突然だが、今からずっと昔。日本独自の文化が生まれ、貴族が優美な暮らしを送った『華』という言葉が最も似合う時代、平安にて一人の女作家が病に倒れた。
「ええい、医官はまだか!」
「目をお開けください!…様!」
薄れゆく意識の中、女は思った。どうせ死ぬなら、先日なくしてしまった傑作の小説を、主人にお見せしたかったと…。
目覚ましの音で目を覚ます。やけに騒々しく、耳の奥に刺さるような声が鳴り響いている。
「瑠美!朝ごはん出来てるんだからね!もう起こさないよ!」
(無礼な輩ですね。どこぞの女官です…。)
ゆっくりと体を起こしつつ、寝床の目の前にあった鏡を覗き込む。
「…はぁ!?」
近所にまで響きそうな悲鳴を上げた途端、鏡の中の人物の記憶が頭に流れ込んだ。
その人物は向田瑠美(こうだるみ)と言い、2024年を生きる女高生である。短いスカート、長くボサボサな髪、異常なまでにデコった鞄とスマホを手に、学校へ行くのが日課の言わばギャルだ。もちろん、成績や教師らからの印象はいいものではない。
そんな彼女(自分)の記憶の記憶を知った女は、膝から崩れ落ちた。
「さ、最悪です。この私が何故このような仕打ち…」
絶望するのも束の間、下から母親の声が聞こえてくる。
「瑠美!いい加減にしなさい!遅刻したいの!?」
「いい加減になさいはこちらの台詞でしょう!今の私に話しかけないで下さい!」
返事をした後、また鏡に向き直る。
(あのまま死にゆくよりずっと良いでしょう。この未来とやらで物語を書くのも、悪くはないと思いましょうか。)
開き直った瑠美は急いでパジャマを着替え、朝ごはんを掻き込むと、すぐに家を出た。
(全く、あの騒々しい母親には敵いません。無性に反抗意識が芽生えるというものです。)
瑠美は知らなかった。それを反抗期という事を。
記憶を頼りに学校へ向かうと、校門前で待ち構えていた教師に引き止められた。
「向田。先日も言ったが、今週中にその金髪を直さなければ、俺がその汚らしい髪を刈ってしまうからな!」
瑠美は瞬時に理解した。その教師が、担任の小林ことカタハッシーである事を。そうして、この男が自分の髪を非難した事を。瑠美は無論、激怒した。平安貴族の女性は長く艶やかな髪が、美しい女性の象徴ともいえるものであった。それをカタハッシーは非難したのである。
「確かに、こちらに非があったのは認めましょう。しかし女性の髪を汚らしいなどと言う権利は貴方にはないはずです。それだけは撤回して頂きましょう。」
「え、あ、おう…。悪かった(?)」
「よろしい」
瑠美のあまりの変わりように、教師は驚く他なかった。もちろん、その周辺にいた生徒も例外ではない。だからであろう、教室に入った途端に質問攻めにされたのは。話題というのは面白いもので、学校が終わるまで、質問攻めは終わらなかった。
(無礼な輩ですね。京なら鞭打ちにあっていてもおかしくはないというに…!)
ゼエゼエと息を切らしながら、命懸けで家へと帰り着いた。暖かい食事、ちょうどいい温度の風呂、柔らかい布団のお陰か、慣れない場所ではあったが、すぐに眠りについた。
「…疲れるけれど、まつり騒ぎは嫌いじゃないです。」
そう呟き、瑠美はクスリと笑う。瑠美は単純であった。
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