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* * *
翌日の朝。フェリシアはエルバートをお見送りする為、玄関にいた。
今日から、エルバートに仕立てて貰ったドレスを着ているものだから、なんだかずっとそわそわしていて落ち着かない。
対してエルバートは朝、挨拶を交わした時も、
ドレスと一緒に箱に入っていた可愛らしいエプロンを腰に巻いた姿で朝ご飯をお出しした時も、
いつもと変わらない冷酷な表情で、昨日、一緒に帝都に行ったことは夢であったのではないかと思ってしまう。
「魔除けのネックレスはちゃんと付けていろ」
「家の外には極力出ないように」
「か、かしこまりました」
「それからフェリシア」
エルバートはフェリシアの右頬にそっと触れる。
「ドレスもエプロン姿もよく似合っている」
まさか、この場で褒めてもらえるとは思わず、火照りを感じると、
エルバートはふっと笑う。
「左腕のブレスレットもな」
(ご主人さま、昨日のブレスレット、外さずに付けていることにも気づいていらしたの……!?)
「では、今日も私が帰るまで待っているのだぞ。良いな?」
「は、はい。お待ちしております」
エルバートはフェリシアの頭をぽんぽんし、背を向けて歩き出す。
すると、後ろに立つ微笑ましい表情をしたディアムが小声で、フェリシア様、良かったですね、と言い、会釈した。
自分も会釈を返し、ふたりが玄関の扉から出て行くのをただただ見守った。
* * *
その後、フェリシアは台所で朝ご飯の皿洗いをリリーシャと共にする。
「左腕のブレスレット、やはり、エルバート様からプレゼントされたものだったのですね」
リリーシャとは自分より2歳年上なこともあり、
初めて台所をお借りした時は何も話せなかったものの、姉のように話しかけてくれて、今では少しずつ話せる仲になっていた。
フェリシアは自分の左腕のブレスレットをちらりと見る。
それだけで頬が熱くなって、ドキドキと鼓動が鳴り止まない。
(こんな調子じゃ丸分かりね…………)
「は、はい。昨日はお化粧と髪を整えてもらい、ありがとうございました」
フェリシアは軽く頭を下げてお礼を言う。
「こちらこそ、やらせてもらって嬉しかったわ」
「昨日、お掃除出来なかった分、今日はお手伝いさせてください」
フェリシアのその頼みに、
リリーシャはふぅ、と息を吐く。
「今までのエルバート様の花嫁候補とはほんとうに大違いだわ」
「ほんとうは立場的にあまりやらせたくはないのだけれど、では台所周りとここの窓拭きに、図書室の掃除と中庭の花摘みをお願いできる?」
「エルバート様の寝室の花瓶に飾るから」
「かしこまりました」
リリーシャの命令通り、台所周りとここの窓拭きをしっかりとして終え、
家令であるラズールに図書室までの案内と扉の鍵を開けてもらい、はたきで掃除を始める。
すると気になる分厚い料理の本を見つけた。
帝都の本屋の時は興味はあったものの、結局読まずに終わってしまった。
だからこの本は少しだけでもいいから読んでみたいけれど、
(勝手に見たらだめよね…………)
そう息を吐いた時だった。
ラズールが古い本棚から料理の本を取り、なぜか自分に手渡す。
「あ、あの?」
「好きなだけ読んで良いですよ」
「あ、ありがとうございます」
フェリシアはお礼を言って、本を開いた。
するとページを捲(めく)る度に知らない豪華な料理ばかりで驚く。
「フェリシア様はほんとうに何事にも熱心ですね」
「貴女のような人がエルバート様の花嫁候補に選ばれて良かったと心から思います」
そんなふうに初めて言われ、気恥しい。
けれど、自分もブラン伯爵邸の家令と執事長を任されているのがラズールで良かったと心から思った。
そうして図書室の掃除も終え、中庭に向かうと、
長い前髪に、髪を三つ編みして丸く透明な宝石がいくつも煌いた紐で一つに束ねたお洒落な青年がいた。
その青年は首を傾げ、自分の顔を覗き込む。
三つ編みと共に紐の宝石も揺れ動いた。
「あなたがフェリシア様かい?」
急なことに驚いて固まると、青年は状況を理解した。
「おっと、これはすまない、花のように綺麗だったものでして」
(わたしが綺麗……!?)
