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ミーシャさんと別れた私はその後すぐに依頼掲示板で馬車の護衛依頼を探したが、私の現在のランクで受けられるものはほとんどなかった。
唯一、受けられそうだったのがちょうど明日の朝に出発するこの街からノノーリエルという街に出る商業団の護衛依頼だった。
この依頼はどうやら、他の冒険者と複数人でこなすことになるらしい。
そうして迎えた次の日の朝、昨日受けておいた護衛任務の集合場所へと向かう。
集合場所に辿り着くと『冒険者はこちら』と書かれている看板の前には既に20人から30人くらいの冒険者たちが集まっていた。
騎士みたいな恰好の人や魔法使いのようにローブを着て杖を持っている人。弓を担いでいる人、筋骨隆々で厳つい人など多様な冒険者がいるが、私と同じテイマーは残念ながらいないようだ。
「おいおい、大して実力もなさそうなガキがどうしてこんなところにいるんだぁ?」
「…………」
周囲の観察を続けていると男の嘲笑うような声が聞こえてきて、なんだか嫌な感じだなと思いつつも声のした方向に顔を向けてみる。
すると体の大きな男が私を馬鹿にするように見下ろしていた。
「……私のことですか?」
「そーだよ。オレらとしては迷惑なんだよな。役に立たないお荷物を4つ余分に載せて走らなくちゃならねぇんだからよ! いや……報酬を分取られる分、ただの荷物よりもたちが悪ぃぜ」
そう言って男は笑っていた。
私は救いを求めようと周囲に視線を配るが誰とも目が合わない。周りの冒険者たちの誰もが我関せずといった態度を貫くつもりらしい。
これは良くないだろう。難癖を付けられて居心地が悪くなるのもそうだし、男の言葉を聞いたコウカが殺気立っているのも良くない。加えて、ヒバナとシズクからも魔力の高まりを感じる。
依頼はまだこれからなのに、最初から騒ぎを起こすのは何としても避けたかった。
未だ笑い続けている男にどう対応すれば穏便に収まるだろうかと悩んでいると、何やら足音が近づいてくる。
そして鈴を転がすような声が粗暴な口調と共に私の鼓膜を揺らした。
「つまんねぇことしてんな」
「……ハァ? 何か言ったか?」
「女子供に難癖つけて突っかかるとかダッセーって言ったんだ」
現れたのは、騎士のような恰好で菫色の髪をポニーテールにした少し背の低い少女だった。
「ま、難癖でも何でもねぇわけだが。そもそもこの依頼の報酬は山分けじゃねぇよ」
「あん?」
「何人いようがちゃんと一人一人に定額で支払ってくれる太っ腹な依頼主様だ。なぁ、自分は依頼文を読むことすらできない馬鹿野郎だって大っぴらに言っちまった気分はどうだ?」
「なっ……テメェ、ナメた口利いてんじゃねえよ! 痛い目みねぇと分かんねぇか!? アァン!?」
「ハッ、ガキみてぇ。いいぜ、やってみろよ」
挑発する少女とそれに顔を真っ赤にする男。不穏な空気が場を支配する。
あの少女にこの場を任せっきりにするのは大変気が引けたが、私が出しゃばったところで邪魔になるだけなのは容易に想像がつくので、今のうちに距離を取ることにした。
「ぶっ殺す!」
怒りが爆発した男が曲剣を引き抜き、彼女に振り下ろす。少女は反応できないのか、動かない。
このままでは少女の頭に曲剣が突き刺さってしまう。そう息を呑んだ瞬間――曲剣の剣身が宙を舞った。
「おせぇし、クソ弱ぇっての」
折れた剣身が回転しながら落下し、地面に突き刺さる。
ハッとして視線を元に戻すと、尻もちをついた男の喉元にいつの間にか引き抜いていた少女の剣が突き付けられていた。
男の手には無惨にも柄と僅かな剣身だけが残った曲剣が存在している。
「随分と短くなっちまったみたいだが……どうすんだ。続けんのか?」
「ひ、ひっ。わ、悪かった」
