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篠原が姿を消してから、三日が経った。
警察も動いてはいたが、進展はない。
笹木は大学に行く気にもなれず、篠原のアパートの部屋で過ごしていた。
部屋の中は、彼がいた時のままだ。
机の上にノートパソコン。ベッドの上には読みかけの文庫本。
まるで、時間だけが彼を置いて行ったようだった。
ノートパソコンを閉じたまま放っておくのも怖かったが、何か手がかりがある気がして、笹木は電源を入れた。
ログイン画面に、篠原の名前。
ためらいながらもパスワードを入力する。彼の誕生日。通った。
ブラウザを開くと、履歴の一番上に「EndPoint」という文字があった。
それがすべての始まりだった。
白いページ。
中央に数字が一つだけ。
12
右下には、「単位:h」。
笹木は息をのんだ。
なぜか、その数字を見た瞬間、胸が苦しくなった。
篠原がこの画面を見つめていたのだと思うと、ただの数字ではないように思えた。
下部に、小さなボタンがあった。
「共有」
何を共有するのかもわからない。
恐る恐るカーソルを動かす。
その時、ページの端に灰色の文字がふと浮かび上がった。
「閲覧者:1」
背筋に冷たいものが走った。
誰かが見ている。
だが、自分以外に誰が?
その夜、彼女は大学の友人に相談した。
「篠原くん、あの……本当にいなくなっちゃったの?」
「警察も捜してる。けど、何もわからない」
「EndPoint」のことを話すべきか迷った。
だが、口に出すと何かが壊れそうで言えなかった。
自分の中だけに留めておきたかった。
その代わりに、部屋に戻ると再びページを開いた。
数字は8になっていた。
その下に、いつの間にかもう一つ文字が増えていた。
「増やす方法を知りたいですか?」
まるで、問いかけるように点滅している。
笹木は息を殺して見つめた。
クリックする気はなかった。
だが、カーソルが勝手に動いた。
画面が一瞬暗転し、再び白に戻る。
数字は13になっていた。
翌朝、友人の一人が階段から転落したと連絡が入った。
命に別状はなかったが、全治二か月の重傷。
笹木はそれを聞いた瞬間、体の中の何かが凍りついた。
「13」──数字が増えた。
けれど、誰かが代わりに“減った”のではないか。
彼女は何度もページを更新した。
数字は変わらない。
しかし、下部の「閲覧者」欄が静かに増えていた。
「閲覧者:2」
その二人目が誰なのかは、考えたくなかった。
夜。
雨が降っていた。篠原が消えた日のように。
部屋の電気を消し、画面だけを見つめる。
数字は11。
“増やした”分が、また減っている。
笹木は震える指でノートパソコンを閉じようとした。
だが、その瞬間、スピーカーからノイズが流れた。
誰かが呼吸しているような音。
ページの数字が点滅を始める。
「11」が「10」に変わり、再び「11」に戻る。
呼吸のように。
そして、文字がゆっくり浮かび上がった。
「あなたが次の共有者です」
画面の隅に、見覚えのある写真が映った。
篠原だった。
目を閉じ、何かを囁いているように見える。
音は割れていて、言葉は聞き取れない。
ただ、唇の動きがはっきりしていた。
──「やめろ」
笹木は悲鳴を上げ、パソコンを叩くように閉じた。
暗闇の中で、雨音が止んだ。
しばらくして、もう一度開くと、ページの数字は9になっていた。
下には、淡い灰色の文字。
「共有完了」
翌朝、ニュースアプリが震えた。
篠原と同じゼミの学生が事故死。
読み上げ機能が淡々と名前を告げたとき、笹木は息が止まった。
パソコンを開く。
数字は15。
画面の下、初めて見る項目が追加されていた。
「閲覧者:あなた」
「共有者:1」
そして、最後に小さく。
「EndPointは広がっています」
(第2章 了)