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『猫だから』と甘える君に、もう友達のふりができない』~m×n~
side目黒
『俺は猫だからめめに拾ってもらおうと思って来たんだ』
その言葉に俺は意味が分からずただ、困惑するしかなかったのだった。
―――秋の夜風が窓を叩く音が静まり返った部屋に響いていた。
俺は一人掛けのソファに深く腰を沈め手元のスマートフォンで特に意味もなくニュースの記事をスクロールしていた。
時計の針は午後十時を回ったところだった。
仕事から帰ってきてシャワーを浴び簡単な夕食を済ませてからずっとこうして何もない時間を過ごしている。
大学を卒業して社会人になってからこういう静かな夜が当たり前になっていた。
学生時代はもっと騒がしくていつも誰かが周りにいてそしてその中心にはいつもしょっぴーがいた。
しょっぴーの屈託のない笑顔や周りを明るくする大きな笑い声が今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
俺はずっとしょっぴーに片想いをしていた。
誰にでも優しくて寂しがり屋でふとした瞬間に見せる無防備な表情から目が離せなかった。
でもその気持ちをしょっぴーに伝えることはできなかった。
今の関係を壊したくなかったししょっぴーにとって俺はただの気の置けない友人の一人に過ぎないと思っていたからだ。
卒業してそれぞれの道に進み会う頻度も少しずつ減っていったことで俺はこの片想いにゆっくりと蓋をしたつもりだった。
もう終わった恋なのだと自分に言い聞かせながら日々を過ごしていた。
そんな静かな夜の空気を切り裂くように突然インターホンの電子音が部屋に鳴り響いた。
「こんな時間に誰だろう」
画面を確認するとそこには見慣れたけれど今は少し予想外の人物の顔が映っていた。
しょっぴーだった。
しかも頭になにか妙なものがついているように見える。
慌てて立ち上がり玄関へと向かってドアの鍵を開けた。
「……しょっぴー?どうしたの?こんな時間に」
ドアを押し開けるとそこには片手に小さなボストンバッグを提げたしょっぴーが立っていた。
少し肌寒い夜風に吹かれながらしょっぴーは俺の顔を見てぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
だが俺の視線はしょっぴーの笑顔よりもその頭に乗っている存在感のある物体に釘付けになってしまった。
ふわふわとした毛並みの黒い猫耳のカチューシャがしょっぴーの明るい髪の上にしっかりと鎮座していたのだ。
「夜遅くにごめんね。急に押しかけちゃって」
「いや、それは全然いいんだけど……その…頭のそれ、何?」
俺が戸惑いながら尋ねるとしょっぴーは悪びれる様子もなく猫耳に軽く触れた。
「ああ、これ?似合うでしょ」
「いや似合うとかそういう問題じゃなくて。どうしてそんなのつけてるの?」
「実はね、俺の部屋上の階から水漏れしてしまったんだ。天井からポタポタ水が落ちてきて布団も水浸しになってしまって。修理が終わるまで数日かかるらしくてしばらくめめの部屋に泊めてくれないかなって思って」
水漏れの被害に遭って困っているという事情はよく分かった。
それなら当然友人の俺が部屋に泊めるのは何の問題もない。
でもそれと頭の猫耳はどう考えても結びつかない。
「部屋のことは分かった。もちろん泊まっていいよ。でも水漏れと猫耳の関係が全く分からないんだけど」
俺が真顔でツッコミを入れるとしょっぴーは少しだけ首を傾げていたって真面目な顔で答えた。
「猫だから」
「は?」
「だから俺は猫だからめめに拾ってもらおうと思って来たんだ」
全く意味が分からなかった。
水漏れで困って泊めてほしいという現実的な頼み事と猫だから拾ってほしいというファンタジーな言い訳が混ざり合って俺の頭は混乱するばかりだった。
けれど夜の冷え込みの中でしょっぴーをずっと玄関先に立たせておくわけにもいかない。
「……とりあえず、中に入りな。冷えるから」
「うん、ありがとう」
しょっぴーは嬉しそうに微笑むと小さな鞄を持って俺の部屋に上がり込んできた。
部屋の明かりの下で改めて見るしょっぴーは大学時代と何も変わっていないように見えた。
くるくるとよく変わる表情も少し高めの明るい声も俺の記憶の中にあるしょっぴーそのものだった。
ただ一つ頭の上の猫耳を除いては。
しょっぴーは鞄を部屋の隅に置くとソファの周りを興味深そうにうろうろと歩き回った。
「めめの部屋、すっごい綺麗にしてるんだね。俺の部屋なんか今頃、水浸しで大惨事なのに」
「しょっぴーの部屋は災難だったね。服とか大丈夫だったの?」
「とりあえず無事だった服だけ急いで鞄に詰めてきた。本当に助かったんだよ、めめがいてくれて」
しょっぴーが俺の顔を見てふにゃりと笑う。
その笑顔を見るだけで俺の胸の奥で静かに眠っていたはずの感情がふつふつと目を覚ましていくのを感じた。
もう終わらせたつもりだった片想いがこんなにも簡単に息を吹き返してしまうなんて自分でも呆れるくらいだ。
「夕飯まだなら何か作ろうか?」
「本当!?実はバタバタしてて何も食べてないんだ。めめのご飯とっても久しぶりだなあ」
「適当なものしかないけどちょっと待ってて」
