10
夏休み林間合宿当日。
朝から頭が重い。蒸し暑さと蝉の音にワイワイ騒ぐモブども。B組までいるってことに更に頭が重くなる。夏休みはもっぱらオビトの家に居座っていたからリズムが狂ったかもしれない。少しでも気を紛らわすためにノイズキャンセラーの音楽の音量を上げる。A組専用のバスに乗り、席順で鳥頭の横に座った。今日はやけに疲れんなと目を閉じた。
1時間バスに揺られ、全員がバスから降ろされる。着いた場所は山奥へ続く道の途中にある開けた場所。森と山しか見えず、建造物は見当たらない。
「休憩だー」
「おしっこおしっこ…」
「つか何ここ、パーキングじゃなくね?」
「ねぇアレ?B組は?」
「お…おしっこ…」
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
「よーうイレイザー!!」
「ご無沙汰してます」
「煌く眼でロックオン!」
「キュートにキャットでスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」
いい歳してポーズを決める痛いヒーロー。クソナードがオタク全開に説明してヒーローに殴られた。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「「「遠っ!!」」」
「え…?じゃあ何でこんな半端なとこに………」
「これってもしかして…」
「いやいや…」
「バス…戻ろうか……な?早く……」
「そだな…そうすっか…」
「今はAM9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」
「ダメだ…おい…」
「戻ろう!」
「バスに戻れ!!早く!!」
「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「わるいね諸君、合宿はもう始まってる」
津波のように押し寄せる土砂を、両手を爆破させて上空に回避する。他のモブどもは土砂に飲み込まれて崖下に放り込まれた。
「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この…魔獣の森を抜けて!!」
「おい、爆豪お前も行け」
「……それはあのモブどもと同じように下にいろってことか?」
「そうだ」
「…………わかった」
面倒になった。
爆破を止めて崖下に落下し、近くにある木の枝に着地する。森の中は変な怪物がうようよいて、既にモブどもが戦闘を開始していた。怪物は土でできているようですぐに崩れる。なるほど、あの土砂を作った痛いヒーローの個性か。
「相手すんのも時間の無駄だ。さっさと行くか」
爆豪は地上の騒動を無視して、枝から枝へ飛び移った。
「早かったにゃんね。一番乗りは君だよ」
「あっそ」
「とっても優秀ねぇ。三年後が楽しみ!ツバつけとこー!!!」
BOOM!!
「汚ねぇ!俺に寄んなババア!!」
「危なっ!ババアじゃないわよ!まだ私はぴちぴちなんだから!!」
「今のはマンダレイが悪いです」
「っキモい、まじ気持ち悪い……先生、風呂に入りてぇんだけど」
「あー、入浴時間はまだだがシャワーだけならいいぞ。バスから自分の荷物降ろしたらな」
「分かった」
ぞわぞわする。嫌な感触を洗い流したくてたまらない。荷物をさっさと部屋に置いて風呂場に向かった。
空が赤く染まった頃に土埃と汗まみれのモブどもが到着した。痛いヒーローが唾飛ばすのが見える。絵面が汚ねぇ。
「あー!爆豪もういる!!」
「姿見ねぇって思ったら一番乗りかよ!」
「うぜぇ、うるせぇ、汚ねぇ。とりあえず黙れモブども」
「今日も口の悪さ絶好調だな爆豪!」
「茶番はいい、バスから荷物降ろせ。部屋に荷物運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」
大部屋に荷物を運び入れ、一同が大食堂に入ると既に夕食の準備がされていた。昼食を食いっぱぐれ、腹を空かせていたA組は口いっぱいにご飯を頬張る。
「へぇ、じゃあ女子部屋は普通の広さなんだな」
「男子は大部屋なの?」
「見たい!ねぇねぇ後で見に行ってもいい?」
「おー来い来い」
「美味しい!!米美味しい!!」
「五臓六腑に染み渡る!!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!!いつまでも噛んでいたい!ハッ……!土鍋…!」
「土鍋ですか!?」
「うん。つーか腹減りすぎて妙なテンションになってんね」
うるせぇ。モブどもと違って昼飯食ってるからそこまで腹は減ってない。白米のお椀がなくなったら部屋に戻ろうと黙って食べてると蛙女に声をかけられた。
「爆豪ちゃんってば食べ方綺麗ね」
「あ?」
「それ私も思った!」
「確かに!上品に食べるから一瞬目を疑うよね」
「食べ方に上品もクソもあるか。黙って食えみっともねぇ」
「いい子ちゃんだ」
「お育ちがいいのね」
オビトに少しだけ直されたけど普通だろ。クソ髪どもみてぇな豪快な食べ方なんてしたらクソババアに叩かれるわ。
夕飯を食べ終えた後、泥だけのモブどもと時間ずらして入浴する。絶対騒がしいし玉野郎が変なことしでかすと思ったからだ。
「よぉ潔癖症!よかったら俺らとトランプしない?」
「一緒にやろうぜ!」
大部屋に戻ればアホ面達がトランプしていた。呼ばれて近づけば玉野郎が苦い顔をしている。
「今、大富豪で勝った奴が負けた奴に命令できるゲームしてんだ」
「こんなんズルだ!イカサマしてんだろ!!」
「大貧民が何か言ってるわ」
「大富豪?」
「えっ、もしかして大富豪知らねーの?」
「………名前だけなら知っとるわ」
おい、ニヤニヤすんなモブども。トランプなんてババ抜きかマジックぐらいしかやらねぇだろうが。
「初心者の爆豪くんに瀬呂くんが教えてあげよう」
「やるって言ってねぇだろ」
「なあに?かっちゃんってば負けるの怖いんだ」
「負けねぇわ!勝つに決まってんだろ!!ルール教えろしょうゆ顔!!」
「俺もいいか?」
「お、轟もする?」
「あぁ。ルール知らねぇから教えてくれ」
「ぼっちーズめ」
「俺が教えるぞ」
「ありがとう障子」
ワイワイ、ガヤガヤ。
やり方を教えてもらいながら、たかがトランプで盛り上がる。大勢に囲まれるのも、同い年とこんな風に遊ぶのも初めてかもしれない。なんか、くすぐったい。
「あがり」
「あ、俺もあがりだ」
「強個性でイケメンだけじゃなく運も味方かよ!」
「才能マンめ!!」
「はっ!」
「?頭使えば簡単だろ」
夢を見た。
『勝己』
低く、掠れた声で俺の名を呼ぶ夢。
『勝己』
暗闇の中で姿は見なかったけど、久々の声にもっと呼んでくれと願った。
『起きろ、勝己』
嫌だ。待って。まだここにいたい。
だって起きたら、あんたはもう……。
「……ん」
薄く目を開く。部屋の中はまだ薄暗暗く、モブどもは寝息を立てていた。身を起こして窓の外を見るとまだ陽は出ていない。
「オビト…………」
目尻から一筋の涙が流れる。目が冴えてしまった爆豪は顔を洗おうと布団から出た。頭は相変わらず重いまま。
合宿2日目。
早朝5時30分。太陽が登り始めた時間帯に集合され、大半の者は眠気に抗っている。
「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」
投げ渡された物を掴むと、それは体力テストで投げたボールだった。
「これ…体力テストの…」
「前回の…入学直後の記録は705.2m…どんだけ伸びてるかな」
なるほど、成長具合か。
軽くストレッチをして投げるファームをつくる。
「んじゃ、よっこら…くたばれ!!!」
FABOOOM!!
ピピッと判定された結果は709m。前回より少ししか伸びていないことに舌打ちした。
「入学からおよそ三ヶ月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまで精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないように」
そんな脅し文句、こちとら散々言われてんだ。やってやるよ。
ぐつぐつ煮えたぎるドラム缶に手を浸す。十分に浸したら引き上げて頭上に向かって爆破。熱湯に両手を突っ込んで汗腺の拡大、爆破を繰り前へ3 / 5 ページ次へ
合宿2日目。
早朝5時30分。太陽が登り始めた時間帯に集合され、大半の者は眠気に抗っている。
「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」
投げ渡された物を掴むと、それは体力テストで投げたボールだった。
「これ…体力テストの…」
「前回の…入学直後の記録は705.2m…どんだけ伸びてるかな」
なるほど、成長具合か。
軽くストレッチをして投げるファームをつくる。
「んじゃ、よっこら…くたばれ!!!」
FABOOOM!!
ピピッと判定された結果は709m。前回より少ししか伸びていないことに舌打ちした。
「入学からおよそ三ヶ月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまで精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないように」
そんな脅し文句、こちとら散々言われてんだ。やってやるよ。
ぐつぐつ煮えたぎるドラム缶に手を浸す。十分に浸したら引き上げて頭上に向かって爆破。熱湯に両手を突っ込んで汗腺の拡大、爆破を繰り返して規模を大きくする特訓メニュー。こんな地道な特訓初めてだ。命の危機を感じねぇな。
痛いヒーローが4人になり、一人一人に合った個別の地獄のメニューを課され、個性を伸ばすスパルタの鍛錬に励んだ。発動型、増強型、異形型。それぞれに合わせたメニューを組み、指示やアドバイスを受けて一心不乱に己の個性を鍛えあげる。周りが阿鼻叫喚で死にそうな顔をしていても爆豪だけは無表情で淡々と繰り返していた。ある意味1人だけ浮いている。
「爆豪、ちゃんとやってるか?」
「…あ?見て分かれ」
「分かってて言ってるんだ。退屈そうだな」
「個性強化なんてしたことなかったからこんな特訓初めてだ。案外平和な特訓で拍子抜けしてる」
「それは前に言ってた元軍人の師事か?」
「ん。あの人の方がよっぽど地獄だった」
「どんなのか気になるな」
「興味あんのか相澤先生。やめとけ。死んじまうぞ」
「爆豪ができたなら大丈夫だろ。A組でもできる特訓なんかないか?」
「…………鈴取りぐらいなら」
「鈴取り?」
「簡単にいえば鈴を持った奴から鈴を獲るゲーム。相澤先生もやってみるか?キツイぜ?」
「いいな。いつかカリキュラムに組み込もう。そん時は爆豪が鈴持ちだな」
「獲られる自信ねぇわ」
B組が来たと担任が離れる。阿鼻叫喚に増える叫び声。うるせーなぁと自分の特訓を淡々とこなしていた。
「さァ昨日言ったね!世話を焼くのは今日だけって!!」
「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」
「「「イエッサ…」」」
「アハハハ!全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」
心身共にヘトヘトになった一同の前に、山のように積み上げられてるカレーの材料。そんな作る気力ないA組とB組だったが、張り切る飯田の声かけで動きだした。
「轟ー!こっちも火ィちょーだい」
「爆豪、爆発で火ィつけれね?」
「つけれるはクソが」
「えぇ…!?」
「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんよ」
「えぇ…?」
「いや、いいよ」
「わー!ありがとー!!」
共同作業でできたカレーは切った野菜はバラバラで、水気が多かったり逆に少なかったり。米が硬かったり逆に柔らかかったりと不出来なカレーが出来上がった。それでも地獄の特訓で乗前へ3 / 5 ページ次へ
合宿2日目。
早朝5時30分。太陽が登り始めた時間帯に集合され、大半の者は眠気に抗っている。
「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」
投げ渡された物を掴むと、それは体力テストで投げたボールだった。
「これ…体力テストの…」
「前回の…入学直後の記録は705.2m…どんだけ伸びてるかな」
なるほど、成長具合か。
軽くストレッチをして投げるファームをつくる。
「んじゃ、よっこら…くたばれ!!!」
FABOOOM!!
