#一次創作
#微BL
#読切
『月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。』
中原中也「月夜の浜辺」より
名高い一説。
それが真っ先に頭に浮かぶほど
僕は似た場面に直面していた。
尤も、
それはボタンではなく人間なのだが。
「何、見下ろしてんだ…」
月明かりの夜と薄黒い砂に同化するような
汚れた着物で 、
今にも浜に埋もれそうな程に
蒼白い顔で、
その歳若い青年は云った。
鬼のように毒々しい、
物言いだった。
「鬱陶しい…」
彼は云う。
鬼のように冷たい、
細めた瞳で。
その、只者とは一味も二味も違う
言動をする彼。
切れ長に吊った二重瞼。
細く高く伸びた鼻筋。
白肌に鋭く通る血管が目立つ手。
その全てが
鬼のように、美しい。
『なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。』
そんな続きの詩に沿うように、
ではないが
僕は彼を見捨てることが出来ず、
自分の頼りない手を伸ばした。
〃
「何をしていたんです?
鬼先生。」
青年は詩人だった。
その名字は本名なのか筆名なのかは
分からない。
ただ、とても良く似合っている。
「……」
彼は青柳色の畳の上で
胡座をかき、
無表情に座っていた。
彼は詩人だ。
それもその世界では大きく名の知れた。
「お前と同じことだ」
冬空の浜辺の徘徊をする人の考えなど、
彼は分かりきっているようだった。
「それだったら…光栄ですね」
僕もまた、詩人だ。
何者ともなれていない方の。
味噌汁を作った。
カップ麺生活を続けていた僕は
料理の仕方など忘れていたが、
それでも、作った。
「お口にあうか分かりませんが…」
さり気に、僕はそれを床に置いた。
カシャン
箸と、お椀と、汁が零れる音。
「わ、大丈夫ですか?」
僕は駆け寄り、彼の着物を
無作法に吹いていく。
そこから、彼を見上げた。
淡く、光を失った、
それでも綺麗に見えてしまう、
そんな彼の瞳。
それが、彼を詩の鬼に
仕立て上げた所以。
「目が…見えていないのですか…?」
僕よりも若いその身で、
なぜこんなにも偉大な雰囲気を纏えるのか。
それは幾人もの詩人が思ってきたこと。
その理由は、
こんなにも単純で、切ない。
彼は少しの間手を空で彷徨わせ、
それから僕の手に辿り着いた。
僕の指先に触れ、それから掌へ、
力を強めていく。
「逃げるな…」
彼の鋭い口調は、
鬼の金棒のようで。
彼の美しい指は、
鬼の簪のようで。
彼の儚いため息は、
鬼の涙のようだった。
『月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁しみ、心に沁みた。』
「そばに、居ますよ。」
その時の僕の心持ちは
なんとも、詩人らしからぬ。
Fin
コメント
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生きてますかせとです
安定に好き 🤭🤭🤭
さすがに愛