俺はキッチンに立ち冷蔵庫の中身を確認した。
あり合わせの野菜と豚肉で簡単な炒め物を作り味噌汁とご飯を用意する。
料理をしている間もしょっぴーはキッチンのカウンター越しにひょっこりと顔を出し俺の手元をじっと見つめていた。
その頭の猫耳が俺が動くたびにぴょこぴょこと揺れるのが視界の端に映ってどうしても気になってしまう。
「しょっぴー、やっぱりその猫耳外さないの?」
「えー?せっかく猫になってめめに拾ってもらったんだから外しちゃったら、だめじゃん。俺、今はめめの飼い猫だよ?」
しょっぴーはふざけた調子で笑いながらわざとらしく両手で猫の手のポーズを作ってみせた。
その仕草があまりにも可愛らしくて俺は一瞬息が詰まりそうになった。
冗談だと分かっていてもしょっぴーが俺の前でそんな無防備な姿を見せてくれることが嬉しくて同時にどう接していいか分からなくなる。
「……変なしょっぴー。まあしょっぴーがそれでいいならいいけど」
「めめのご飯、いい匂いするなあ」
出来上がった料理をダイニングテーブルに並べるとしょっぴーは俺の真正面ではなくなぜかすぐ隣の席にちょこんと座った。
二人用のテーブルなら対面で座るのが普通なのにしょっぴーの肩が触れそうなほど近い距離にいることに俺はひどく動揺してしまった。
「しょっぴー、そこ食べにくくない?」
「ううん、全然!猫は飼い主のそばにいたい生き物なんだ」
またしても「猫だから」という謎の理屈で押し切られてしまった。
隣から伝わってくるしょっぴーの体温やふわりと香るシャンプーの匂いが俺の理性を少しずつ削っていく。
一緒に夕飯を食べているだけなのに心臓の音がうるさくて味が全く分からない。
しょっぴーは俺の作った炒め物を美味しそうに頬張り「めめのご飯世界一美味い!」と大げさに褒めてくれた。
昔と同じようによく笑うしょっぴーの横顔を見つめながら俺はこの数日間の同居生活が自分の心臓にとってどれほど危険なものになるかを悟っていた。
翌朝、俺が仕事に出かける準備をしているとしょっぴーも起きてきて玄関まで見送りに来てくれた。
「めめ、いってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
「うん。行ってくる。しょっぴーもゆっくり休んでて」
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「えへへ、似合う?」
「似合うとかそういう問題じゃなくて……どうしたの急に。もう猫耳なんてなくても俺はしょっぴーのこといくらでも甘やかすのに」
俺が戸惑いながら尋ねるとしょっぴーはふにゃりと柔らかく笑い両手を軽く丸めて俺の膝の上にコテンと乗せた。
まるで飼い主に甘える本物の子猫のような仕草だった。
「今日は俺、猫ちゃんになるから」
「……え?」
「めめが前にまたつけて見せてって言ってくれたでしょ?だから今日は特別に猫ちゃんになってめめにいっぱいいっぱい可愛がってもらおうと思って」
その破壊力抜群の言葉と上目遣いに俺の理性の糸がピキッと音を立てて悲鳴を上げた。
ただでさえ今夜はしょっぴーを抱き潰すつもりでいたのにこんなに自ら可愛らしく誘ってくるなんて反則にもほどがある。
しょっぴーの顔はほんのりと赤く染まっていてこの恥ずかしい設定を自分から持ち出しておきながらやっぱり少し照れているのが伝わってくる。
その健気さとエロティシズムの絶妙なバランスが俺の下腹部にズシリと重い熱を集めていく。
俺が言葉を失ってしょっぴーを見つめているとしょっぴーは「にゃあ」と小さく声に出して鳴き真似をしながら俺の太ももにすりすりと頬を擦りつけてきた。
Tシャツの生地越しに伝わってくるしょっぴーの頬の柔らかさと温もりそしてお風呂上がりの甘い匂いが俺の嗅覚と触覚を激しく刺激する。
「ちょ、しょっぴー……待ってそれヤバい」
「めめ、撫でて?猫ちゃん撫でてもらわないと寂しいんだ」
しょっぴーは俺の言葉を意に介さず俺の手を自分の頭へと導いた。
俺の手のひらがふんわりとした髪とカチューシャの猫耳の間の絶妙な位置に収まる。
俺が無意識のうちに指を動かしてしょっぴーの頭を優しく撫でるとしょっぴーは「んふっ気持ちいい……」と目を細め本当に喉を鳴らすように甘い吐息を漏らした。
昔二人で見かけた野良猫を撫でた時の記憶が蘇る。
あの時しょっぴーは「俺も猫だったらそんなふうに構ってもらえる?」と俺に聞いた。
今俺の目の前には俺のためだけに猫になってくれたしょっぴーがいるのだ。
その事実がたまらなく嬉しくて俺はしょっぴーの頭を撫でる手に少しだけ力を込めた。
しょっぴーの柔らかい髪の感触を指先で堪能しているとしょっぴーは突然顔を上げ俺の顔にぐっと近づいてきた。
「めめ大好き」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
読み終わりました!いきなり猫耳つけたしょっぴーが「猫だから拾って」って押しかけてくるの、あまりにも破壊力高すぎませんか…?水漏れの現実的な事情とファンタジーな言い訳のギャップに思わず笑いました。でも目黒くんの、もう終わらせたはずの片想いが一瞬で息を吹き返す感じが伝わってきて、この同居生活、心臓に悪すぎるだろうなと。隣に座る距離とか、細かい仕草の描写がたまらないです。続きが気になります!