「……チッ、情けねぇ。とっとと失せろ」
すっかり怯えてしまった男が逃げるようにその場を去っていく。
逃げる男の背中を睨みつける少女とそれを茫然と見ている冒険者たち。異様な空気だけがその場に残った。
「ベルぅー! 置いていくなんて酷いじゃない!」
だが長い赤髪を振り回しながらこの場に駆け寄ってきた眼鏡を掛けた長身の女性によって、その異様な空気は霧散することになる。
「……って何なの、この空気」
「はぁ、仕方ねーだろ。お前ってば便所長すぎんだよ、ロージー」
彼女たちのやり取りによって菫色の髪で背の低い少女がベル、赤髪で長身の女性がロージーという名前だと分かった。
「ちょっと、乙女のお花摘み事情をいろんな人の前で話すのは酷くない? 酷いじゃない!」
「……はぁ」
ベルと呼ばれた少女はまとわりついて騒いでいるロージーを無視して、こちらへと歩いてくる。
「アンタ、大丈夫だったか?」
「あ、うん。おかげさまで……」
「ん、そっか。まあアンタも気にすんなよ、ああいったメンド―な輩はたまにいんだよ」
ぶっきらぼうだが思ったよりも怖い人ではなさそうだ。
何はともあれ、いきなり絡まれてコウカたちも一触即発な雰囲気だったので無事に収まってよかったといったところだろうか。
「あら? ベルったら、またお節介焼いちゃったのかしら?」
「そんなんじゃねーよ。コイツに難癖つけようとしていたのがいてムカついたからボコしただけだ」
「ああ、さっきの変な雰囲気はベルが原因だったのね。納得」
ふむふむ、と納得したように何度も頷いていたロージーが急にベルに抱き着く。
「さっすが、ベル! そういったところがカッコよくてホント大好き。ちょっとそこの子には嫉妬しちゃいそうだけど、女子供に優しいのがベルの美点だし仕方ないわよね。あぁ、やっぱりステキね、ベル! ベルベルぅ!」
「あぁぁ、うっせぇな! あと引っ付くんじゃねーよ、暑いっての!」
「もう、恥ずかしがっちゃってぇ!」
急にベルに体を擦り付け始めたロージーに周りの冒険者たちも引き気味だった。
パッと見た感じはカッコイイ大人の女性みたいなロージーだが、結構暴走する残念な性格の人らしい。
盛り上がっている2人と戸惑っている冒険者たち、場の雰囲気は完全に二分化されていた。
このどうしようもない空気をどうにかする勇者を私たちは求めている。
「あのー、そろそろよろしいですかな」
そこに現れたのは細身の老人だった。おそらく、依頼主である商業団の代表者か何かだろう。
老人は手拭いで額の汗を拭きながら、少し申し訳なさそうにしていた。
「あ? あぁ、悪ぃ。勝手に冒険者を1人追い返ししちまったが、アタシが2人分は働くから許してくれ」
「いえ……ええ、大丈夫ですよ、はい。それでは、冒険者の皆さんには――」
依頼主の老人は腰を低くしたまま、冒険者に護衛依頼の流れを説明しはじめた。
今回の護衛は複数の馬車が同時に移動するため、冒険者たちは襲撃に備えるという意味で前方、中央、後方にバランスよく分かれて移動するらしい。
その組分けのための話し合いを今からやるみたいだ。
「アンタはアタシらと一緒に乗んなよ。女同士で固まったほうがいいぜ。さっきのヤツみてぇなのがまた絡んでこねぇとは限んねぇしな」
「うん、ありがとう」
私を誘ってくれたベルは周りの冒険者たちを睨みつける。
冒険者たちはいきなり敵意を向けられてたじろいでいた。
その後も割とスムーズに組分けが決まっていき、私たちは馬車の後方に配置されることになった。
後方には一番実力のあるグループが割り当てられることになっており、先程の騒ぎを見ていた依頼主側がベルの実力を見て後方に配置することに決めたらしい。
依頼主によって冒険者たちはそれぞれが待機する馬車へと案内される。同じ馬車にはベル、ロージーの他に2人の冒険者も同乗するようだ。
