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『そりゃあ、悪い人たちじゃないっていうのはわかるけど』
彼女が白い丸テーブルに座る俺の前に、コーヒーの入ったカップを置く。
『他のお客さん、びっくりしてたよ?だって肩に龍のタトゥーが入ってるんだもん』
困ったような顔で向かい側の席に腰を下ろした。
『今はもう堅気の道歩いてんだ。誰に何を言われる筋合いもねえだろ。なんなら他の客よりよっぽどエグいもの付けて高い金払ってんだから、感謝してもらいたいくらいだ』
俺の声に眉をハの字にしながらため息をつく。
『あのね、他人の目ってものがあんの。こんな田舎町なんだから、変な噂がたったら大変でしょう?』
彼女がピンク色の唇を尖らせる。
『―――わかった。それなら……』
俺はテーブルの隅に雑誌と共に置いてあったアンパンマンのシールを取り出した。
『今度から店に来るときはこれ貼ってくるように言うよ。それでいーんだろ?』
『ぷっ』
彼女が桜色に頬を染めながら吹き出した。
『言ったわね!ーー約束よ?』
◆◆◆
自分のことは未だに名前さえわからないのに、彼女については、次から次へと記憶が溢れ出してきた。
これは死にゆく自分が、今際の際に作り出した幻想なのだろうか。
そうかもしれない。
なぜなら頭に浮かぶ彼女はいつも天使のように微笑んでいて、
一緒に過ごす時間はこの世の物とは思えないほど幸福に満ちているからだ。
この幻想の中にずっといられたら、どんなに幸せだろう。
ーーーしかしいつも俺の意識は、残酷な快楽に引きずり戻される。
「パリス………」
偽りの名前を呼びながら、今日もヘラは俺に跨る。
跨って自分の熱いところに、強制的に俺を飲み込んでいく。
「は……ぁあ……アッ…あッ……ああ…!」
激しく腰を打ち付けながら、乳首を自分でつねっている。
ヘラのように奔放に欲望に身を任せ、恍惚の喘ぎ声を上げられたらどんなに楽だろう。
他の女とのセックスがこんなに辛いなら、
彼女のことなんて思い出したくなかった。
「――――コロ……せ……」
痛みと快楽の合間に、同じ言葉を繰り返す。
「……殺……せよ………」
―――どうか、早く、殺してくれ。
彼女の記憶が、色褪せないうちにーーー。
◆◆◆◆◆
ヘラは行為中と食事中、さらに排泄介助中以外は電気を消していた。
それは自分がいない間に俺が何か変なことを考えないように牽制の意味と、物理的に何もできないように抑制の作用があった。
こうして俺はただ生かされて、殺されるその日まで、名前も思い出せない恋人を想いながら、ヘラに抱きつぶされて死ぬのだろうか。
こんなに辛いなら、いっそのこと自ら舌を噛み切って死んでしまおうか―――。
そう思った頃、懐かしいあの音が聞こえてきた。
カチャ。
カチャカチャ。
カポン。
俺は信じられない思いで暗闇で目を開けた。
『ええと。パリスさん。生きてますか?』