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魔法遺産《オーパーツ》。現在の文明よりも遥か昔、魔法使いと呼ばれる存在が生み出し、今もなお各地に残っている遺物。魔法と呼ばれる超常の力を宿し、現在の技術では再現不可能な奇跡を起こすアイテムだ。
ミラル達が追う賢者の石は、魔法遺産のその最たる例である。
場所は変わり、ミラル達はレクスとシュエットに連れられてヴァレンタイン騎士団の訓練所を訪れていた。訓練所は木造の古い建物で、門を開けて庭に入ると、何人もの訓練生が教官から指導を受けている姿が見える。訓練生達も教官も、団長であるレクスが通れば手を止めて頭を下げていた。
建物の中に入ると、ミラル達は食堂へと案内された。
「……ヴァレンタイン家は、遥か昔からこの土地で一つの魔法遺産を守り続けている……それが”モルス”だ」
レクスは重々しくそう言って、言葉を続ける。
「モルスは魔法遺産の中でも危険な部類に入る。記録では何百年も前に一度だけ起動したことがあったらしいが……その時は辺り一体を滅茶苦茶にするまで止まらなかったと書かれていた」
魔法遺産、モルスは破滅をもたらす兵器である。ヴァレンタイン家ではそう言い伝えられており、実際に起動してしまった際の記録も残っているようだ。
モルスは鋼鉄で出来た巨大な人形であり、その巨躯を乱暴に振り回し、辺り一体を壊し尽くしたのだという。
「……」
チリーの脳裏に、テイテス王国での悲劇が蘇る。
あの日、起動した賢者の石は一切制御が効かず、テイテス王国の王都が物理的に崩壊するまで止まらなかった。それと近い悲劇をもたらす魔法遺産が、この土地にある。そう考えると、自然とチリーは拳を握りしめていた。
「どうしてそんなものが……」
ミラルがそう呟くと、レクスは肩をすくめて見せる。
「さあな。だが、人間同士争いが絶えなかったのは、今も昔も変わらなかったんだろう……」
「ということは、サイラス達の目的はそのモルスってことであってるかな?」
ラズリルの問いに、レクスは小さくうなずいた。
「……一応ラズ達は部外者なわけだけど……話しちゃって大丈夫なのかい?」
「もし隠してお前らが本気で調べ始めれば、そっちの方が面倒だろ?」
半ば冗談交じりに返すレクスに、ラズリルは笑みをこぼす。
「……なら、そいつの場所を教えな」
そう、低く口にしたのはチリーだ。
「どうするつもりだ?」
「……破壊する」
どこか憤りの含まれた短い返答。思わずレクスはチリーを見つめる。
透き通るような赤い双眸の奥で、何かが燃え盛っている。その全容が、レクスには掴めなかった。
とても十代の少年がする目つきではない。その異様な凄味に、レクスは言葉を失った。
「ゲルビアが手に入れる前に破壊する。ンな兵器、存在していいわけがねェ」
「……それが出来るなら、とっくの昔にやっているさ」
「ああ、アレはこのシュエット・エレガンテの実力を持ってしても破壊出来なかった……!」
くっ……! などとわざとらしくこぼしつつ、拳をぷるぷると震わせるシュエットを見て、チリーは毒気を抜かれてため息をつく。
「お前にゃ元々出来ねえだろ」
「こいつは後ろから見ていただけだぞ……」
呆れてそう付け足して、レクスはモルスの破壊を試みた時の話を始めた。
「アレの破壊は、俺が団長になるもっと前から何度も行われていた。だが一度足りとも成功しなかった……俺達も、表面に傷をつけるのが精一杯だった」
レクスは平静を装ってはいたが、その拳は強く握り込まれていた。その時のことを思い出しているのか、レクスの言葉に悔恨を帯びた熱が込められる。
「剣は当然ダメだった。火や熱も通らなかった……。モルスに僅かに傷がついたのは、城や塔に向かって撃つような大砲をわざわざ持ち出して撃ち込んだ時だけだった……!」
「大砲でもダメなの……?」
驚くミラルに、レクスは頷く。
「どんな攻撃も受け付けなかった。俺達人間には、アレは壊せない」
モルスの装甲は、通常では考えられない程に重厚だったのだ。ただの人間では、束になってかかっても話にならない。