馬車の荷台に全員が座り、私もコウカを膝の上に乗せる。ヒバナとシズクはすぐに私の側で小さくなってしまった。
そして私の対面には物珍しそうにスライムを見つめるベルとロージーが座っている。
「えっと、ベルとロージーさんでいいんですよね」
「ん、ああ。そういえばまだ名乗っていなかったな」
悪い、と言ってベルはばつが悪そうに頭を掻いていた。
「ベルだ」
「ロージーよ、よろしくね」
「あ、私はユウヒっていいます。よろしくお願いします。それとさっきはありがとう。ベルってすごく強いんだね」
「別にそれほどじゃねーよ、あいつが弱かっただけだ」
ベルが照れたようにそっぽを向き、指で頬を掻く。
……いや、相手が弱いとかの問題ではなかっただろう。気付かないうちに剣を抜いていたし。
「あなた見る目があるわね! そうよ、ベルはすごくかわいくて、強くてカッコイイの! 優しいし、いい匂いもするし、胸のたわわも――」
どうしてこうなったんだと思わざるを得ない。ベルを少し褒めただけなのに、ロージーさんが暴走してしまった。
彼女は1人でベルがいかに素晴らしい人物かを語り続けている。
そして遂にそれは愚痴へと変わっていく。
「この子はいったい何人誑し込む気なのよ! 私というものがいるのに……でも、やっぱりステキよね。誰にでも優しい、それこそが私のベルだわ。でも、嫉妬はしてしまうもの。私だって――」
「だあぁぁ、だからうっせえって! 周りの迷惑を考えろってんだ!」
結局のところ愚痴でも何でもなかった。暴走しているロージーさんの頭にベルの拳骨が炸裂する。
「痛いわ! ……ハッ!? これは愛の鞭というものね。んふ、ベルの愛。ベルから私への……私だけの……」
「ホント勘弁してくれよ……」
ベルは結構な勢いでロージーさんの頭を叩いていたが、暴走が止まることはなかった。
馬車が走り出して、しばらく経つまでロージーさんの暴走は止まらなかった。同乗していた冒険者たちも死んだ目をしている。
そしてようやく落ち着いたロージーさんから話を聞けたが、どうやらベルのかっこいいところを見ると感情を抑えきれなくなってしばらく暴走しやすくなるらしい。
……いや、ベルのかっこいいところってなんだ。
ロージーさんは私に絡んできた冒険者をベルが倒すところを直接見ていないはずだけど、どこにカッコよさを感じてしまったんだ。
「なぁ、さっきから思っていたんだが何でロージーは“さん”なのにアタシは呼び捨てなんだ?」
「えっ、ベルって多分私と歳が近いよね? ロージーさんは年上だから……」
「ハァ? アタシとロージーは同い年なんだが」
「えっ!?」
ベルとロージーさんが同い年と言われ、驚愕する。
どう見てもロージーさんは私よりも5歳は年上であるが、ベルは同い年か下手をすると年下に見える。
「はぁい。今年で23歳になるけど、ベルってば全然そうは見えないでしょう? とってもかわいい……」
「構わねぇよ、どうせアタシはチビで童顔なんだ」
恍惚とした表情を浮かべるロージーさんはともかく、ヘソを曲げてしまったベルに慌ててしまう。
「いやっ、本当にごめん! あっ、いえ、ごめんなさい。今からでもベルさんって呼んだ方がいいですよね……?」
「……敬語使われんのも気持ち悪ぃし、別にいい」
「えっ、でもそれだと……」
「それだったら、私も呼び捨てで呼んで。敬語もなしでいいわよ」
年上だと分かった今になって、ロージーさんだけに敬語を使うのもどうなのだろうと考えていると、いつの間にか現実世界へと帰ってきていたロージーさんからまさかの提案をされた。
「あぁ、それならいいんじゃねぇか?」
ベルも賛同したので、私はロージーさんにも敬語と敬称を付けないで呼ぶことになる。
だが、やはり7つも年上の人に敬語を使わないというのは少しだけ抵抗があった。