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にょーん
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猫塚ルイ

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激しい音を立てて缶が転がり、静かな廊下に虚しく響くが、それを拾う余裕など微塵もない。
「あきら……この状況、結構ヤバくない?」
能天気な颯太もさすがに察したのか、怪訝な顔をして聞いてくる。
いつものヘラヘラした笑みは完全に消え、声のトーンが一段と低くなっている。
「や、やば、ヤバいって…おおお、おおれ殺される……っ!!」
歯の根が合わず、ガタガタと震える唇から悲鳴のような声が漏れる。
目の前の女がゆっくりとナイフを構え直すのを見つめながら、俺は腰が抜けてしまい立てなくなる。
コンクリートの床へとへたり込み、どれだけ力を入れようとしても
足が泥のように重く拒絶する。
指先ひとつまともに動かすことすらままならない。
「あきら!」
颯太に名前を呼ばれても、右から左へと流されていく。
鼓膜を揺らすあいつの焦燥を含んだ声も
今の俺の脳にはただの無意味な雑音としてしか処理されない。
視界が恐怖でぐにゃりと歪み、目の前の凶器だけが異常な現実味を持って迫ってくる。
怖がるなという方が無理があった。
かつて自分の脇腹を貫いたあの冷たい鉄の感触が、いま再び皮膚のすぐ近くまで迫っているのだから。
女は、1歩1歩近付いてくる。
かかとを潰したスニーカーが床を擦る不快な音が、死への秒読みのように等間隔で響く。
「…ふふっ、邪魔な部外者がひとりいるみたいだけど、私が用があるのはコウくんだけ」
歓喜に歪んだその瞳には、俺の姿しか映っていない。
完全に狙いを定められた獲物の気分だった。
すると次の瞬間には、目の前が暗くなった。
視界を遮るようにして、見慣れた背中が滑り込んでくる。
「ちょっと君、落ち着きなって。まだ若いのに、このままじゃ人殺しになるよ?」
颯太が俺の前に立ちはだかり、俺を庇ってくれたのだ。
いつもは頼りなく、ヘラヘラとヒモ生活を満喫しているあいつの広い背中が
今はまるで巨大な壁のように俺と狂気との間に割って入る。
「そ、颯太…っ、」
俺は藁にも縋る思いで、颯太の足にしがみついた。
情けなさもプライドもすべて捨てていた。
ただ、この細い蜘蛛の糸のような存在を離してしまえば
次の瞬間には自分が肉塊に変えられてしまうのではないか、という本能的な恐怖だけが俺を突き動かす。
ジーンズの裾を掴む俺の手は、目に見えてガタガタと激しく震えていた。
そんな情けない俺を見てか、彼女は怯むどころか声を荒らげた。
「うるさい!!!愛があるから殺しに来たの…っ!!隣に私がいない、幸せそうなコウくんなんて見たくないのよ……!」
鼓膜を突き刺すような金切り声が、狭いアパートの廊下に反響する。
完全に理性のタガが外れた女の顔は、般若のように醜く歪んでいた。
女は逆上し、ナイフを振り回す。
銀色の刃が闇を切り裂き
鋭い風切り音を立てて、俺たちに向かって容赦なく突き出された。