テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――運が無い。
前世の俺は、この一言に尽きると思う。
ひとつひとつは小さくても、細々重なると地味にストレス溜まるんだよな~。
SNSで話題の飯屋に行ってみれば、百発百中で臨時休業。
雨傘なんて、コンビニの傘立てに置いたが最後、再び出会えた試しはない。
出先のトイレで慌てて個室に駆けこめば、いつも基本は|紙《カミ》切れだった。
……っておい、俺、前世でも“神”に嫌われてたのかよっ。
マイ紙を持ち歩いてたから、悲劇は起きなかったけどな。
まぁ何事も事前にわかってりゃ、いくらでも対処はできるってことで!
そんな俺にとって。
ゲームのデバッガーは、まさに“天職”。
もともと俺はゲームが嫌いだった。
クラスの奴らが遊ぶときは普通なのに、いざ俺がプレイすると、チュートリアルで進行不能になったり、セーブデータが消滅したり……俺ほんと運が|無《ね》ぇって思い知らされて泣きたくなるだけ。
楽しいなんて思ったことは1度も無かった。
ある日、同級生が何気なく言った「お前のそれ、デバッガー向きじゃね?」という一言が、俺の進路を決めることになったのだった。
どんなにグラフィックが美しくても。
どんなに物語が面白くても。
致命的な不具合があれば、そのゲームは台無しだ。
ゲームの欠陥を見つけ、共有する。
それが、俺たちデバッガーの仕事。
皆が力を合わせて作った作品を「ユーザーが快適にプレイできる状態」にして世に送り出すべく、最終チェックを行う“最後の砦”というわけだ。
言っておくが、“欠陥”ってのは条件を揃えなきゃ起きないもんだ。
よくできたゲームの場合、普通の人なら必死に繰り返しプレイしてようやく遭遇できるかどうか。
だが俺は、初見プレイで出会ってしまう。
俺としては普通に遊んでるつもりなんだが……欠陥のほうからぶつかりに来てくれるってやつ?
――“バグの申し子”。
あまりにポロポロ見つけるもんだから、会社で俺が付けられた二つ名。
不運体質の俺にとっちゃ、デバッガーは天職だったわけだな!
……そういや、加護は「その人物の魂が持つ“本来の力”を、神が引き出す形で授ける」って説もあったか。
今日の今日まで今世の俺は別に不運だと感じたことなかったけど……もしかして魂に“不運”が染み付いてた?
でなきゃ【粗探し】なんてふざけた能力を授かるわけねぇよな――
――目が覚めると。
俺は見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。
とりあえず体を起こしてみる。
「あっ、おはようございます!」
嬉しそうに声をかけてきたのは、やたら顔の整った村娘。
白く透きとおる肌。
つややかな金髪ロングヘア―。
キラキラ輝く大きな瞳。
にしても、どこかで会ったような気がするんだよま。
こんな目立つ娘、絶対忘れるわけないんだけど――
「――ん!? 馬車に乗ってた|娘《こ》か!」
気づいた瞬間、脳内に記憶が冴えわたる。
こくんとうなずく少女。
「わたしは『ナユタ』と申します」
ほぅ、確かにイメージにぴったりな柔らかい響きの名前だな。
「俺はエルヴィン・ベネ――」
ここまで口に出したところで、ふと思い出した。
――勘当。
――追放。
――父上は、俺を殺そうとした。
ベネディスター家の名を名乗ろうとして、喉が詰まる。
もう俺は、あの家の跡取りでも何でもない。
その名を使う資格があるのかすら、怪しいもんだ。
「……エルヴィンだ」
言い直すと、ナユタは気にした様子もなく微笑んだ。
「では、エルヴィンさん」
……助かった。
今はそれ以上、突っ込まれたくなかったからな。
「あなたの、おっしゃる通りでした。商団主さんが馬車の車軸を調べたら、錆びてることがわかり、大騒ぎになって……ひとまず軸の応急処置だけして、近場の街に立ち寄ることになったんです」
「脱輪は免れたんだな?」
「ええ! 早く処置できて幸いでした。商団主さんは『あのまま走っていたら、俺たち皆お陀仏だったぞ!』って……本当に、本当にありがとうございますっ!」
深々と頭を下げる少女。
「たまたまだよ、大したことじゃ――」
