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夕の体が、ぴたりと止まる。
「……ごめんね」
もう一度言う。
でも、
その“ごめん”は、謝罪じゃない。
「ちょっとだけ、借りる」
淡々と。
足も、順番に固定されていく。
逃げ場はない。
完全に、同じ形。
「……」
夕は、ただ見てる。
風を。
「……いつから?」
ぽつりと聞く。
風の手が、一瞬止まる。
「……三週間くらい」
「……」
「ずっと、演技」
さらっと言う。
「……そう」
夕が、小さく笑う。
「上手かったね」
「ありがとう」
軽く返す。
最後の拘束が閉まる。
カチ、と音。
「……」
完全に逆転する。
「……ねぇ、夕」
風が、ゆっくり顔を覗き込む。
距離が近い。
今までと同じ位置。
ただ、立場だけが違う。
「嫌?」
同じ質問。
同じ言い方。
「……」
夕は、少しだけ目を細める。
「どう思う?」
「……嫌だよね」
風が、自分で答える。
「俺も、そうだったし」
「……」
沈黙。
でも、
夕は目を逸らさない。
「……逃げる?」
風が、少しだけ笑う。
「無理だよね」
淡々と。
「俺が見てるから」
その一言。
今までと同じ。
「……風」
夕が、名前を呼ぶ。
少しだけ優しく。
「なに?」
「どうするの?」
その問い。
風は、少しだけ考える。
「……どうしようね」
正直に言う。
「まだ決めてない」
「……」
「でも」
少しだけ顔を近づける。
「分かってるでしょ?」
静かに。
「ここ、危ないよ」
その言葉。
完全に、同じ。
「外に出たら死ぬかもね」
ほんの少しだけ、笑う。
夕が、何も言わない。
ただ、じっと見てる。
その視線を受け止めながら、
風は、小さく呟く。
「……ねぇ、夕」
「なに?」
「俺がまた変なこと言い出したら」
一瞬、間。
そして、
「ちゃんと繋いでくれる?」
あの時と同じ言葉。
でも、意味は真逆。
「……」
夕は、少しだけ目を細める。
「どうかな」
小さく返す。
「風次第じゃない?」
「……そっか」
風が、少しだけ笑う。
「じゃあ」
ゆっくり立ち上がる。
「試してみる」
その一言で、
新しい関係が、始まる。
静か。
前と同じ部屋。
同じベッド。
違うのは——
「……夕」
「なに?」
「ちゃんと、ついてる?」
カチャ、と小さく音が鳴る。
夕の手首に繋がれた拘束具。
「ついてるよ」
夕は、少しだけ笑う。
「風がやったんでしょ」
「……うん」
風は、少しだけ目を逸らす。
そのまま、もう一度確認するみたいに触れる。
外れない。
ちゃんと固定されてる。
「……よかった」
ぽつり。
安心したみたいに呟く。
夕は、それをじっと見ている。
「ねぇ、風」
「ん?」
「怖い?」
「……」
一瞬、止まる。
でもすぐに、
「……ちょっとだけ」
正直に言う。
「外れると」
その一言。
前と同じ。
ただ、対象が逆になっただけ。
「……そっか」
夕は、小さく頷く。
抵抗しない。
「いいよ」
あっさり言う。
「このままで」
「……うん」
風は、少しだけ安心した顔をする。
数日後。
「……ゆう」
「なに?」
「今日、外行く?」
ぽつりと出た言葉。
部屋の空気が、少しだけ揺れる。
「……行かない」
夕は即答する。
「なんで?」
「……めんどくさい」
軽く言う。
でも、
その言葉に、風は少しだけ固まる。
「……そっか」
小さく頷く。
「じゃあ、いい」
そのまま話は終わる。
でも——
“外に行く”って選択肢が、
少しずつ薄れていく。
さらに数日。
「……これ」
風が、ベッドの横に座りながら言う。
「もう少し、きつくしていい?」
夕の足首の拘束を見ながら。
「いいよ」
迷いなく返す。
「どうせ外さないし」
「……うん」
カチャ、と音。
少しだけ、距離が縮まる。
動ける範囲が減る。
「……楽?」
夕が聞く。
「……うん」
風は、小さく頷く。
「この方が、落ち着く」
「……そっか」
夕は、それ以上何も言わない。
ただ受け入れる。
また別の日。
「……ねぇ」
風が、ぽつりと呟く。
「ん?」
「なんでさ」
少しだけ迷う。
でも続ける。
「夕、抵抗しないの?」
その質問。
ずっと引っかかってたもの。
夕は、少しだけ考えて——
「……してほしい?」
逆に聞く。
「……」
風は答えない。
答えられない。
「……しないよ」
夕が、静かに言う。
「だって」
少しだけ笑う。
「風、困るでしょ」
「……」
