どれだけ泣き喚いても、鉄パイプを振り翳す手は止まらない。
飛び散る血飛沫、血に混ざった肉片。
骨の折れる音がなんとも心地いい。
あぁ、そうだ。
僕が人を傷付けるのも、全ては拓也の為にしている事。
これからもこの先も、僕のやる事は拓也の為だ。
中学、高校を卒業後、拓也が正式に兵頭会の若頭になる事が決まった。
当然、拓也は僕を右腕として兵頭会に入らないかと誘って来た。
僕は二つ返事で兵頭会の組員になる事を決めた。
拓也を取り巻く大人の環境は、あまりにも汚い世界だった。
だが、その汚れた世界は僕がいる世界と同じで。
今までとやる事は変わらなかった。
ただ、変わったのは…。
「拓也さん、お疲れ様です!!」
「お、ヨウ。こっちに来てたのか?」
「はい、親父の代わりに届け物を届けに」
「マジか、悪りぃなヨウ」
神楽組の組長の息子で、若頭になった神楽ヨウの存在だ。
拓也に懐いていて、拓也も神楽ヨウを可愛がっていた。
神楽ヨウが、僕に向ける怪しみを含んだ瞳が気に入らなかった。
なんなんだよ、コイツ。
「あ、恭弥。こいつは…」
「知ってるよ、神楽組の組長の息子さんでしょ?」
「そうそう、俺の弟みたいなもんでさ。恭弥も仲良くしてやってよ」
「は?」
頭にドンッと殴られた衝撃を受けた。
何故、僕がコイツと仲良くならないといけない?
意味が分からない。
拓也は僕だけいれば良いじゃないか。
神楽ヨウと仲良くする必要はないだろ。
悶々とした気持ちのまま、拓也の言葉に黙って頷いた。
このむしゃくしゃした気持ちを晴らすには、どうしたら良いか。
あ、そう言えば。
兵頭会の組員中で、クスリに手を出した奴がいた。
拓也が話をするって言っていたな。
拓也に迷惑を掛けた男の存在を思い出した。
僕は事務所に向かう事を決め、本家を後にした。
到着すると、男は他の組員達と楽しそうに話してい
る。
僕は尽かさず男の胸ぐらを掴み、頬を殴り付けた。
「ちょ、恭弥さん!?何してんすか!!」
「いきなり殴るってっ…」
「コイツ、クスリやってんだよ。拓也に迷惑かけてほしくないんだよね」
僕の言葉を聞いた組員の2人は、口を開けたまま固まる。
男に顔を近付け、瞳をのぞみこむ。
「や、やめてくださ…」
「瞳孔が開いてる。お前、やめてないな?」
「っ!?」
服の袖を捲ると、腕には新しい注射痕が数個ある。
「拓也に許してもらえたのに、こんな事をするんだな。だったらよ、別に良いよな」
「えっ?」
「僕がする事だよ」
そう言って男の髪を掴み、ガラステーブルに思いっきり叩き付けた。
男を殴り付けていた時、後ろから腕を掴まれた。
「おい、恭弥。何やってんだよ!!」
「あ、拓也?事務所に来てたんだ」
「そんな事はどうでも良いんだよ。何やってんだって聞いてんだよ」
「何って、コイツの事を殺そうとしてんの」
僕の言葉を聞いた拓也は、男から僕を引き剥がした。
「え、何するの?」
「何考えてんだよ、お前。殺す必要はねーだろ。組を破門にするって、親父と決めたんだよ。何で、こんな事を勝手にやったんだよ」
「雪哉さんと決めた…?僕には何も…」
「今日、話すつもりだったんだよ。なのにお前…。今までも、こんな事をして来たのか」
拓也の怒りが混ざった視線を浴び、血の気が引いて行くのが分かる。
「ぼ、僕は拓也の為に…」
「俺の為なら、こんな事すんなよ。なんで、こんな事すんだよ…」
その時、何がが割れる音が頭に響いた。
同時に拓也と僕の間に、分厚くて大きな壁が出来たのが分かる。
この瞬間から、僕と拓也に大きな溝が生まれた。
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