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 クルーガー夫妻との面会後仕事が終わったからと会社を飛び出したリオンは、胸に芽生えたもやもやと頭の中で不愉快な爪を立てて引っかかっている事を確かめるため、車を自宅ではなくホームへと走らせていた。

 ヴィルヘルム・クルーガーが教会で世話になったと礼を言った時、リオンの中でその言葉が小さな違和感となってしこりを生んだが、車を走らせている間にそのしこりが決して取り除くことの出来ない異物となってしまっていた。

 異物がもたらす不快さを舌打ちで誤魔化したリオンだったがそれでも治まることが無く、苛立たしそうに舌打ちしながらタバコに火を付けて煙を吐き出す。

 何故彼は己があの教会の出身−すなわち、ホームで育ったことを知っていたのか。

 リオンが育った児童福祉施設は教会が運営しているが、教会の活動に協力してくれる善意の人々や地元の人達が力になってくれてようやく運営できている小さな児童福祉施設だった。

 州政府や教会本部からの補助金などもあったが当然ながらそれだけでやっていけるはずも無く、日々の暮らしをどうすれば子ども達が可能な限り快適に過ごせるかを第一に考えてマザー・カタリーナを筆頭に、口うるさいとリオンがいつも文句を言っては叱られている司祭などが骨身を砕いてくれているお陰で子ども達はそれなりの暮らしが出来ていた。

 だが児童福祉施設出身という事実は周囲の子ども達と大きな差違を生み、それが子ども特有の純粋な悪意がいじめという形になって子ども達に降りかかっていた。

 そのいじめを苦に命を絶とうとした子どももいたし決して負けないと顔を上げ続けた子ども達もいたが、その中でもリオンは暴力には暴力で返す方法で、己や年の近い同じ児童福祉施設出身の子どもをいじめる子ども達と毎日のようにケンカをしていた。

 リオンのように自らの腕力にものを言わせられる胆力があれば良いが、悲しいかな児童福祉施設の子ども達は皆大人しく自らの意見もそうそう言い出せないような子ども達が多かった為、いじめられて泣きながら帰ってくるしかできなかった。

 そんな事が幾度となく繰り返されてきた為、親代わりとして子供達を見守っているシスターらは施設から育った子ども達が自らの出自でこれ以上苦しまないようにと細心の注意を払い、余程親しい人達や協会の運営に協力してくれる善良な人達以外に子ども達を会わせることも、卒業した子ども達の話をすることはなかった。

 だから体調不良でマザー・カタリーナが偶然連れ帰っただけのヴィルヘルム・クルーガーに、リオンという存在がいる事は伝えたとしてもここで育ったことを伝えるとは思えなかった。

 そんな彼が何故知っていたのか。

 確かマザー・カタリーナが彼はここに来たことがあることを思い出したと言っていたが、例えそうだったとしても彼女が思い出すのに時間が掛かるほどの遠い思い出の男に話をするだろうかとの疑問が煙とともに苦い思いを伴って胸から這い上がってくる。

「……シャイセ!」

 あの教会の人達が簡単に己の出自を話すはずもなく何故と言う疑問符だけが脳裏を過ぎり苛立ちを隠さないで舌打ちをしたリオンは、帰ってきたときに車を停めるいつもの場所に乱暴に停車して車から飛び降りる。

 人がいつもいるキッチンがある母屋へ大股に向かったリオンは、玄関を開けて廊下に向かっていつものように-それこそ幼い頃から変わらない態度で-大声で名を呼ぶ。

「マザー! いるか!?」

 その声に暫くしてキッチンのドアやそれ以外の部屋のドアが開くが、声の主が誰であるかを行動の結果理解した皆の顔に浮かんでいるのは驚かされたことよりも帰宅を喜ぶ色だった。

「リオン? もう仕事は終わったのか?」

 その中でもブラザー・アーベルが眼鏡の下で目を少しだけ丸くしながら廊下に出てきたため、マザーは何処に行ったと苛立ちを隠さない顔でブラザー・アーベルに詰め寄る。

「マザーなら中央駅に友人を迎えに行っているよ」

 そんなに血相を変えてどうしたと天使像そっくりな顔に疑問が浮かび眉が寄せられるのを見た瞬間少しだけ頭が冷えたようでキッチンへと入り、ブラザー・アーベルにも来てくれと手招きをする。

「何かあったのか?」

「ああ……この間、ヴィルヘルムをここで看病していただろう?」

「ああ、していたね。彼はもう元気なのかな」

「今日ウィーンに帰るってよ。それよりも……俺がここの出身だってあいつが知ってた」

 ここの皆が話すとは思っていない、だからどういうことだろうかと椅子の背もたれに腕をついて顎を乗せたリオンが舌打ち混じりに呟くと、ブラザー・アーベルの目が限界まで見開かれる。

