「――次の依頼だが、これはとある詐欺グループのボスがターゲットなんだが、そいつはなかなか尻尾を出さない。そこでまずは下っ端の動向を探り、そこから徐々に近付くしかなくてな、長期の仕事になりそうだ」
シャワーを浴びて着替えを終えた伊織が戻ると、すぐに次の依頼の打ち合わせが始まった。
今回の依頼は長期に渡る案件な上に一筋縄ではいかないものらしく、忠臣は眉間に皺を寄せ、難しい表情を浮かべている。
「ま、過去にも長期戦になった事あるし、問題ないっすよ」
「そうだな。ただ、その間にも簡単な依頼は舞い込むだろうから忙しくなるぞ」
「本当、嫌な世の中だな。それだけ犯罪者が多いって事だろ?」
「だな。法律が変わらねぇ限り犯罪者は増えるばかり。警察もお偉いさんの顔色窺ってばっかで役にたたねぇし。俺らみたいな組織がもっと増えねぇとやってられねーぜ」
依頼書を確認しながら口々に文句を垂れる伊織と雷斗。
年々犯罪が増え続けている現状に不満を持つのは当然の事だが、治安を守る為に動いているのに世間からその存在を知られる事もなく、ひっそり任務を遂行するだけの当事者たちからすれば文句の一つも言いたくなるだろう。
忠臣率いる組織【HUNTER】はあくまでも裏社会での呼び名。
普段は便利屋【utility】として看板を掲げ、受けられる範囲内で緩く仕事を請け負い、【HUNTER】の仕事と並行して作業をこなしている。
「ひとまず、俺が一人で探り入れますよ。まずは下っ端から。コイツとか探りやすそうだし」
資料に目を通し終えた伊織はとある男のプロフィール表を指差しながら言う。
「会社員、職場は……ほう、この会社なら上層部にかけ合えば短期社員として潜り込めそうだな。よし、それじゃあこの件は伊織中心で進めていこう。頼むぞ、伊織」
「了解」
かくして新たな任務遂行の為に動く事となった伊織だが、ここから運命が大きく変わる事になるなんてこの時はまだ知る由もなかった。
「円香、お願い! 急で悪いんだけど今日の夜、合コンに参加して欲しいの!!」
某日、とある大学の広い食堂の一席で、その会話は行われていた。
「え、合コン?」
「実はお姉ちゃんから頼まれて人数集めてたんだけど、急遽一人行けなくなっちゃって……行ける人探したんだけどみんなバイトやらで予定があって無理でさ……円香、バイトしてないじゃん? だからどうかなって」
円香と呼ばれた女性は向かいの席に座り、必死に頼み込んで来る相手の女性、日向 葉子の言葉に耳を傾けつつ、内心困り果てていた。
雪城 円香――彼女は国内で食品系の会社をいくつか経営している雪城グループ社長の一人娘で、過保護な両親によって蝶よ花よと育てられた、言わば温室育ちのお嬢様。
そんな円香は大学生になった今でもアルバイトすらした事がないばかりか、幼稚園から大学まで全て女子校通いの為、異性との交流すら限られた世界でのみという今どき珍しい女子大生だ。
「で、でも、私……男の人は苦手だし、お父様やお母様に知られたら……」
「大丈夫! おじ様やおば様には私の方から説明してあげるわ! それに今日は金曜日だから、私の家に泊まる事にすれば平気よ! ね?」
葉子の家は雪城家程の名家ではないものの、曾祖父の代から続いている日向呉服店の娘とあって雪城家とも交流がある事や、葉子とは小学生からの幼馴染みとあって円香の両親も彼女の事は信頼している為、自分が上手く説明するから合コンに参加して欲しいと言う。
「で、でも、その合コンに葉子は来ないんでしょ? 景子さんも……。知らない人しか居ない上に男の人も居る席に一人なんて、嫌だよ……」
そもそもその合コンというのは葉子の姉、景子主催なのだが、相手は社会人で年下好きとあって大学生の妹である葉子に人員確保を頼んだはいいのだけど、頼まれた葉子にも既に彼氏がいる為合コンに参加する事は出来ず、同じ大学で参加したいと言っていた子に片っ端から声を掛けて人集めをしていた。
しかし当日の昼になって一人行けなくなってしまい、バイトもしていなくて大体いつでも予定が空いている円香に白羽の矢が立てられたのだ。