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『俺と若井は中学校からの同級生で──』
テレビから元貴の声が耳に入る。思わず、お酒を飲んでいた手を止めて、じーっと画面の中の端正な顔を見つめた。テレビの中の元貴は、若井と楽しげに目を合わせて中学時代の小競り合いを繰り広げている。僕はといえば、いつものようににこにこと笑みを浮かべながら、元貴の右隣に座って頷いているだけだ。
画面が賑やかになればなるほど、僕の心の奥には黒いモヤモヤが溜まっていく。だって、僕と元貴は付き合っていて、誰にも言えない秘密の恋人同士だ。自分の恋人が、たとえ同じグループのメンバーであろうとも、自分が入る隙のない昔の思い出を楽しげに振り返っていたら、誰だって少しは嫉妬してしまうだろう。
もちろん、若井も僕たちの関係は知っているし、なんならカモフラージュに協力してくれたりもする。だから別に、若井を恨む気持ちなんて微塵もない。――でも。なんだか最近、元貴が僕に冷たい気がするのだ。だからこそ、聞き慣れたはずの「中学校からの同級生」というエピソードが、今の僕の胸に深く刺さるのだろう。
一人でいじけていても仕方がないと思い、テレビの録画を完了したことを確認すると、空になったお酒の缶を片手に椅子から立ち上がった。
シンクにお酒の空き缶を置き、水で軽くすすぐ。鈍い金属音が静かなキッチンに響いて、余計に寂しさが募った。
最近の元貴は、現場でもどこか余所余所しかった。目が合ってもすぐに逸らされるし、以前のように楽屋で二人きりになった時に、不意に後ろから抱き締められるようなこともない。
「僕、何か怒らせるようなことしちゃったのかな……」
考え出したらキリがないのに、思考はどんどん悪い方へと転がっていく。
その時だった。
カチャリ、と静まり返った部屋に、玄関の鍵が開く音が響いた。
「……え?」
時計を見ると、間もなく深夜二時になろうとしている。こんな時間に、事前に連絡もなくやってくる人物なんて、それにこの家の鍵を持っている人間は一人しかいない。
パタパタと素足のまま廊下を走り玄関に向かう、そこには見慣れた黒いオーバーサイズのコートを羽織った元貴が立っていた。少し疲れたような顔をして、けれどその瞳は、まっすぐに僕を捉えている。
「元貴……!? どうしたの、こんな時間に。それに、明日も朝からスタジオでしょ?」
僕が驚きと嬉しさが混ざった声を上げると、元貴は何も言わず、靴を脱いでそのまま僕の身体を強く抱き締めた。
「わっ……」
コートに染み込んだ夜の冷たい空気と、その奥にある、元貴のお気に入りの香水の少しウッディで甘い香りが僕を包み込む。
「元貴……?」
「……りょうちゃん、お酒飲んでた?」
元貴の低い声が、首筋に触れる。
「あ、うん。さっきまで、僕たちがこないだ出たバラエティの録画、観てたから……」
その言葉を聞いた瞬間、元貴は僕の身体をそっと離し、顔を覗き込んできた。
「…観てたんだ。俺と若井の、中学の同級生トーク」
元貴の瞳の中に、微かな、しかし確実な熱が灯るのが見えた。元貴は僕の手首を掴むと、有無を言わさない力でそのままリビングのソファへと引っ張っていった。
・ ・ ・
ソファに僕を座らせると、元貴はその隣に深く腰掛けた。コートを脱ぐこともせず、ただじっと僕の顔を見つめている。
「……あのさ、りょうちゃん」
元貴の声は、ここ最近現場で聞いていた余所余所しいものではなく、プライベートで二人きりの時にしか使わない、低くて酷く甘いトーンだった。
「最近、俺が冷たいって思ってたでしょ。……ごめん。怒ってたわけじゃないんだ」
元貴はそう言うと、少しきまり悪そうに視線を落とし、自身の前髪をクシャリとかき上げた。