「彼が知っていたのか?」

「ああ……俺がここの出身だって聞いたって言ってた」

 リオンのその言葉に何故こんなにも苛立っているのかを察したブラザー・アーベルが腕を組んで天井を見上げて何かを思い出す仕草をするが、あの時彼にお前の話をしたのはマザーだけだとリオンを真正面から見つめる。

「マザーが?」

「ああ、あの夜の彼はかなり取り乱していただろう?……お前とヘル・バルツァーが出て行った後に彼がお前のことを聞いていたから、マザーが少し話をしていたように思う」

 ヴィルヘルムがここで看病を受けていたとき、マザー・カタリーナから呼び出されて食事を早々に切り上げたリオンとウーヴェとノアがやって来たが、リオンを見た彼は傍目からも不安になるほど恐怖に震えていたのを思い出し、二本目のタバコに火を付ける。

「……マザーがいくらお前の話をしたからと言ってここの出身だと言うだろうか」

「……だよなぁ」

 さすがにここの誰かが話をしたとは思っていないが誰から聞いたのかが引っかかって興奮したと己の興奮具合に気付いたリオンが煙と一緒に溜息を零し、くすんだ金髪をがりがりと掻きむしる。

「そーいやマザーの友人が来るのか?」

「ん? あ、ああ、教会の手伝いなどもしてくれていた人なんだけどね」

 病が進行した為に故郷でもあるこの街に帰りたいと連絡が入ったと教えたブラザー・アーベルは、リオンと自らのコーヒーを用意するために席を立ちマグカップを二つ並べる。

「ヤーコプとも仲が良くて、イースターとクリスマスに必ず皆にお菓子やおもちゃを贈ってきてくれた人だ」

 昔はここに救いを求めにやって来た人達に職を紹介したりしていたそうだが、うちの考えに賛同してくれる教会の手伝いをするからニュルンベルク近郊に引っ越し、彼方でもここにいたときと変わらない活動をしていた人で、クリスマスとイースターというカトリックにとって重要な時期になると、子ども達へのプレゼントを大量に送ってくれていたのだ。

 その様子を脳裏に思い浮かべた時にコーヒーの香りが先に届いて鼻腔に入ると同時に一瞬だけ苛立ちが薄れ、次いでブラザー・アーベルが差し出すマグカップを受け取ったリオンは、少し薄めのコーヒーに息を吹きかける。

「ゲオルグだっけ、写真でしか見たことねぇけど、ごついおっさんだよな?」

「そうそう。私も写真でしか見たことはないけどね」

「病気になったから帰ってきたのか」

 二人向かい合ってコーヒーを飲み、幼いリオンやその兄弟姉妹達が届けられたお菓子やおもちゃを前に顔を輝かせていた光景をほぼ同時に思い出すが、その彼が病に罹り地元に帰って来るのかと淋しそうにぽつりと言葉を零す。

「……マザー一人で大丈夫なのか?」

「神父様も一緒に行ったよ」

「あー、じゃあ大丈夫か……それにしても、何であいつ知ってたんだろうな」

 マザー・カタリーナが迎えに行ったゲオルグの話題からどうしても今引っかかりを覚えている話題に戻ってしまうリオンの言葉にブラザー・アーベルも頷き、あの時一緒にいたお前に良く似た彼が話をしたのではないかと告げてリオンの蒼い目を見開かせる。

「ノアか?」

「そうだ」

「んー、あいつには言ったことはねぇなぁ。オーヴェも言わねぇし」

 他に誰かが話をしているのだろうかと思い当たる人間の顔を脳裏に浮かべるが、ダメだ思い浮かばないと頭を横に振ってタバコをテーブルの灰皿で揉み消した時、玄関から数人の声が聞こえてくる。

 そしてその声がキッチンのドアから入ってくるとリオンの姿に嬉しそうな安堵の滲んだ声と厳しいが温かい声の後に、ヴィルヘルムかとの疑問の声が届けられ、リオンとアーベルが顔を見合わせた後、その声の主へと顔を向ける。

 そこにいたのはたった今話題にしていたゲオルグのはずだが、リオンが幼い頃から聞かされ想像していた容姿からかけ離れた、言葉は悪いがお迎えがいつ来てもおかしくないと思えるほど弱々しい痩せた年老いた男で、ブラザー・アーベルも驚いたように彼を見つめていた。

「……いや、あいつのはずが無いな」

「俺がヴィルヘルムに見えたのか?」

 キッチンの入口で立ち尽くしたまま呆然と呟く彼、ゲオルグにリオンが蒼い目を細めて問いかけると、驚くほど良く似ていると呟かれて苛立たしそうに舌打ちをする。

「ノアにも間違われる、ヴィルヘルムにも間違われる。あの二人と俺が似てるのはもう分かったっての」

 初対面の人達に何度も間違われるのはもううんざりだとタバコに火を付けつつ吐き捨てたリオンの様子から、マザー・カタリーナがどうしたのですかと問いかける代わりにブラザー・アーベルを見る。

