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「……イツキ」
くい、と俺は自分の服を引っ張られて、ニーナちゃんの方を向いた。
「どうしたの? 見せてよ」
「う、うん。分かった……」
見せるべきかは未だに悩んでる。
悩んでいるけど、見せないというのも変な話だ。
そもそもニーナちゃんがモンスターを見たいから、俺はここにいるのだから。
俺はニーナちゃんの目の周りに『導糸シルベイト』をぐるりと円形に作り出すと、レンズのようにして『視力強化』を使う。これで、ニーナちゃんもモンスターが見えるようになったはずだ。
「……はぁっ。はぁっ」
短く、ニーナちゃんが息を吐き出す。
遠くからモンスターを見ただけでこうなるのか……。
……やっぱり、見るのはやめておいた方が良いんじゃないか。
「大丈夫、ニーナちゃん。見たくないなら、いつだって言ってくれれば」
「……ううん。大丈夫よ。大丈夫」
そういうニーナちゃんは震えている。
お、おいおい。本当に大丈夫なのか……?
心配になるが、本人の願いだ。それを止めるのも道理が通らない。
そう思って俺がニーナちゃんの様子を見ていると、ニーナちゃんの手が俺の手首を掴んだ。
「どうしたの?」
「…………」
ニーナちゃんは無言。
聞こえていないのか、無視しているのか、それとも無意識なのか。
どうしてニーナちゃんが俺の手を掴んだのかなんて分からないけれど、ニーナちゃんがいま何をしているのかは分かる。彼女は苦手を乗り越えようとしている。ただ、自分の夢を叶えるために。
『昔は良かったわ。どこの公園にも、球の遊具があった。ぐるぐる回る遊具があった。公園こそ、人間の生み出した至高の場所だったのに!』
しかし、こっちのモンスターが言っていることはよく分からない。
ぐるぐる回る球の遊具ってなんだよ。
俺がそう思っていると、彼女は子供たち2人を睨みつけて叫んだ。
『それに昔は公園でボール遊びをしている小さい人間も多かったわ。ボールは良いわ。人類が生み出した最高の発明よ。あたし、人間は嫌いだけどボールは好きなの。“美”の完成形よね。なのに……! なのに、あんたたちはッ! 公園があるのにボールで遊びもしないッ! 何を考えてるのよッ!!』
滑り台の柵をガンガン蹴りつけながらキレ散らかすモンスターに、俺は『時代遅れだなぁ』と思ってしまった。
今どき、公園の中でボールで遊ぶ子供はいない。
これは地域にもよるんだろうが、俺が前世で子供の頃からそうだった。
というか、そんな小さい公園でボール遊びできるかよ。
なんて思ってしまうのだが、それが分かるようなら子供はさらわないだろう。
それに、モンスターとは分かりあえないものだ。
「なぜ、子供たちがボールで遊ばないのか知っているか」
まっすぐ伸びた『導糸シルベイト』がモンスターの身体を縛り上げる。強引な力で引っ張られて、滑り台から叩き落されたモンスターに追撃の拳が伸びる。
「お前のような変質者が出てくるからだ」
『来たわね、祓魔師ィ!』
父親が拳を振り下ろすのが見えた。
ついで聞こえる衝撃の音。住宅街の中に突然響き渡った異音を、『聴力強化』で全て拾い上げてしまった。うるさっ!