ピピッと判定された結果は709m。前回より少ししか伸びていないことに舌打ちした。
「入学からおよそ三ヶ月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまで精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないように」
そんな脅し文句、こちとら散々言われてんだ。やってやるよ。
ぐつぐつ煮えたぎるドラム缶に手を浸す。十分に浸したら引き上げて頭上に向かって爆破。熱湯に両手を突っ込んで汗腺の拡大、爆破を繰り返して規模を大きくする特訓メニュー。こんな地道な特訓初めてだ。命の危機を感じねぇな。
痛いヒーローが4人になり、一人一人に合った個別の地獄のメニューを課され、個性を伸ばすスパルタの鍛錬に励んだ。発動型、増強型、異形型。それぞれに合わせたメニューを組み、指示やアドバイスを受けて一心不乱に己の個性を鍛えあげる。周りが阿鼻叫喚で死にそうな顔をしていても爆豪だけは無表情で淡々と繰り返していた。ある意味1人だけ浮いている。
「爆豪、ちゃんとやってるか?」
「…あ?見て分かれ」
「分かってて言ってるんだ。退屈そうだな」
「個性強化なんてしたことなかったからこんな特訓初めてだ。案外平和な特訓で拍子抜けしてる」
「それは前に言ってた元軍人の師事か?」
「ん。あの人の方がよっぽど地獄だった」
「どんなのか気になるな」
「興味あんのか相澤先生。やめとけ。死んじまうぞ」
「爆豪ができたなら大丈夫だろ。A組でもできる特訓なんかないか?」
「…………鈴取りぐらいなら」
「鈴取り?」
「簡単にいえば鈴を持った奴から鈴を獲るゲーム。相澤先生もやってみるか?キツイぜ?」
「いいな。いつかカリキュラムに組み込もう。そん時は爆豪が鈴持ちだな」
「獲られる自信ねぇわ」
B組が来たと担任が離れる。阿鼻叫喚に増える叫び声。うるせーなぁと自分の特訓を淡々とこなしていた。
「さァ昨日言ったね!世話を焼くのは今日だけって!!」
「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」
「「「イエッサ…」」」
「アハハハ!全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」
心身共にヘトヘトになった一同の前に、山のように積み上げられてるカレーの材料。そんな作る気力ないA組とB組だったが、張り切る飯田の声かけで動きだした。
「轟ー!こっちも火ィちょーだい」
「爆豪、爆発で火ィつけれね?」
「つけれるはクソが」
「えぇ…!?」
「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんよ」
「えぇ…?」
「いや、いいよ」
「わー!ありがとー!!」
共同作業でできたカレーは切った野菜はバラバラで、水気が多かったり逆に少なかったり。米が硬かったり逆に柔らかかったりと不出来なカレーが出来上がった。それでも地獄の特訓で乗り切った一同にとってはご馳走だった。
「店とかで出したら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめーー!!」
「言うな言うなヤボだな!」
「ヤオモモがっつくねー!」
「えぇ、私の個性は資質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程沢山出せるのです」
「うんこみてえ」
「………………」
「謝れぇ!!」
「スイッマセン!!」
元気な奴らだな。賑やかな隣のテーブルと違い、こっちのテーブルは話すことあっても静かだった。まぁ隣にいる存在を除いては。
「クッソォ。何で俺はこんなむさ苦しい男しかいねぇ席なんだ!変われよ上鳴ぃ!瀬呂ぉ!」
「そういうとこだと思うが」
「峰田くん!人としてもヒーローとしてもどうかと思うぞ!!」
「黙って食え玉野郎。喚くな鬱陶しい」
「っっ!!」
「爆豪に一理ある。英気を養って早く寝た方がいい。明日のためにもな」
「くっ、頭硬いやつしかいねぇのかこのテーブルはよぉ!!」
隣で騒ぐ玉野郎を殴って不出来なカレーを頬張る。美味しいか不味いかって言われればあまり美味しくない。それでも何故か美味しく感じられた。
夢を見た。
『勝己』
低く、掠れた声で俺の名を呼んでくれる夢。
『まったく手のかかる奴だ』
暗闇の中で姿は見なかったけど、声音で呆れているのが分かる。
『起きろ、勝己』
待って。待って。
もう一回名前を呼んで。まだあんたの声を聞きたいのに……。
「……ん」
薄く目を開く。部屋の中はまだ薄暗い。
「また、同じ夢……」
はぁとため息吐いて、顔を洗おうと布団から出る。頭は相変わらず重たいまま
合同合宿3日目。
陽が出て間もなくの時間帯から特訓を開始。昨日に引き続き個性を伸ばす。違うのは補習組が更に厳しくなっていること、そして今日の夜は特別イベントが待ち構えていることだけ。
「…さて!腹もふくれた、皿も洗った!お次は……」
「肝を試す時間だー!!」
「「「試してぇ!!」」」
「その前に、大変心苦しいが補習連中は…これから俺と補習授業だ」
「嘘だろ!!?」
「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたので、こっちを削る」
「うわああ!堪忍してくれぇ!!」
「試させてくれぇ!!」
飛び上がっていた補習組は一瞬にして絶望し、捕縛帯によって引きずられていく。そんないいのか肝試し。時間の無駄だろ。
肝試しは脅かす側の先攻がB組。A組は二人一組で3分置きに出発。一周およそ15分のルートの中間地点に名前を書いた札を持って帰る。脅か脅かす側は直接接触は厳禁だが、個性を使って仕掛けてくるらしい。
「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!!」
「止めて下さい汚い……」
「なるほど!競争させることでアイデアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるというワケか!さすが雄英!!」
「さァくじ引きでパートナーを決めるよ!!」
さっさと行ってさっさと終わらせるか。くじを引いて書かれた番号は2番。
「よろしくな爆豪」
半分野郎とペアかよ。
グシャッと思わず紙を握りつぶした。
「それじゃあ2組目!バクゴウキティとトドロキキティGO!」
「早く終わらせるぞ」
「分かった」
月明かりしかない夜の森に足を踏み入れる。
ポケットに手を突っ込んで終わらせたくてスタスタと歩く。夜の森は怖いか?と問われると否と答える。夜の森はオビトと鍛錬で何度もしていたから月明かりしかない森は慣れている。暗い分神経使うし、耳から入る音が敏感になる。そんぐらいオビトの鍛錬は厳しかった。だからこんな遊びで警戒する必要なかったし、誤って手が出ないようにしていたつもりだったんだが。
ガッ!
「ふがっ!」
「あ?」
「お、おい爆豪。足どけてやれ」
「…………わり」
地面から顔を出していたモブの頭を踏んでいた。気まずく思いながら足を退ける。いや、わざとじゃねぇ。殺気なかったし、そんなとこにいるおめぇが悪い。
「爆豪が悪い。怪我ねぇか?」
「うぅ〜ひどい」
「っけ」
「すまねぇな。怪我あったらピクシーボブ達に見てもらえ」
「いや、このぐらい大丈夫だよ。うん、気をつけてね」
「あぁ、ほんとわるい」
「ッチ!……悪かったよ」
その後B組の脅しをスルーして歩き、中間地点にある札を取ってゴール地点に向かう。
「もう半分か、早いな…」
「ただ歩くだけだろ。楽勝だわ」
「爆豪は怖いものとかねぇのか?普段のお前見ると想像つかねぇが」
「ゴキブリ」
「あぁ…それは俺も怖いな」
俺を何だと思ってんだ。怖いって感情あるに決まってんだろ。とくにあのしぶとい虫、あんなの全人類の敵だろ。さっさと撲滅して絶滅してほしい。
「……なぁ爆豪って個性使ってるか?」
「見て分かれ。使ってるように見えるか?見えねぇだろうが」
「そうか。焦げ臭い匂いするからてっきり使ってるのかと」
「あ?」
スンスン、と鼻を嗅ぐと確かに焦げ臭い匂いがした。木々の間から薄紫をした煙が見える。
バタン!
