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ヒルデガルドの背後にいた死体が、突如として立ち上がる。赤黒い魔力が取りついていて、アバドンが操っているのだと気付いたときには、取っ組み合いになった。死体は彼女の杖を奪い取ろうとしていた。


「くっ……! いつの間に死体を!?」


手を出すこともなく、アバドンは指をさして愉快そうにする。


『アーッハッハ! そりゃあ、いつの間にかだよ! さあさあ、どうする!? 動力になっていた魔水晶は、今頃緊急用のエネルギーでなんとか飛空艇を浮かせているだけ……落ちるのも時間の問題だ! ほらほら、急いで急いで!』


死体は想像よりも力強く妨害し、魔法を使わせようとしない。何とか引き剥がさなければ、飛空艇の墜落が始まってしまう。杖を手放すことも考えたが、アバドンが動けば簡単に奪い取られるだろう。彼もそれを狙っていた。


だが突然に、小さな火球が死体に直撃して腕を吹き飛ばす。


「ヒルデガルド! ごめん、遅れちゃった!」


窮地を救ったのはイーリスだ。エイドルから事情を聞き、デッキへ向かおうとしていたところで動力炉の爆発が起きて、慌てて駆け付けた。


「プリスコット卿も安全が確保できたら来てくれるって!」


「イーリス! 助けてくれた礼は言うが、さっさと逃げろ!」


一体が杖から離れたことによって、ヒルデガルドは瞬間的に身体強化の魔法で、未だ邪魔をしてくる死体を蹴り飛ばして引き剥がす。そのまま勢いに任せてアバドンへ杖を向けようとするが、彼の姿は既になかった。


『せっかくの宴を邪魔してくれるとはね。怖いもの知らずというのはときに仇となるのを知らない小娘が、つまらんことをしてくれやがって。空気が読めないって言われない? ここはおまえのような雑魚が混ざっていい場所じゃないんだよ』


リッチの特性は、その独特な能力にある。ただ魔法を使えるだけでなく、身体を瞬時に黒い霧のように変えて瞬間移動が行える。基本的に距離は短いとされているが、リッチロードの領域にあるアバドンは距離がほとんど無制限だ。


幸いにも瞬間移動して元の身体を構築するまでの僅かな時間はあるが、かといってそれが明確な弱点とはならないのが厄介な能力だった。そのため捉えても反応が難しく、並大抵の冒険者では簡単に捕まるうえ、リッチは決して身体能力が低くないので、そのまま首を圧し折られた者はいくらでもいる。


イーリスもまた、そうしてアバドンに捕まってしまった。


「うぐっ……く、放せッ……!」


『はい、わかりました。──って放すわけないだろ、馬鹿が』


背の高いアバドンに胸倉をつかまれて軽々持ち上げられたイーリスが足をばたつかせるが、ローブに触れて布を波打たせるばかりで、彼には掠りもしない。


「イーリスを放せ、アバドン。君の狙いは私じゃないのか!」


振り向いたアバドンが甲高い声をあげて、喜んだ。


『いいね、その焦った顔! ワタシはそれが見たくてたまらなかったんだ! やっぱり何か壊すときってのは焦りと絶望が見えてこないと何も面白くない。大賢者、おまえはそっちのほうが美しい。なら、こいつを飛空艇の外に放り投げちゃったら、いったいどんな顔すんのかなあ~!?』


ヒルデガルドの表情が一変する。杖を握り締める手にいっそう力が籠った。だが、イーリスの命を握っているアバドンに手出しをすることができずにいた。


『ハハハハ、分かるよ。大切なものを失うのは怖いよね。だから命の選択をさせてあげます、私は優しいですからね。──飛空艇が墜落して千人以上の人間が死ぬのと、お友達ひとりが死ぬの。さあ、どちらか選びなさい!』


飛空艇の外に向かってアバドンは遠慮なくイーリスを投げ捨てる。悲痛な叫び、死への恐怖。それが聞けると思っていた彼は、投げられた彼女がぎゅっと目を瞑って身を丸めるだけだったのをつまらなそうにした。


『なーんだ、思ったより怖がらない人間もいるんだなあ。──え?』


傍を何かが通り抜ける。ヒルデガルドだ。彼女はなんの迷いもなく飛空艇の外へ飛び降り、イーリスを助けに向かった。予想外のことに、アバドンは慌てて覗き込む。あっという間に二人の姿は闇の中へ消えていった。


『……はあ、これは意外ですねえ、本当に。ワタシの予定では命ひとつ見捨てて飛空艇の墜落を阻止すると思ったんですけど。あ~あ、面白くない! たったひとりの命を切り捨てて、絶望しながらも多くの命を救う、そんな英雄っぽい姿を想像してたのにな~! この高さじゃいくら大賢者でも助からんだろ』


がっかりしたと肩をすくめて、彼は霧になって姿を消した。


しかし、闇夜の中、雲を突き抜けて落ちていったヒルデガルドは、たしかにイーリスを捕まえて抱きしめ、ホッとひと息吐いていた。もう誰も死なせたくない、と風の魔法で落下を緩やかにしながら。


「イーリス、無事か? 怖かっただろ」


「でもヒルデガルド、ボクよりも飛空艇のみんなが……」


「大丈夫。もう大丈夫だよ、誰も死なせない」


片手に握り締めた杖をイーリスに握らせて、優しく頬を撫でた。


「いいかい、イーリス。この杖をずっと握っていれば、君はそのうち地上に降りられる。寒さもない。それに、この杖を使えば、ほとんどの魔物など敵ではないほど君の真価を発揮してくれるはずだ。だから──待っていてくれ」


とん、と杖を押せば翡翠は淡く輝いて膜のような結界を張り、一気に地上へイーリスを連れて行こうとする。彼女がそれは駄目だと叫ぼうとするのも聞かず、ヒルデガルドは優しく微笑んで送り出した。


「……誰も死なせない。もう後悔はしたくないから」


もう何人を見送った。大切な師を失い、共に研鑽を重ねた友を失い、そして、弟子を守るために身代わりとなった、情に厚く勇敢な仲間を失った。これ以上の何を奪わせてなるものかと、彼女の瞳には強い決意が宿る。


身体から僅かに放出される魔力で滞空をしたヒルデガルドは、深呼吸をする。雲を突き破って、ついに墜落を始めた飛空艇を地上に安全を確保しながら降ろすために、両手を翳して、全身の余すところない全ての魔力を注ぐ。


「絶対に墜落させるものか、大賢者の名を侮るなよ……!」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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