「本来、町の安全のために真っ先に廃棄しなければならないような代物だ。それなのに、アレは伝承になってしまうくらい前からこの地に残り続けている」
「……ちなみに聞くけど、起動方法はわかっているのかい?」
「わからないことだけが唯一の救いだ」
どれだけ危険なものでも、動かせなければ意味はない。だが”動くかも知れない”怪物は、それだけで恐怖足り得る。
(動かせない魔法遺産か……。ルーツが賢者の石や聖杯と同じものだと考えれば、魔力で動く可能性があるな)
そう考え、チリーは顔をしかめる。
魔力で動く可能性があるということは、エリクサーの力で魔力を操るエリクシアンは、モルスを起動出来る可能性があるということだ。それはつまり、エリクシアンであるサイラス達には、動かせてしまうかも知れないということである。
チリーにとっては、一刻も早く破壊したいことに変わりはなかった。
「まあ、何があろうと最終的には俺が破壊してみせるがな!」
そんなチリーの思いも知らず、シュエットは平然とそんなことをのたまうのだった。
「そのよーわからん自信はどっから出てくンだよ……」
シュエットの言葉にチリーが呆れていると、不意に団員達がレクスの元へ集まってくる。それもかなり慌てた様子だ。
「団長、大変です! ヴァレンタイン邸が襲撃されているとの報告が……!」
「なんだと……!?」
団員達の報告に、レクスは血相を変えた。
***
時は、サイラス達がヴァレンタイン邸を訪れたタイミングまで遡る。
サイラス達がコーディに対して、モルスの引き渡しを要求しに来たのはこれで三度目だ。
モルスがヴァレンタイン邸で管理されていることを知っているのは、騎士団の人間とアギエナ国内の一部の人間だけだ。その存在は伝承に過ぎない、というのが民の間での一般認識である。
そのため、コーディは毎回ここには存在しない、と答え続けてきた。
しかしそれでも、サイラス達は引き下がらなかった。
何らかの形で確信しているとしか思えない態度だ。何故彼らがモルスが存在すると断言出来るのか、コーディには全くわからない。何らかの形でゲルビア帝国に情報が漏洩している可能性が高かった。
例え漏れているとしても、あると言うわけにはいかない。
「何度も申し上げております通り、そのようなものは伝承に過ぎません。我が領土に、そんなものは存在しないのです」
「嘘はよくねえな……」
正面に座るサイラスは、心底退屈そうにぼやく。
「俺は戦ってる方が好きでな。こういうつまらん仕事は反吐が出る程嫌いなんだ。わかるな?」
次の瞬間、サイラスの右足がテーブルを強く蹴りつける。置かれたティーポットが勢いよく倒れ、テーブルの上に紅茶をぶちまけた。
「さっさと在り処を吐け」
ギロリと。サイラスの鋭い目がコーディを睨みつける。その光景に、後ろに控えていたヴァレンタイン騎士団の副団長、ジェイン・ウェストサイドは剣の柄に手を置きかけた。
サイラス達の横暴な態度に対する不満は、既に騎士団にいくつも寄せられている。ジェイン自身実際に現場に居合わせて怒りを覚えた回数も少なくない。
なるべく穏便にすませたいという団長、レクスの意見にはジェインも同意出来る。しかし仕えている主に、目の前でこのような態度を取られては、憤るなという方が難しい。
それでも怒りを抑えるジェインだったが、今度はサイラスの隣にいるリッキーという男が不快な笑みをこぼす。
「おい、お前ら自分の立場わかってんのかァ……? こんなしょうもねえ国、俺達はいつだってつぶせるんだぜェ……?」
ゲルビア帝国とアギエナ国の関係性。現状、アギエナ国はゲルビア帝国の温情で攻め込まれずにすんでいる状態だ。他国のようにいつ攻め込まれて領土になってもおかしくはない。
レクスがサイラス達を刺激しないように耐えているのはこのためだ。
しかしだからと言って、危険な魔法遺産を簡単に渡すわけにはいかない。
「リッキー、出しゃばるな。今は俺が喋っている」
「は、はい……」
サイラスに諌められ、リッキーはおずおずと引き下がる。だがその口元で、僅かに舌打ちしたのがジェインには見えた。
「なんかもう、めんどくせえなぁ」
深く、わざとらしくため息をついてから、サイラスは口角を釣り上げる。