「!?おい、大丈夫か!」
「待て半分野郎、煙吸うな。毒だ…」
「っ!分かった」
薄紫の煙からB組の奴が倒れる。この匂い、煙の色からして有毒ガス。煙を吸わないようB組のモブに近づいた時、脳内に声が響く。
『みんな!!敵二名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!動ける者は直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!』
「くっそ…」
「このガスも敵の仕業か。他の奴らが心配だが仕方ねぇ。ゴール地点を避けて施設に向かうぞ。ここは中間地点にいたラグドールに任せよう」
「指図してんじゃね…」
モブを半分野郎が背負い、煙を吸わないように施設へ向かって歩いていると、道のど真ん中に見知らぬ人影。
「おい、俺らの前誰だった…」
「常闇と…障子…!!」
「きれいだ、きれいだよ。ダメだ仕事だ。見とれてた、あぁいけない…きれいな肉面、あぁもう誘惑するなよ…………仕事しなきゃ」
あぁ、ほんとやってくれたなアイツ。苛立ちを消すように目の前の敵に向かって舌打ちした。
11
拘束具で縛られている敵の歯が刃となって襲い掛かる。
「ッチ!」
鋭利から飛び退いて躱し、クナイで防衛する。森の中じゃ大規模な爆破なんてしたら木に火がついて二次被害がでる。だから個性や起爆札はあまり使えない。半分野郎はモブを背負って大きな動きはできない。さらに後方に有毒ガス。その上テレパシーで戦闘をせず撤退だ?最悪な状況だな。
「モブを守れよ半分野郎」
「分かってる」
様子見でクナイを数本投擲するも歯でガードされ、そこから分岐させてこちら側に伸びる。小規模な爆破ならいいだろと構えた途端目の前に氷の壁。
「邪魔すんな半分野郎!」
「落ち着け爆豪。こんなとこで大規模な爆破や炎は使えねーんだぞ」
「わーってるわそんなこと!」
「肉、肉、肉を見せて…ダメだダメだ仕事を…仕事をしなきゃ………」
歯で攻撃する個性か。あの格好であの個性。戦闘慣れしてんな。
「あの敵から逃げることもできない、戦闘も許可されてない、このまま防衛しても詰みだ」
「難儀だなほんと」
『A組B組総員、プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!繰り返す、A組B組総員戦闘を許可する!』
「やっとか」
戦闘許可が降りた今、好き勝手にできる。更に数本のクナイを投擲し、鋭利で弾かれるが想定内。紛れ込ませた紐付きクナイを糸を操って拘束に持ち込む。
「氷!!」
「氷結!」
ピシピシと下から氷が迫るも個性で糸を切られ避けられた。
「遅ぇ!」
「これでも早いほうなんだが」
なにチンタラしてんだと怒鳴り声をあげそうになって必死に抑える。ダメだ怒るな。感情を抑えろ。戦闘において感情は邪魔だ。視線を敵に捉えたままどうするか思案していると、また声が頭に響く。
『敵の狙いの一つ判明!!生徒のかっちゃん!!かっちゃんはなるべく戦闘避けて!!単独では動かないこと!!わかった!?かっちゃん!!』
「耐えなきゃ…仕事を…しなきゃああああああ」
「おい聞こえてたか?おまえ狙われてるってよ」
「………かっちゃかっちゃうるっせんだよ頭ン中でぇ……クソナードが何かしたなオイ。戦えっつったり戦うなっつったりよぉ」
名前を呼ぶなとか、結局戦闘していいのかとか、クソナードが何やったんだとか色々と感情がごちゃ混ぜになる。こちとら敵前にしてヤらなきゃ殺されるんだが?頭悪い奴しかしねぇんかここは。怒りを必死に抑え込みながら氷壁を突き破った鋭利を避ける。
「戦闘服じゃねぇから忍具あまり持ってねぇんだよこちとら」
「のわりに、けっこう投げてたぞ」
「あれぐらいねぇと自衛できねぇだろうが」
「あの敵、地形と個性の使い方がうめぇ」
拘束具されてんのに個性使って避けたり攻撃したり。空中でバランス取れる姿勢、体の使い方がうまい。そんぐらい見て分かるわクソが。
「肉、見せてぇ…」
1人だったら構わず突っ込んでいた。けど後ろにはお荷物を背負った半分野郎がいる。信用も信頼もしてねぇから自衛できるだろうと思い込めない。切島やクソナードなら構わなかったのに。
最後のクナイを構えて鋭利を捌いていると、木々を薙ぎ倒すひどい怒号と嫌いな声が聞こえた。
「いた!氷が見える、交戦中だ!」
「!?」
「あ…?」
「爆豪!轟!どちらか頼む!」
「肉」
「光を!!!」
ボロボロのクソナードを背負った触手野郎がナニかから逃げるように現れる。切羽詰まった声で願われるが意味が分からん。敵が個性で触手野郎に向かって攻撃しようとするが、黒い大きな影に押し潰された。鳥頭の個性、逃げる触手野郎、光、集った情報と状況に理解できた。
「かっちゃん!」
あぁ、てめぇの言いたいことは分かったよ。そんなボロボロで、嫌いな俺に助けを乞うような声を荒げて。だからクソナードと関わると碌なことがない。こんな、嫌な気持ちになるのは。
「障子と緑谷…と常闇!?」
《ウオォォォォオオオ!!!》
「早く光を!!!常闇が暴走した!!!」
「見境なしか、っし炎を…」
「待てアホ」
「肉〜〜駄目だぁぁあ、肉〜〜にくめんんん、駄目だ駄目だ許せない」
闇が深まれば強くなる個性。昼間は抑えられていて全力じゃ見れない。だからその全容を
、俺は見てみたい。
「その子たちの断面を見るのは僕だぁあ!!!横取りするなぁああああ!!!」
《強請ルナ三下!!》
影だから鋭利が通じず、いとも簡単に敵を掴んで木々と共に薙ぎ倒す。風圧と砂塵が襲う。
《ア”ア”ア”ア”ア”暴レ足リンゾォア”ア”ア”ア”!!!》
凶暴性で更に力が増し、見境なしに暴れだそうとするダークシャドウを轟と爆豪が挟み込むように爆破と炎で抑制する。ひゃん!とさっきまでと打って変わって元のダークシャドウに戻った。
「ハッ」
「てめぇと俺の相性が残念だぜ…」
「……?すまん助かった」
敵がダウン。暴走する個性を抑えられた。けど敵の狙いが俺という馬鹿げた状況は変わらない。さっさと施設に戻るか。
「爆豪…?命を狙われているのか?何故…?」
「わからない…!とにかく…ブラドキング・相澤先生、プロの二名がいる施設が最も安全だと思うんだ」
「なる程、これより我々の任は爆豪を送り届けること…か!」
は……?
「ただ広場は依然プッシーキャッツが交戦中。道なりに戻るのは敵の目につくし、タイムロスだ。まっすぐ最短が良い」
「敵の数わかんねぇぞ。突然出くわす可能性がある」
「障子くんの索敵能力がある!そして轟くんの氷結…更に常闇くんさえ良いなら、制御手段を備えた無敵な黒影…」
俺をそっちのけでクソナード達が陣営を組む。前方にクソナードを背負った触手野郎、右斜め前にモブを背負う半分野郎、後方に鳥頭。
「このメンツなら正直…オールマイトだって恐くないんじゃないかな…!」
いや、何で俺をそっちのけで話を進めてやがる。しかも足手まといとお荷物、怪我してる奴に囲まれてる俺の気持ちを察しろ。俺が敵ならこんな鼻で笑うぞ。こんな完璧!みたいな顔すんな。どこにそんな自信があるんだ。自分らの状態いっぺん把握しろ。言いたいことは山ほどあるが、咄嗟に出た言葉は一言。
「何だこいつら!!!!」
「おまえ中央に歩け」
「俺を守るんじゃねぇクソども!!!」
「行くぞ!!」
「無視すんな!」
「ちゃんとついてこい」
「命令すんな!!」
油断はしていなかった。
警戒もしていた。
俺1人なら対処できたことだった。
でもお荷物がいたから何もできなかった。
そんな見苦しい言い訳。本当は言い訳なんてしたくない。でもこいつらを守るための戦い方なんざ知らねぇ。気絶1人、重傷者1人、お荷物抱えてるのが2人、不安要素がある奴が1人。クナイは全部使いきった。どうやって、何が正解かと考えた一瞬の迷いが仇となった。敵の個性によって、吸い込まれるように球体に閉じ込められた。
ダン!ダン!ダン!!
どれだけ叩いても、どれだけ声を荒げても球体から出ることは叶わない。どうする、どうすればいい。かつてないほどの危機に息が細くなる。敵に捕まり、この球体から出られる方法が思いつかない。ダサくてみっともない。「助けて」なんて、一番嫌いな言葉を口に出したくなかった。
「っクソが!!」
ダン!とやり場のない怒りと焦燥を球体にぶつける。考えろ、考えろ。俺は敵に狙われて捕えられた。何をするのか、何されるのか分からない。拷問、実験、脅しの材料、金銭取引。今の俺はそれしか価値ない。球体から出られたら倒す?どうやって?奇襲しても時間の問題だ。敵の情報が足りないうえ、知らない土地ならなおさら。今の俺に何ができる?何もできないだろ。じっとするしかできないだろうが。
くっそ…と今度は弱々しい声がでる。自分の無力さに項垂れていると頭からぽて、ぽて、と丸いものが落ちてきた。
「は………?」
ここにいるはずがない、実家にいるはずの見慣れたソレに手を伸ばす。
「お前…何でここにいんだよ」
手のひらに収まる丸いソレは、俺の言葉を理解していないのかコテリと傾げる。こんな危機的状況なのに数本の小さい尻尾が呑気に指に絡みつくから気が抜ける。林間合宿初日から頭が重いと思ってたが、こいつがいたのか。そりゃ気がつかねぇわ。
「ずっと頭重いって思ってたがお前の仕業かよ」
あの人と同じ赤い目がじっと見つめる。
「危ねぇから、早く隠れるとこ……ろ、に…………」
なんだろ、瞼がひどく重い。こんな状況なのに抗うことができず、赤く発光した瞳を最後に意識を落とした。
《ギィ》
ぽて、ぽて
横たわった爆豪に小さい手を屈指してよじ登る。元の場所にいた柔らかい髪の中へと戻った。
夜の激闘。敵が爆豪の回収に完了し撤退する。しかしそんな敵に諦めず、取り戻さんと動いた子ども達がいた。緑谷、轟、障子が捕えられた爆豪と常闇を躍起となって立ち向かった。
「右ポケットに入っていたこれが、常闇・爆豪だなエンターテイナー」
「障子くん!!」
障子の手の中にあるビー玉サイズの玉が2つ。
「ホホウ!あの短時間でよく…!さすが6本腕!!まさぐり上手め!」
「っし、でかした障子!!」
回収できたら撤退だと、緑谷達はすぐに来た道を戻ろうとする。しかしそんな甘い夢は打ち砕かれる。退路を防ぐ黒霧。障子が回収したと思っていた玉はダミーで、本物はMr.コンプレスの口の中。