「俺さ、…その、かっこ悪いんだけど嫉妬、してたんだよね。先週の音楽番組の時、りょうちゃん、Snow Manの阿部くんとずっと楽しそうに喋ってたじゃん。廊下ですれ違うたびに阿部くんが『涼架くん!』って爽やかな笑顔で近づいてきて、りょうちゃんも『阿部くん!』って嬉しそうにくっついてイチャイチャしてて……」
元貴の口から飛び出した具体的な名前に、僕は思わず息を呑んだ。
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「…阿部くんは頭も良くて、物腰も柔らかくて、誰から見ても完璧な好青年じゃん。あんな王道のアイドルに、俺の知らないところでりょうちゃんが懐いてるのを見るのが、本当に、気が狂いそうで……。現場でりょうちゃんの顔を見ると、その嫉妬と独占欲を暴発させて抱き潰しちゃいそうだったから、あえて目を逸らして、距離を置いてたの」
元貴は僕の肩を強く掴むと、潤んだ僕の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「で、あのままじゃ自分がどうにかなりそうだったから、必死に新曲の制作とかレコーディングの仕事を詰め込んで、頭の中を無理やり仕事で埋めてたんだ。そしたら、いつの間にか、りょうちゃんに冷たく当たっちゃってて……。仕事を前倒しで全部終わらせて、今やっと、りょうちゃんを迎えに来られた」
元貴の口から明かされた事実に呆然とした。
冷たくされていたわけではなかった。むしろ、元貴は僕に言えずに嫉妬に一人で苦しみ、それに耐えるために必死に仕事に没頭していたのだ。
「なんだ……。僕、嫌われちゃったのかと思って、一人でずっとモヤモヤしてた……。でも、亮平くんとは、本当にただのお友達だよ……?」
安堵と、元貴の深い愛の重さを目の当たりにして、僕は安堵の息を漏らしながら肩の力を抜く。それを見た元貴は、ゆっくり僕の腰を引き寄せ、自分の身体に僕の体を寄りかからせた。
「分かってる。分かってるけど、嫌なものは嫌なの。俺の右隣にいてにこにこ笑ってるりょうちゃんは、世界中で俺だけのもの。若井が持ってる中学の頃の思い出も、阿部くんが向けるアイドルの笑顔も、全部俺が上書きしてあげる」
元貴の瞳が、底知れない独占欲で燃え上がっていた。
・ ・ ・
元貴の唇が、僕の唇へと激しく重ねられる。
お酒の微かな甘さが残る僕の口内へと元貴の舌が深く侵入し、自らの存在を刻みつけるように、激しく絡み合う。
「ん……む、元貴……っ、はぁ……」
息が続かなくなり、身体から完全に力が抜けていく。元貴は僕の身体をソファの上へと押し倒すとパジャマのシャツを強引に押し広げた。昼間の柔らかな光の下とは違う、深夜の明かりに照らされた僕の白い肌に、わざと痕が残るほどの強さで、首筋から鎖骨にかけて何度も熱いキスを落とす。
「あ、ひゃん……っ、元貴、そこ、明日の現場で隠せないよ……」
「隠さなくていい。みんなに見せつければいいじゃん。りょうちゃんは俺のものだって、みんなに教えてあげるから」
元貴の手が僕のズボンの中に滑り込み、熱い皮膚を直接なぞる。その刺激に、僕は涙目を浮かべながら元貴の首に自ら腕を絡ませた。
テレビの中では、元貴と若井の過去の話が綺麗に語られていたかもしれない。
けれど、今この部屋の中で、互いの体温を、呼吸を、剥き出しの愛を確かめ合っている僕たちは、誰にも邪魔されることのない、太くて、永久に解けることのない絆で結ばれていた。
「元貴……、愛してる……」
その甘い囁きを合図に、静かなリビングの空気はさらに濃密さを増していく。
二人の紡ぐ愛のメロディだけが、夜更けが訪れてもなお、絶えることなく響き続けていた。
【後日談】
