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夕食を終えた私とクラッセル子爵は、そのまま執務室へと向かった。
「お義父さま、演奏室ではないのですか?」
疑問に思ったことをクラッセル子爵に問う。
「うん。編入試験の話ではないからね」
「では――」
「それは着いてから」
「……分かりました」
どうやら、トルメン大学校の編入試験の話ではないらしい。
わざわざ執務室、密室で話すということはマリアンヌにさえ聞かれたくない話をするということだ。
そこでどういった話をされるのだろう。
説教されるのだろうか。それとも――。
思い当たることは一つある。
(ルイスのことが、バレた?)
先日、クラッセル子爵に秘密でルイスと会っていたことだ。
先ほどマリアンヌが異性交流で苦言を呈されたばかり。その話題が出てくることは十分にあり得る。
話題の予測をたて、私はクラッセル子爵と共に執務室に入った。
部屋が明るくなったところで、ソファに座るよう促される。
「お義父さま、お話というのは――」
「昨日、君はメイドに手紙を出すよう申し付けたね」
「はい」
「申し訳ないが、宛先を確認させてもらった」
「……」
やはり、ルイスのことだ。
急に私が異性に手紙を出したので、クラッセル子爵が怪しんだのだ。
「”トキゴウ村の孤児院”と連絡を取ろうとしていたね」
「へ?」
クラッセル子爵が指摘したのは、孤児院の方だった。
予想外の話題に私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「その……、五年ぶりに連絡を取りたいと思いまして」
「残念だが、孤児院の手紙はこちらで処分させてもらった」
「処分!? どうして!!」
書いた手紙を処分するなんて。
今まで、クラッセル子爵がそのような非道をすることはなかった。
私は、彼の行動に驚き、同時に悲しい気持ちになった。
「ロザリー、君は僕の養女だ。五年間、マリアンヌと同じように愛情を注いできた。それの何が不満なのかい?」
手紙を処分したのは、私がクラッセル子爵に不満を抱いたのではないかと疑われたからみたいだ。
彼の問いに、私は首を降って否定した。
「……先日、孤児院で一緒だった男の子と再会したのです」
「っ!?」
私は誤解されたくないので、クラッセル子爵にルイスのことを話すことにした。
そして、五年ぶりにルイスと再会したので、ふと孤児院と連絡を取りたいと思い、手紙を書いたことも。
「もう一通の手紙は……」
「はい。その彼です」
「……」
私の話を聞いたクラッセル子爵は難しい顔をして、黙り込んでしまった。少しして、彼は口を開く。
「その……、ルイス君はトキゴウ村の孤児院について、君に何か話したかい?」
質問の内容から、クラッセル子爵は異性であるルイスと会っていたことより、トキゴウ村の孤児院について気にしているみたいだ。
「少しその話をしました。『孤児院の皆は元気?』とルイスに訪ねたら、彼は『知らない』と。彼は私と別れてすぐ、騎士引き取られたそうです」
「そうか……、それは良かったね」
ルイスとの会話の内容を話すと、クラッセル子爵は安堵していた。
『知らない』という答えでほっとしているのだから、もし、ルイスが逆の事を私に話したらどうなったのだろうか。
「あの、お義父様はーー」
「今後、トキゴウ村の孤児院に連絡は取らないこと」
「それはルイスとも連絡をとってはいけない……、ということでしょうか?」
意図は見えないが、孤児院に手紙を送ることはいけないことらしい。
元孤児である、ルイスとも連絡をとってはいけないのだろうか。
私はそれをクラッセル子爵に尋ねると、彼は苦笑していた。
「いいや。異性と文通しているのは心配だけど、ロザリーには婚約者がいないからね。ルイス君と連絡を取ることを特別に認めよう」
「ありがとうございます」
「でも、ルイス君がどんな男かこの目で確かめたい」
「えっ」
「そうだ! 屋敷に招待しよう!!」
やはり、異性関係になるとクラッセル子爵は厳しい。
私に婚約者がいないから、文通を認めてくれるが、まさか文通相手に会わせろと言い出すとは。
「君の手紙と一緒に、招待状を送るよ」
招待を受けたら、ルイスは来てくれるのだろうか。
昔は、貴族に対して憧れがあったから、きっと喜んでくるだろう。
「話はこれで終わり。明日の練習よろしくね」
「はい。ご指導よろしくお願いします。では、失礼いたします」
「おやすみ、ロザリー」
話題はトキゴウ村の孤児院の事だったらしい。
話が終わり、私は一人執務室を出る。
(お義父さまは、私に何か隠している)
真意は読めなかったが、トキゴウ村の孤児院に関連していることだけは分かった。
けれど、『孤児院と連絡をとるな』と言われてしまった。
手紙を勝手に処分するほどだ、よほど私に知られたくないのだろう。
「……今は、編入試験の事だけを考えよう」
孤児院のことはとても気になる。
けれど、最優先事項はトルメン大学校の編入試験だ。
それに合格するには、クラッセル子爵の指導と私の演奏技術の向上が不可欠。
迷いを振り払った私は、就寝の準備をした後、眠りについた。
☆
執務室での会話から、一週間が経った。
二曲目の課題曲の練習に入り、グレンと合奏しながらクラッセル子爵の指導を受ける日々。
初めは数小節でクラッセル子爵の指導が入っていたが、今は通しで弾けるようになった。
「……今日はこの辺で終わろうか」
「はい」
「明日も同じ時間から始めるよ。グレン君もよろしくね」
「わかりました」
練習が終わる。
今日はいつもより早く終わった。
「さて、そろそろかな」
クラッセル子爵が時計を見る。
時刻は午後一時を指していた。
タイミングを図ったように、ノックの音が聞こえる。
メイドが演奏室のドアを開け、深く一礼したのち、用件を私たちに伝える。
「ルイスさまがお見えになりました」
そう、今日はルイスがクラッセル子爵邸を訪れる日。
クラッセル子爵が私の文通相手を品定めする日なのだ。