「氷結攻撃の際にダミーを用意し、右ポケットの発見したら、そりゃー嬉しくて走り出すさ」
「待ぁてええ!!」
「そんじゃー、お後がよろしいようで…」
ワープゲートに入ったMr.コンプレスはマジシャンのようにお辞儀する。もうダメかと思われた時、一筋の青い光がMr.コンプレスの仮面を割る。突然の衝撃に口を開き、2つの玉が吐き出された。
絶好のチャンス。3人は駆け出していたが緑谷は悶絶するほどの両腕の痛みでリタイア。障子が1つの玉を掴む。轟が最後の1つを捕らえようとしたが、爛れた手に奪われる。
「哀しいなぁ、轟焦凍」
轟を見下ろし、愉悦を含ませて嘲笑った。ワープゲートに既に沈んでいる敵に、ここで逃したらもう何もできない。
「確認だ。解除しろ」
「っだよ今のレーザー…俺のショウが台無しだ!」
パチン!と指が鳴る。障子の玉から出てきたのは常闇。そして敵に首元を抑えられた爆豪。
「問題、なし」
「かっちゃん!!」
「……………」
緑谷の声かけに、人に触れられるのが嫌いな爆豪がピクリとも反応しない。むしろ意識を失っているのか、力無く俯いている。爆豪はそのまま敵と共にワープゲートに沈んだ。
「あ…_____っああ”!!!」
蒼炎に焼かれる木々に負けないぐらい、緑谷の悲痛が轟いた。
生徒40名のうち。
敵のガスによって意識不明の重体15名。
重軽傷者11名。
無傷13名。
行方不明1名。
プロヒーロー、6名のうち。
1名重体。
1名行方不明。
楽しみにしていた林間合宿は最悪な結果で幕を閉じた。
12
リン、リリン
ガラス同士がぶつかり、清涼を感じさせる音が響く。畳特有の匂いに直に伝わる木の板の感触。自分が寝転がっている状態だと理解した。それにしても眠い。眠くてしかたない。うたた寝していると木の軋む音がだんだんと近づいてくる。
「勝己」
聞き覚えのある低くて掠れた声。
「勝己」
もう一度名を呼ばれる。
重たい瞼をパチパチと瞬きする。なんだか頭がぼーっとしてひどく眠い。喋るのも億劫でその人に向かって「ん」と両手を伸ばせば、仕方ないなと呆れたようにため息を吐かれ、よっこいせとおっさんの掛け声で抱き上げられる。
「縁側で寝るなといつも言ってんだろ。居間に行くぞ」
歩き出したオビトに離れないよう、太い首に
小さい手を回した。冷たい体温と優しい匂いに何故か心が締め付けられた。
とある薄暗いbar。敵連合のアジトであるその場所に指名手配されてる敵達が集う。テレビでは雄英の失態が放送されていた。
「ふふ…俺らのことを盛大に宣伝してホントありがたいよ。なぁ?そう思わないか爆豪勝己くん…」
「……………」
「起きないですねー」
「敵に囲まれてるってのに呑気だな。オキロや!!」
「図太い神経だ」
攫ってきた敵に素質ある子ども。Mr.コンプレスの個性を解いてからずっと眠り続ける。万が一起きて暴れないように拘束付きの椅子に座らせているが、全く起きる気配がない。
「早く起きてくださーい。じゃないとチウチウしますよー」
「やめろ。こいつは仲間になる予定なんだから」
「でもこうも起きないと話すこともできないじゃない。もう起こしたらどうかしらん?」
「荼毘、起こせ」
「…は?起こしたら暴れるぞこいつ」
「いいんだよ対等に扱わなきゃな。スカウトだもの。それにこの状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろ」
「……トゥワイス起こせ」
「はァ俺!?嫌だし!」
言葉とは裏腹に寝ている爆豪に近づくトゥワイス。
「えーどうやって起こすんだ?叩けば起きるな!起きろバクゴー!!」
起こすために振り下ろされる手。
今まで閉じていた瞼が薄らと開かれた。
リン、リリン
外見に歪で描かれた金魚がくるくる回る。
胡座をかいているオビトの上に座り、小さい手でクナイを磨く。一生懸命手入れしたクナイを見せれば上手だと頭を撫でられる。
「上手くなったな勝己。前は刃物で皮膚切っていたのに上達したじゃないか」
「いつの話してんだよ!俺は刀の手入れもできるんだぞ」
「流石だな。物覚えは俺より早い」
「へへ」
いつにも増して褒めてくれるオビトに背を倒す。びくともしないその人に体重をかければ慣れたように腹に回す大きな手。その行動が嬉しくてまた笑い声が漏れる。ぽつりぽつりとオビトと話しているとザザ、と嫌な音が聞こえ始めた。
『もう………でき……な……ら……』
ザ、ザザ。
耳障りな雑音が大きくなる。
『…び……こ……』
ザ、ザザ。
いやだ、なんだこれ。俺とオビトの声以外入ってくる。やめろ。
『トゥ……こせ…』
うるさい
『仲間に』
うるさい
『起きろ爆豪』
うるさい!
「 聞くな 」
大きな手が耳を覆う。は、は、と自分の息が荒くなっていると自覚した。顔を上げられ、オビトの顔がよく見える。
「勝己、どうした?」
赤い、赤い瞳が覗き込む。
「……ううん。なんでもない」
「それならばいいが」
「うん……」
「疲れたか。少し昼寝でもしよう」
「オビトも一緒」
「ふ、大丈夫だ。そばにいる」
離れないように抱きつけば、逞しい腕に囲われる。一番安全で安心できる場所。またあの雑音を聞きたくなくて、目の前の胸に頭を擦り付けた。
「!?」
「っぐ…!」
「ひっ」
「っっ………」
「ぁ…!?」
ガン、と膝をつかせるぐらいの威圧感が襲う。肌を刺すほどの痛み。動けば死ぬと思わせる殺気を目の前で寝ていた子どもから放たれた。息をするのもしんどくなり、耐性がなければすぐに気絶していた。長く続くかと思われたがすぐに威圧感がなくなる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「おぇぇ」
「ヒュー、ヒュー」
「な、なんだこいつ」
「死柄木弔、大丈夫ですか?」
「あぁ…」
瞼を閉じで眠る爆豪。これでただの子どもではないと、ヒーローの器じゃないと改めて知らしめた。
「早く起きてくれ…そして話をしよう。お前ならきっと理解してくれる」
素晴らしい観察眼、容赦ない脅し、並外れた戦闘能力に思考力、そして今放った殺気。どれをとっても敵に向いている。いや、むしろ敵そのものだ。爆豪が敵になればヒーローに大打撃を与えられる。矛盾ばかりのヒーローじゃなく、敵になって世間に問いかけよう。ヒーローとは正しいか、社会とは本当に正しいのかを。
「お前は大切なコマだからな。起きるまで待つさ。あぁ、その時まで待ち遠しいよ」
依然として瞼を閉じたまま、爆豪は眠り続けた。
リン、リリン
ヒーローになる!と書かれた短冊が揺れる。
オビトの話は新鮮でワクワクするような話だった。それで?それで?と続きを強張る俺に、落ち着けと咎められてしまう。
「オビトのジジイめっちゃ強いな!オビトと戦ったらどっちが強い?」
「比べるまでもねぇよ。ジジイに決まってんだろ。俺なんぞ赤子の手をひねるようなものだ」
「オビトの師匠だもんな」
「不本意ながら」
そう言って顔を顰めているけど、どこか誇らしげだった。
「俺もそのジジイに会ってみてーな」
「あ?やめておけ。屁理屈で嫌味しか言わないジジイだぞ。鼻で笑われて終わりだ」
「?オビトと同じじゃん。別になんともねぇよ?」
「…………マジか」
何故か落ち込むオビトに首を傾げる。俺からみたらオビトは難しい言葉使うし、嫌味言われても強いから正論なんじゃないかって思ってしまう。オビトはオビトだし、気にする必要ないんだけどな。
「で?なんでジジイに会ってみたいんだ?」
「俺もそのジジイに会って鍛錬つけてもらう!」
「死ぬぞ」
「オビトの鍛錬でも死にかけたんだから今更だろ?オビトより強いジジイに勝てば、俺は最強だ!!」
「向上心高いのはいいが、扱き倒される未来しか浮かばんな」
「それと」
手袋越しの左手に小さい手が握る。爆豪の行動に疑問を飛ばすオビトににぱっと笑う。
「オビトの弟子である俺をジジイに勝って、
オビトは凄いんだぞ!って言ってやんだ!」
「!?」
「オビトにとってそのジジイの方が強いんだと思うけど、俺にとってオビトが一番だからアンタの弟子のオビトはすげぇんだからな!って言ってやる!」
「はは、ほんとにお前は…」
憧れはいつだって一番だ。憧れに近づきたくて、その人になりたくて頑張って力をつける。どれだけ批判されても、その人に否定されても憧れは消えない。
「俺はな、勝己……そんな大層な人間じゃない。俺は甘い幻想に縋った愚か者だ」
「オビト?」
「残酷で絶望しかない世界から逃げようと夢を見て頓挫された。むしろ利用されて終わった。英雄になれなかった俺は後悔しかない人生だったが、お前は夢を諦めるなよ」
「何言ってんだよ。俺の夢は必ずヒーローになることなんだから諦めるなんてしねぇ!」
「そうだな。ずっと一途に夢を追いかけていたもんな。まぁでも、俺より弱いからジジイに勝つなんざ一生できねぇよ」
「そんなことねぇもん!絶っ対勝つ!!」
額に強めのデコピンされて揶揄われる。ムキになった俺に珍しく笑うから、掴んだ左手をつねって許してやった。
誘拐されてから3日目。
敵連合のアジトであるbarでは、まだ爆豪は眠り続ける。テレビでは雄英高校の謝罪会見が流れていた。
「おいおい、ここまで起きねーと流石に変だぜ?」
「薬でも使ったの?」
「マジシャンに薬の類はNGだ」
「無理やり起こそうとすると、前みたいに殺気浴びせられますし。どうしますか死柄木弔」
「………仕方ない、ヒーロー達も俺らの調査を進めていると言っていた…悠長に待ってられない。先生、力を貸せ」
《………良い判断だよ死柄木弔》
「コンプレス、拘束具をといてしまっておけ」
「分かったよ。3日間眠り続けるなんて想定外だ」
Mr.コンプレスが爆豪の拘束具をとくために動く。爆豪なら理解してくれると、起きるのを楽しみにしていた死柄木は落胆した。爆豪を拐って雄英やヒーローが黙っていない。早く策を立てなくては。死柄木は憂鬱に重い腰を上げる。そんな敵にタイミングを計らったように扉がノックされた。当然表向きbarであるこの店に、ノックなんてありえない。
「どーもォ。ピザーラ神野店です」
敵の視線が扉に集める中、静かに眠り続けていた爆豪の瞼が微かに開いた。
SMASSH!!