言い返せない。
「外そうとしたら、怖いでしょ」
「……うん」
小さく頷く。
「じゃあ、これでいい」
それだけ。
あまりにもあっさり。
「……」
風は、その言葉を飲み込む。
また少し時間が経つ。
「……ゆう」
「なに?」
「外ってさ」
ぽつり。
「どんなだっけ」
その言葉。
部屋が、静かになる。
「……さぁ」
夕が答える。
「忘れた」
「……」
風も、少しだけ考えて——
「……俺も」
同じ答えを出す。
「まぁ、いいか」
軽く言う。
「ここで困ってないし」
「うん」
夕も頷く。
そのやり取りで、
“外”は、
完全に意味を失う。
夜。
明かりも少ない部屋。
「……寒い」
風が小さく呟く。
「くっつく?」
夕が言う。
「……うん」
距離が近づく。
拘束されたままでも、
触れられる範囲で。
「……あったかい」
風が、小さく笑う。
「でしょ」
夕も、少し笑う。
「……ねぇ」
「なに?」
「これ」
風が、夕の拘束を軽く鳴らす。
「外れたら、どうする?」
「……」
少しだけ考えて、
「風が困るから」
「外さない」
そう答える。
「……そっか」
風が、安心したように目を閉じる。
「じゃあいい」
その一言で、
全部が完結してしまう。
少しずつ、
食事の回数が減る。
少しずつ、
時間の感覚がなくなる。
でも、
どっちも気にしない。
「……ゆう」
「なに?」
「ここ、いいね」
「うん」
「外、いらない」
「うん」
それが、当たり前になる。
“外に出る理由”も
“生きる理由”も
少しずつ、
消えていく。
いつからか、時間はもう数えていない。
「……ゆう」
かすれた声。
「なに」
すぐ隣から返る。
近い距離。
ずっと変わらない。
「……なんか、だるい」
「俺も」
短いやり取り。
それだけで十分。
もう、それ以上の言葉はいらない。
食事は、ほとんど取らなくなっていた。
最初は「あとで買いに行く」と言って、
そのまま忘れて、
次の日も同じことを繰り返して、
——気づいたら、どうでもよくなっていた。
部屋は、少しずつ荒れていく。
でも、それも気にならない。
外に出る理由もない。
片付ける理由もない。
「……ゆう」
「なに」
「まだ、いる?」
「いるよ」
当たり前みたいに返る。
「ずっといる」
「……うん」
安心したように目を閉じる。
拘束は、もう意味を持っていなかった。
外そうと思えば外せる。
でも、
誰も外そうとしない。
「……これ」
風が、かすかに手首を動かす。
金属が、弱く鳴る。
「外す?」
夕が聞く。
「……いい」
即答。
「このままで」
「……うん」
夕も頷く。
「その方が、いい」
どっちが繋いでるのかも、
もうどうでもいい。
ただ、
“繋がってる”ことだけが大事だった。
夜か昼かも、分からない。
明かりも、もうつけていない。
「……寒い」
風が、呟く。
「……近く来て」
夕の声。
少し弱い。
「……うん」
動く。
ゆっくりと。
近づく。
触れる。
「……あったかい」
風が、小さく笑う。
「……風」
「なに」
「いる?」
「……いる」
即答。
「ここにいる」
その言葉に、
夕も少しだけ安心したように息を吐く。
時間が、さらに過ぎる。
どれくらいかは、分からない。
「……ゆう」
「……なに」
声が、少しだけ遠い。
「……外、って」
ぽつり。
「なんだっけ」
沈黙。
少しだけ長い。
「……知らない」
夕が答える。
「……いらないね」
風が言う。
「……うん」
夕も頷く。
もう、
外も、
過去も、
全部、意味がない。
ここだけが、
世界だった。
「……ゆう」
「……なに」
「……好き」
ぽつり。
小さく。
「……うん」
夕が、答える。
「俺も」
それで十分だった。
それだけで、
全部が満たされていた。
呼吸が、少しずつ浅くなる。
でも、
怖くはない。
「……ゆう」
「……いる」
先に答える。
「……うん」
風が、小さく笑う。
もう、
何もいらない。
食べることも、
外に出ることも、
生きる理由も。
ただ、
ここで、
隣にいることだけが、
全部だった。
「……ゆう」
最後に、もう一度。
「……眠い」
「……一緒に寝よ、?」
かすれた声。
でも、
はっきりと。
「……うん」
夕が、答える。
「いいよ」
そのまま、
静かに、
何も変わらないまま、
二人は冷たくなって、動かなくなった。
起きることも、なくなった。
外は、
ずっと前から、
そこにあったまま。
でも、
二人がそれを見ることは、
もうなかった。