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真夏の影法師

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真夏の影法師

5 - 第5話 相手は俺でもいいんだろ?

♥

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2024年07月09日

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久次は回れ右をして、もときた雑木林を歩いていた。

西から照らす沈みかけた夕日が、自分の影を長く伸ばしている。


倫理とか、

道徳とか、

法律とか、

真義とか、


そういう綺麗な感情は沸いてこなかった。


ただただ自分の脳裏に浮かんできたのは―――。


(あの、瑞野が……)


そんな単なる感想だった。


真っ直ぐに椅子に座ることができないのかと疑うほど、いつも斜めに座り、隣の席の奴とふざけている瑞野。


黒板を睨んで、こちらのミスを指摘してくる瑞野。


しかし、時たま――。


頬杖をついて何か憂いながら、窓の外を見ているときもあった。


あの瞳には、何が映っていたのだろう。



今日が初めてだという様子ではなかった。

そしてさらには、無理やりな感じも、嫌々な感じもなかった。


同意の上?

同意の上で、あんな自分の倍も体重があり、倍以上年齢が高い男と?


(まあ、それなら……)


久次は自分の伸びた影を睨みながら歩を速めた。


高校3年生。

学生とはいえ、彼らはもう立派な大人だ。

自分が18歳のときなんて、すでに26歳の今の自分と同じ価値観を持っていたし、性格だって変わっていない。


つまりは、彼がいいなら、それでいい。


彼の人生に極力関わりたくないし、ましてや責任なんて持てるはずもない。


彼が心から望んでしている行為なら、自分が口を挟むことではない。


「……にしても、よりにもよってなんであんな男と……」


呆れながら、そんな言葉が浮かんでくる。


快楽のため?

暇つぶしのため?

それともまさか―――。


「あいつまさか、身体を売ってんじゃないだろうな……」


久次はそこでやっと足を止めた。


売春……?

それなら、大問題だ。


さすがに見て見ぬふりなどできない。


「――――ああ、くそ……!」


久次は踵を返した。




まず同意か、不同意か。

その次に金銭の受け渡しはあるか。

さらには、瑞野の母親は知っているのか。


この3つについて、2人に問いただす。


とりあえず、同意で金銭の受け渡しがないなら、母親が知っていようがいまいが厳重注意で帰る。


もし金銭の受け渡しがあるなら、相手の身元を特定した上で警察と保護者を交えて話し合う。


そして万一同意でもなければ、相手をぶん殴る。


―――は?


自分の発想に危うく立ち止まりそうになる。


殴る?

俺が?

教師の俺が?

自分の教師人生を投げうってまで?

あいつのために?

あいつなんかのために?


「……ああ、もう。考えるな!」


久次は自分を奮い立たせると、傾斜に合わせて小走りに下っていった。




アトリエに戻ると、先ほどは数センチしか開いていなかった窓がガラリと開け放たれていて、そこから微かに煙草の匂いがした。


今度は足音を堂々と響かせてそこに寄る。


「こんばんは!」


自分を奮い立たせるために大声を上げると、すっかり翳った部屋でしゃがんでいた人物はビクッと身体を震わせた。


「――クジ…先生?」


細い声が聞こえる。

瑞野だ。

瑞野だけ、だ。


「あの変態親父はどうした?」

「え?ってかあんた、なんでここにいんの?」


瑞野はおどけながら立ち上がると、上半身裸のまま、ハーフパンツに片手を突っ込んだ。


「……谷原先生の絵画教室通うことになった」


「は、マジで?ウケるんだけど!」


口には煙草が咥えられている。


(――こいつ。曲がりなりにも教師の俺の前で堂々と……!)


イラつきを覚えながらもアトリエ内を見回す。


「んなことどうでもいい。さっきの親父はどこだって聞いてんだよ…!」


「さっきの親父って生徒さんのこと?それなら帰りましたよー。裏道から。あっちだと遠回りだけど車通れるから」


瑞野は白い煙を吐きながら笑った。


「――はは。もしかして。いや、もしかしなくても。先生、なんか見た?」


「……見た?じゃねえよ」


睨みながら舌打ちをして、その唇から煙草を取り上げ、自分の靴裏に押し付ける。


「えええ……」


その吸殻を差し出された瑞野は、仕方なく受け取った。


「なんかクジ先生、いつもとキャラ違くない?」


その細い腕をぐいと掴む。


「同意か?」


「は?」


「さっきの。強要とか強姦じゃなく、同意か?」


「……ええと。まあ、はい……」


瑞野が嫌そうに目を逸らす。


「金銭の受け渡しは?」


「――は?キンセン?」


「だから。身体売ってんじゃねえだろうなって!」


握った手に力を籠める。


(……違うって言え)


久次は心の中で願った。


金銭とか関係なく、あの汚いデブのおっさんが好きだって言ってくれ。

そうしたら自由恋愛に口を出す気はない。

俺は教師として形だけ厳重注意して帰るから――。


「キンセン。はーはー。金銭ね?」


瑞野はいつも通り、こちらを馬鹿にするような目で見上げた。


「ないっすよ。見てなかったんすか?」


「―――」


一度は帰ろうとしたなど言えず、久次は瑞野の手を離した。


「俺はお前たちが本気で付き合ってるなら、何も言わない」


「……プッ」


こちらが大真面目に話してるのに、目の前の男はフワフワの髪の毛を小刻みに震わせて笑った。

翳った部屋のせいで、あまり表情が見えない。

こちらの顔もおそらくろくに見えていないだろう。

久次は遠慮なく彼を睨んだ。


「何がおかしい」


「何がって。あんな親父に俺が本気になると思う?」


言いながらもケラケラ回っている。


「あんなのただの暇つぶしだよ。谷原先生の絵画教室で、俺、人物デッサンのモデルやったりするんだけど、たまにああいうのに誘われてさー。暇だったから、遊んだだけ」


言いながら瑞野が一歩近づく。


「セックスすんの好きだし、女みたいに妊娠のリスクあるわけじゃないしさー。こういうのってあれでしょwin-winって言うんでしょ?」


言いながら欠伸をし、さらに伸びをした。


「かの有名な光源氏だって、幾人もの相手と身を結んだでしょう。それと変わらないじゃん」


瑞野はどこか投げやりに笑った。


「何も知らないくせに、源氏物語を引き合いに出すな……」


久次は瑞野の白い体を睨んだ。


「あー、でも面倒くさくなるの目に見えてるから、学校や親には黙っててもらいたいなーなんて」


瑞野はぺらぺらと上機嫌で話し続けている。


「お母さんだってさー、夜勤でへとへとになって帰ってきたら先生がいるなんてシチュエーション、可哀そうだし」


「……暇つぶしか?」


久次は俯いた。


「そう!」


瑞野は大きな目を細めて微笑んだ。


「……単なる暇つぶしなら、相手は俺でもいいんだよな?」


久次の言葉に、


「……は?」


瑞野はきょとんと眼を見開いた。


「――明日から俺に付き合え。瑞野」


「はぁ?」


「……思いきり、気持ちいいことしてやるよ!」


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