「……ねえ、ちょっと二人とも。俺の苦労も少しは考えてくれない?」
翌日のレコーディングスタジオの楽屋。俺は、目の前のソファで一つの毛布にくるまって仮眠を取っているりょうちゃんとその隣でりょうちゃんを抱き寄せている元貴を見下ろし、深いため息を吐いた。
ここ最近の元貴の働き方は異常だった。新曲のスケジュールを「どうしても今週中に終わらせる」と、凄まじい鬼気迫るオーラで仕事を進めていた。その間、なぜかりょうちゃんに対して妙にツンツンして冷たい態度を取っていたから、バンド内の空気は一時期ピリピリしていたのだ。
それがどうだ。数日間の謎の連休が明けた今日、スタジオに現れた二人は、まるで付き合いたてのバカップルのように信じられないほどの甘いオーラを放っている。
「……っていうかさ、りょうちゃん。その首元のタートルネック、何?」
俺は、りょうちゃんの衣装の隙間からチラリと見えた痛々しいほどに真っ赤な痕を見逃さなかった。今の季節は秋口で、タートルネックを着ていても不自然ではないが、スタジオの暖房が効いている室内では明らかに暑そうだ。
「あ、若井……。おはよう……」
りょうちゃんが毛布から顔を出し、顔を真っ赤にしながら首元を押さえる。その隣で、元貴が「若井、うるさい。りょうちゃんは眠いの」とりょうちゃんの腰をもう一度抱き寄せ、さらに自分の方へと引き寄せた。
「うるさいじゃないよ元貴! さっき廊下で阿部くんに会った時、俺がどれだけ必死にカモフラージュしたか分かってんの!?」
さっき、廊下でばったり会った阿部亮平くんが、いつも通り爽やかな笑顔で「あ、若井くん! 今日、涼架くんは? ご飯に行く約束しててちょっと話したいんだけど……」と聞いてきたのだ。
その瞬間、脳裏に、先日音楽番組の収録をした際に、楽屋の裏で元貴が「阿部くんとりょうちゃんが近すぎる、マジで許さん」とブツブツ呪いのように呟いていた恐怖の光景がフラッシュバックした。
もしここで阿部くんがりょうちゃんに会いに行き、その首元の痕を見たり、あるいは元貴のあの般若のような嫉妬の視線を浴びたりしたら、絶対に一触即発の大惨事になる。
「あ、あ、阿部くん! りょうちゃん今、喉の調子が悪くて喋れない仕様になってて! あと、元貴が新曲のアイデア出しで、誰も近づけるなっていう結界張ってるんで、今日はちょっと無理です!!」
俺は所々に訳のわからない言葉を並べながら必死の形相でそう捲し立て、阿部くんを「えっ、あ、そうなんだ? 涼架くん、お大事にね……」と困惑させながらも、なんとか追い払ったのだった。
「俺さ、前にテレビで『元貴とバンド組んでから友達いなくなった』って言ったんだけど、このままだと他事務所の友達まで失うんだけど!?」
俺が盛大に突っ込むと、元貴は毛布の中から片目だけを開け、ニヤリと意地悪に笑った。
「ありがと、若井。よくやった。ご褒美に、次のライブで若井のギターソロ、十六小節増やしてあげる」
「そういう問題じゃない!!」
りょうちゃんは「もう、元貴、若井をからかわないでよ……」と大焦りしていたが、その顔は、昨日のいじけていた顔とは比べものにならないほど、愛されている幸せに満ち溢れていた。
「はぁ……。まあ、二人が仲直りしたなら、俺の胃痛なんて安いもんだけどさ」
俺はあきらめたように笑うと、自分のスマートフォンを取り出し、マネージャーからの「次のタイムスケジュールです」という連絡に素早く返信を打った。
テレビの収録の裏側で、どんなに面倒な嫉妬が渦巻こうとも。
この天才フロントマンで少しわがままな元貴と、その右隣で優しく微笑むキーボーディストのりょうちゃんを一番近くで守り、支え続けていくのが、自分の役目なのだ。
俺は二人の幸せそうな寝顔を見つめながら、小さく笑って、楽屋の電気を少しだけ暗くしてあげた。