「あの……どうなさったのですか? セドリックさんは……」
レナードさんとルイスさんは、開いた扉の前で立ちすくんでいる。中で何が起こっているのだろう。かなり困惑しているようだ。
「リズ、まだこっちに来ちゃダメだ。しばらくそこにいて」
「そうだね。ちょっと……子供に見せるには刺激が強いかな」
おふたりが揃って私に待てと命じる。どういうこと……刺激が強いって。そんな風に言われたら気になる。
「リズか? それにレナードとルイスもいるな。お前ら何やってんだ」
はきはきとしたよく通る声。私達は声がした方向へと振り返った。
「殿下!?」
私の背後から現れたのはレオン殿下だった。セドリックさんの部屋の前で騒いでいる私達を見て、不思議そうに眉を寄せている。ここ数日、体調を崩しておいでだったが元気になられて本当に良かった。
「とっくに14時回ってるぞ。ひょっとしてセドリックが部屋を提供するのごねてるのか? いつもなら嫌々ながらも折れてくれるのに…… アイツ、今日に限ってご機嫌斜めか」
殿下もセドリックさんに黙って部屋を使うつもりだったんですよね。『しょうがないなぁ』なんてぼやいているけれど、セドリックさんからしたら相当理不尽ではないだろうか。
「ボス、会合の時間は14時半にしたって言ったよね。先生にはボスが伝えるはずだったでしょ。何で先生は来ちゃってるの?」
「あれ、そうだったか? いや……最初俺と先生は一緒に行くつもりだったんだけど、直前で父上に呼び出されてな。長引く可能性もあったから、やむを得ず先生だけを先に部屋までお送りしたんだよ」
「セドリックさんを驚かせるつもりが俺らの方が驚かされてるじゃん……」
「そうか。俺のせいで1番乗りを先生に奪われてしまったんだな。それでお前達は当てが外れてしまったと……。いいじゃないか、そういう時もあるさ」
「いいえ、殿下。そういう時もあるで済ませられないショッキングな場面に我々は遭遇してしまったのですけれど……」
先ほどからご兄弟は回りくどい言い方ばかりなさっているな。部屋に入るわけでもなく、外から様子を伺うばかりだ。
「セドリックさん……項垂れてないで、その格好早くどうにかして。ボス来ちゃったよ、それにリズだっているんだから」
「詳細は後でじっくりと伺いますから部屋に入れて貰えます? 我々もこのまま廊下に居続けるわけにはいきませんし……」
格好? もしかしてセドリックさん着替えでもしてたんだろうか。それなら入るなと言ったのも分かる。うわぁ……私が扉を開けなくて良かった。ルーイ先生も酷い。そんな場面を見てしまったら気まずくなってしまうじゃないか。
「殿下。申し訳ありませんが5分程お待ち頂けますか? セドリックさん、すぐに準備をするそうですので……」
「わざと連絡せずに意地の悪い事をしたのはこっちだからな。そのくらい待つよ」
部屋の中にいるセドリックさんとやり取りし、話がついたようだ。軽い気持ちで行われたイタズラだろうけれど、内容があまり良くなかったよなぁ。こういう事態を招いてしまう事もあるのだから、ちゃんとお知らせしてあげなきゃね。
「レオン様、リズさん。お待たせしてしまい申し訳ありません……どうぞ、お入り下さい」
それから5分ほど廊下で待機していると、部屋の中からセドリックさんが顔を出した。なんとなく服装に注目してしまったけれど、彼が着ていたのは幾度も見たことのある軍服だったので珍しさは無かった。
椅子が足りないとの事で、セドリックさんはレナードさんとルイスさんに別室から持ってくるよう指示を出す。おふたりはまだ彼に対して物言いたげな顔をしていたけれど、指示に従ってその場を離れた。
殿下と私は先に部屋に通される。じろじろ見るのは失礼かなと思ったけど、中は綺麗に整理されていて掃除も行き届いていた。ご兄弟の言っていた通りだ。部屋の状態が悪くて私達を入れるのを拒んでいたとは思えない。セドリックさんがあれほど慌てていたのは、やはり着替えをしていたのだろう。
「レオンにリズちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、ルーイ先生」
足を組みながらソファに座り、にこやかに手を振っている男性……ルーイ先生だ。お会いするのは2度目、やはり顔が良い。そして足なっが……組まれているとより強調されるな。先生の御尊顔とスタイルに見入ってしまうが、今日の会合で彼に大事なことを確認しなくてはならないのだ。気を引き締めないと。
「先生、すみません。時間も変更されていた事を失念しておりました。14時半から行いますので、今しばらくお待ち下さい」
「いいって、いいって。30分なんてすぐだから」
「先生はご機嫌ですね。セドリックの様子がおかしいのと関係が?」
「ごふっ……!!」
セドリックさんが咽せた。体を震わせながらゴホゴホと咳き込んでいる。大丈夫なのかな……
「まあね……セディを叱らないでやってくれよ。もたついたのは俺のせいだからな。そもそも、お前らが場所諸々変わったのに連絡しなかったのが悪い」
「あっ、あの!! レオン様! 申し開きをさせて下さい。これには事情が……」
「先生はセドリックがとてもお気に入りのようですね。我々も親愛故に彼においたを謀ることがありますが、先生のそれは些か方向性が違うようだ。セドリックは俺の大事な臣下です。弄ぶような真似をしたら、いくら先生でも許しませんよ?」
「心配しなくても軽くじゃれただけだよ。それに、俺は真剣だ。今後も可愛がる予定しかない」
「勝手に妙な予定を立てないで貰えますか!! あぁっ! もうっ……!!」
セドリックさんったら今度は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。挙動不審過ぎる……こんな人だったっけ? 彼は先生が口を開くたびに大げさに反応する。まるで、先生が発する言葉に怯えているようだった。会話の内容もよく分からないし……私だけ置いてけぼりで寂しい。
「レオン、お前さ……気付いてるでしょ。俺らがナニしてたか」
「なんのことでしょう?」
「とぼけんじゃないよ。この、ませガキ」
「皆の反応を見ていればある程度察しはつきますよ。それに……いや、時と場合を考えず行為に及んだそちらに問題があるのでは?」
「時と場合……レオン様がそれを言うのですか。そして大きな誤解があるようですね。私達の間にそういった関係はありませんから! 断じてっ!!」
もはや泣きそうなんだけど……セドリックさん。しかし、やっぱり私にはよく分からないお話だった。後で説明して貰えるのだろうか……
しばらくして、レナードさんとルイスさんが椅子を持って部屋に戻って来た。それに合わせるようにタイミング良く、他の隊員の方達もやってきた。話し合いに参加するメンバーが全員揃う。まだぎこちない空気は漂っているものの、時間になったので殿下が音頭を取り、会合が行われることになった。