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「初めまして、俺はルーイ。リズちゃん達から聞いていたけど、君がジェフェリーさんだね」
「へっ? あっ、えーと……は、はい!」
『どうぞよろしく』とルーイ先生は右手を差し出す。先生に名前を認識されていたこと、そして握手を求められたことにジェフェリーさんはしどろもどろしている。側に立っていた私に花束を押し付けると、彼は物凄い勢いで両手を服の裾で拭った。
「ジェ、ジェフェリー・バラードといいます。こちらのお屋敷で庭師をやらせてもらっていますっ! よっ……よろしくお願いします」
ジェフェリーさんは綺麗に拭いた両手で差し出された先生の手を取った。王族と血縁関係にあり、王太子殿下に座学を教えている先生……そんな方から握手なんて求められたらこうなるよね。顔を真っ赤にしながら必死に挨拶をするジェフェリーさんを、先生は微笑ましげに眺めている。先生の作り出す柔らかな雰囲気にジェフェリーさんはますます狼狽してしまう。そして私はそんな先生にうっとりとするのだった。
「こっちのお嬢さんも初めましてだ。服装からして、リズちゃんと同じお仕事をしているのかな」
先生はジェフェリーさんと挨拶を交わすと、次はカレンへ目線を移した。彼女の背の丈に合わせるように膝を曲げて屈み込む。話しかける時の穏やかで優しい声。見下ろして威圧感を与えないようにとの気配りが嬉しくなる。ところがカレンの先生へ向ける眼差しはやはり険を含んでおり、ジェフェリーさんの反応とは雲泥の差だった。
「先生、この子はカレンです。5日前からお屋敷で働いているんですけど、ちょっと恥ずかしがり屋で……」
「突然話しかけてびっくりさせちゃったんだね。カレンちゃん、ごめんね。怪しい者じゃないから許して」
先生に応対する気配が全く無いカレンを見兼ね、私が代わりに返事を返した。
カレンは臨時であるし、本来ならお客様の前に出るような大切な仕事には携わらない。前触れの無い先生の登場に驚いたのもあるだろう。でも……だからと言って、カレンの振る舞いはあんまりだ。例え臨時でもジェムラート家で働いているのだから、最低限の礼節を持って然るべき。無視をした上に睨みつけるなんてとんでもない。
カレンがこのような態度を取る理由は何となく察しがついている。彼女が最初にこのイヤな目をしたのは、ルーイ先生が魔法使いについて調べるために屋敷を訪問しているのだと知った時だった。あの時点で魔法使いをエルドレッドさんではないかと予想していたのなら……それを調査しようとしている先生を警戒しているのではないだろうか。先生はカレンの失礼な態度に気を悪くした様子も無く、終始笑顔だったけれど……これが他の客人相手だったらと思うとゾッとした。
「……ルーイ先生」
「分かってるよ。急かせないで、セディ」
セドリックさんが先生へ何かを促している。私に挨拶をしてくれた時はいつもの温和な調子だったけれど、今の彼からはやはりどこか張り詰めた緊張感のようなものが漂っている。
「リズちゃんが持ってるお花……とっても綺麗だ。どこかに飾るの?」
「は、はい。これはお屋敷に……私とカレンはジェフェリーさんに花を貰いに来たのです」
「そうなんだ。お仕事の途中だったのに引き留めちゃったね。萎れないうちに届けてあげて」
いきなり私が持っている花束に言及されたので驚いたが、先生の言葉は『早くこの場から離れろ』という意味だと気付いた。先生とセドリックさんは今からジェフェリーさんに聞き取りを行うつもりなのだろう。彼らはまだジェフェリーさんに疑惑を向けている状態だから、万が一に備えて私とカレンを遠ざけようとしているのか。
お屋敷にいた魔法使いの正体は、ここにいるカレンの知り合いだ。話を聞いた限り、釣り堀の事件とは関係無さそうだった。先生達により詳しく事情を知って貰うために私とカレンも参加させて欲しいけど、カレンが素直に話をしてくれるかどうか……。態度も良くないし厳しそうだ。
「ルーイ先生……でしたよね。魔法使いについて調べていらっしゃるとか」
先生達が現れてから無言を貫いていたカレンが口を開いた。睨むような目付きに変化は無し。感じの悪さ全開だった。そんな彼女にセドリックさんも懐疑的な目を向けている。見てるこっちがハラハラする。先生もカレンに違和感を覚えたようで、にこやかだった表情が一瞬崩れた。でも、すぐにまた笑顔を作り直して彼女に対応する。
「うん、そうだよ。もしかして君も興味ある?」
「ええ……とても」
「ルーイ先生! ジェフェリーさんが魔法使いに会ったことがあるそうですよ。今しがた、私とカレンもそれについて聞かせて貰っていたのです。そうですよね? ジェフェリーさん」
「あっ、うん……」
我慢できずに口を挟んでしまった。かなり強引に先生の意識をこちらへ誘導した。
魔法使いがカレンの知り合いである以上、彼女にも事情を説明してもらう必要がある。しかし、先生と対峙するカレンが危なっかし過ぎて見ていられない。私とジェフェリーさんが主軸になってフォローしながら話をした方が良さそうだった。
先生とセドリックさんは互いに視線を交わす。この状況で会話を続行するべきか迷っているんだろうな。
「ジェフェリーさん、リズちゃんはこう言ってるけど本当? 魔法使いに会ったことがあるって……」
「はっ……はい! 半年ほど前になりますが」
「俺は今、魔法使いについての情報を集めている最中なんだ。差し支え無ければジェフェリーさんが会った魔法使いのこと……俺にも聞かせてくれないかな」
先生はこのままジェフェリーさんに話をさせる方向に舵を取った。彼と実際に対面して事件に関与している可能性は低いと判断されたのかな。そうだといいけど。セドリックさんの顔から笑顔が完全に消えたので、あまりぬか喜びはできないと思った。