「大したことですっ! あなたが教えてくれなかったら、商団の皆さんも、私も、無事じゃすまなかったかもしれません……あなたは命の恩人なんですよ?」
「いやいや、死にかけてたのは俺のほうで――あれ?」
ここまで言いかけたところで、違和感。
「――ケガが、治ってるッ!?」
さっきまでの俺は、大量出血の致命傷を負っていた。
父上に殴られて内臓も骨もやられていたはず。
なのに、まったく痛みを感じない。
服は小綺麗な町民着。
石鹸の匂いに包まれており、血の跡なんかどこにもない。
「えっと……私が治しました」
遠慮がちにナユタが言う。
「君が? これを?」
「あっ、でも違うんですっ! その、実は私、治癒系のスキルを持ってまして……えっと、治したのはケガだけで、服はここの宿屋のご主人にお借りして、着替えもご主人にやっていただいて――」
「いや待って!? 俺、相当重傷だったよ? あれを傷跡ひとつなく全快させるってすごくない?」
「ほんとは『このスキルは滅多に使うな』って言われてるんですけど……その、あなたが死にそうだったので、見過ごせなくて……でも」
「ん?」
ナユタが気まずそうに目を伏せた。
「……なんで使っちゃいけないんだ?」
「上手くいく時はいいんです。でも、時々……どうしても、思った通りにならなくて……」
自分の手をぎゅっと握りしめるナユタ。
「どういうことだよ?」
「んっと……腕を治したいのに、脚のほうに力が流れたり……周りの人を巻き込んで、暴走させてしまいそうになったり――」
「待て待て? ってことは俺、もしかして危なかった?」
「大丈夫ですッ! 今回は奇跡的にうまくいったんで!!!」
「…………」
――まぁ、あれだ。
助けてもらったわけだし、これ以上責めるのはやめておこう。
「だから、本当は怖いんです。私、自分の力なのに、ちゃんと扱えてなくて……」
か弱い少女は、今にも泣き出しそうであった。
「なるほど。上手くいく時と、いかない時がある……条件次第で挙動が変わるってやつか」
そういう話を聞くと気になってしまう。
善意とか同情とか、そんな立派なもんじゃない。
ただ単に知りたくなるのだ――その“原因”ってやつを。
まぁ、デバッガーの性分だな!
「見えない条件差のある欠陥は厄介だぞ……だが逆に言えば、条件さえ掴めれば対処の余地がある」
気づけば俺は、ナユタのほうへ意識を向けていた。
『――【粗探し】』
脳内に、あの無機質な声が響く。
目前に現れたウィンドウを見て、俺は目を見開いた。
・・・・・・・・・・
■名前
ナユタ
■欠陥
強い恐怖を抱えた状態で加護を発動すると、魔力の制御が乱れ、治癒対象ではなく周囲へ干渉しやすくなる。
・・・・・・・・・・
「……そういうことか」
「え?」
思わず口をついて出た言葉に、ナユタがきょとんとする。
「君の加護、治癒そのものが失敗してるんじゃない」
「というと……?」
「どうやら、怖い時だけ挙動が変わるらしいぞ。治したい対象にまっすぐ向かわず、周囲に流れやすくなる。おそらく加護自体が悪いんじゃなくて……恐怖で制御が乱れてるみたいなんだ」
「そ、それ……」
俺自身、言いながら半信半疑だった。
だが、ナユタの顔色が変わり、かすれた声が漏れた。
「本当に……そう、かもしれません。私、いつも失敗する時って……すごく焦ってたり、怖かったりして……」
ナユタの瞳が揺れた。
長く出口の見えなかった悩みに、初めて筋道らしき光が差し込んだとでもいうところか。
「君の加護が危ないんじゃない。条件があるってだけなら、対処できるかもしれないだろ」
「……っ」
ナユタは何か言おうとして、けれど言葉にならないまま唇を震わせた。
――その時だった。
「勝手なことを吹き込まないでもらおうか」
低く冷えた女の声が、部屋の奥から落ちた。
「いつの間に!?」
思わずベッドの上で後ずさりする俺。
さっきまで、誰もいなかったはずの壁際。
寄りかかるように立っていたのは、長身の女だった。
年の頃は二十代半ばほどだろうか。
細身で華奢な美人だが、ただ立っているだけで分かる――こいつは強い……!
まっすぐ俺を射抜く鋭い瞳。
何より目を引くのは、頭上の猫耳と、ゆらりと揺れる細い尻尾。
「…………え。猫耳? 獣人か!?」
獣人なんてめちゃくちゃ珍しいぞ!
