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コツ、コツ、コツ……静寂が広がる廊下に、無機質な足音が響く。

その日、ルイヴィナは一人でとある場所へ向かっていた。普段は彼の最愛であるエレディアの傍から離れないが、今日は珍しく一人である。もちろん、彼が自らそうなったわけではない。エレディアを深く愛し、彼女に全てを捧げんとする彼が、自分の命より大事な彼女を渋々友人に預けて離れたのは、どうしても逆らえない相手からの呼び出しがあったからなのだ。

「……はぁぁぁ。あの死神、くだらないことを話すんだったら速攻出ていってやる…」

死神・レカルトア。

死期の近い魂を迎えに行く神で、生きた死体であるルイヴィナ達が暮らす『死の世界』の創造者。

そんな彼は何を思ったのか、ある日突然、ルイヴィナ・エレディア・ヴァント・フィアス・ディランと一対一で話がしたいと言ったそうなのだ。まるで学校の二者面談のような対話会は、死の世界の住人になった順番で行われ、既にフィアスとディランは済ませているそうだ。

フィアス曰く、本当にただ話をするだけで、レカルトア様と落ち着いて話をする良い機会になったそうだが…突然こんなことを企画するのだから、ルイヴィナとしては怪しく思っていた。

「大体、話すったって何を話すんだ…この世界の生活はどうだとか、体の調子はどうだとか、そんな世間話を振られても困るんだけど…」

そんなことを一人でぼそぼそと呟いているうちに、レカルトアの執務室に到着した。ルイヴィナは役職持ちではないため、彼の部屋は少しばかり距離があるのだ。

扉をじっと見つめ、小さくため息を零し、陰々滅々とした様子でノックをする。

─────コン、コン、コン。

「レカルトア、入るぞ」

ルイヴィナは中にいる者の返事を待たず、重厚な扉を開けた。


「…こんにちは、ルイヴィナ。待っていたよ」

その部屋の主は奥にある椅子にゆったりと腰掛け、こちらに目を向けると柔らかく微笑んだ。机の上には書類が山積みになっており、つい先程まで作業をしていたようだが、今は休憩中なのか、紅茶を優雅に嗜んでいる。白い湯気がゆらゆらと立ち昇っていた。

「そろそろお前が来ると思ってね。お茶を淹れて待っていたんだ。今お前の分も用意しよう」

「…………………………」

すぐに帰るから要らないと言おうとしたが、レカルトアの神としての風格と言おうか、有無を言わせぬ雰囲気に押され、彼の言葉を遮るのをやめた。この死神は、どうしても自分と”ゆっくり”話がしたいらしい。ルイヴィナは諦めてソファーに座った。

上質な柄があしらわれたティーポットから液体が音もなく注がれ、ルイヴィナの目の前に置かれる。

「ストレートティーでよかったかな」

「…飲めるならなんでもいい」

「欲がないね。…それとも、欲を封じているのかな」

レカルトアはルイヴィナと対面のソファーに腰を下ろし、目の前の人間の目をじっと見つめる。彼は紛れもなく死神で、契約をする以前にルイヴィナの人生を”見て”いる。ルイヴィナという人間の背景を知った上で言っているのだから、まったく白々しい。

「…そんなに怖い目で見ないでくれ。お前が”そうするしかなかった”のは知っている。その上で言ったのだから、尚更今の発言は失言だったね。すまない」

「…いや、いい。悪意があって言ったんじゃないんだろ」

ルイヴィナはモノクロの水面に映る自分の顔を見つめ、やがて静かにカップに口をつけた。淹れられたばかりの紅茶はまだ熱を持っており、舌にじくりとした感覚が走る。しかしその味を舌が感じた瞬間、深みのある美味しさが口内に広がる。色彩感覚がなくても、美味い、とルイヴィナは素直に感じた。

その様子を見たレカルトアはルイヴィナの真意を感じ取ったのか、口角を小さく上げて

「気に入ってくれたようでよかった。紅茶は長く淹れているけど、私は神だからね。人間の口に合うか心配だったんだ」

「フィアスやディランにも淹れたんだろう」

「お前に合うかはわからないだろう。それに、あの子たちはたとえ紅茶が美味しくなくても、私に気を遣って本当のことは言わないだろうから…」

でもお前は違うだろう?と、レカルトアはこちらを慈しむように見つめた。ルイヴィナはそんな様子に、自分がどこまでも見透かされているような居心地の悪さを感じたが、敢えて不満は口にしなかった。代わりにここに来た本題を聞くことにした。

「…それで、用はなんだ。レカルトア」

「本題を話せ、ということかな。私は本当に、お前とただ他愛ない話をしたかったんだよ。この世界の生活はどうだとか、体の調子はどうだとか、そういう話をね」

「…………………………」

やっぱり。これにはルイヴィナも『面倒くさい』という心境を全面に顔に出した。本当ならこの時間は愛するエレディアと絵本を読んだり、字の勉強をしているのに。

しかしレカルトアはルイヴィナの神に対して失礼と言える態度にも笑みを崩さず、まるで反抗期の息子に接するように、諭すように、柔らかい声色で話す。

「すまない。お前たちの自由な時間を奪っているのはわかっている。ただ…私も多忙の身だからね。お前たちを勝手に死の世界ここに連れておいて、ずっと放置というのは無責任だろう。それに…」

