季節は薔薇の時期で、王城の庭園には色とりどりの薔薇が咲き乱れていた。
その一角で、お茶会は催されている。
職人が手を尽くした菓子の数々は目にも美しく、味も天下一品だ。
用意された茶葉も素晴らしく、馥郁とした香りが湯気と共に立ち昇っていた。
天気も快晴で穏やかだ。気温も申し分ない。
最高のお茶会日和である。
最高の…………。
さい、こ……う……。
…………………………。
……俺を除けばな!
朝からとにかく気鬱の原因でしかないこのお茶会。
レジナルドが言ったように人数は20人と少しで、セオドアは居なかったものの知り合いは居て、さて今日はこいつから離れないぞ!席も隣で一緒だー!と密やかに標的と定めたときに、
「やあ、リアム。今日は来てくれてありがとう。君の席はあちらだ」
と主催者直々に挨拶をされた挙句──売られていく子牛のようにドナドナされたのはつい先ほどだ。
座らされた席は右側にレジナルド、左側にノエル、そして円形のテーブルを囲むように攻略者たちが座っていた。……地獄の1丁目さながらの光景である。
ノエルの隣から、
リンドン・パストラーレ──代々神官を排出する伯爵家の息子で同級生だ。同じクラスではなく、隣のクラスなので面識は少なく挨拶程度。子犬を思わせるような可愛い顔立ちをしているが、リアムを徹底的に犯して雌堕ち性奴隷に仕上げるというえげつなさを持ち合わせている。ノエルと家庭を築きながらも、地下でリアムという性奴隷で遊ぶわけだ。どういうことだってばよ。
スペンサー・トランクイロ──宰相の息子で公爵家の息子。俺は公爵家の催しも何かとつけて出なかったのでやはり面識はほとんどない。怜悧な美貌で眼鏡男子だが、こいつが攻略者だとリアムは薬漬けで娼館送りにされる。自分もその間にリアムの身体で愉しんだりするのだ。リンドンにしろこいつにしろ、浮気じゃね?と思った。
アレックス・コンブリオ──辺境伯であり王立近衛騎士団長の息子で、本人も騎士見習いだ。赤髪が特徴的で精悍な顔つきの美形だが、面識はほとんどない。こいつのエンドだとリアムは魔塔で生み出された触手の苗床エンドである。卵をたくさん産んじゃうリアムさんだよ!リアムを犯したりはしないものの……バーーーーーカ!
そして俺の隣でもある
レジナルド・リタルダンド──お顔が素晴らしい王太子である。こいつのエンドではリアムは飢えた囚人の中に投げ込まれて代わる代わるに犯されるモブレ雌堕ち肉便器エンドだ。こいつもリアムに手を出すことはないが、囚人を入れ替えたりなんだり抜かりない。え、もう滅びろ。
どいつもこいつも本当に頭がおかしいとしか言いようがない。
半ばエロゲーのような要素が盛り込まれているだけにいただけない。死亡フラグも頂けないが、生き地獄エンドすぎんだろ、こんなん。
ノエルはひたすら主人公であり、直接手を下したり裏から攻略者を操ってリアムを雌堕ちエンドに導くなどするシーンはない。基本的に心根が優しく、リアムから虐められても耐え忍ぶ健気な善良ヒロイン的役割だ。なのでノエル単体が俺に害を与えることはないのだが……。
メンバーを目にして物思いにふけっていたら、隣のノエルが俺の肩を軽く叩いた。
「リアム、大丈夫?気分悪かったりする?」
心配そうに俺の顔を覗いてくる。
放課後の鬼ごっこを除けば、ノエルは良い奴なのだ。変な運命を抱えてさえいなければ楽しく過ごせただろうになぁ。
俺は問いかけに、大丈夫、と微笑んだ。
「ちょっと緊張しているだけだよ。僕は皆さんとあまりお目にかかったことがないものだから」
そう言うと、ノエルが成程といったように頷いた。
「リアムは小さいころ、身体が弱かったんだよね?……いやぁ、本当色々と違うよね」
「……色々と違う?」
「あ、こっちのこと!ほら、普通は社交界って出てなんぼ、みたいなところがあるって聞いてたいたから!」
俺が繰り返すと、取り繕う様にノエルは笑う。
ノエルはこうした発言をたまにうっかりと漏らす。俺は聞き返す程度で核心には触れず知らん顔しているが、転生者──もしくはその関係者なのは確実だ。俺を陥れるような動きは今のところないが、ノエルがノエルでない以上、警戒にこしたことはない。
「ねえねえ。二人だけで話さずに、僕たちともお話しようよ」
「そうだな。そうしていると二人で愛らしいが……私たちともぜひ話そう」
ぼそぼそとやり取りをしていた俺とノエルに無邪気な声をかけたのは腐れ性欲坊主……もとい、リンドンだった。続いたのがド変態眼鏡……じゃねぇや、スペンサーだ。
「すみません、皆さんのお顔に緊張して……」
俺がそう返すと、スペンサーが苗床大好き騎士(語弊)ことアレックスの方を見た。
「お前がそうして笑顔の一つも浮かべず彼らを睨んでいるから悪いんじゃないのか、アレックス」
「…………睨んでなどいない」
アレックスは元々口数が少なく、表情筋も堅いようでスチルでも笑顔は圧倒的に少ない。だからこそ、笑顔のスチルを見るためにやりこむ人間も多いのだが……俺は全く興味ないけどね!
「まあまあ。各々、初見の人間もいるだろうから自己紹介をしようじゃないか」
レジナルドが場をまとめる。さすが王太子という立場だけあって、上の役目は怠ることなくできる。囚人の顔を覚えていれかえるくらいに記憶力もいいし(嫌味)決して馬鹿ではないのだが……バーーーーーカ!おっと本音が。
脳内で悪態祭りを開催しながら俺は、そうですね、と頷く。
我ながら猫の被り方半端ないと思うね。
自己紹介はノエルから始まり、俺がして次はリンドン……と難なく進んだ。
最中に攻略対象である男どもが軽口を叩いたりしていて、俺とノエルを抜いた4人が気の置けない仲なのだとわかる。設定で知ってはいるが、この4人はもともとが幼馴染だ。
そのうち、ここにノエルが加わることになるわけだが……現状だと俺はノエルを虐めるどころか、ノエルが俺を気遣うような仲なので、先が読みにくくはなってきていた。
ただ、イベントは強制的に起こるようで、それに俺の参加も強制力が働いているように見えた。
せめてもう一人仲間がいればいいのだが……と思いながら俺は隣にいるノエルをチラッと見る。レジナルドと楽し気に歓談中だ。ぶっちゃけ、ノエルとセオドアが味方に付いてくれるとそれなりに楽な気はするものの……セオドアはともかくとして、やはりまだノエルに話すのは時期尚早だとも思える。俺のように猫を被ってる気も……限りなく天然っぽくはあるが。
会話に参加しつつ、笑顔の下でうだうだと考えていたら時間はそこそこ早く過ぎていく。
気が付けばそれぞれに話をしていたりして、俺は誰が画策するわけでもない中で一人あぶれていた。視線を巡らすと、今は俺に注視している人間はいなさそうだった。
俺はこっそりと、音をたてないように、そして目立たないように中腰で立ち上がって──その場から離れた。
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