壁を破る崩壊音と共にヒーローが雪崩れ込む。戸惑う敵連合にヒーローはスピード勝負を仕掛けた。シシリンカムイの個性で敵を木で巻きつけ、グラントリノが炎の個性を持つ荼毘を気絶させる。
「もう逃げられんぞ敵連合…何故って!?我々が来た!」
オールマイトを始めとしたプロヒーローと銃火器やプロテクターで武装した警察官が敵連合と対立する。
「オールマイト…!!あの会見後に、まさかタイミング示し合わせて…………!」
「木の人!引っ張んなってば!押せよ!!」
「や〜!!」
「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ…ピザーラ神野店は。俺たちだけじゃない。外はあのエンデヴァーをはじめ、手練のヒーローと警察が包囲してる」
「怖かったろうに…よく耐えた!ごめんな…もう大丈夫…?」
ここで初めてヒーローは爆豪の状態を知る。拘束はとかれているものの椅子に大人しく座る異常な状態。敵に捕らえられて何かされている可能性はあると頭の隅には入れていた。爆豪のことだから敵に威勢張っていると思っていたが実際どうだ。ヒーローが来たのにも関わらず、こちらを認識していない。むしろ何が起きたか分かっていない。でなければあんな澱んだ目をするはずがない。まだ子どもである少年を、ヒー志望の未来ある卵をこんな状態にした敵連合に怒りが湧く。
「敵…爆豪少年に、何をした!?」
「何もしてねぇよ…クソ、せっかく起きてくれたのに…せっかく色々こねくり回してたのに………何そっちから来てくれてんだよラスボス…」
死柄木が黒霧に脳無を連れてくるよう命令するが一体も現れない。
「すみません死柄木弔…所定の位置にあるハズの脳無が…ない!!」
「!?」
「やはり君はまだまだ青二才だ死柄木!」
「あ?」
「敵連合よ、君らは舐めすぎた。警察のたゆまぬ捜査を。そして我々の怒りを!!」
オールマイト部隊は爆豪の救出を、エンデヴァー部隊はその包囲を、別部隊では脳無格納庫を制圧していた。
「おいたが過ぎたな、ここで終わりだ死柄木弔!!」
木で拘束された敵連合に向けて力強く宣言する。No. 1ヒーローの威圧が一部を除いで圧倒される。
「終わりだと…?ふざけるな…まだ始まったばかりだ。正義だの…平和だの…あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す…その為にオールマイトを取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな…ここからなんだよ……….」
黒霧を呼ぼうとした途端、細い何かが黒霧の体を突き抜ける。項垂れる黒霧の姿に動揺を隠せない。
「キァアアやだぁもお!!見えなかったわ!何!?殺したの!?」
「中を少々いじり気絶させた。死にはしない。忍法千枚通し!この男は最も厄介…眠っててもらう。そこの少年が過去に暴いた弱点を参考にしたよ」
「さっき言ったろ。おとなしくした方が身のためだって」
グラントリノが捜査で分かった敵連合の本名を5名読み上げる。世間からも、身元上も、この状況から逃げることは出来ないと追い討ちかけるように告げる。さらにボスの居場所を聞き出す厚かましさに、死柄木の怒りが沸騰する。
「………ふざけるな、こんな…こんなァ……あっけなく…ふざけるな…ふざけるな……」
「奴は今どこにいる」
「失せろ……消えろ…」
「死柄木!!」
「おまえが!!嫌いだ!!」
増悪込めた叫び声を応えるように、突如湧き出した黒い液体から脳無が現れた。店内や外に複数湧き出した黒い液体をゲートにして次々と現れる脳無。予想外な出来事にヒーローも警察も敵の注意が疎かななったその時、爆豪の口から黒い液体が吐き出される。
「ごほっ……」
「爆豪少年!!Nooo!!」
苦痛の表情すら顔に出さない。自分が何を起きているのか、何されてるのか理解していない。オールマイトが触れられる前に、黒い液体が爆豪の体を覆って跡形もなく消えた。
抉られた大地。元脳無格納庫の場所に黒い液体がパシャリと現れる。未だ意識がはっきりしていない爆豪は黒幕の前に立つ。
「悪いね爆豪くん」
黒幕の言葉に反応なし。爆豪の背後で次々と黒液体から死柄木達が現れる。
「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね…君が大切なコマだと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。そのために僕がいるんだよ。全ては君の為にある」
呑気に会話をしているが、背筋が凍るほどの威圧感に立ち入ることはできない。
そんな会話を他所に初めて爆豪が動く。静かなまま、澱んだ目をぐるりと見渡す。瓦礫、黒幕、敵、マウントレディ、ギャングオルカ、プッシーキャッツ、そして。
「……………じーにすと…」
腹に穴を開けたベストジーニスト。
途端、ひどい地割れと威圧感がその場にいる者達にのしかかった。
「ほほう、これはこれは興味深い。弔、君はいい拾い物をした」
バキバキと地面から天に向かって木が生える。意志を持っているのか、爆豪と倒れているヒーローを囲う。爆豪の髪の中から小さな獣が顔を出した。
《ギィィィィイイイイ!!!!》
ひれ伏せと言わんばかりの、この世とは思えない咆哮が轟く。赤く発光する一つ目、瞳孔の周囲に複数の巴模様。手のついた10本の尻尾が木と同調しているのか同じように動き、鋭い枝先が敵に向ける。感情を持たないはずの十尾が、自然の怒りが牙をむく。
「………やはり…来てるな…」
別方向から物凄い勢いで何かが飛来し、黒幕に拳をぶつける。建物さえ吹き飛ばすほどの重い拳を受け止め、後退りもしない黒幕。
「全て返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!」
「また僕を殺すか、オールマイト」
影響力を及ぼす者達が、一つの場所に集った。
りん、りりん
風鈴の音が小さく鳴る。
「うっ、とまれ、とまれってば」
ポロポロ、ポロポロ。目から涙が止まらない。なんで、どうして、止まれよ。拭っても拭っても流れ出る。必死に涙を止めようと摩る小さな手に、大きな手が阻んだ。
「勝己、どうした?」
「っオビト」
しゃがんで目線を合わせてくれるオビトに、更に涙が溢れ出る。
「わかっ、ない…とま、んねぇ……たすけて、オビト……」
「勝己……」
とまんねぇんだ。かなしくて、つらくて、くるしくて。オビトがそばにいるのに、オビトがいるのにかなしくてしかたない。なんでこんなきもちになるんだろ。なんでなみだがでるんだ。どうしたらいい?たすけておびと……。
「どうしようもないなお前らは」
逞しい腕に抱き上げられる。コツン、と額同士が合わさった。
「大丈夫、お前は大丈夫だ」
赤い、赤い瞳。
「受け入れてやれ。お前の大事なものだ」
ポロポロ、ポロポロ。
オビトの言ってることは相変わらず分からない。でもオビトが言うからこの気持ちも、涙が流れるのを受け入れた。
地面を抉り、建物が積み木のように崩れ、暴風を起こすほどの衝撃波。そして隙間無く降り注ぐ命を奪う雨。
「爆豪少年!目を覚ませ!!しっかりするんだ!!」
「よそ見かい?ずいぶん余裕だねオールマイト」
「ぐっ!」
砂塵と血が舞う。バキバキ、と爆豪を囲む木が守るように更に囲う。近づく者を容赦なく鋭い枝が掃射させて命を奪おうとする。既に敵連合の何人かが、その餌食となって血溜まりを作っていた。
《ギィィィィイイイイ!!!!》
「……………」
幻影か、血と同じような色をした月が闇夜を照らす。まだ爆豪の意識は戻らない。
「ここは逃げろ弔、その子を連れて。黒霧、皆を逃がすんだ」
オール・フォー・ワンが黒霧に触手を突き刺して強制的に個性を発動させる。オールマイトは爆豪の元へ向かおうとするがオール・フォー・ワンによって阻まれる。
「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!コマを持ってよ」
「でも持って行くったってどうするのよ!あのバケモノをどうやってつれてくの!?」
敵意を感じ取ったのか枝先が敵連合に向ける。爆豪の頭の上にいる不気味なバケモノが何十本もある歯を剥き出して威嚇する。
間合いに入ると殺傷力が高い枝で死ぬ。近づけたとしても木に囲まれている爆豪を連れ出せるか、あの不気味なバケモノが何をするのか分からない。激しさを増している戦場に対して、目覚めてから変わらない様子の爆豪に異様さが際立つ。不気味なバケモノを従える爆豪に諦めるしかないとマグネは必死に仲間に諭す。
「……………」
感情も表情も出さず、どこを見ているか分からない澱んだ目。バキバキ、と枝が顔を包み込もうとしていた時。
ちりん
聞き覚えのある音に、木の動きが止まった。
激化するオールマイトとオール・フォー・ワンとの戦いに緑谷達は迂闊に飛び出すことが出来ない。爆豪の救出に来たのにも関わらず、手足すら動かない体たらく。敵は緑谷達に気づいていないのに何もできない。一瞬の隙ができれば。救出できる最善の道を考える。
「飯田くん、皆!」
「だめだぞ…緑谷くん…!!」
「違うんだよ、あるんだよ!決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!それでかっちゃんを助け出せる方法が!!」
「言ってみてくれ」
「でもこれは…かっちゃん次第でもあって」
「しかし緑谷くん、あの爆豪の状態をどうやって…!」
「そう、今のかっちゃんはかっちゃんじゃない。あの状態から元のかっちゃんに戻す必要がある」
木々に囲まれている爆豪。周りには地面に突き刺さっている枝と夥しい血の量。そして爆豪の近くにいる敵連合。知っている爆豪なら敵に応戦しているはずなのに、反応もなくただつっ立っている。せめて元の状態であればと考えあぐねいている緑谷に切島が提案する。
「あのよ、爆豪の意識を向ければいいんだろ?なら…考えがある」
「切島くん?」
「成功するか分かんねーけど、これなら気をひけるんじゃねーか?」
切島の手のひらにちりん、と鈴が鳴る。
「これ、かっちゃんの鞄にいつも付けてる…」
「体育祭の時に言ってたんだ。大事な宝だって。林間合宿に置いてあった爆豪の荷物から取ってきた。何か役に立つかも知れねーって思って」
「だがその鈴で気をひけたとしてどうする?俺前へ9 / 13 ページ次へ
激化するオールマイトとオール・フォー・ワンとの戦いに緑谷達は迂闊に飛び出すことが出来ない。爆豪の救出に来たのにも関わらず、手足すら動かない体たらく。敵は緑谷達に気づいていないのに何もできない。一瞬の隙ができれば。救出できる最善の道を考える。
「飯田くん、皆!」
「だめだぞ…緑谷くん…!!」
