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#BL
午前2時。
救急外来の自動ドアが開き、冷たい夜風とともに、救急隊員がストレッチャーを押し込んできた。
その音に瞬時に反応する悠くん。
「三十代男性、交通事故。意識レベル低下、右胸部に強い圧痛。血圧810台まで低下しています!」
「初兎、モニター。りうらはルート確保。あと、採血と輸血準備!」
悠くんの声が、騒がしい処置室の中をまっすぐに通り抜けていく。
「はい!」
りうちゃんは返事をしながら、丁寧かつ早く患者の腕に駆血帯を巻いた。
悠くんが患者の顔を覗き込む。
「聞こえますか。今から処置をします。大丈夫です、私たちがついていますから」
「入りました!」
りうちゃんが静脈路を確保すると、悠くんがすぐに確認する。
「いいね。じゃあ輸液開始。りうら、次はもう一本」
「はい!」
教えられたことをすぐに吸収できるのは、救急の現場では大きな武器になる。
りうちゃんは才能の塊だ。
そのやり取りを横目で見ながら、俺はモニターを見つめていた。
「心拍数、一二〇。血圧七十八の五十。SpO₂、九十二…」
患者の衣服を切り開いた瞬間、胸元に広がった赤を見て、自分でも顔がわずかに強張ったのがわかった。
「初兎、大丈夫か?」
悠くんが、処置をしながら心配をかけてくれる。
「…大丈夫。患者さんのほうが、もっと苦しいから」
俺はそう言って、震えそうな指で数値を記録した。
「右胸、呼吸音低下。緊張性気胸の可能性があります」
報告すると、悠くんが軽く頷く。
「青葉を呼んで、桃根にも連絡」
「は、はい!」
一人の看護師が走って処置室を出ていく。
数分後、廊下から軽い足音が響いた。
「来たよーあにきー」
青葉…もとい外科のまろちゃんが、まるで休憩中に立ち寄ったような気軽さで現れた。
白衣のポケットには、なぜか小さな風船が入っている。
「…いふ先生、それ何ですか」
りうちゃんが尋ねる。
「小児科んとこの子に頼まれてん。手術終わったら、猫作る約束してる」
「今から緊急処置ですけど」
「せやから、早く終わらせよ」
まろちゃんは軽く笑った。
その態度に、初めて見た人間なら不安を覚えるかもしれない。
けれど、彼が手術室に立った瞬間、空気が変わることを、ここにいる全員が知っていた。
「患者は?」
「交通外傷。右の呼吸音低下、血圧低下。緊張性気胸疑いです」
説明すると、まろちゃんは患者の胸部に手を当てた。
「ないこ、胸腔ドレーンの準備。アニキ、気道と循環頼める?」
「OK」
「りうら、俺の手元を見ててな。次に同じ状況が来たとき、自分で動けるように」
「はい!」
まろちゃんが処置を開始する。
その横で、ないちゃんが器具を整えていた。
「まろ、手術前に勝手に処置を進めないでよ。」
いむくんは、必要な薬剤を準備し、ないちゃんは指示された器具を正確に手渡していく。
いむくんは、ドジっ子なりに何度も練習し、何度も失敗し、そのたびに記録をつけて改善してきた努力の人だ。
「ほとけ、薬!」
「はい!」
まろちゃんの声に、いむくんはすぐに薬剤を渡す。
「よし。入った」
まろちゃんが処置を終えると、患者の呼吸音が少しずつ戻ってきた。
「血圧、九十まで上がりました、呼吸も改善してきてます」
俺が声を上げると、処置室にいた全員がほんの少しだけ息を吐いた。
「このまま手術室へ。ないこ、頼める?」
「もちろん。」
患者を乗せたストレッチャーが手術室へ運ばれていく。
何人かの看護師と共にドアから出ていく背中を見送る。
その背中が見えなくなった時、看護師さんが慌てながら駆け込んできた。
「先生方、患者さんのご家族がお見えです!」
「ご家族が、ずっと泣いていて……説明を、と…」
「俺が行く」
悠佑が血のついた手袋を取って、スクラブの上に白衣を羽織る。
「りうらと初兎、休憩室行ってな。仮眠取っとけ」
「りうらも行きます」
りうらは即座に返した。
「ご家族への説明、勉強させてください」
「…」
「お願いします」
俺にはできない真剣な目だった。
悠くんは少しだけ迷った表情を浮かべ、それから頷いた。
「分かった。ただし、無理だと思ったらすぐに下がること。
俺に許可求めへんでええから、勝手に下がっててな。」
「はい!」
「初兎は?」
「俺も一緒に行く。患者さんのご家族が不安なときに、僕だけ休んでられへんやん?」
悠佑は三人の顔を見渡し、ふっと笑った。
「じゃあ、行くか。 無理すんなよ」
待合室の隅で、患者の妻が両手を握りしめていた。
隣には小学生くらいの男の子。
母親の服を掴んだまま、何も言わずに俯いていた。
近づくと、女性はすぐに立ち上がった。
「あの、主人は…!」
「現在、胸の中にたまった空気と血液を抜く処置を行い、その後手術に入っています」
悠くんは、専門用語を使わず分かりやすい言葉を選びながら簡単に説明する。
「状態は決して軽くありません。ただ、処置によって血圧と呼吸は少し改善しました。今、できる限りの治療をしています」
「助かるんですか?」
女性の声が震える。
その質問に、悠くんはすぐに「はい」とは答えなかった。