「庭師のクォーツ・シーニュと申します」
「クォーツ様、は、初めまして。フェリシア・フローレンスです」
挨拶を返すと、クォーツはにっこりと笑う。
「それでフェリシア様は何をしにここへ?」
お花を摘みたいところだけれど、見るからにクォーツはお花の剪定の準備をしている最中のよう。
これ以上は邪魔をしてはいけない。
「エルバート様の寝室の花瓶に飾るお花を摘みに参りました」
「ですが、今はこれで失礼致します」
去ろうとすると、クォーツが声を掛けてきた。
「ならば、こちらのブルーの花はどうでしょう?」
「エルバート様のお気に入りの花でして」
「エルバート様の?」
「ええ、摘んだら喜ばれるかと」
「では準備が完了致しましたので私はこれで」
(あ、向こうに行ってしまわれたわ……逆に気を遣われてしまった……)
ブラン公爵邸の住人は皆、自分に優しい。
この場所にずっといられたらと思ってしまう。
クォーツがこの場から去った後、ブルーの美しいお花を摘み、台所へ向かう。
しかし、リリーシャはおらず、長机にそのお花を置く。
その時だった。
首元の違和感に気づき、両手で首元に触れる。
ない。
大事な魔除けのネックレスが。
魔除けのネックレスはちゃんと付けていろ、と、
家の外には極力出ないように、とエルバートに言われていたのに。
(きっとお花を摘んでいる時に中庭で落としたのだわ)
フェリシアは台所から駆け出した。
そして、中庭に戻ると、ネックレスを探し始める。
しかし、いくら探しても大事なネックレスは見つからない。
フェリシアは左腕のブレスレットを撫でる。
このまま見つからなかったらどうしよう。
そう、多大な不安に陥った時だった。
結界が何かと干渉をしたのか、
フェリシアがいる一角だけ結界が弱まり、ピシッ、と音がする。
両膝を曲げたまま天を見上げると、黒い影に烏の仮面で顔を隠した異形な人間のような姿のアンデットの魔が現れ、
欲シイ、とフェリシアの精神に声を響かせる。
その瞬間、魔の力が増大し、体が長く伸び――、パリ、ン。
エルバートの結界が破られ、フェリシアの体を乗っ取ろうと襲い掛かり、首を傾げ、ぐあっと嘴(くちばし)を大きく開け、細く長い両手でフェリシアの体を頭上から包み込もうとした。
(あ、ご主人、さま…………)
* * *
エルバートは執務室の椅子に座りながら自分の額を右手で押さえる。
家の結界が破られただと?
嫌な予感がする。
ただえさえ、今朝からフェリシアからプレゼントされたブローチのことでカイやシルヴィオに冷やかされ、頭に来ているというのに。
それに――、“来ている”
新たな気配を感じたエルバートは指をパチンッと鳴らし、一部の宮殿の結界を外す。
すると、肩まで髪を流したリリーシャ瓜二つの式神が執務室の窓の外に飛んできた。
エルバートが窓を開けると、式神が中に入り、エルバートの胸元をぎゅっと両手で強く掴む。
「エルバート様、フェリシア様がっ」
「落ち着け。家の結界が破られたことはすでに分かっている」
「フェリシアがどうした?」
「強力な魔により中庭の一角だけ結界が破られ、フェリシア様が魔に襲われました」
「エルバート様、お願いにございます。フェリシア様をお助け下さい」
「今すぐ家に帰る、そうリリーシャ達に伝えろ」
「かしこりました」
リリーシャの式神は了承し、フッと消えた。
一部の宮殿の結界を張り戻すと、ちょうど扉が開き、
書類を持ったアベルとディアムが中に入ってくる。
「ふたりとも話を聞いていたようだな」
「書類は机に置いておいてくれ。私は早退する」
「よってアベル、後の執務はお前に任せる」
「分かった」
「ディアム、行くぞ」
「はっ」
エルバートはバサッとソファーに掛けてあった魔除けコートを両手を通さずに羽織り、
執務室からディアムを連れて駆け出ていく。
そして、廊下を歩き、宮殿を出て、馬留め場の兵達に高貴な2頭の馬を囲いの扉から出してもらい、エルバート達はそれぞれ馬に乗り、
エルバートは綱を両手で持ちながら馬から身を乗り出し、駆け走る。
(フェリシア、無事でいろ)