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身体を前に乗り出してそういったニーナちゃんに、父親は静かに言った。
「……ダメだ。君の実力が分からない以上、連れていくことは出来ない」
あまりにも正論が飛び出して俺は思わず何を言ってるんだ、と思ってしまった。正論なのに。
けれど俺はニーナちゃんには恩がある。
だから、聞いてみた。
「でも、パパは僕を連れてってくれたよ?」
「イツキの実力は知っているからな。けれど、彼女の実力が分からない。分からない以上、危険な目に合う可能性に巻き込むわけにはいかない」
父親は首を振った。
俺の服を引っ張って遊んでいたヒナも流石に真面目な状況ということで、ふざけるのをやめた。
とりつく暇もない父親に、それでもニーナちゃんは続ける。
「でも、私は! 私は祓魔師えくそしすとになりたいの……! だから、ちょっとでも魔法を、モンスターを、見たくて……!」
ニーナちゃんの口ぶりからして、おそらく彼女はほとんどモンスターを見たこと無いんじゃないかと思う。
きっと母親に見学に連れてってもらえてないんじゃないないかと。
そもそも、祓魔師にとって子供のうちから魔祓いを見学させることで、将来に備えさせるというのは珍しい話ではない。俺たちみたいな歳からやらないだけだ。
でも、それだって別に俺が特別というわけでもない。
アヤちゃんだって、俺たちと一緒に魔祓いの見学に着いてきたのだし。
そう、『見学』に限れば特別なことはないのだ。
「そうは言うが何が起きるか分からないのが魔祓いだ。だから、君を連れていくわけには……」
完全に断るつもりでいる父親の言葉を、今度は俺が「ねぇ、パパ」と遮った。
ニーナちゃんにはこれまで1週間も放課後に魔法の練習に付き合ってもらった恩がある。彼女はそれを『約束』だと言った。
だとすれば次は俺こそ彼女との約束を守るべきだ。
だって小学校で習うだろう?
『約束は守れ』って。
「パパ。僕がニーナちゃんのそばにいるよ」
「……イツキ?」
ニーナちゃんが意外そうに俺を見る。
「僕が全力でニーナちゃんを守る。それにモンスターには近寄らない。『視力強化』魔法を使って、遠くから見る。それだったらどう?」
「……ふむ」
思案するように父親が片目を絞る。
だが、父親が何かを続けるよりも先に、再びスマホが鳴り響いた。
父親は仕事の電話だけすぐに気がつけるように着信音を変えている。いま鳴っているのはそれだ。
再び出ると、『分かった。2人だな? すぐに出る』と返した。
「問答をしている時間がない。イツキ、その子の守りに徹すると約束するか」
「うん。任せてよ」
父親に頷くと、今度はニーナちゃんに向き直った。
「絶対にイツキから離れないと約束できるか? 現場に入ってはいけない。君はイツキから『視力強化』魔法をかけてもらい、外から見学するだけだ。それが守れるか」
「ま、守るわ……! モンスターハントを見れるなら、それで……」
「分かった。では、出るぞ」
俺が頷くと父親はニーナちゃんにランドセルを持つように指示。
仕事が終わったら送っていくつもりなのだろうか。
ニーナちゃんがランドセルを拾い上げた瞬間、ちょうど玄関の鍵が開く音がした。母親が帰ってきたのだ。
3人して部屋から出ると、母親はニーナちゃんを見て目を丸くした。
「あら、イツキ。お客さん?」
「そうだよ! でも、もう行かなきゃいけないの」
「忙しいわね」
母親はそういって微笑むと、俺と一緒に部屋から出てきたニーナちゃんを見つめる。
「また来てね」
「…………ん」
ニーナちゃんは照れくさそうにそう返す。ニーナちゃんも、照れることがあるんだなと思うと「何よ」と睨まれた。
俺たちは家から出ると、父親の車に飛び乗る。そのまま猛発進。パトランプを出しながら、道を加速していく父親が状況を話してくれた。
