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#ドール
風夜
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今日は特別な日。
ちゃんと人間の女の子みたいに。
笑って、
喋って、
ケーキを食べて。
誰も知らない。
私が、夜になるとドールに戻ってしまうことを。
家のドアを閉める。
カチャリ。
「……ただいま」
返事はない。
部屋の明かりをつけると、
ピンクのカーテンも、シャンデリアも、いつもと同じように私を迎えてくれた。
机の上には、今日もらったプレゼント。
そして、小さな誕生日ケーキ。
私は鏡の前に座った。
昼間と同じ顔。
人間の女の子の顔。
「……今日も、ちゃんとできたね」
そう呟いた瞬間。
身体から、ふっと力が抜けた。
指先が動かなくなる。
まばたきもできなくなる。
さらさらだった髪が、静かに肩へ落ちる。
そして――
カチリ。
まるでゼンマイが止まったみたいに。
私の身体は、本当の姿へ戻った。
白い肌。
ガラス玉みたいな瞳。
陶器のような頬。
ドレスの裾はふわりと広がって、
そこに座っているのは、
人間の女の子ではなく、
一体の小さなドール。
「…………」
声も出せない。
ただ、鏡の中の自分を見つめる。
今日だけは。
なんとなく、少し寂しかった。
だって今日は、誕生日なのに。
人間の姿でいる間は、
みんなに「おめでとう」と言ってもらえた。
でも本当の私――
このドールの姿を知っている人は、誰もいない。
「…………」
テーブルの上のケーキを見る。
小さな蝋燭が一本。
火はまだついていない。
私は動かない。
動けない。
ただ、シャンデリアの光だけが、
私の頬を照らしていた。
そのとき。
ふわっ。
窓から入ってきた夜風で、
カーテンが揺れた。
そしてテーブルの上の小さなカードが、
私の前に落ちてきた。
昼間、友達からもらったカード。
『お誕生日おめでとう。
これからもずっと、仲良くしてね』
私はじっと、その文字を見つめる。
……ずっと。
その言葉が、
胸の奥にそっと落ちた。
もしかしたら。
私がドールでも。
誰にも見えない場所で、
誰かを大切に思ったり、
嬉しいと思ったり、
寂しいと思ったりする心は、
ちゃんと私のものなのかもしれない。
すると――
カチ。
小さな音がした。
私の指が、ほんの少しだけ動いた。
「……!」
もう一度。
カチ。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
私は蝋燭へ手を伸ばす。
火を灯す。
小さな炎が、
ガラスの瞳に映った。
その瞬間だけ。
ドールの私は、
ほんの少し微笑んだ。
声にはならない。
でも心の中で、そっと言う。
「……お誕生日、おめでとう。私」
誰にも祝ってもらえなくても。
誰にも本当の姿を知られなくても。
今日まで生きてきた私へ。
「よく頑張ったね」
小さな炎が揺れる。
シャンデリアがきらきら光る。
ピンクのカーテンが夜風に揺れる。
そして閉店後の部屋には、
ひとりのドールと、
一本の小さな蝋燭だけ。
その夜。
誰にも見つからない場所で、
ドールは初めて自分自身のために、
小さな誕生日パーティーを開いた。
コメント
1件
ふわっ……最後の夜風のシーン、すごく好きでした。人間のふりをして生きてるドールが、自分で自分に「おめでとう」って言う瞬間、じんわり胸にくるものがありました。誰にも知られなくても、自分の心はちゃんと自分のものなんだよって伝えてくれてるみたいで。リリアさんの表現、静かで美しかったです🌙🤍