コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一次創作です!あんま書いたこと無いな
本編どうぞ
小さな音楽室に、天宮凪の弾くバイオリンの音だけが響く。飴色の楽器は、今日もいつもと変わらない張りのある音を四方に飛ばしている。反対に外からは、騒がしい蝉の声が絶えなかった。
「おっ、放課後から練習?天才さんは偉いねぇー」
前置きもなく、軋みを上げ音楽室の扉が開く。扉の先には、明るい茶髪のショートカットを揺らして、バイオリンケースを背中に担いでる小野先輩がいた。
「別に偉くないですよ。昔から毎日練習が当たり前だったので」
「いやぁー偉いよ。凪くんは、うん。私いっつも練習サボってたからなー」
先輩はいつも僕の事を「天才」とか「偉い」とか言う。
「それでよくこの学校入れましたね」
呆れと尊敬が同程度にブレンドされた声を出す。けど先輩は照れ臭そうに「どうもー」と言った。
私立星雲音楽高校。偏差値64国内トップクラスの音楽高校。ピアニストやバイオリニストを志す者が一番最初に憧れる高校だ。また、クラシックだけではなく作詞家やギタリスト、更にボカロPを目指すものまで、幅広くこの学校には集まる。しかし、圧倒的な倍率と厳しすぎる実技の審査。それらを通過するのはほんの一握りだけだった。
その厳しい審査やら何やらを乗り越え、この高校に入学したのが、去年の四月の話だ。そしてこの音楽室に毎日通うようになったのは、その年の五月。うちの学校は、音楽室が校舎に四個くらいある。理由は、音楽の授業が同時に行えるようにとか、音楽系の部活が多いからとか。けど、今いる音楽室の一つは忘れられてる。校舎の奥の部分にある上、他と比べて小さいから見逃しにくい。何故そんな所にいるのかと言うと、ここが部室だからだ。
「今日は先輩何弾くんですか?」
「えーそうだな……。取り敢えず私はクライスラーかな。何か気分」
クライスラー作曲の、前奏曲とアレグロ。心臓に響くような低音と、後半のテクニックを要するメロディーは、小野先輩の得意曲だった。たまに苦労しながら弾いてる人を見るが、小野先輩は涼しい顔で弾く。何なら、テクニックもプロ級だと思ってる。当人の練習に関しては少し言いたいところはあるが。
「ねぇ、クライスラーの楽譜何処行ったか知らない?行方不明なんだけど」
「僕に聞かれても知りませんよ。先輩が管理してたじゃないですか」
「そうだっけ?いやーこういう時部員が少ないと不便だねぇ」
そう、何を隠そう我らクラシック部は部員が現在二人しか居ない。
クラシック音楽部自体は何年も前からあり、そこからは賞を取った人が沢山いる。それに対して、クラシック部2(二つあってややこしいため、クラシック部2と呼ばせてもらう)は人数が少ない。どうやら小野先輩が入学当時に設立したらしく、僕が入学するまでは部員は小野先輩一人だけだったとか。
「おぉーあったあった。他の楽譜に紛れてたわ」
クライスラーの楽譜は見つかったらしく、譜面台に楽譜を置く。緑色のバイオリンケースを開き、中から深めの茶色をしたバイオリンと長い弓を取り出す。弓に松ヤニをある程度塗ってチューニングを始める。暫く開放弦同士で音を合わせると弾く構えを取り、弦に弓を乗せて先輩は演奏を始める。すぐに内臓を震わせるような低音が響いてくる。
いつも思うことなのだが、先輩は演奏を始めると、纏う空気が違う。弾いてない時は無気力というか、ボンヤリした雰囲気を纏ってるくせに、弾き始めると、その空気は引っ込んで代わりに鋭い猛獣のようになる。先輩が弾くのは大体、こう言う重い感じの曲が多い。先輩曰く、得意らしい。ただの楽器だったものが餌に見えて、先輩がそれにかぶり付く獣みたいに見えることがある。細かい16分音符、響き渡る重音。先輩の空気には合っていたけど、夏の空気には不似合いだった。
やがて演奏は終わる。先輩はバイオリンを降ろすと、ふーと長い息を吐く。
「やっぱいつ弾いても疲れる。本当よくこんな曲弾こうと思ったね。クライスラーは」
半ば愚痴みたいなものを、二度目の息と一緒に吐き出す。瞬間、キィーと重たいドアが開く音がした。最初は先生かと思ったけど違った。扉の奥には、星雲の制服を着た女の子がいた。
「す、すいません……クラシック部ですか?」
やや声を上擦らせながら聞いてくる。
「そうだけど。何か用?」
僕が聞くと女子生徒は、何か躊躇うような素振りを見せたが、覚悟を決めた表情を次にする。
「私を!クラシック部に入れてください!」
珍しいくらい大きな声と同時に、女子生徒は深く頭を下げた。
次回へ続く