「敵は『第三階位』の“魔”。下校途中の子供を2人さらって、公園に立てこもっているらしい」
「公園に立てこもる?」
ちょっと聞いたことのない言葉に俺が尋ねると、父親が頷いた。
「あぁ、そうだ。公園の真ん中に立って、叫んでいるらしい」
「……?」
首を傾げたが、モンスターの行動の意味が分からないのは今に始まったことではない。そういうものだと思うしかないのだ。
俺が状況を飲み込んでいると、俺と一緒に後部座席に乗り込んだニーナちゃんの手が震えているのに気がついた。
「大丈夫?」
「……大丈夫よ。怖くなんて無いんだから」
大丈夫としか聞いてないんだけど……まぁ、良いか。魔祓いなんて、緊張しない方がおかしいのだから。
父親の運転する車に乗ること7分。
大通りをそれなりにぶっ飛ばしてたどり着いたのは、どこにでもある閑静な住宅街の1つだった。
ただ、1つだけ変わったところがある。
それは公園に繋がる道の全てを警察が封鎖していたことだ。
なんと事件現場の公園は外から入れないどころか、外から見れなかった。
それはモンスターの被害に一般人が巻き込まれないようにするためである。
公園が見えないので、もちろん野次馬もいない。面・白・い・も・の・が見れないのに、わざわざ人だかりを作る意味も無いということだろう。
父親が車から降りたので、俺たちもその後を追いかけた。
「『ここまで』と言ったところからは絶対に進んではならない。約束だぞ」
「うん。大丈夫。分かってるよ」
俺の返答に『念の為だ』と父親は返した。
公園の場所を警察から聞き、住宅街を進む父親が曲がり角を曲がった瞬間、俺たちに向かって静止の手を伸ばした。
「ここまでだ。この曲がり角から先に進んではならない」
「分かった」
俺がそう頷いて曲がり角から身を乗り出すと、道の先には公園があった。
距離は150mくらいだろう。
『視力強化』を使わなくても見えるような位置にその公園はあった。
小さな公園だな、と思った。
『視力強化』魔法を使ってみれば、置いてある遊具はブランコと滑り台の2つだけ。
都内の住宅街によく見る『とりあえず作りましたよ』感があふれる小さな公園である。
公園からは子供の泣き声と怒号が聞こえてくる。
なんだなんだ、と俺が視線を凝らすと、公園に女性体のモンスターがいるのを見つけた。
見つけたソイツが何かを叫んでいたので、俺は耳の周りに『導糸シルベイト』を集めると集音。声を拾った。
『泣くんじゃあないわよ! 泣かないの! 泣きたいのはこっちの方よ!!』
よく見ると、モンスターは泣いている子どもたちに怒っていた。
しかし、まず目を引くのはその格好だろう。
上半身はさらしだけを巻いたような姿で、ほとんど裸と言っても良い。
周りに身体を見せびらかしているかのようだ。そして、その身体にはびっくりするくらいのタトゥーが入っている。
……どっかで見たぞ、あの格好。
『良い、小さい人間! あたしはね、姉さんを失ってるの! 姉さんが死んじゃったの! 可哀想なのは、あたし。アンタたちじゃない』
ばん、と滑り台を踏みしめて彼女は叫ぶ。
『姉さんは素敵だったの。最高だったの。人間なんか目じゃあないくらいに美しかったの。あの身体に刻まれたタトゥーを見るたびに、震えちゃうのよ。ブルブルって、風邪を引いた時みたいにね。粋ってああいう人のことを言うんだわ。まぁ、姉さんは人じゃないんだけど』
格好だけじゃなくてなんかどっかで聞いたことある話し方するな……と、俺が思っていると彼女は続けた。
『あたしは姉さんを心の底から尊敬してたんだけれど、1つだけ、本当に1つだけ気が合わないことがあったわ。何か分かる? いや、答えなくて良いわ。人間なんかには分かんないでしょうから。だから教えてあげるわ』
俺は目の前の光景を見ながら『果たして』と考えた。
『この世で最も美しい形は立方体キューブなんかじゃあないの。球スフィアよ』
このモンスターをニーナちゃんに見せても良いのだろうか、と。