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だいぶ人を選ぶ内容です
苦手な方はお戻りください
いつもの明るいhbrさんはいません
だいぶ可哀そうです
全て許せるなら↓
「せらお。」
「なぁに、雲雀。」
いくら名前を呼んだって、返事が返ってくることはもう、ない。
少し高めの、それでいて優しさが滲み出た声で照れたように微笑んで。
「…俺も、好きだよ」なんて甘えてくることも、ない。
手を繋いでみたらちょっと驚いた顔をして、少し頬を赤らめながらぎゅ、と握り返してくることも、ない。
何処に行ってしまったかなんてそんなのもう分かっている。
…もう帰ってくることもない、と。
任務でそれなりの深手を負った俺を庇ってくれたけど、せらお一人で対峙するのは困難なほどに敵は強くて。
相手せずに逃げてしまえばよかったのに、何を思ったのか後から駆けつけてきた二人に俺を預けてまた戻ってしまった。白いズボンに広がる赤を隠すように、彼の象徴でもある紅い外套をふわりと靡かせて。
今すぐにでも手を引っ張って引き留めたかったが、何しろそれなりに重い傷を負ってしまっていたので視界は霞む一方。激痛を訴える体は俺の思うようには動いてくれない。
気が抜けたのか、俺の記憶はそこで途切れた。
次にせらおを見た時はもう、息をしていなかった。
…けど、今までの日々が昨日の事のようで、どうしても忘れられなくて。
またふらりと帰ってきて、扉を開けて「ただいま」って、ほんの少し眠たげな表情を浮かべながら抱きついてくるんじゃないかって。
いつもみたいに「お腹すいた、雲雀のご飯食べた~い」なんて少しの我儘を添えて。
疲れた日は無言で頭を押し付けてきて、撫でてあげれば嬉しさと照れとが混ざったような表情で此方をそっと見つめて。
…………。
「……ひくっ、あ”ぁぁ…っ‼ねぇ”っ、せらお…!っく、ひゅ、なんで、なんでぇ……っっ…けほっ、ぁ」
胸がじくじくと痛む。ぽっかりと心に空いてしまった深い穴は、もう二度と埋まることはない。
涙が、嗚咽が、溢れ出して止まらない。息が上手くできなくて、吸えなくて、苦しい。
「ひゅっ、かは…っ、ぅえ、ぁぐっ、ふぅ”……っ、」
視界がぼやけるのは涙か、酸欠か。立っていられなくて、ぐらりと膝から崩れ落ちた。触れた冷たい床の感触が、思い出したくもない事を無理やり思い出させる。
「せぁ、せらおっ、ぅあ”…っ、ぇぐ、せらぁ……っ!」
縋る様に何度も、何度も名前を呼ぶ。
ねぇ、名前を呼んでよ。
セラおがいないだけで、俺はこんなに脆くなっちゃったんだよ。食事だってまともに取れていない。
「美味しい、これ…!」と正面で口いっぱいに俺の作った料理を詰め込んで、幸せそうに顔を綻ばせているせらおを見ながら食べるご飯がどれだけ美味しかったか。
もうその顔を見ることできないのに。その事を思い出す度に、箸を持つ手が震える。腹の底が、食事を拒む。
あの時俺は、どうやったらせらおを引き留めることができただろう。
強く、腕をつかんでやれば良かったかなぁ。
すぐに消えてしまいそうな、飛んで行ってしまいそうなその身体を繋ぎとめるように、何処にも行ってしまわぬように、お前の居場所は此処だと。
もう一度、抱きしめた時に確かにあったあの温もりを感じたくて。
もう一度、ちゃんと想いを伝えたくて。
震えながら伸ばした腕は何を掴むこともなく、ただ宙を切るだけ。
呼吸はまだ荒れたまま。咳のしすぎか喉が焼けるように痛い。熱を帯びる喉を、そっと手で押さえる。
俺の歌が好きって、何度も言ってくれてたよな。そんな嬉しかった思い出が今更呼び起される。
もちろんせらおの歌は好きだったけど、それを目の前で聞けることはもうないだろうし、俺だってもう純粋な気持ちだけで歌声を紡ぐことができるとは思っていない。
そう思ってしまうと心臓が締め付けられるような感じがして、収まりかけていた涙がまた溢れ出してぽたぽたと床に水溜まりを作った。
俺も奏斗もアキラも必死に止めた。このままだとせらおだって危ないって。だけど、セラおは聞かなかった。
笑っていた。
申し訳なさそうに眉を下げて、「ごめんねぇ」だって。
そんな顔するなら行くなよ。そう怒鳴ってやりたかったけど声は出なくて、ただ遠ざかっていくボロボロの後ろ姿を見ることしかできなかった。戻ってきたらたらふく小言を浴びせて、それから力一杯抱きしめてあげようと思っていたのに。
神様はなんて無慈悲なんだろう。ようやく俺らは揃って地に足付けて、至って平凡で幸せな日々を送り始めたばかりだったのに。
…………
力が抜けて上手く動かない身体を引き摺るようにして、一人には余りにも広すぎるベッドに横たわる。
…今の俺を見たら、せらおはなんて言うだろうか。驚いて、怒るかな。泣いてはくれるかなぁ。
せらおだって、いっぱい無茶して、一人で抱え込んで、俺らに散々心配かけたのに。
まぁ、今となってはお互い様か。居なくなって初めて、自分がどれだけその存在に助けられていたかが分かる。支えるものが無くなってしまったら、後はもうふらりと真っ逆さまに落っこちていくだけ。
「………はぁ、」
くしゃ、と弱々しくシーツを掴む。散々泣いて掠れた声が、喉を鳴らす。ようやくいつも通りに落ち着いた呼吸で深く息を吸って、吐く。
酸素が身体中に運ばれていく感覚を確かめながら、ぼんやりと薄暗い天井を眺める。憔悴し切った身体はどうやら限界のようで、腕を上げることすら億劫になる。
零れそびれた涙の粒が、瞬きの拍子に今更思い出したように目尻から頬を伝いシーツに灰色の染みを作った。
何時までもこのままじゃ居られない事なんて、分かってる。……分かっているんだ。
けれど、でも、今は前を向くことがどうしても出来そうにない。
俺の心はずっとあの日に囚われたまま、もう二度と叶うことのない事を願い続けている。
お願いだから、もう一度戻ってきてよ。
くだらない話で笑って、寝るときは一緒に寄り添って。もう馬鹿なんて揶揄われたって怒らないであげるから。料理だって沢山作ってあげるし、甘え下手なせらおの分まで俺の方から構ってあげるからさぁ。
「……好きだよ、せらお…」
こんな俺でごめんね。
呟いた声が静かに部屋に溶けていくのを感じながら、涙の跡もそのままに俺は瞼を閉じた。
ずっと書きたかったけど迷走していたものをようやく終わらせました
書き終わったけどあまり気に入っていないのでまたちょくちょく書き直すかも