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「サファイア」を出たあやめは、普段から彼女が乗る車の運転手に電話をしながら表通りへ向かっていた。
「…はい、ではお願いします」
迎えに来る算段を立て、電話を切った途端のことだった。突然、あやめの周囲の世界が灰色に染まり、目の前にピエロの面を被った男ー「サファイア」にいたピエロが4人、現れた。
「……空間操作に、分身…最近巷を騒がせている『複力の怪』は貴方、ということですか」
「ありゃあ?異端児が2人いるって可能性は考えないんだぁ???」
あやめの呟きを嘲笑い、ピエロが返す。
「2人いる気配はありませんから。気配を消す能力の異端児がいるとしたら、それこそ『複力の怪』ですし」
『複力の怪』ーそれはここ数ヶ月で現れ、東京の街を騒がせる存在だった。『1人が持てる能力は1つ』という法則を無視して2つ、あるいはそれ以上の能力を操る人物…それが、あやめの目の前に立つピエロなのだった。
『ちぇ、つまんないの』
あっさり見破られ、4人のピエロが同時に声を上げる。
「つまらない、ですか…私は予定を狂わされて腹が立っていますが」
右目の辺りに手をやり、項垂れたような、呆れたような表情を浮かべる女に、ピエロは愉しげな笑い声を立てる。
『予定が狂った、ねぇ?例えば?例えば?』
「…例えば、小鳥遊印刷を傘下に入れる交渉の予定、でしょうかね」
そう云いながら顔を上げたあやめの、青い左目が光を放つ。
「…異端術『不倶戴天』」
あやめの言葉に呼応するように、周囲の壁や地面に桜色の円陣が現れる。
『へぇ、君の異端術はどんななのかなぁ?』
円陣は淡く光り、灰色に染まった世界を照らす。そしてー
「直に解りますよ、貴方がこれから受けるのですから」
あやめが爪先で地面を叩くのと同時に、全ての円陣から無数の弾丸が放たれる。弾丸は全て、吸い込まれるようにピエロたちの方へ向かった……が。
『ざんね〜ん、当たらないよ☆』
瞬間、ピエロの姿がホログラムのようにおぼろげになり…そして、消えた。同時に弾丸を放っていた円陣は沈黙する。
「…でしょうね。分身の能力を持つ相手にすんなり勝てるとは思っていませんよ」
云いながら振り返ったあやめの両目が、しっかりとピエロの〈本体〉を見据える。
「ならどうしてそんなに余裕そうな目をしているんだい?勝てる算段があるとでも?」
不思議そうな声色で問いかけるピエロに、あやめは微笑む。それは花が綻ぶような美しい笑みでありながら、どこか不気味な色を放っていた。
「ありますよ。勝てる算段くらい」
一度沈黙していた円陣が、息を吹き返したかのように弾丸を吐き出す。あやめの見ている〈本体〉に、尋常ではない数の弾丸が当たり…
「ぐっ……かはっ」
ピエロの面が割れ、色鮮やかな衣装が破れる。
「…やはり、そうでしたか……」
あやめはそれを見て、物憂げな顔で呟く。そして、ピエロであった者の正面に立って話しかける。
「鹿野さん、お久しぶりです。まさか小鳥遊印刷に寝返っていたとは」
「寝返った?笑わせてくれるじゃないか…僕はね、僕の能力をより有意義に使ってくれる組織にしか興味がないんだよ。夜見森グループは僕の能力を使い潰すだけじゃないか…!」
「なら貴方は、使い潰されないだけの努力をしましたか?」
憤りの表情を浮かべてまくしたてる鹿野の顔が、あやめの一言で凍りつく。
「いいえ、貴方は努力どころか、普段の業務すら疎かにしていた。今だから云いますが、貴方の業務態度には養父も憤りを感じていました。私や鳴華も同じです」
「……嘘だ…嘘だ嘘だ、嘘だッ!」
「嘘ではありません。現実を受け止めてください」
あやめの静かな糾弾に、鹿野は壊れた機械のようにただ「嘘だ」と繰り返す。
「…貴方はお忘れかもしれませんが…私は覚えていますよ」
貴方が私の右目を抉ったことをー唇の動きだけでそう告げ、あやめはもう一度爪先で地面を叩く。
「さようなら、鹿野さん。貴方は優秀な異端児でしたが…慢心してしまったようですね」
色を取り戻した世界で、断末魔すら上げずに生き絶えた鹿野の死体を眺めているあやめの左目は、哀しげな色に染まっていたー。