「助かる可能性を上げるために、全力で治療しています。」
女性は唇を震わせ、何度も頷いた。
その隣で、男の子が小さな声を出した。
「パパ、死なない?」
胸が締めつけられる。
悠くんは男の子と同じ目線になるようしゃがみ、人当たりの良い笑顔を浮かべた。
「パパは今、病院の中で頑張ってるよ」
「痛い?」
「んー、痛いの減らす薬使ってるから、ちょっとだけ痛いかも」
男の子は黙って悠佑を見つめた。
「お兄ちゃんも先生?」
男の子が、りうらを見上げた。
「はい。救急科のレジデントです」
「パパを助けてくれる?」
まっすぐな問いに、りうらは一瞬だけ言葉を失った。
俺も、そんなことを聞かれても答えられない。
「助けられるように、僕も頑張ります」
男の子が、自分の裾をぎゅっと握った。
「僕も頑張る」
「うん。一緒に頑張ろうね」
その会話を見ているだけだと思っていたのに、自然と自分の口から発せられた。
横目に見えた悠くんは静かに微笑んだ。
しばらくして、手術室のランプが消えた。
扉が開き、患者さんが乗ったストレッチャーが通っていき、その後ろをないちゃんがマスクを外しながら出てきた。
「手術は終わりました」
震えていた女性が、勢いよく立ち上がった。
「主人は…?」
「出血は止まりました。まだ集中治療が必要ですが、今夜を越えられる可能性は十分にあります」
その言葉を聞いた瞬間、女性の目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます…。 本当に、ありがとうございます…」
「私たちはできることをしただけです」
ないちゃんはそう言ってから、少し照れくさそうに目を逸らす。
「ご主人自身の頑張りがあってからこその結果です。」
男の子が、ないちゃんの白衣の袖を掴む。
「パパ、強い?」
「強いよ。ぼくが待っていてくれたから、もっと頑張れたんだよ」
「先生も?」
「もちろん」
ないちゃんが胸を張った。
「先生はこの病院で一番…」
「五本指に入るくらいじゃない?」
まろちゃんが横から面白そうに口を挟んだ。
「そこは一番って言ってよ!」
「五本指に入るだけでも十分すごいやろ」
「まろは黙ってて!」
張り詰めていた空気が、ようやくほどけていった。
家族への説明を終えた頃には、夜はすっかり明けていて、救急外来の窓から薄い朝日が差し込んでいる。
「りうら、初兎。少し休んできぃ。」
悠くんが声をかける。
「悠くんは?」
「俺はもう少し記録まとめるから、気にしんとって」
「僕も残ります」
りうちゃんが言うと、悠くんは困ったように笑った。
「追いかけるのはいいことやけど、休むことも大切やねん。」
「…はい」
素直に返事をしたりうちゃんを見て、いむくんがくすりと笑った。
「りうちゃん、本当に悠ちゃんの言うことだけはすぐ聞くんだね」
「だって、悠佑先生の教えは絶対全部大事だもん。」
「それ、本人の前で言うんだ…」
ないちゃんが呆れたように呟く。
まろちゃんはいつの間にか手にしていた風船を膨らませ、器用に猫の形へと捻っていた。
「ほら、できた。」
「先生、いつ作ったんですか?」
りうちゃんが驚いたような呆れたような声で聞く。
「手術の合間」
「合間なんてありませんでしたよね?」
「気持ちの合間や」
そう言いながら完成した風船の猫を、ひらひらと振りながらキッズルームがある方へ身を翻した。
「ほな、子どもら待ってるから」
「まろ、ありがとな!」
まろちゃんの肩に腕を掛けて旧友のように笑いかけた。
「アニキに褒められるん、久しぶりやな。今日は一日頑張れそうやわ〜」
「毎日頑張ってください」
ないちゃんが突っ込みを入れる。
やがて、院内に朝のアナウンスが流れ始めた。
夜勤の終わりを告げる、いつもの放送。
「りうら」
悠くんが呼ぶ。
「はい」
悠くんは、優しい目でりうちゃんを見た。
「『患者さんの気持ちを第一に、正しい処置を。』それができたら、俺の隣に立てるよ」
りうらが嬉しそうにぱあっと明るい笑顔を浮かべた。
「はい!」
その返事に、悠くんは満足そうに頷いた。
「ほら、猫ちゃんできたで! 次は何がええ?」
「青葉先生、勤務中に遊びすぎです!」
廊下の向こうからまろちゃんの声にないこの怒鳴り声が続く。
「ピンクのお兄ちゃんも一緒に遊ぼ!」
「俺は遊ばない! …いや、その風船、ちょっと貸して」
「結局遊ぶんやん…」
いむくんと顔を見合わせて爆笑した。
「っさ! 俺らも仮眠室行くかぁ。」
悠くんが、笑いながら身を翻すと、それについていくようにりうちゃんが追いかけていった。
「僕も行きます!」
「んはは、来てもらわないと困るなぁ」
コメント
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初 💬 失礼します 🎶 わぁぁ 医者パロ 大好きなんです ありがとう ございます 😭 しかも 主さん 書くの うますぎ じゃない ですか .ᐣ.ᐣ 他の作品も 何個か 読ませて もらったの ですが 全部 好みすぎて 💞ᩚ 流石に 神です 大好きです 🫶🏻︎💕︎︎ 更新 楽しみに 待ってます .ᐟ.ᐟ