「どうせここも最後はうちの領土になるんだ。先に制圧しちまったところで、皇帝陛下も文句は言わねえだろ」
そう、サイラスが口にした瞬間、屋敷の外が急に騒がしくなる。
騒ぎはやがて、剣と剣が打ち合う戦闘の喧騒へと変化していく。それに気づいた瞬間、コーディの血の気が引いた。
「ああ、もうそろそろ”指示通り”に突入する頃合いか」
ドアの方へ視線を向けつつ、サイラスはわざとらしくそう呟く。隣に座ったリッキーとザップが、ニヤニヤと厭な笑みを浮かべる。
その瞬間、必死に平静を装っていたジェインの堪忍袋の緒が切れた。
「サイラス……貴様元からそのつもりで……ッ!」
「最初から素直に差し出しときゃ良かったんだ。こんなまどろっこしい真似させやがって」
この屋敷に来た時点で、サイラスは既に交渉をするつもりなど毛頭なかったのだ。
最初からこの屋敷を襲撃し、戦闘に持ち込むことがサイラスの目的だったのだろう。
ジェインやレクスが耐え忍んできた意味などもうない。
どれだけ屈辱を感じても避けたかった事態は、今ここで起きてしまった。
「おい、レクス連れてこい。あいつと戦わせろ。もしくは客人にいた目つきの悪い白髪のガキだ」
昨夜、サイラスはグレイフィールド酒場で一瞬だけ異様な殺気を感じ取っていた。あれがシュエットやレクスのものでないのだとしたら、恐らく消去法であの白髪の少年――チリーになる。未知数だが、サイラスの見立てでは間違いなくただのガキではない。
サイラスの任務はあくまでモルスの入手だが、任務とは別に個人的な目的もある。
それが戦いだ。サイラスの本心から言えば、素直に渡されるよりもこのような状況になる方が望ましい。笑みがこぼれるのを、サイラスは隠そうともしない。
「どうした?」
立ち上がり、サイラスはテーブルを踏みつける。
そして座ったまま青ざめるコーディを見下ろして――――
「どうせ抵抗すんだろ?」
平然とそんなことをのたまった。
次の瞬間、ジェインは剣を抜いていた。
一閃。
銀の閃光がサイラスの首めがけて放たれる。
それを首の動きだけでいともたやすく回避して、サイラスは初めてジェインへ視線を向けた。
「お前の相手など、レクスの手を煩わせるまでもない……!」
「あァ?」
「それとも、副団長のオッサンじゃ不服かい?」
「……不服だね。萎びたジジイにゃ用はねえ」
言って、サイラスは隣のザップに顎で指示を出す。
「ザップ、遊んでやれ」
「……はいよ」
ゆらりと、ザップが立ち上がる。しかしジェインは、それを無視してサイラスへ切っ先を向けた。
「舐めるなよ。三下で相手が務まる程、俺はまだ衰えちゃいねえぞ」
ジェインは、既に齢は四十を過ぎようとしているが、それでも実力はほとんど衰えてはいない。レクスにその座を譲るまで、実に十五年もの間ヴァレンタイン騎士団を率いてきた猛者だ。単純な剣技でなら、まだまだレクスとも渡り合える。
だがサイラスは、ジェインに取り合うつもりはなかった。
「お、おい……今なんつった……?」
へらへらと笑っていたザップが、突如その表情を歪ませる。
わなわなと震えながら、まるで身体のどこかが痛んでいるかのように、ザップは声を震わせた。
「さ、三下って……おッ……俺の、ことか……?」
ザップの右手が、勢いよくテーブルに叩きつけられる。その音に、サイラス以外の全員が僅かに驚く様子を見せた。
「ああ、すっげーチクチクする! クソッ! お前、チクチクする言葉を俺に言ったなッ!? 最悪だ! ああ、忘れられねえ! 俺、三下って言われたァーーーーーッ!」
ザップが激しく声を荒らげると同時に、サイラスが今度はリッキーに顎で指示を出す。
「おいリッキー、モルスを探しとけ」
「……はい」
部屋を出て行こうとするリッキーを、身構えて様子を伺っていた騎士団員達が追いかける。そちらは団員達に任せ、ジェインはここでサイラスとザップの相手をするつもりだ。
しかし一瞬リッキーに気を取られた瞬間、目の前に座っていたハズのザップの姿が消えていた。
慌てて周囲を見回していると、不意に後ろから肩を叩かれる。
「頼むから……俺には優しい言葉を使ってくれよ」
耳元で囁かれた瞬間、ジェインは背筋を虫が這い上がるかのような怖気を感じた。