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(SIDE:浅葱)
病弱ゆえに屋敷の外に出られず、日差しを避けて育ったためか、肌は雪のように白い。
長い黒髪は艶めき、絹のように滑らかで、日奈子が微笑むと誰もが目を奪われるほどに美しかった。
涅家の直系である上に並外れて霊力が強く、さらには『護り石』を通して霊力を付与できるというおまけつき。
十五歳という異例の若さで当主の座についた日奈子には、心身ともに支えてくれる者が必要だった。
婿候補に選ばれたのは、年頃の合う兄弟。
――兄の浅葱と、弟の蒼士。
『どちらを婿に取るか、日奈子が選んでよい』
先代当主がそう告げた瞬間、これまで自身の感情を露わにしたことのない日奈子の頬が、さぁっと喜びに染まったことに、浅葱は気付いてしまったのだ。
「黙ってさえいれば、当主様は俺を選んでくださる」
我が儘ひとつ言ったことのない日奈子のことだ。
涅家のため、霊力の強い浅葱を選ぶことは分かりきっていた。
幼い頃から大切に想い、焦がれた娘。
自分が黙ってさえいれば日奈子を得られる状況で、だが本当にそれいいのかと疑問が浮かぶ。
本当に大切ならば、日奈子の幸せを願い、身を引くべきなのではないか。
『当主様の婿になれば制約も多く、思うようには動けません。傍に立ち、何かあれば命を投げ打ってでも護りたいと願う俺は、婿には向いていないでしょう』
そう告げると驚いて息を呑み、――そして浅葱の想いに気付いたのだろう。
唇を噛みしめ、小さくひとつ、頷いた。
そして晴れて蒼士は、日奈子の婚約者に選ばれる。
婚儀の準備は進み、式を待つだけとなったある日。
人の力では祓えないほどの瘴気が三ツ島を覆った。
すぐに先代当主から招集がかかり、日奈子と蒼士、浅葱は急ぎ御守様のいる大広間へと向かう。
「御守様が、『鎮め石』を水底に沈めよと仰られた」
「……鎮め石!?」
「白羽の矢を射、選ばれた者が涅家当主の花嫁となり、その身を捧げよと」
「お待ちください。花嫁と言われましても、日奈子様は女性です」
嫌な予感に指先が震え、振り向いた先で日奈子が困ったように微笑んでいる。
「これより当主は浅葱、お前だ。日奈子の次に霊力が強く、人柄も申し分ない」
「そんな……では日奈子様はどうなるのですか!? これまであんなに涅家を支えて――」
「既に決まったことだ。日奈子は蒼士と夫婦になり、これまで同様当家を支えてくれれば問題ない。これより御守様より白羽の矢が放たれ、『鎮め石』の選定に入る」
日奈子と蒼士が予定通りに結婚し、当主となった浅葱を盛り立てる。
納得のいく落としどころのはずなのに、胸の奥から湧き上がる不安で、浅葱の足元がおぼつかない。
そもそも自分が当主になるなどと、考えたこともなかったのに。
――そして数刻後、白羽の矢は放たれた。
『鎮め石』に選ばれたのは、まさかの日奈子。
暴れる蒼士を力尽くで閉じ込め、――新たに当主となった|浅《・》|葱《・》と日奈子の婚儀は、その日のうちに執り行われた。
「……どうした、浅葱。そんな遠くにいては、花嫁にはなれない」
狭い部屋に二人きり。
白無垢に身を包んだ日奈子に促され、浅葱はよろめきながら、やっとの思いでその足元に|蹲《うずくま》る。
「優しいお前に、つらい役回りを押し付けてしまったな」
「そ、そんなこと……ッ!!」
「どうせ長くない身なのだ。最後にこうして皆の役に立てるのであれば、それだけで生きてきた意味がある」
すべてを受け入れ微笑む姿に、それ以上は堪えることができなかった。
必死に涙を閉じ込めようとしたのだが、明日には消えてしまう命を想うと、悲しみが堰を切ったようにあふれてくる。
身体を丸めて蹲ったまま、でも涙を見せたくなくて、両手で顔を覆うしかなかった。
「――浅葱。お前にならば、安心して託せる」
浅葱の身体を覆うように日奈子が被さり、震える背中にそっと頬を寄せる。
涙がとめどなく溢れ、目の前がぼやけて何も見えなくなってしまう。
焦がれて焦がれて、その幸せを願い続けた大切な人。
このような状況になってなお、口付けをすることすら叶わない、至高の人。
一番つらいのは日奈子であるはずなのに、優しく優しく背を撫でられる。
温かい手が自分に触れるのは、これが最後なのだと思うとまた悲しくて、声にならない叫びが嗚咽と共に漏れていく。
