……それは違う。
ただの夢に過ぎないさ。
どうせ明日には忘れてしまう程度のね。……それにしても不思議なものだ。
何故なら彼女たちの記憶に残るものは、所詮は断片的なイメージにすぎないからだ。
彼女たちにとって最も大切な記憶は欠落し、代わりに偽りの情報が埋め合わされる。だから彼女たちは自分の思い出の中に真実を見出すことはできないのだ―――たとえその記憶が自分のものでなくとも 夢の中で、自分が自分であることを証明することは不可能なんだよ――――
――――――そして夢はまた次の断片を見せるために目覚めてゆくのだ――。
******
(ここはどこなんだ?)
真っ暗だった……。
だが次第に闇にも慣れてきて……自分の周りが見えてくるようになった。
どうやら洞窟の中のようだ……。天井が低く湿っぽい空気が立ち込めている。壁際には松明が並んでいて、炎が小さく揺れていた。
地面を見ると石畳になっていて人が通った形跡がある。ここが通路だということを実感すると、緊張が解れて肩の力が抜けたように思う。
(本当に来てしまったんだ)
これから自分がどうなるのかわからないけどとにかく前に進まなきゃならないことだけは確かだった。僕は不安を振り払うために首を振って気持ちを新たにし歩き出した。しかし数歩進んだところですぐにまた足を止めることになった。
(うそだろ!?)
前方に人がいるのだ。それもふたりいた。ひとりはこの場において異質な格好をした人間だった。黒いスーツに身を包んでいた。もう一人は女性だったが白いブラウスの上に薄手のベストを着ていただけで寒々しい格好をしていた。顔つきからも明らかに日本人のものではないと思えた。ふたりは向かい合って立っていたが言葉を交わす様子はなかった。私は足音を消してそっと近づいて行った。すると女のほうが私の気配を感じたらしく振り向いたが私がすでに自分の死角になる位置にいることを知っていたのだろう。慌てる様子もなくゆっくりとこちらを振り向いたので私は女の目に捉えられることになった。女は私の顔をじっと見つめると目をそらさずに微笑んでこう言った。
「ようこそ、死後の世界へ」
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