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# 第一章 : 大森元貴 / 歌う前のこと
音がなかったわけじゃない。
家にはテレビもあったし、街は喧しかった。 でも、僕の中はずっと静かだった。
「元貴、静かにしなさい」
小さい頃から何度も言われた。
うるさいことなんて、してないのに。
ただ、鼻歌を口にしただけだった。
「また歌ってたの?……変な子ねぇ」
変なんだ、僕。 誰にも気づかれないように、夜の押し入れの中で歌ってみる。
布団をかぶって、息を殺して、声を響かせて。
何が楽しいのかなんて、説明できなかった。
ただ、歌ってる時だけ、
自分がちゃんと「在る」気がした。
──いつからだろう、 世界のどこかに、自分の声が届いたらいいって、思ったのは。
だけど、どうしたら「届く」のか なんて知らなかった。 だから、投稿サイトのことを知ったとき、 すこし震えた。
この声が、知らない誰かに聴かれるかもしれないって。
「たとえば、名前も知らない誰かが── 僕の声を“好き”って思ってくれたら、嬉しいな」
そんな希望のような夢のようなものを、 夜の部屋で、そっと抱いていた。
# 第二章 : 若井滉斗 / 掴めなかった音
ギターに触れたのは、偶然だった。
部屋の端に転がってた、ボロボロのストラト。 誰にも言わずに、こっそり弾いてみた。
「ジャーン」と鳴ったその音に、ぞくりとした。
うるさい音だな、と笑った父が想像できた。
それでも、俺はやめなかった。
夜な夜な、指が痛くなるまでコードを押さえた。 何が正解かなんてわかんないまま、 ネットの動画とにらめっこして、自分だけの音を探してた。
学校ではうまくしゃべれなかった。 誰ともぶつからず、馴染まず、ただ時間をやりすごす。
でも家に帰って、アンプに繋いで弦を鳴らすと、 どこかに繋がってるような気がした。
「誰かの後ろじゃなくて、誰かの隣で鳴る音が弾きたい」
そんなこと、誰にも言えなかったけど。
でもいつか── 誰かの歌と一緒に、俺のギターが響いたら。 ただそれだけで、生きててもいいって思えるかもしれない。
そんな馬鹿みたいなことを、ずっと考えてた。
# 第三章:藤澤涼架 / 鍵盤と、沈黙の午後
「静かにしてなさい」が褒め言葉に聞こえたのは、僕の家庭だけだったのかもしれない。
品のある家、品のあるピアノ。
先生に怒られないように、母に微笑まれるように、僕は鍵盤を叩いた。
褒められるのは、いつも演奏のあとだった。
でも、なんだか空っぽだった。
「涼架くんは、指がきれいね」 「次の発表会では、───を弾きましょうか」
大人たちの言葉は、優しさの仮面をつけて僕を飾った。 本当はもっと汚くて、もっと間違えたくて、 崩して、壊して、バラバラのまま叫びたい日だってあったのに。
でも、ピアノは黙っていてくれた。 僕が黙っていたいときも、言いたいときも、 鍵盤は何も言わず、音だけを返してくれた。
──あの日、ネットで偶然見つけた弾き語り動画。 音は不安定で、まっすぐで、涙が出そうになるほど真っ白だった。
「この人の後ろじゃなくて、隣で音を重ねたい」
思ったその日から、僕は変わり始めた。
人と音を分けていた指が、ようやく誰かに触れたくなったんだ。
三つの孤独があった。 三つの衝動があった。
まだ出会っていないその日々に、それでも音は鳴っていた。 静かな部屋の中、夢のような未来を呼ぶように。