だが、公園から黒い霧はあがらない。
まだモンスターは死んでいない。
恐らくモンスターは何らかの方法で父親の拳を避けたんだ。
次の瞬間、公園からモンスターの『導糸』がまっすぐ伸びた。
空を飛んでいたカラスに衝突。カラスが生きたまま立方体キューブになっていく。変化していく。そこは球じゃないのか。
『あんたでしょ。あたしの姉さんを殺したのはッ!』
「姉? モンスターに姉という概念は無いだろう。血も繋がっていないというのに」
『はァーッ!? 家族に血は要らないんだけどッ! 必要なのは、意思と愛ッ! 愛さえあればァ! 家族になれるのよッ!』
そんなことを言ったモンスターの身体が公園の金網を突き破って、背後の民家のブロック塀に激突して崩壊していくブロック塀に巻き込まれた。痛そうだな。
そして、それをやった張本人が公園から、のそりと外に出る。
「それは一理あるだろうな」
『ありがたい姉さんの言葉よ。その耳によく刻みこみなさい。そしてェ!』
ふらふらになりながら立ち上がったモンスターが両手を掲げる。
『愛は痛みッ! 痛みこそが愛を生み出す源泉ッ!』
そういって、モンスターは自分の身体を抱きしめて立ち上がった。
きしょいなと思った瞬間、ニーナちゃんが俺の手首を握る強さが強くなった。痛い。
『さぁ、祓魔師ィ! あんたはここで死ぬ。死んだ後はキレイな球にして、姉さんの墓標にするわッ! 昔から思ってたんだけど、墓標も丸くするべきよッ!!』
意味の分からないことにキレたモンスターが叫んだ瞬間、先ほどから空を飛んでいたカラスたちが一斉に落ちてきた。そのカラスたちには、どれも『導糸シルベイト』が巻き付いている。
「パパ!」
何をしたのかは知らないが、あれは『物体の形質変化』。
ドングリ爆弾なんかと一緒の魔法だ!
俺が叫ぶと同時に、父親は2本の『導糸シルベイト』を両足に回してバックステップ。公園にいた子供を2人抱えると、地面を蹴って飛んだ。
遅れて、落下してきたカラスが滑り台に触れた瞬間、そこを球状に削・り・取・っ・て・消えた。
だが、俺が叫んだことでモンスターの目線が俺たちに向いた。
隣りにいるニーナちゃんがより強く俺の手首を握る。
俺は半歩身体を前に出す。
すでに魔力を練っている。
『あらァ! 見つけたわ! あんたも姉さんを殺した祓魔師でしょオ!』
そう言ってモンスターが俺たちに向かって飛んだ瞬間、モンスターはその場にこけた。まるで急にバランスを崩したかのように。
そう思って目をこらした俺はすぐにさっきの考えを否定した。
バランスを崩したように、ではない。
本当にバランスを崩したのだ。
なぜなら、すでにモンスターの右足首から先が無かったから。
そして、俺の真後ろから女性の声が聞こえた。
「妖精には、人を困らせて楽しむ者がいます。例えば人をからかったり、迷わせたり、人のものを無くしたり」
ば、と弾かれたように振り向いたニーナちゃんが掠れた声で呟く。
「……ママ」
「これはそれを再現したものですよ、イツキさん」
だが、彼女はニーナちゃんを見ない。
見もしない。俺を見て、続けた。
「妖精がモンスターの身体を奪っていく。奪ったものは妖精さんが自分の家に持ち帰るんだそうです。素敵ですよね」
イレーナさんがそう言った次の瞬間、モンスターの両手が奪われた。
脇腹が四角形に削り取られた。まるで虫食いされる葉っぱのように、身体のパーツが1つ1つ奪われていく。
『し、四角になっちゃう! 身体が姉さんになっちゃうわ!!』
意味不明。
「英国式の魔法は魔法使いと妖精が独立していることにメリットがあるんです。現にほら、私は妖精さんにお願いしているだけです。あのモンスターを倒して、と」
イレーナさんが最後にそう微笑んだ瞬間、モンスターの首が直方体状に抜き出された。それがトドメになったんだろう。黒い霧になっていく。
「どうですか、イツキさん。イギリスで魔法を学びたくは無いですか?」
「……僕は、行きません」
「そうですか。残念です」
イレーナさんは俺の言葉に微笑むと、背を向けて子どもたちを保護している父親のところに向かった。
「ま、待って! ママ! 私……!」
ニーナちゃんは何かを言いかけたが、尻すぼみに消えていく小さな声にイレーナさんは気づかなかった。ただ、俺の手を握るニーナちゃんの握力が痛いほどに俺の手首を捕らえて、離さなかった。