「私の護り石に霊力を籠めておいた。浅葱、お前が使ってくれ」
手渡された護り石を握ると、日奈子の霊力が流れ込んでくる。
この石を渡されるのも、これが最後なのだ。
それがまた、どうしようもなく悲しい。
「蒼士には、何を言い残そうか。……そうだな、良き妻を娶って子を為し、涅家を支えるよう伝えてくれ」
それはとても残酷な、――だがいつまでも自分に囚われることなく幸せになって欲しいという、日奈子の心からの願い。
そして夜が明け、日奈子は湖へと向かう。
噴き出した瘴気は、いく重にも輪を描いて広がり、湖の近くにいた妖が侵され異形に成り、村々を襲った。
「当主様、涅家の屋敷から火の手が……!!」
「くそ、蒼士は何をやってるんだ!?」
蒼士は日奈子の最後に立ち会うことを許されず、そのまま討伐部隊として最前線に送られた。
中央にある岩山に立った日奈子が、水底に引きずり込まれていく。
「外に出てしまった分を祓わなければ……!!」
日奈子が瘴気を抑えたとしても、既に広がってしまった分を祓う必要がある。
自身の霊力が尽き、手の中には日奈子の護り石。
霊力を受け取り終えた次の瞬間、ざぁっと砂のように……護り石が消えていく。
「……お役目を、果たされたのですね」
新たな瘴気は、もう噴き出さない。
再度祓おうと力を籠めた次の瞬間、何かが身体を貫いた。
「……ッ!?」
異形の刃が腹に食い込み、浅葱の身体が崩れ落ちていく。
そのまま力無く地に臥す直前、ふわりと身体が浮いた。
「主に命じられ長らく守護してきたが、同じことの繰り返しとは」
その声は、御守様のもの。
人の戦いに関与しないはずの御守様が、陽炎のような姿を揺らめかせ、浅葱の前に姿を現す。
「いささか疲れた。……どうだ? わたしの代わりにならないか?」
「御守様の代わりに……?」
「我らは人ならざるもの。今この場に漂う瘴気程度であれば、祓えるに充分な力が手に入る」
だが今後、涅家を守護せねばならないと告げられる。
「……約束したのです。託されたのです」
「ならば、これよりお前が『御守様』だ。その身体はもう使えないから、相応しい肉体を与えてやろう」
その言葉とともに、見たこともないほど美しい、真白の狐が現れる。
重くなった目を閉じ、――そして見開くと、倒れゆく自分が……浅葱が見えた。
「これでゆっくりと眠れる」
――さぁ、今度はお前の番だ。
御守様だったはずの陽炎が消えていく。
真白の狐は頭を下げて、――そして、勢いよく駆けだした。
この先何年かかるかわからない。
だが託されたこの家を守れるならば、それだけできっと意味がある。
君を、幸せには出来なかったから。
――――それは、償い。
***
まるで湖全体が千歳の鼓動に共鳴しているかのように、頭の中で大きく反響する。
水の中だが、霊力を乗せれば聞こえるだろうか。
沈んでいく御守様の頭を抱えるようにして、千歳はその耳元へと唇を寄せた。
「|涅《・》|日《・》|奈《・》|子《・》が命ずる」
光を失くし、閉じられていくだけだった瞼が、ピクリと動く。
「|涅《・》|浅《・》|葱《・》。私のために生き、――そして、戦え」
それが、君の望みであるならば。
驚きに開かれた御守様の目が、切なげに歪む。
一鳴きしたのだろうか、ガボッと泡が立ち、小さな光が水中に現れる。
千歳は手のひらで掬うように包み、こくんと飲み込んだ。
「浅葱、君だったのか」
千年もの間、ただひたすらに涅家を守護し続けてきた九尾の狐。
契約は成り、抱きしめる腕から与うる限り、すべての霊力を流し込んだ。
「さぁ、行っておいで」
千歳が告げるなり、御守様は千歳をくわえ、一気に水面へと上っていく。
その背に掴まる蒼士郎をそのままに水上へ出ると、二人を岸辺に置いて、再び大蛇へと駆けていく。
霊力が底を尽き、もうカラカラだ。
千歳は袂に忍ばせていた護り石の欠片を掴もうとして、――驚愕の表情で自分を見つめる蒼士郎と目があった。
「どうした、|蒼《・》|士《・》」
理解が出来ず、呆然と立ち尽くす蒼士郎。
千年前と同じく瘴気が噴き出した際、「あの時と同じではないか」と蒼士郎が呟いていたので、前世の記憶が戻っているのは知っていた。
「――え?」
「水が苦手だったのに、飛び込んだのか?」
――バカだな、君は。
千歳は微笑み、護り石の欠片を飲み込んだ。