「違うんだよ、あるんだよ!決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!それでかっちゃんを助け出せる方法が!!」
「言ってみてくれ」
「でもこれは…かっちゃん次第でもあって」
「しかし緑谷くん、あの爆豪の状態をどうやって…!」
「そう、今のかっちゃんはかっちゃんじゃない。あの状態から元のかっちゃんに戻す必要がある」
木々に囲まれている爆豪。周りには地面に突き刺さっている枝と夥しい血の量。そして爆豪の近くにいる敵連合。知っている爆豪なら敵に応戦しているはずなのに、反応もなくただつっ立っている。せめて元の状態であればと考えあぐねいている緑谷に切島が提案する。
「あのよ、爆豪の意識を向ければいいんだろ?なら…考えがある」
「切島くん?」
「成功するか分かんねーけど、これなら気をひけるんじゃねーか?」
切島の手のひらにちりん、と鈴が鳴る。
「これ、かっちゃんの鞄にいつも付けてる…」
「体育祭の時に言ってたんだ。大事な宝だって。林間合宿に置いてあった爆豪の荷物から取ってきた。何か役に立つかも知れねーって思って」
「だがその鈴で気をひけたとしてどうする?俺達の存在に気づかれるし、最悪な場合爆豪は鈴に意識向けないかもしれねぇんだぞ」
「創造でドローンを作って届けるにしても、あの御二方の風圧で操縦がままなりません」
「………届ければいいんだろ?ならいける」
「切島さん、何を……?」
「その前に緑谷の作戦を聞かせてくれ」
緑谷の作戦を聞き、切島達は頷く。成功すれば怪我せず爆豪と共にこの場から抜け出せる。失敗すれば敵の標的になってオールマイトの足を引っ張る。一か八かの作戦。しかしヒーローの卵である緑谷達の気持ちは爆豪を救け出したいという一心のみ。だから失敗するかもというネガティブより、救けるという未来しか見ていない。
「切島くん、君が成功率を上げる鍵だ」
「頼むぞ切島」
「切島さん」
「切島くん」
「……大丈夫だ。俺はダチを信じる」
切島の口元に輪っかにした指が挟む。激しい衝撃音にピュイと甲高い音が掻き消える。
《カァァ!》
バサバサと降り立つ白い烏。腕を差し出して止まらせ、鈴を烏に見せる。
「ぐるぐる、この鈴を咥えて爆豪の気をひいてほしい。爆豪を助け出すために協力してくれ」
《………》
「大事なダチなんだ。この大事な鈴を爆豪の元へ!」
《カァア!》
真剣な願いに応えたのか切島の手から鈴を咥えて飛び立つ。腕を硬化させ、壁に向き合った。
「タイミングは任せる!」
腹に回る4本の腕。
頼むぞと、心の中で願った。
ちりん
風鈴の音じゃない音が聞こえた。
ちりん、ちりん、とまるで誘うような音に不安になってオビトの裾を掴む。それを咎めるように、手袋越しの大きな手によって離された。
「勝己、お前はもう分かっているはずだ」
「オビト……?」
「夢から覚めて現実に戻れ。お前には、やるべきことがあるだろう」
小さな手が見慣れた硬い手になり、腰以下だった身長が胸辺りまで大きくなる。幼少期の姿をしていた爆豪が今の姿へ。オビトの胸まで掲げられ両手が優しく握られた。
「俺のようになる必要はない。手を汚す必要
も、人を傷つける必要もない。お前の手は……人を救うための手だ」
赤く染まってない綺麗な手。手袋越しじゃないと汚れそうで嫌だったと師は言った。
「お前には多くの苦しみがあるだろう。だが…それでも変わることなくまっすぐ、自分の信念を貫き通せ」
本当は分かってる。自分がどういう立場にいるのか。今もこうしてオビトに守られていること。それでも現実から目を逸らしてオビトのそばにいたかった。だって、夢から覚めたらオビトはいねぇから。
「オールマイトを超えるヒーローになる、だったか?それでいい………勝己…」
ずっと、ヒーローになるのが夢だった。強くなるために鍛錬をつけてくれた。いずれ役に立つと知識をくれた。俺がヒーローになるために応援してくれた。
「お前は必ず………ヒーローになれ」
オビトになる必要がないってあんたは言うけど、それでも俺にとって憧れなんだ。俺の身近なヒーローなんだ。
なる、絶対にヒーローになる。自分らしいヒーローになってみせる。だって俺は____
「お前は俺の…自慢の弟子だ」
大きな手が両目を覆う。じんわりと両目が温かくなった。
「ちゃんと見てる」
ちりん
鈴の音を最後に、視界が真っ白に包まれた。
ちりんちりん、ちりんちりん
爆豪の頭上で旋回する白い烏。この場に似つかわしくない音が鳴り響く。
「…………」
澱んでいた赤い目に光が宿った。
「あ、なんだ、これ……俺、なんで…?」
体を囲む太い木に驚き、慌てて周囲を見渡す。オールマイトと同等に立ち向かう黒い敵、抉れた地面に夥しい木の枝と血、敵連合がこちらを見ている。
《ギィイ!!》
「トビ?おい、お前の仕業かコレ。早く気をどけろ」
《ギィ?》
「いいからどけろ。邪魔だ!」
《ギィ》
ちりんちりん、ちりんちりん
旋回し続けるぐるぐる。この状況で俺にやれるべきこと。この場所でいつまでもいていい状況じゃねぇ。じゃなきゃオールマイトは本気を出せない。でもどうする?情報が足りない。どうやって脱出する。余計なこと考えるな。俺の状態とか、謎の血溜まりとか、ジーニストのことやトビのことは今は考えるな。この場から脱出方法を考えろ!
敵連合がはっきりと爆豪が目覚めたことに気づき、虎視眈々と連れ出そうと狙う。無意識に息を細める爆豪に突如壁を壊す音と共に氷の山が現れる。氷の道にエンジン音が走り、3つの影が空中に飛び出す。
飛び出してきた影に赤い目が捉えた。
「 来い!! 」
差し伸べられた手。信頼をよせている男の呼び声に、両手を爆発させた。
BOOOOOM!!
近づいてくる敵をふりきり、風と共に空中へ踊りだす。二段階で爆破させて差し出された手を掴んだ。
『ダチを信じろ!』
「…バカかよ」
爆破を耐えられる硬化の手は、今は耐えれそうにもない軟い肌。なのにどうしてか、いつもより頼りに見えた。
13
一夜にして世間は変わった。
敵連合の存在が露見され、悪の親玉を逮捕。オールマイトの正体。甚大な被害と損失。悪夢のような事件は歴史に残るであろう衝撃的な出来事だった。しかしオールマイトの最後の一言が、人々の心に届いた。
『 次は、君だ 』
初めてヒーローに憧れたのはオールマイトだった。敵に勝つ姿に憧れて、いつか俺もオールマイトみたいになるんだと夢を見ていた。平和の象徴オールマイト。ヒーローになった自分がNo. 1になって、どうだ?No. 1から引き摺り下ろされた気分はよ!と嘲笑ってやろうと決めていたのに。それがどうだ。画面の向こうのオールマイトは血まみれで、ガリガリの姿で勝った前へ1 / 4 ページ次へ
一夜にして世間は変わった。
敵連合の存在が露見され、悪の親玉を逮捕。オールマイトの正体。甚大な被害と損失。悪夢のような事件は歴史に残るであろう衝撃的な出来事だった。しかしオールマイトの最後の一言が、人々の心に届いた。
『 次は、君だ 』
初めてヒーローに憧れたのはオールマイトだった。敵に勝つ姿に憧れて、いつか俺もオールマイトみたいになるんだと夢を見ていた。平和の象徴オールマイト。ヒーローになった自分がNo. 1になって、どうだ?No. 1から引き摺り下ろされた気分はよ!と嘲笑ってやろうと決めていたのに。それがどうだ。画面の向こうのオールマイトは血まみれで、ガリガリの姿で勝ったあの瞬間。俺は心が締め付けられた。
「まだ敵が君を狙うかも知れない。何もされていないと信じたいが万が一のことがある。ヒーロー科だけど仮免取れるまで外出せず家にいること。君は要人警護レベルだから登下校や外に出る際、ヒーローの付き添いが必須になる。肩身狭いだろうが、落ち着くまで辛抱してくれ」
「…………わかった」
「君は悪くない。怖っただろうによく頑張ってくれた。無事で何よりだ爆豪勝己くん」
「……………」
警察の事情聴取はほとんど知らないで終わらせた。林間合宿から眠って、目覚めたらあそこにいたんだから何も知らない。知らないままじゃだめだ。目を逸らさないって、現実を見ろって言われてんだ。俺は、この業を背負って前を見なきゃいけない。つらくても、悲しくても、自分が犯した罪は自分で背負う。
神野事件を引き起こしたのは
オールマイトを終わらせたのは
紛れもなく俺のせいだ
勝己くんは自分が弱っているとオビトさん関連のものに縋る。現に今も、赤い雲をあしらわれた黒い外套を羽織っている。
「親父…山に行きたい…………」
暗く沈む勝己くんに、本当は行かせてあげたいけど行かせてあげれない。理由なんて頭のいい勝己くんなら分かってる。
「ごめんね。外出れないから、今日は家の中にいよう」
まだ廊下に佇む勝己くんに近づいてリビングに入るよう肩に手を回す。僕が一歩踏み出すと、促されるように歩いてくれた。普段なら触んな!とか命令してんじゃねぇ!って声を荒げてくるのに今の勝己くんはとても静かだ。リビングのソファに座って、勝己くんを横抱きになるよう足の上に座らせる。腕の中に閉じ込めるとモゾモゾとポジション確認して、胸に頭を預けて肩の力を抜いていった。
勝己くんが敵に誘拐されて、多くの犠牲を払って救出された。死者と負傷者、住居崩壊にオールマイトの引退。頭のいい勝己くんは全て理解して目を背けない。だから勝己くんにのしかかる重荷は重すぎるくらい背負って、気持ちが吐き出せない状況にフラストレーションが溜まってる。本当はオビトさんがいた山に行かしてあげたい。でも、まだ敵に狙われる可能性があるから外出禁止を受けている。僕達にできることは本当に少ない。それでも、僕達は勝己くんを支えたい。
「しばらく外に出れないけど、外に出れたら山に行こう。遠いから僕が車を出すよ」
「ん」
「勝己くんとドライブするの久しぶりだな。帰りにラーメンや中華でも食べに行こうか。もちろん勝己くんのオススメのとこで」
「ん」
勝己くんが憧れたヒーローはみんないなくなってしまった。身近なヒーローのオビトさん。初めて憧れたオールマイト。勝己くんを見てくれたベストジーニスト。どうして勝己くんのヒーローは、勝己くんを苦しめてしまうんだろう。ただ憧れていただけなのに。
「あら、私を除いて仲良くしてるの?ずるいわ勝さん」
「光己さん。ふふ、いいでしょう」
光己さんが隣に座って勝己くんの頭をわしゃわしゃと撫でる。勝己くんはされるがまま。
「勝己、今日は麻婆豆腐にしましょ。勝己スペシャルの辛いやつね」
「ん」
「ヨーグルトどれぐらいいるかな。あれないと完食できないんだよね」
「大丈夫よ勝さん。大容量のが5つ冷蔵庫に入ってるわ」
「さすが光己さん」
「ふふん、まあね」
