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※須藤北斗視点
目を何度も擦る。
夢じゃないかと思って頬もつねってみるがちゃんと痛かった。
……つまり、目の前で起きているこの状況はすべて現実ということ。
あ、ありえねェ……九条がアイツだったなんて!!!
「ハッ!」
それに弥生のあの様子!
既視感しかない……!!!
嘘だろ⁉ 信じたくねぇよォ!
クッ……あぁああああああああッ!!!
嘘って言ってくれぇええええええええッ!!!!
「九条くん~、早く座ろ~」
「おう」
弥生が猫のように九条にすり寄る。
九条を見る弥生の目!!!
俺はあの目を知っている! 色んな意味で知ってしまっているゥッ!!!
間違いない、間違いないッ!!!
弥生の奴、弥生の奴……!
九条にオチやがったッ!!!!!!!
いつの間に⁉
いや、確かに最近俺よりも九条と話す機会あるなとは思ってたし、俺に対するあの態度からマズいとは思ってたけど、こんなにも早くゥ⁉⁉⁉
あぁーめまいがする。
ってことは俺、九条に雫と彩花、そして弥生も奪われて……!
うわぁああああああああッ!!!
信じたくねぇえええええええええッ!!!
しかもあの九条の容姿。
嘘だろ⁉
アイツ、ただのキメェ童貞野郎じゃなかったのか⁉
普通に整ってるし、周りも注目して……!
「ヤバい、マジで九条くんカッコいいんだけど」
「私、須藤くんよりタイプかも……」
「うっとりしちゃう……」
うっとりすんじゃねぇッ!!!
俺よりタイプだと⁉
ふざけんなッ!!!
俺様は誰よりも上だ!
上なはずなのにィッ!!!
うわぁああああああああああッ!!!!!
頭が割れそうなほどに痛い。
感じたことのない屈辱。
いや、これまでアイツに与えられてきた屈辱が一気に襲い掛かってきている感じだ。
なんだこれ!
なんなんだこれェッ⁉⁉⁉
畜生がァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
昼休み。
「弥生ッ!!!」
「須藤くん?」
校舎裏にある自動販売機前で、弥生に声をかける。
よかった、弥生が自ら人気のないところに行ってくれて……。
……さっきはかなり取り乱したが、やすやすと負けを認めるほど俺は落ちぶれちゃいない。
まだ諦めるな!
弥生の心は元々“俺に”あったんだ!!!
なら取り戻すことなんてお茶の子さいさいのはず……!!!
「あのさ、弥生。実は昨日、父親の紹介で神田ひるまのサイン会に行けることになったんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
ほんとはそんなこと決まってないが、あとからいくらでも対応可能!
弥生との約束を取り付けて奪い返す完璧な作戦だぜ!
「あぁ~ごめんね~。須藤くんとはいいかな~」
「…………へ?」
ん? んんん?
「いいってことは、いいってことだよね?」
「ううん、遠慮しときますって意味だよ~」
「え、遠慮ォッ⁉⁉⁉」
遠慮された⁉
この俺が⁉ 弥生に⁉⁉⁉
「え、遠慮なんてしなくていいよ! ってか、最近色々と忙しくて読めてなくてさ……弥生のおすすめの本貸してくれないかな? 実は読書熱が再熱して……」
「ごめんね~。今“九条くん”に貸してるからさ~」
「…………はい?」
九条に貸してるから、貸せない?
思わず固まる。
すると弥生がニコニコしたまま言った。
「もういいかな~? 早く教室に戻りたいんだけど~」
――ポキッ。
心から、そんな音が聞こえてきた。
……嘘、だろ。
ありえない、信じたくない。信じられない。
……だって。だってだってッ!!!
「……そんなに九条と話したいか?」
「え?」
怒りが体を支配する。
「俺のこと、好きなんじゃないのかよ」
一度溢れ出してしまえば止まらない。
「俺のこと好きだったんだよな? なら九条より俺を優先しろよ! なァ、弥生……!!!」
弥生を見つめる。
しかし、弥生は変わらず微笑みながら言った。
「私、須藤くんのこと好きになった覚えないよ~」
「………………うぇ?」
俺のこと、好きになった覚えがない?
「須藤くんのことは全然ただのお友達~? って感じでもないし~、難しいね~! とにかく、好きな人とかじゃないよ~」
「うぇッ⁉⁉⁉」
好きじゃない⁉ 俺が⁉ 嘘だろ⁉
「じゃあそういうことだから~」
弥生が自販機で水を買い、立ち去ろうとする。
ま、マズい! このままじゃ……!!!
「待ってくれ! 俺は、俺は……!」
引き留めると、弥生が振り返る。
そしてニコニコしながらも、感情を殺したような顔で言った。
「しつこいな~」
「…………ふぇ?」
言われたことのない“しつこい”という言葉。
俺の頭が完全にショートする。
「ごめんね~。じゃあ~」
弥生がてくてくと俺のもとから立ち去っていく。
俺はその後ろ姿を眺めながら、膝から崩れ落ちた。
「嘘、だろ」
俺、完全にフラれた?
というかむしろ、弥生に嫌われた?
九条は好かれてるのに、なんで俺はこんな……。
ってか俺のこと好きだったんじゃないのかよ。
これは俺の勘違いで、弥生は全然……。
……チッ。クソがッ。
クソがクソがクソがッ!!!!
マジでなんなんだよ!!!
俺様だぞ⁉ 須藤北斗だぞ⁉
なのにどうしてこんな目に遭わなくちゃいけねェんだ!!!
こんなの狂ってる!!!
おかしいだろうがッ!!!!
ふざけんな……ふざけんなァッ!!!!!
「うわぁあああああああああああッ!!!!!」
♦ ♦ ♦
須藤が膝から崩れ落ちる。
どうやら須藤は完全に葉月に突き放されたみたいだ。
葉月は意外に好き嫌いがはっきりしてるんだな。
それにしたって、あそこまで取り付く島もないとは……。
やはり葉月は、まだまだ未知な女の子だ。
それはともかく、須藤がまた何かしでかすんじゃないかと思って一応後を追ってきたが、杞憂だったようだな。
俺も教室に向かって歩き出す。
このまま須藤が大人しくなることを祈りながら。
♦ ♦ ♦
※瀬那宮子視点
たまたま弥生についていく北斗の姿が見えて。
後を追ってきたら、まさかこんな場面に出くわすなんて……。
「うわぁあああああああああああッ!!!!!」
あたしの知ってる北斗じゃない。
北斗はもっと最強で、カッコよくて、みんなから好かれる完璧な人だと思ってたのに……。
確かに、最近の北斗はおかしいなと思ってた。
けど、こんなになってるなんて……。
「北斗、あんたは……」
あたしは北斗が好き。
でも……もう北斗がわかんないよ。
…………わかんないよ。