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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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* * *

フェリシアが魔の細く長い両手で包み込まれそうになった時、

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、弓矢が飛んできて魔の右手に当たり、その手のみ浄化され、

三つ編みにして一つに束ねた髪を揺らし、弓矢を放ったクォーツの姿が見え、駆け付けて助けに来てくれたのだと分かった。

けれど、その直後、怒った魔は長い髪のようなものを生やし、頭上から自分の腰を両内側の髪で縛り上げ、

外側の両髪をまるで、大きな口を開けて食べるようにクォーツを目掛けて放った。

その為、クォーツは自分に近づけず、

駆け付けてきたリリーシャ、ラズールが剣で両髪をかっこよく斬り裂き、髪先を浄化するも、

髪はどんどん増え、攻撃は止まず、ふたりも苦戦を強いられている。

そして自分も一瞬でも気を抜ければ、すぐに体を乗っ取られてしまうだろう。

中庭に出なければ。

魔除けのネックレスさえ失くさなければ。

そう、深い後悔の念がぐるぐると脳内を駆け廻(めぐ)る。

これはきっとエルバートの言いつけを守らなかった自分への戒め。

魔はクォーツ達に攻撃を続けながら目線を自分に向け、

欲シイ、と精神に強く声を響かせる。

フェリシアの瞳が黒ずんでいく。

なぜ、そこまで自分の体が欲しいのだろう?

祓いの力も何もないのに。

帰るまで待っていろとエルバートに言われたけれど、

(もう、諦めるしか…………)

「エルバート様からの伝言でございます。“今すぐ家に帰る”とのことです!」

飛んで戻ってきたリリーシャの式神らしきものの声が聞こえ、

フェリシアの瞳に再び光が灯り、気を持ち直す。

(ご主人さまが家に――――きっと、早退されたのだわ)

大変なご迷惑を掛けてしまった。

謝っても許されず、婚約を破棄されることだろう。

それでも――、諦めたくない。

(わたし、この家に、この場所に、いたい)

幸せに暮らせるようになるのだと自分に言い聞かせてきた一方で、

何所へ行ってもずっと自分は奴隷扱いなのだと、

心のどこかで幸せを諦めてきた人生だった。

けれど、エルバートが“自分を必要としてくれた”

だから祓いの力がなくとも、

「ご主人さまがお帰りになられるまで、命に代えてもこの家をお守りするわ」

* * *

ブラン公爵邸に到着したエルバートは馬から飛び降りる。

そして同じく飛び降りたディアムを連れて駆け出し、中庭まで行くと、そこから先が魔の邪気によって塞がれていた。

「エルバート様、ここは私にお任せを」

ディアムはそう言い、肩上くらいの長さの髪が一瞬揺れ動き、右の掌から光輝いた花火玉のようなものを祓いの力で出現させると、フッと息を吹きかける。

その瞬間、花火玉が爆発し、魔の邪気が浄化され、入口が開いた。

「ディアム、よくやった。行くぞ」

エルバートは褒め、結界を張り、入口から中に入る。

中は魔の邪気で何も見えない。

まだ日は明るいのにまるで夜のようだ。

エルバートは右手を差し出し、祓いの力を放つ。

すると目の前が浄化され、一点の道のみ鮮明に見えるようになった。

エルバートは冷たい気を放ちながら、結界で邪気を跳ね退け、突き進んでいった。

* * *

フェリシアは家を守ろうと必死に魔に抗う。

しかし、魔が欲シイ、と最大限にフェリシアの精神に強く声を響かせ、腰を縛る力を更に強くした。

そして、ぐあっと嘴(くちばし)を大きく開け、再び体を乗っ取ろうとする。

自分の声など届くはずもないと分かっている。

けれど、

「ご主人さま、帰ってきてっ…………」

そう、声を絞り出し、右目から一筋の涙が流れた。

すると、その声に答えるように。

「フェリシア!!」

自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

月のように美しい銀の長髪。

コートを両手を通さずに羽織り、結界を張ったエルバートが、

一点の光る道に立ち、こちらを見据えている。

今まで一度も自分の声など届くことはなかった。

けれど初めて自分の声が届いた。

(ご主人さまが帰って来てくれた――――)

そう熱いものが込み上げてきた時だった。

魔の目線がエルバートに向けられ、外側の両髪をまるで、大きな口を開けて食べるように放った。

エルバートは剣に手をかけ、瞬時に鞘から抜き、髪先を素早く斬って浄化する。

しかし、魔の左手が首を締めようと、ぐあっと伸び、エルバートに襲い掛かる。

エルバートは続けて左手も斬り、浄化した。

すると魔は邪気で結界ごとエルバートを潰そうとする。

しかし、エルバートは結界で邪気を跳ね除ける。

魔はこちらに来させないよう、邪気で道を塞ぐ。

その邪気をクォーツが弓矢でラズールが剣で浄化し、ふたりはそれぞれエルバートに声を掛けようとするも、エルバートが放つ冷たい気と冷酷な軍人の顔の、祓いの神のような姿に恐れをなして立ち尽くす。

そしてエルバートは駆け走り、祓いの力で高く跳び上がった瞬間、烏の仮面を剣で真っ二つに斬った。

すると半面が浄化され、魔は混乱し地面に倒れ込む。

「フェリシア様!」

ディアムとリリーシャが叫び、ディアムが鞘から剣を抜き、リリーシャも持っている剣でフェリシアの腰に巻き付いている両内側の髪を斬って浄化し、

ディアムがフェリシアを引っ張り上げ、リリーシャが受け止め救出して地面に寝かせる。

そして、フェリシアの救出を見たエルバートは冷たい気を放ちながら、剣を持つ右腕を引き絞り、両足を前後に開き、フェリシアから貰ったブローチに左手で触れ、その手を剣先の下に添え、魔に向けた剣先から祓いの力を放った――――。

爆音が全体に響き渡り、

魔は光と共に消し飛び、ブラン公爵邸の壁の一部が吹き飛んだ。

その直後、邪気に覆われた夜のような中庭の景色が一変し、

春の明るく緩やかな日の光が差し込み――、絶景が広がった。

「フェリシア!」

エルバートが叫び、フェリシアに駆け寄り、抱き起こす。

「ご主人、さま……」

「ネックレスを失くして、申し訳……」

エルバートはフェリシアの言葉を遮る。

「もういい、謝るな」

切なげな表情のエルバートに、

フェリシアは自然と笑みを浮かべた。

「家を、守れて、よかった…………」

* * *

エルバートの瞳に緩やかに両目を閉じていくフェリシアの姿が映る。

エルバートは意識を失い、両瞼を閉じたフェリシアを強く抱き締めた。

乱れた髪、汚れたドレス、そして腰を魔に縛られた影響で、

フェリシアの全体が邪気に覆われ、両手は氷のように冷たい。

祓いの力のないフェリシアは自身の命を懸けて、必死にこの家を守ろうとしたのだろう。

――――彼女の笑みを初めて見た。

こんな穏やかな表情で笑うのだな。

エルバートは祓いの力を使い、フェリシアの全体を覆う邪気を祓った。

そうしてフェリシアの両手に触れる。

暖かい。

体温が戻ったようだ。

これで大丈夫だな。

エルバートは安堵し、フェリシアをお姫様抱っこをして立ち上がる。

すると、ディアム、ラズール、クォーツ、リリーシャが帰宅と敬意を込めて、それぞれ胸に手を当て、頭を軽く下げた。

エルバートは魔除けコートの裾を靡(なび)かせながら歩いていき、

フェリシアと共にブラン公爵邸の玄関から中へと入って行った。

一通の手紙から始まる花嫁物語。

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