勝己くんは大事で大切な息子。勝己くんは周りに評価されて育ってしまったけど、オビトさんに出会っていい方向に成長してくれた。一時期危うい時期もあったけど、それでもヒーロー目指して頑張ってる。なのに雄英に入って、勝己くんはまた難しい顔をするようになった。高校のことを話してくれない。いつもオビトさんの話をするか、普通だと返ってくるだけ。でも体育祭からポツリ、ポツリと話してくれるようになった。熱血のお友達、教師の鏡だという担任、何故か一緒にいるテープの個性の子と帯電の個性の子、インターンのベストジーニスの話。愚痴ばかり溢すけど、どこか楽しそうに話してくれる勝己くんに安心したんだ。安心、していた。敵に誘拐される前までは。
「………」
「大丈夫、大丈夫だよ。ゆっくり休んでいいんだよ勝己くん」
「そうよ。せっかくの休みなんだからのんびりしなきゃ損よ」
沈んでいる赤い目。その目はなにを写しているんだろう。なにを思っているんだろう。
ここに勝己くんが頼る人はいない。縋る人はいなくなった。僕達はオビトさんみたいに頼りないかもしれない。それでも僕達は勝己くんのことを誰よりも想ってる。敵思考によってても、危険な力を持っていても、平和の象徴を終わらせた元凶でも、指を刺されることになっても大切な一人息子だから。
「おや、トビも来たよ勝己くん」
「………?」
コートの裾を数本の小さい手で一生懸命よじ登る兎のトビ。
コツ、コツ、コツ
コッコッコッコッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うるっさいわね!!窓割れたらどうしてくれるのよこのクソドリ!!」
《グェッ!ガ、ガァ”……》
「ほら、ぐるぐるも来たよ。勝己くんに会いたくて仕方なかったみたいだね」
「………」
窓ガラスが割れるんじゃないかと錯覚するほど、強烈な入れてコールする白い烏のぐるぐる。勝己くんの膝に登ってきたトビと光己さんの手から解放されたぐるぐるが座る。二匹ともちょっと見た目が不気味だけど、オビトさんが勝己くんに残してくれた縁。
《カァ!ガァァ!!》
《ギッ、ギィィ!!》
僕が1番だー!って幻聴が聞こえるぐらい勝己くんが大好きな二匹が膝の上で喧嘩しだす。
「勝己、喧嘩止めるために撫でなさいよ。アンタしかこの喧嘩止めれないんだから」
「ほら、勝己くん。手を乗せるだけでいいんだよ」
「…………」
僕より硬くてボロボロの手が二匹に乗せる。その手に二匹は嬉しそうに擦り寄る。無表情だった勝己くんの表情が少し綻んだ。
「今日は何しましょうかね勝さん。映画でも見る?」
「そうだね。家族で映画見るなんて何年ぶりだろ」
「じゃあまずはホラーでも見ましょう!オススメのがあるのよ」
「あまり怖くないのがいいなぁ」
「もう何言ってるの!怖くないホラーはホラーじゃないでしょ!」
ぐるぐるとトビに意識向けてる勝己くんは映画の内容に反対しない。僕の腕の中で甘えてるのが証拠。僕の心臓の音を聞いて安心したいのも、弱ってる姿を見せてくれるのは親である僕達の前だけ。
大丈夫、大丈夫だよ。君が元気になっても、そうじゃなくても僕達が支えるから。君は僕と光己さんの愛しい子なんだから甘えていいんだよ。
「楽しみだね勝己くん」
「………ん」
すり、と擦り寄った可愛い息子にふわふわの髪を優しく撫でた。
勝己が絶対に起きない夜更けに、リビングで勝さんと向き合う。手には雄英から届いた一枚のプリント。
「勝さん、どうしよう。私、あの子を託したくない」
「光己さん…」
雄英高校全寮制の検討。大雑把にいえば敵に狙われている生徒を安全に守るために寮制にしたいってことだった。明日は寮の返事を聞くために家庭訪問される。私の心は、不安でいっぱいだった。
「前のあの子だったら快く預けてたかもしれない。でも、今のあの子を雄英なんて預けたくない!」
勝己が頼る人なんてそうそうに居ない。人間関係も狭いし、友達なんてほぼ居ない。幼馴染であるデクくんとは喧嘩してるのか、仲が悪いのか話すら出てこない。オビトさんがいない今、人間不信を患ってるあの子が人様に心を開くことは限りなく薄い。
「勝己が人嫌いなのは知ってるでしょ!?外で自由に行動できないし、何かあったら私達のフォローもできない。勝己が好きに過ごしてくれたら私は構わない。でも、共同生活の寮で勝己はどうやって過ごすの。気配に敏感なあの子を疲れさせるんじゃないかって……3年間苦しむんじゃないかってっ………」
「うん。僕も光己さんの意見には賛成だよ。確かに勝己くんは触れられるの嫌いだし、気配敏感だし、知らない人と同じ屋根の下は辛いだろう」
「なら!」
「でもね光己さん。勝己くんはそれでも頑張ってる」
「っ!」
「悟らせないように心で傷ついて、弱音吐かないように歯を食いしばって。けど今は僕達に弱みを見せて消化しようと頑張ってる」
今の勝己はオビトさん関連なものを身につけて縋ってる。涙流して次の日にはスッキリするのと同じで、勝己なりの前へ向かうための過程。
「勝己くんは夢を叶えるために、憧れの雄英に入ったんだ。クラスメイトは知らない人じゃないし、林間合宿だって泊まれたんだ。きっと大丈夫」
「勝さん………」
本当は分かってる。勝己のためを思うなら、あの子が夢を叶えるためにどうすればいいのか分かってる。人間不信を克服しようと努力してるのを、あの子なりに閉じこもった殻を破ろうとしているのを間近で見てきたから知っている。
「それに雄英の会見を見て、あの人達なら勝己くんを見てくれるって確信してる。大丈夫、僕達の子は強いから」
「……そうよね、勝己は私達の子だもん。あの子ならきっと、強いヒーローになって敵を倒すわね。むしろ勝手決めんなって怒りそう」
「簡単に目に浮かぶよ」
指を刺されるのは対して苦じゃない。みんなのオールマイトを終わらせた元凶だって言われても返り討ちにしてやる自信がある。親として子どもの成長は誇らしくて、同時に心配が尽きない。それでも勝己は勝己らしく自分の信じる道を歩んでほしいから。
「勝己くんを信じよう。駄目だったら毎日電話でもするかい?」
「いいわね。毎日ビデオ電話でもしましょう。嫌って言われても充電がなくなるまでかけ続けるわ」
私の旦那さんはやっぱ最高ね。だって涙を流してる私に、スマートに涙を拭って自然に笑ってくれるもの。もし勝己が起きてこの会話を聞いたとしても、私が泣いてることは分からないはずだから。
爆豪家に担任である相澤とオールマイトが家庭訪問に訪れた。ソファで両親の間に座る爆豪は目に光が宿っているものの、手には黒い手袋がつけている。膝の上にはトビとグルグルが遊んでと爆豪に戯れていた。相澤とオールマイトは寮の説明をするが、爆豪が不気味な動物と戯れていることが気になって仕方ない。
雄英に預かる生徒を敵に狙われ攫われてしまい、信頼は得られないと踏んでそれなりの覚悟でやって来た。一番難解で苦戦するだろうと。理解を得られるまでどんな罵倒も嫌味も受け入れるつもりだった。
「あっはい!よろしくお願いします」
なのに予想に反して色良い返事を貰ってしまう。
「あの…本当によろしいのでしょうか」
「ん!?ああ寮でしょ?むしろありがたいよ!」
母親は爆豪の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でる。爆豪はその手を受け入れたまま不気味な動物を相手にしていた。雄英に入った爆豪を知る2人としては、その光景が物珍しくて目を見開いてしまう。
「勝己はなまじ何でも出来ちゃうし、能力も恵まれちまってさ。ちっちゃい頃は他所様からチヤホヤされてきたけど、お師匠に会ってから極端に強くなって知らない人を警戒するようになった。他人に触れられることや気配が敏感になって受けつかなくて一時期大変だったけどさ。私達は勝己の夢を応援したいの。周りが勝己のことを怖がって誤解されても支えようって」
母親の話を黙って聞く。親として自分の子どもを案じる本音を、覚悟を受け入れるために。
「だから会見での言葉が嬉しかったんだよね。私達やお師匠以外で、この学校は勝己を見てくれてるって。不安でどうなるかと思ったけど、こうして五体満足で帰ってきてるワケだしさ。しばらく風当たりは強いかもしれないけど信頼して任せるよ、な」
「うん」
爆豪は親にこんなにも愛されていたんだなと思慮深くなる。人に触れられるのを嫌い、ヒーローを目指しているのにヒーロー嫌いで、苦労も苦悩もしたはずなのに。爆豪が真っ直ぐ夢を追いかけられたのは両親の支えとお師匠の存在のおかげなんだと。期待を応えるために精進しないとなと相澤は思った。
「僕からもいいですか」
「はい、大丈夫です」
「勝己くんのことで結構迷惑かけると思います。ですが勝己くんのお願いを、声を必ず聞いてほしいです」
「もちろんです。私達の監督不届きでこのような事態になってしまい、爆豪くんにはこれから肩身狭い思いをさせてしまいます。むしろ私達にできることなら、出来うる限り応えていきたいと考えています」
「ありがとうごさいます。先生方にご迷惑かけると思うので、僕と光己さんと話し合って勝己くんの取扱説明書を作りましたんで読んどいて下さい」
「取り扱い…」
「説明書……?」
渡された紙を開くとびっしりと箇条書きで書かれた50項目ある取扱説明書。うわ、と内心で2人は引いていた。
「甘やかしてる自覚あるんですが、不安で仕方なくて。今の勝己は先生方にとって珍しいでしょう。少し落ち込んでるんでこうして素直に甘えてくれることが中々なくて」
「過保護かもしれませんが、勝己くんだから心配なんです。でも勝己くんなりに頑張ってヒーローになろうと、夢を叶えようと必死で足掻いてます」
「だからどうか、勝己がこれ以上傷つかないように。みっちりしごいて良いヒーローにしてやって下さい」
母親に促されるまま頭を下げる爆豪。家族の絆と想いに、担任である相澤は拳を握った。
「オールマイト」
「ん?」
次の家庭訪問に車を乗り込もうとする相澤と、待ったをかけようとしたオールマイトに爆豪が呼び止める。肩に白い烏と不気味な動物を乗せる爆豪が、2人の前で初めて声を出した。
「緑谷はあんたにとって何なんだよ」
「……………………生徒だよ。君と同様に前途あるヒーローの卵だ」
オールマイトの言葉に、赤い目が一瞬暗く沈んだ。
「勝己コラ!あんた外出るなってケーサツに…!!」
「………そっか、あんたが言いたくねぇならいいわ。ありがとよ」
家の中に戻ろうとする爆豪の背は、とても小さく見えた。
《ギィイ?》
《クゥァ?》
「………なんでもねぇよ。大丈夫だ、なにもすんな」
《ギィ……》
《カァ……》
14
眩い炎天下。久しぶりに制服を袖に通して鞄を手にとる。ノイズキャンセラーを耳につけて扉に手をかけた。今日は雄英の寮に移り住む日。安息の家から離れる。
「おはよう爆豪勝己くん」
「………たしか、木を操るヒーローの」
「シンリンカムイだ。聞いていたと思うが、今日の警備は我が担当する。よろしく頼む」
「……ヨロシクオネガイシマス」
仮免が取れるまでヒーローが護衛につくって言ってたがこのヒーローか。わざわざ車で送り届けてくれるらしい。至りつくせりってこのことか?
