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海の遺跡から帰還した翌日、シレントはギルドに呼び出されていた。
明らかに異常な自らを『魔族』と呼称する存在。加えて白金級のパーティが全滅するといった事態を重く見たギルドは、ロード・ゴブリンの件に加えて何らかの問題が起きていると考えて、彼から話を聞きたがったのだ。
ギルドの三階にある会議室を訪ねたシレントを座らせると、物々しい雰囲気漂う老人たちが注目する。銀級でありながら、白金級二名とのパーティを組む者は、まずいない。ギルドが経歴を調べたところ、彼はクエストショップで白金級の依頼も一度も失敗したことがない人間として記録されていた。
「シレント・フルフィウス。貴殿の実力を鑑みるに、銀級に収まる器ではなかろう。なぜこれまで昇級試験を受けてこなかった?」
先に自分のことを聞いてくるのか、とシレントは面倒に感じつつも笑顔を崩さず、できるだけ穏やかで真摯に答えた。
「地位や名誉に興味がなかったからです。ご存知の通り、随分昔から荷運び人として働いています。誰かの役に立っていれば良かったので。それは今も変わりません。専属として、仲間が喜んでくれれば十分です」
当たり障りのない答えに聞こえたとしてもシレントの本心だ。出世などせずとも十分に稼ぐ手段があり、困っていないのに昇級する理由がない。今は気の合う仲間と共に楽しく過ごしながら専属荷運び人として働ければそれで良かった。
老人たちに本心は伝わらない。彼らは呆れた顔で手元の資料に視線を落として、くだらない答えだとばかりにため息を吐く。
「では次に聞きたいのだが、海の遺跡で出会った魔物について……。彼らは間違いなく魔族の時代が来ると君たちに話したのかね?」
「ええ、それは間違いなく。他には確か────五百年前の怨み、と」
シレントにはピンと来ない言葉でも、老人たちは顔色が変わった。
「五百年前と……。あれは脚色された歴史ではなかったのか」
「あれってなんです? 僕らが聞いたことにどういう関係が?」
ひとりの老人が気まずそうにあごひげをさすりながら答えた。
「聖魔大戦と呼ばれる戦争があったと言われておる。大地の半分が喰らいつくされたとまで言われる戦争だが、儂らの頃には、そんな歴史を感じさせぬほど世界は美しかった……。ゆえ、それは誇張された歴史と思うておった」
誰でも活躍はおおげさに言いたくなるものだ。歴史における大戦の真実を知る者など、とうに滅んで誰も残っていない。真実を確かめる術などなく、その根拠となるものはひとつも見つからなかった。だから誰も信じていなかった。
「どんな歴史だったんです? 念のため、僕も聞いておきたいのですが……」
「この町にある聖デウス図書館には行ったことがないのかね? 有名な本だが、眉唾だと借りる者も少ない。細かく知りたければそちらを読む方が良いが」
シレントは、やんわりと首を横に振った。
「後でそうしますが、少しは皆さんからも聞いておきたいんです」
熱意の眼差しに老人たちは顔を見合わせ、代表してひとりが語った。
「かつて、知能が高く強い魔物たちがいた。それらは自らを魔族と名乗り、魔物たちを操って人間を滅ぼそうとした。奴らは他の個体とは比べ物にならんほど強く、人類は劣勢に陥ったのだ。勝利の遠い戦争だったという」
魔族たちの侵攻は続き、脅威に脅かされながらも人類は抗った。やがて、魔族に対抗できる者たちが現れた。しかし倒すには至らない。あまりにも強すぎるがために、次元の狭間と呼ばれる異空間に封印するのが精いっぱいだった。
大陸の殆どは焼き尽くされ、復興だけでも百年が掛かった。生き残ったのも、たった十数万人の人間という極めて少数からの再出発。魔物も殆どいなくなり、世界がほとんど平和になった。────というのが、今にいたるまでの歴史である。
「かつて人類は厳しい戦いを勝ち抜いた。……しかし、魔族が現れたということは脅威だ。それが真実であるかどうかも含めて、今後詳しく調査しよう」
膝の上に置いてあった手にぎゅっと力がこもり、シレントは憤りを隠さずに彼らを睨みつけた。