レカルトアはそこで言葉を区切り、軽く息を吐いて目を細め、自分の子供をいとおしむように

「お前たちの人生は見ていたが、やはりこうして実際に話してみたかったんだ。長い時を生きていて、こんな気持ちになったのは…初めてだよ」

「…………………………」

ルイヴィナはしばらく呆然として、何も言えなくなった。レカルトアと接してきたのはほんの数回程度だが、それでも彼がこんなに慈愛に満ちた表情をするとは思わなかったからだ。今まで素性の掴めなかったレカルトアという存在が、ルイヴィナの中で少しずつ形作られていく。

ルイヴィナはしばらくして目線を下に降ろし、重たい口を開く。

「…正直、エレディアが死の世界ここに来るまでは、憂鬱で、気がおかしくなりそうだった。俺の中では彼女が一番だし、彼女がいない世界なんて、生きる価値がなかったから…でも、彼女は来るってわかってたから、なんとか生きられたんだ」

レカルトアの目をしっかりと見つめる。レカルトアはわかっているという風に、ふっと微笑んだ。その暖かな雰囲気がなんだか落ち着けて、心の内がスラスラと出てくる。

「…実際、彼女は来たし、生活も…まぁ楽しくやってる。外は毎日暗いし、色わかんないし、最近は香水やらの匂いキツいし、ハンデありまくりだけど…エレディアがいるから。それだけで、息がしやすいんだ。それに、ここにはヴァントも、フィアスも、ディランもいる。あいつらと過ごすのも、エレディアと程じゃないけど…楽しいから」

そこまで言って、ルイヴィナは再び紅茶を口に入れる。少し冷めた温度が心地良い。

「…だから、死の世界を作ったお前には、感謝してる。死の世界ここがなかったら、彼女に…みんなに、会えてなかっただろうから」

「…お前にとってあの子たちは、とても大切な存在なんだね。あのお前がそんなに柔らかい表情をする程に…」

そこでルイヴィナは、自分が今笑っていることに気づいた。エレディア以外に、それもレカルトアにこんな表情を見せるのがこそばゆくて、慌てて咳払いをする。

「…とにかく、その…そういうことだから。もう話しただろ、帰っていいか」

「あぁ、待ってくれ。最後に一つだけ…」

すると突然レカルトアは席を立ち、ルイヴィナの隣に腰掛けた。ルイヴィナは何をされるか分からず、無意識に小さく距離をとった。

「聞けば、最近お前はよくディランの手伝いをしているそうだね。あの仕事は、決して気持ちの良いものではない。色がなくても血腥ちなまぐさいだろうし、気が滅入ってしまうだろう。それなのに、よく頑張っているね。偉いよ、ルイヴィナ」

「………!」

レカルトアは微笑み、ルイヴィナの頭に手を伸ばして髪を優しく撫でた。それは正しく父が子供にするそれで、ルイヴィナはわけもわからずその感触に身を委ねていた。

優しく、優しく、壊れ物に触るようにルイヴィナのふわふわとした髪を撫でられる。それは、それを得る経験はルイヴィナが十五の時に失ったもので、ルイヴィナが心の奥底でずっと求めていたものだった。

そのあまりの心地良さにだんだんと眠たくなってきて、ゆっくりと瞼が降りてくる。ルイヴィナのそんな様子を見て、レカルトアはくすりと笑う。

「…私はね、ルイヴィナ。お前を…いや、お前たちを本当の息子や娘のように想っているよ。愛しいお前たちに、ここで平和に過ごしてもらいたい…今はそう願うばかりだ」

「…レカルトア」

「できることなら…お前たちが各々の未練を晴らしていく姿を、もっと見ていたい。…ルイヴィナ。この世界は、お前にとって良いものかな」

「………………」

ルイヴィナはしばらくレカルトアに体を預け、眠気に誘われるようにゆっくりと目を閉じ、その温もりを感じていた─────

「今日はありがとう。また何かあったら、気軽に来てほしい」

その言葉を最後に、部屋の扉が静かに閉められる。空になったルイヴィナのティーカップを片付けようと手を伸ばすと、馴染みのある声が部屋に響いた。

「随分とあの人間を気に入っておられるようですね、レカルトア様」

振り向くと、そこには既にこの部屋に侵入し、こちらを見つめる部下の姿があった。彼は薄く笑みを浮かべ、その鋭い牙が照明に反射してきらりと光った。

「普段からこの世界の住人には分け隔てなく接しておられるようですが…あの五人は特に寵愛されているご様子。何か特別な理由でも?」

「メフィストフェレス。何か言う前に、まず私たちの会話を盗み聞きしていたことを謝るべきだろう」

「やはり気づいておられましたか。これは失礼致しました。例の薬品をお持ちしましたので、貴方がたの話が終わるまでお待ちしておりました」

「そうか。…あぁ、間違いなくこれだ。ありがとう」

「礼には及びません。代わりに、私の先程の質問にお答えいただけるとありがたいのですが」

メフィストフェレスの目がすぅっと細められ、先程までのおどけた様子から真剣な顔つきになる。レカルトアはそんな見定めるような視線から目を逸らし、ぼそりと呟く。

「…お前にも、いずれわかることだ」

再び紅茶のカップに手を伸ばす。その水面は、ただ静かに揺らめいていた。

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