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#ちょんまげ
どんべぇ
ぐらり、くらり
その日は、何だか変だった。
朝はパンを食べようとしたけど、半分も食べないうちに袋に戻してしまった。会社に着いてから食べようと思って、カバンに入れる。一緒に飲んでいたジュースもいつもと違う味がする気がして、また冷蔵庫に入れた。
新入社員の僕は、まだ仕事に慣れてない。早く会社に行かなきゃ。
なんだか視界が揺れてる。手癖で前髪を括ろうとしたけど上手くできなくて、とりあえずゴムだけ持って靴を履く。
早く会社に行かなきゃ。
鍵がうまく掛からない。おかしいな、まだ目の前が揺れてる。
もたもたしてたら随分時間が掛かっちゃって、早く駅まで行かなきゃって走ったらまたグラグラ揺れて。
地震かな?
足を止めたら目の前が真っ暗になって、ぐらりと身体が地面に落ちた。
目を開けたら、真っ白い部屋にターボーがいた。
声を掛けようと思ったけど、何だか身体が重い。
「バカ」
ターボーが呟く。怒ってる。怖い。
シーツを引っ張って隠れようとしたけど、ターボーに腕を止められた。
「動くな」
掴まれた腕を見たら、管に繋がれてるのが分かる。これ、点滴?
「倒れたの、覚えてるか?」
ターボーに訊かれたけど、地震しか憶えてない。
「……過労、だってさ」
……過労。疲れすぎってこと?
「無理してたのか?」
無理なんかしてない。ちゃんと定時に出勤して、定時に帰ってる。会社では覚えることがいっぱいだから大変だけど、それが仕事で、社会で生きるって事だって分かってる。
ただ、これまで引きこもっていた僕は、不規則な生活を送っていた。ターボーに見つけてもらって、居場所をもらって……想いをもらって、この人の隣を歩ける人間になりたいって頑張ってきたつもりだった。
……やっぱり、僕は何も出来ないのかな? ターボーの隣に立つ資格なんか、ないんじゃないかなあ?
「こら」
うつむいたら、鼻を摘まれた。
「ひゃ、ひゃめて」
「変な事、考えただろ」
ターボーはまだ怒ってる。だけど、目は優しくて。
「毎日顔合わせてんのに、お前が倒れるほど疲れてる事に気付かなかった」
鼻を離して、ターボーが僕の頬に触る。
「俺のせいだ。悪かった」
あれ、僕、泣いてた?
ターボーの指が濡れてる。
「あ、そんなの」
ようやく声が出た。早く言わなきゃ。
「ターボーの、せいじゃない」
これは、僕が弱かっただけ。規則正しい生活に、うまく馴染めなかっただけ。
「……ちょんまげ」
ターボーは僕の手を握る。おっきな手にすっぽりと包まれて、少しずつ力を貰えている気持ちになってくる。
「ゆっくり休めよ。夜まで休めば、よくなるってさ」
「ごめんなさい……」
結局、迷惑をかけてしまった。そう思ってると、ターボーは僕の前髪をきゅっと握って笑う。
「大丈夫だ。お前が無理しないように、俺がちゃんとサポートしてやるから」
「ターボー……」
「今晩、うちに来い」
そのまま顔が近付いてきて……キスされるのかと思って目を閉じると、そのまま頬を両手で挟まれた。
「てゃ、てゃーぼー?」
「明日から一週間、ちょんまげの日常生活更生プロジェクトを実施する」
日常生活更生プロジェクト……?
「まず、毎日決まった時間の起床就寝、飯は三食しっかり食う、適度なウォーキングで日光を浴びて、ストレッチと筋トレで体力作りだろ……」
「みゃ、みゃってぇ」
僕がなんとか声を出したら、ターボーはようやく手を離してくれた。
「どした?」
「いや、急にそんなの無理だよ……」
それこそ過労で倒れるって。
僕の言葉に、ターボーは意地悪な笑顔になって。
「大丈夫だって。俺が見張っててやるから」
「え?」
「一週間、ずっと」
それはどうやら、僕がターボーの家に監禁されるって事?
「逃げんなよ?」
「う、よろしくお願いします……」
僕の返事に満足したのか、ターボーは少しだけ眉を下げる。それはまるで、子どもみたいで。
「……もう、俺が見てないところで倒れたりすんな」
「……うん」
「マジで、心臓止まるかと思った……」
そう言ったターボーの手は、微かに震えてる。
ターボーの弱いところ、初めて見たかもしれない。不謹慎だけど、それがすごく可愛くて、愛おしくて。
「ごめんね、ターボー」
「……おう」
手を伸ばしたら、また握ってくれる。その大きな手に、優しさに、可愛さに、僕はまたくらりと恋に落ちる。
「大好き」
思い切ってそう言うと、ターボーは笑ってキスしてくれた。