俺も本の挿絵でしか見たことないレベルだ。
「リィゼルさん!」
ナユタが慌てて振り返る。
「この方はリィゼルさんと言って、私の護衛を務めてくださっているんです」
「へぇ……護衛、ねぇ」
観光目的の旅人か、商団の娘あたりと思ったが、どうやらちょっと違うらしい……。
……ただの少女に、こんな腕利きの護衛が付くわけないからな。
リィゼルと呼ばれた女は、俺を見たまま一歩前へ出た。
「ナユタ様。見ず知らずの不審者に、事情を話しすぎるな」
「でも……」
「いいか? 素性も知れない男。追手を抱えている可能性もある……あなたの加護のことまで聞かせる必要はないだろう」
容赦のない物言い。
いや、言ってること自体は正しいんだよな。
俺が逆の立場なら「それはそう」としか言えないし。
「……反論しないのか?」
「できねぇよ、わりと正論だし。だめだぞー、知らないヤツを簡単に信用したら」
「フン、軽いな」
「『その通りでございますぅ!』とでも言えば満足かい?」
「少なくとも怪しさは減るな」
「うっわー。減るだけで、帳消しにはならないのかー」
「チッ」
舌打ちをするリィゼル。
冗談を言ってる場合じゃない空気だが、変に取り繕うのも違う気がするんだよなぁ。
ナユタがおろおろと視線を行き来させる。
「あの、リィゼルさん。この方、本当にすごいんです。私、何も詳しく話してないのに……」
「偶然だろう」
「で、でも……偶然で、あんなふうに言い当てられるとは思えなくて……」
「言い当てたとしても、それで信用に値するとは限らんさ」
きっぱり言い放つナユタ。
この獣人、護衛としては満点だな。めちゃくちゃ感じ悪いけど。
だがナユタは引かなかった。
「……エルヴィンさん」
「ん?」
「行く当ては、ありますか?」
「ない」
即答だった。
家は無い。戻る気も無い。たぶん戻ったら殺される。
行き先なんて、あるわけがない。
「でしたら……その」
ナユタは一度リィゼルを見て、それから意を決したように俺を見た。
「しばらく、私たちと一緒に来ませんか?」
「ナユタ様ッ!」
リィゼルの声がさらに低くなる。
だがナユタは、はっきりと言った。
「この方は、私の加護のことで、初めて『何が起きているのか』をちゃんと言葉にしてくれた方です」
「それでも危険です!」
「危険かもしれません。でも……ここで別れたら、きっと後悔します」
まっすぐだった。
助けたから拾うとか、可哀想だから放っておけないとかじゃない。
――必要だから手離したくない。
そういう、強い目。
俺、嫌いじゃないよ。そういうの。
「……別に。俺は構わないけど」
肩をすくめると、リィゼルの視線が刺さる。
「どこの馬の骨とも知れぬ不審者め――」
「役に立たねぇと思ったら捨ててくれ。俺だってそんなに厚かましくねぇよ」
「十分厚かましいと思いますが」
「可愛らしい猫耳の生えた人にだけは、言われたくねぇなー」
「…………」
無表情でしばし固まるリィゼル。
そこ黙るんだ。
気を取り直したらしいリィゼルが、口を開く。
「我は、反対だ」
「うん」
「だがナユタ様がそう望まれるなら……従うのみ」
「わぁ、嫌々なのが分かりやすいな~」
「……護衛なので」
満点の回答だね!
徹頭徹尾、一貫してるわけだ。
「ありがとうございます、リィゼルさん!」
ナユタがぱっと顔を明るくした。
そして俺へ向き直る。
「私たち、これから少し先のダンジョンへ向かう予定なんです」
「ダンジョン?」
「はい。危険な深層ではなく、浅い階層だけですけど……私の力を試す目的もあって」
「なるほど」
検証ってやつね。楽しいじゃないか。
「……分かった。同行させてもらう」
「本当ですか?」
「ああ」
「くれぐれも勘違いされるな。信用したわけではない。監視の目が届く場所に置いたほうがマシだと判断したのみだ」
リィゼルが冷たく言う。
「はーいはい、ありがてぇことで……」
こうして俺は、ナユタとリィゼルに連れられ、ダンジョンへと向かうことになったのだった。
ダンジョン行きの準備を整えること数日。
街を出てから徒歩で半日ほど経った頃。
山のふもと辺りに、太い傷口のような裂け目が見えた。
近づくだけで、ひんやりと寒気がただよってくる。
「お、もしかしてあれが――」
俺の言葉に、ナユタがうなずく。
「はい、地脈干渉型の山岳ダンジョンです」
リィゼルは周囲を鋭く見回したまま、短く告げる。
「ここより先は遊びではない。おい貴様、足を引っ張るなら置いていくからな」
「手厳しいことで」
「フンッ」
まあ、この猫耳護衛が俺を信用してないのは、もはや平常運転だ。
とはいえ、こうして数日一緒に動いてみて分かったこともあった。
リィゼルは態度が悪い。
だが護衛としては優秀だ、それも恐ろしく。
常にナユタの周囲にさりげなく陣取り、誰が近づくか、どこから視線が飛ぶかを見ている。
そして強い。
俺の見立て通りだ。
実際、ここへ来る途中で襲ってきた魔物がいたが、俺が剣を抜く前に喉元を裂いていた。
気づいた時には終わってたってやつ。
猫耳美人の所業じゃねぇよ……こいつが味方で本当によかった。
「それにしても……妙だな」
俺は、ダンジョンの入口を見つめる。
理由はまだ分からない。
けれど魂の奥底で、【粗探し】が微かにざわついている。
まるでこの場所そのものに、見過ごせない“何か”があるとでも言いたげに。
「エルヴィンさん?」
「いや……何でもない」
そう答えながらも俺の視線は自然とダンジョンへ吸い寄せられていた。
この先にあるのは、危険か、未知か。それとも……
まぁ、どれにせよ――確かめればいいことだ。