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#初作品
胡 蝶 の 夢
21
#自己紹介
胡 蝶 の 夢
163
高校生の波留は、人生最大の危機に瀕していた。
明日は、容赦のないことで有名な数学教師・鬼塚の補習テストがある。
もし赤点を取れば、楽しみにしていた部活動の夏合宿への参加は取り消し。
しかし、波留の頭には数式など一切入っていなかった。
「あーあ、明日、学校ごと消えてなくなればいいのに。……なんてね」
夕暮れ時の寂れた路地裏で、波留が頭を抱えてため息をついた、その時だった。
「――本当に、それを望むのですか?」
背後から、低くも高くもない、年齢も性別も判別できない不思議な声が響いた。
驚いて振り返ると、そこにはいつの間にか、頭からつま先まですっぽりと灰色のマントを羽織った人物が立っていた。フードの奥の顔は、深い影に遮られて何も見えない。
(……まさか、噂の『ペンタス』……!?)
波留は息を呑んだ。
ある日どこからともなく現れては、あらゆる悩みの相談に乗ってくれるという街の都市伝説。その人に打ち明けた願いはすべて現実になるが、一切の加減や冗談が通じず、口にした言葉が文字通り、寸分の狂いもなくそのまま現実化してしまうという、あの存在だ。
波留は緊張で唾を飲み込みながら、冗談半分、すがる思い半分で言った。
「あ、あのさ! 明日のテスト、どうしても受けたくないんだ。テスト用紙が、全部この世から消え失せればいいのに!」
ペンタスと呼ばれた影は、微動だにせず、ただ淡々と答えた。
「承知しました。あなたの相談を受理します。明日のテスト用紙は、この世からすべて消去されます」
「えっ、本当に……?」
波留が問いかけるより早く、一陣の突風が路地裏を吹き抜けた。目を開けたときには、もう灰色のマントの姿はどこにもなかった。
翌朝、波留が戦々恐々としながら登校すると、職員室は大騒ぎになっていた。
なんと、印刷されていた数学のテスト用紙だけでなく、全国の印刷所、果ては波留のノートに書かれた過去のテスト用紙に至るまで、文字通り「この世のすべてのテスト用紙」という概念の物質が、綺麗さっぱり消滅していたのだ。
教師たちはパニックになり、当然テストは中止。
波留は心の中でガッツポーズをした。ペンタスは本物だ、と。
味をしめた波留は、数日後、再びあの路地裏へ向かった。今度の悩みはお金だった。
「ペンタス、聞いてくれ。うち、今ちょっと貧乏でさ。家の中に、飾りきれないくらいの札束が降ってくればいいのに!」
現れたペンタスは、やはり表情を変えずに言った。
「承知しました。飾りきれないほどの札束を、あなたのお宅へ降らせます」
その日の夜、波留の家に悲劇が起きた。
天井を突き破り、文字通り「飾りきれないほど」の、何十トンもの一万円札の束が豪雨のように降り注いだのだ。家は自重に耐えかねて半壊し、波留の一家は命からがら庭へ脱出する羽目になった。警察や税務署が押し寄せ、波留の家は一躍、大スキャンダルの中心地になってしまった。
「違う……こんなの求めてない! ペンタスは加減を知らないんだ……!」
波留は涙を流しながら、自分の軽率さを激しく後悔した。
冗談や比喩、都合の良い解釈は一切通用しない。
言った言葉が、そのままの暴力となって現実になるのだ。
家を失い、世間からも追われる恐怖に怯えた波留は、三度、ペンタスを呼び出した。
姿を現した灰色の影に向かって、波留は叫んだ。
「もう嫌だ! 頼むから、僕を誰も知らない、何にも追われない、一番静かな場所に連れて行ってくれ!」
ペンタスは、ゆっくりと右手を波留に向けた。
「誰もあなたを知らず、何にも追われない、最も静かな場所……承知しました」
その言葉を聞いた瞬間、波留は冷や汗が止まらなかった。誰も僕を知らない? 何にも追われない? 一番静かな場所って、それってまさか――。
「あ、待って! キャンセルだ! 今の言葉はナシ――」
波留の叫びが響くより早く、彼の身体は光に包まれ、静かに消えていった。
世界のどこか
――宇宙の果ての、空気も音もない、誰も存在しない真っ暗な真空の空間で、波留は永遠の静寂の中にただ一人ぽつんと浮かぶことになった。確かにここには、彼を知る人も、追ってくるものも、何もなかった。
NEXT➵後編
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コメント
6件
自業自得とはいえ、ヤバいねぇ…… :;(∩´﹏`∩);:ヒェー
いやー、この『前編』、重くて良かったです…! 都市伝説「ペンタス」の設定がまず面白くて。願いを加減なくそのまま叶えてしまう恐ろしさが、「テスト用紙消滅」→「家半壊」→「宇宙の真空」へと加速度的にエスカレートしていく構成が秀逸でした。特に最後の「誰も知らない一番静かな場所」が文字通りの意味で叶う伏線の回収、読んでいて背筋が冷えました。続きが気になります!