「勝己!」
玄関の扉が開いたと思ったら強く抱きしめられた。
「電話ちゃんと出なさいよ」
「わぁってる」
「辛くなったら僕達か、信頼できる人に頼るんだよ」
「昨日聞いたわ」
「シンリンカムイさん。勝己くんのことお願いします」
「はい。大事な息子さんを無事に雄英まで送り届けます」
「「勝己/くん、いってらっしゃい」」
「ん……いってくる」
親に挨拶を返して車に乗り込む。走り出した車の窓から、見えなくなるまで手を振ってくれた親の姿。ただひたすら流れゆく景色に頬をついて眺める。いつもと変わらない日常。平和の象徴がいなくなっても何も変わらない日々。変わったのはヒーロー情勢だけ。インターネットや新聞、ぐるぐるで情報を集めた。神野やヒーローのこと、その他諸々。受け入れるのに時間かかりすぎて大変だったが、これからのことを考えたらそうでもない。窮屈な生活になるし、仮免が取れるまで1人で外に歩けやしない。色々と不便で仕方ない。運転するこのヒーローのことも。
「………なあ」
「どうした?」
「俺はあんたのこと正直嫌いだ」
「いきなり罵倒か」
「個性の相性で戦わず人任せにして、人気取りたいクズなヒーローだと思ってた」
「痛いとこつくな」
「けど…神野事件で助けに来てくれたから一応礼言っとく。ありがとよ………………」
「……確かに君にとって我は嫌いなヒーローだろう。ヘドロ事件の時に君を助けなかったのだから。だが神野で敵の渦中にいた君を本気で助けたかった。嫌いなヒーローからの言葉は嫌かもしれないが伝えておきたい。君が無事でなによりだ」
「そうかよ」
「ほら、雄英に着いたぞ。ここで学び、ヒーローになれることを願っている」
「はっ、んなの余裕だわ」
バタン、と車のドアを閉めて校舎の中へ歩く。神野事件で動いてくれたヒーロー達には事件以降会っていない。オールマイトを終わらせた俺に罵倒が飛んでくると思っていた。クズのヒーローから苦言をもらうだろうと、若手の分類に入るあのヒーローだって嫌われてると思っていた。けど予想に反してクズではなかった。ほんとヒーローってのはお人好しばかりで嫌になる。
『君はまだ世界そとを見ようとしていない。私は君に世界そとを見せたいのだ』
「……ばかじーにすと」
炎天下で汗が出やすい季節だというのに、何故か肌寒く感じた。
雄英敷地内、校舎から徒歩5分の学生寮ハイツアライアンス。でかでかと1-Aと掲げられた看板がこれから過ごす寮となる。
「よーバクゴー!久しぶりだな!!」
「切島」
「爆豪!よかった、無事だ!!」
「かっちゃん!めっちゃ心配したんだぜ俺ら!!」
「くっつくな!寄るな!暑苦しいんだよ!」
寮について早々クソ髪達に絡まれる。自分の置かれた立場を理解してるから甘んじるが流石に限度がある。しばらくクソ髪達に囲まれて各々喋り出し、会話が振られた時にだけ返事をしていると担任が姿を現した。
「とりあえず1年A組、無事にまた集まれて何よりだ」
寮の前に集まったA組を見ながら淡々と話す。それにしても夏なのに変わらずの黒服。暑くねぇんか。
「皆入寮の許可降りたんだな」
「私は苦戦したよ…」
「フツーそうだよね…」
「2人はガスで直接被害遭ったもんね」
「無事集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったもの」
「うん」
「………俺もびっくりさ。まァ…色々あんだろうよ」
なるほど。敵に雄英は普段通りしているのを見せるのと、寮制にしたのは安全の保証とスパイを見つけるためか。
「さて…!これから寮について軽く説明するがその前に一つ、当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく」
「そういやあったなそんな話!!」
「色々起こりすぎて頭から抜けてたわ…」
「大事な話だ、いいか。切島、八百万、轟、緑谷、飯田。この5人はあの晩あの場所へ爆豪救出に赴いた」
「え…」
「「「…………………」」」
「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせて貰うよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪・耳郎・葉隠以外全員除籍処分にしてる」
担任の言っていることは正しい。未成年の学生、ヒーローの卵が危険地帯にのうのうと赴いて下手すりゃお荷物の足手まとい。命すら落とす危険性があった。担任の言うことは間違っていない。けど、あの時、あの場にいた俺にとっては……………………。
担任のお説教に暗く沈むモブども。クソ髪も思い悩んでいる顔をしていた。なんでてめぇがそんな顔すんだよ。そんな顔すんだったら、初めっから俺を救出しようって思うんじゃねぇ。まるで俺が、あの時手をとったことが間違ってたみてぇじゃねぇか。
「ッチ………来い」
「え?何、やだ」
アホ面を引っ掴んで茂みの中に連れ出す。
「おい、これに全力で放電しろ」
「なんで?」
「いいからしろやアホ面」
「えぇ?もうかっちゃんってば横暴〜」
「かっちゃん言うな殺すぞ」
地面に置いた簡易なアーク放電装置に放電しろと命令する。アホだからなんも疑わず個性を使った。
BZZZ!!
眩い光が収まった頃に背中を蹴り出して茂みから追い出す。アホ面が余計にアホになって笑かしてるのを他所に、クソ髪に近づいて金を差し出す。
「切島」
「え、怖っ、何、カツアゲ!?」
「違ぇ!俺が下ろした金だ。小遣いはたいたんだろ」
カツアゲの意味わかってんのか。俺が金を差し出してんだから立場逆だわアホ。
「あ…おめー、俺が暗視鏡買ったのどこで聞いて…」
「いつまでもシミったれられっと、こっちも気分悪ィんだ。いつもみてーに馬鹿晒せや」
5万を押し付けて担任の後に着いていく。他人の気持ちも思いもどうでもよかった。関係ないのに、こいつらがシミったれんのはなんか違ぇなって思った。
「成長したな爆豪」
「……変わってねぇよ。なんも」
なんも変わってねぇ。
変わったとしたら俺が強くなってるか、弱くなってるかだ。
「学生寮は1棟1クラス。右側が女子、左側が男子と分かれている。ただし1階は共同スペースだ。食堂や風呂・洗濯などはここで行う」
寮の中に足を踏み入れると、学生寮としては十分過ぎるほどの設備と広さ。寮っていうから狭いと思ってたが案外広いんだな。
「おおおお!」
「中庭もあんじゃん!」
「広っ!綺麗!そふぁぁぁ!!!」
「豪邸やないかい」
「麗日くん!?」
「聞き間違いかな…?風呂・洗濯が共同スペース?夢か?」
「男女別だ。おまえいい加減にしとけよ?」
「…はい」
「部屋は2階から。1フロアに男女各4部屋の5階建て。1人1部屋。エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」
「ベランダもある。すごい」
「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね…」
「豪邸やないかい」
「麗日くん!?」
「部屋割りはこちらで決めた通り。各自、事前に送ってもらった荷物が部屋に入ってるから。とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上、解散!」
「「「ハイ先生!!!」」」
「爆豪!片付け終わったら部屋見に行っていいか?」
「来んなバカ」
俺の部屋は4階の空室と切島の間。切島の隣は触手野郎か。気を張る必要なさそうだな。
自分の部屋に入って積まれてる段ボールに手をかけようとした瞬間。頭からぽて、と丸いものが段ボールの上に降り立つ。
《ギィ》
「また頭の上に乗ってたんかトビ。なんだ、手伝ってくれんのか?」
《ギィ!》
「別にかまわねぇけど、俺の部屋木屑まみれにすんなよ」
《ギッ!》
張り切るトビと一緒に部屋作りに勤しんだ。
『勝己、寮の居心地はどう?やっぱ綺麗?』
「ん、まぁ築3日らしいから綺麗なのは当たり前だわ」
《ギィ!》
『やぁトビ。なんか嬉しそうだね』
『勝己といられるし、居心地がいいってことなんでしょ!それぐらいいい場所ってことでしょ?』
『ゾワゾワしてないかい?体調はどう?変な気分になってない?』
「相変わらず心配性だな。隣は空室と切島だし、同じ練は静かな奴とあと2人ぐらいしかねぇから気ぃ張る必要ねぇよ」
『それならよかった』
『必要な物あったらちゃんと言うんだよ』
「わぁってる。荷造りで疲れたしもう寝る」
『そっか。しっかり寝るんだよ。おやすみ』
『勝己のことよろしくねトビ!おやすみ』
「ん、おやすみ」
《ギィ》
荷解き終わって飯も風呂も済ませた後、時間通りに親から電話が来た。7割ぐらい冗談だと思っていたのにほんとに電話してきやがった。暇なんか。
《ギィ、ギィ》
「今日はご機嫌だなトビ。相手してぇが荷解きで疲れたんだ。寝かせてくれ」
欠伸がでて布団に入ろうと思った矢先、扉がノックされる。眠気眼で扉を開けるとまだ元気なクソ髪。
「よ!」
「………本当に来たんか」
「今荷解き終わってよ。爆豪のことだからもう終わってんだろ?他の奴らの部屋も見に行こうと思ってんだが、爆豪も行かね?」
「くだらねぇ。先に寝る」
「そっか。疲れてんのに悪ぃな」
「……今日はダメだ。また後日な」
「!わかった。おやすみ爆豪」
「ふん、おやすみ」
時間も時間だし、荷解きも意外と体力使った。ほんと眠い。電気を消して、枕元に丸まったトビを少し移動させてベットに入る。明日から色々準備しねぇとな。
後日部屋の感想。
is切島部屋
「てめぇらしいな」
「だろ!」
「サンドバックする時言ってくれ。気が散るから」
「分かった。そん時ちゃんと言うな!」
is爆豪部屋
上鳴と瀬呂も一緒
「大人の部屋って感じする!」
「理系のインテリっぽい」
「本もファイルもびっしりあんな。六法全書、異能解放戦線、個性終末論、人体のつくり、解剖図鑑、世界の毒、催眠療法、犯罪心理…………人類滅亡でもしようとしてる?」
「あ?ただの資料だ。触んな」
「怖っ」
「てか気になってたんだけど、コレ何?」
《ギィ?》
「兎のトビ」
「兎!?コレが!?目が一つしかないし、尻尾?が10本ぐらいあるし耳もねぇぞ!」
「あ”?あの人が兎って言ってたんだから兎に決まってんだろ!!文句あんなら殺すぞ!!」
「爆豪の時たま言う、あの人の信頼度厚いな」
「だな」
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