「あれは紛れもない事実だ。この手で救えなかった命があるんだぞ。何を呑気に真実かどうかも含めて調査だって?」
「海の遺跡も封鎖する。それで満足だろう、今日は帰りたまえ」
納得がいかない。海の遺跡にいた魔族を倒したとして、他にどれだけの魔族がいて、どこかのダンジョンに現れているとも限らないというのに、ひとつだけを閉鎖して何が変わるものか。脳裏には、目の前で人間が握り潰された瞬間が過った。
「ひとつ、僕からも推測ですが。ダンジョンは彼らが封印されていた場所なのではないでしょうか。次元の狭間なんて未知の場所に閉じ込められた以上、彼らは死んでいない。五百年のときを経て、ダンジョンという形で彼らは復活を始めたのではないか。……どうかよく考えて調査をなさってください」
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そう言って、苛立ち気味に立ちあがってシレントは会議室をあとにする。どうせ聞かない頭の固い老人たちを相手にしていても時間の無駄だと。
(自分たちはあの光景を見ていないから楽観的なんだ。一歩間違えばレアナやクローディアも殺されていた。僕だってそうだ、あんな怪物は初めて見た)
人間に近いカタチをしていながら、まったく異質の存在。軽く手で叩かれただけで壁にめり込むほどの威力。最後の一撃もクローディアがいなければ、とても受け止め切れなかった。直前にレアナが腕を斬り飛ばしておらず万全の状態だったなら、その結果すら覆っていたかもしれない。
あれをして、なぜ調査してからと言えるのか。ダンジョンに現れたとなれば、動揺の存在が他のダンジョンに現れていてもおかしくないというのに、封鎖はしない。ビジネスを優先するギルドの方針には腹が立った。
「ム。もう用は終わったのか、シレント殿」
「あれ? クローディア、君も来てたのか?」
「ウム、正式にパーティ所属の報告を」
昨日は流れで一緒にダンジョンに行っただけで加入報告が行われておらず、今後に影響があるかもしれない、とクローディアはまだ回復しきっていない体でギルドへ足を運んだ。しばらくは休みが確定でも取り急ぎ報告をしたかった。
「もうお昼だから、何か食べていこうか。今日はレアナも用事があるとかいって朝からどこか行っちゃったし、帰っても暇だろ?」
「それは名案だ。我輩も貴殿とゆっくり話がしてみたい────」
どん、と肩をぶつけられて言葉が途切れた。ぶつかった相手は当たり前のように立ち去ろうとしたので、クローディアが呼び止める。
「待ちたまえ、そこの。貴殿はなんのつもりで我輩にぶつかったのだ?」
「あァ? 邪魔だからだよ。どこのだれか知らねえが喧嘩売ってんのか」
振り返った男を見てシレントが庇うようにクローディアの前に立った。
「誰にでも喧嘩を売るなよ、ディル。君が勝てる相手じゃない」
「……シレント? なんだよ、また違う女連れてるとはな!」
下品な笑みを浮かべて、ディルは鼻を鳴らして小馬鹿にする。
「荷運び人サマはお暇なんだねえ、俺たちと違って。羨ましいよ」
その言葉は聞き捨てならない、とクローディアはシレントを押して退かす。兜の中から、鋭い眼光がディルを睨んだ。
「我輩だけでなくシレント殿まで愚弄するのであれば黙ってはおれぬぞ。騎士として決闘を挑もう。まさか尻尾を撒いて逃げたりはせぬよな?」
「なんだと……! こっちは暇じゃないんだよ、お前らと違って!」
挑発に苛立ちを隠さないディルが一歩前に詰め寄った瞬間、クローディアの裏拳があごを掠めて脳震盪を起こさせ、途端に床に倒れ込んだ。
「むう、困った……。躱すと思ったのに良いのが入ってしまったな……」
コメント
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うわ、ギルドの偉い人たち呑気すぎてモヤモヤする……。シレントがあれだけ必死に伝えたのに「調査する」って、現場見てない人はやっぱり分からないんだなって。あの怒り、すごく伝わってきた。クローディアがシレントを庇ってディルに啖呵切るところ、騎士らしくてかっこよかった。そしてまさかの一発KO(笑)。2人のやり取りも好きだな。続き気になる〜🤍