「事件の後に聴取を受けた警察署でも犯人の男が俺を見てヴィルヘルムかって言うし、オーヴェもノアと俺を見間違えたし」

 あの親子は一体何なんだ、俺と何の関係があるとも吐き捨てるリオンの苛立ちを察したマザー・カタリーナは、そのことについて少しお話ししましょう、ただ今はゲオルグにも神父様にも座って貰いましょうといつもと変わらない穏やかな笑顔で二人に椅子を勧め、自らは丸い小さな椅子を引き寄せて腰を下ろす。

「マザー、こっちに座れよ」

 そんな椅子に座るなと母を気遣う顔の割には不機嫌さを隠さないで席を交代させたリオンをゲオルグが興味深げにじっと見つめるが、カタリーナから話を聞いて信じられなかったが、間違いなくお前はあの二人の子どもだと溜息混じりに呟いてキッチンの空気を凍り付かせてしまう。

「……は?」

 一瞬だけ凍り付いた時を進めたのはリオンのこれ以上に無い不機嫌な声で、さすがのブラザー・アーベルもひやりとしたものを覚えるが、ゲオルグはそんな空気やリオンの様子を気にするどころか真正面から剣呑な光を湛えるロイヤルブルーの双眸を見据えて口を開く。

「お前は、ヴィルヘルムとハイデマリーの子どもだ」

「ウソだろ……?」

「勝ち気そうな目や髪の色などハイデマリーとよく似ているし、ヴィルヘルムがここに来た頃とそっくりだ」

 瞳の色や髪の色などはハイデマリーから受け継いだのだろうが、全体の雰囲気はヴィルヘルムそっくりだとゲオルグが目を細め、まさかお前がここまで大きく育っていたなどあの二人には想像も出来ないことだっただろう、さぞかし驚いただろうなと続けたためリオンの口から火の付いたタバコが床に落ちる。

「……んだよ、それ」

 床に落ちたタバコをぼんやりと見つめたリオンだったが、ブラザー・アーベルとついさっき話し合っていたヴィルヘルムを看病していた夜の光景が不意に思い浮かび、彼がリオンを見つめながらガタガタ震えていた理由に気がついた瞬間、リオンが丸いすを後ろに倒しながら立ち上がる。

「あいつが、……ヴィルヘルムとハイデマリーが俺の親……!?」

 俺をここに捨てた親かと無意識に拳を握ってテーブルに押し付けるリオンにゲオルグが静かに頷いてリオンに座るように手で合図を送る。

「ああ……カタリーナからこの間ヴィルヘルムがここに来たと聞いて驚いた」

 そのことについても話をしたいから座ってくれ、そしてタバコを拾えと微苦笑されてリオンが呆然としつつもタバコを拾い上げて灰皿に押しつけて揉み消すと、室内には緊張と疑問が綯い交ぜになった空気が満ちていくのだった。


 ゲオルグがしっかりと己の口で伝えなければならないと決意をしたらしい事件について、マザー・カタリーナを始めキッチンにいる誰もが初めて聞く話で、事件のあらましを聞き終わった後は誰一人として口を開くことが出来ず、庭で遊んでいるらしい子ども達の声やそんな子ども達を注意しつつも温かく見守っているシスターらの声が大きく聞こえる程の静寂に包まれるが、それを打ち破ったのはテーブルのマグカップが跳ねるほどの強さで拳を叩き付ける音だった。

「……!」

 その物音が静寂を破るだけでは無く過去から意識を現在へと引き戻す切っ掛けになったのか、マザー・カタリーナが限界まで目を見開き、両手をテーブルに叩き付けたまま顔を上げないリオンを見つめ、聞かされた衝撃の大きさを伝えるように震える声で名を呼ぶ。

「リオン……」

「……んだよ、それ……っ!」

 物心ついた時から意識しようがしまいが考えることを余儀なくされ、答えの出ないことから諦め考えることを放棄した学生時代を経て、漸く己の母はマザー・カタリーナだけだと言えるようになった今になって何故実の両親について知らされるのか。

 しかもそれはつい先ほど職場で挨拶をし見送った二人だったと教えられ、混乱する脳味噌がというよりは、長年知りたかった真実を不意に突きつけられた現実に心が軋む。

 その痛みを堪えるように手が小刻みに震えるほど握りしめたリオンは、マザー・カタリーナの声に顔を上げるが、薄い水の膜を通した向こうの世界にいるようで、開く口から流れ出す声や言葉がぼやけて聞き取れずそのもどかしさに舌打ちをする。

 意味が分からない。突然やって来たゲオルグという昔から名前を知ってはいたが会ったことが無かった男が運んできた真実は、己の中に存在する飢餓の根源である、己は誰から生まれたのかという喉から手が出るほど欲していた疑問への回答だと教えられたが、頭も心もその現実を受け入れることが出来ず、リオンの喉から奇妙なか細い音が流れ出す。

 その音を己のものだとは思えない遠くの世界で聞いたリオンは、いつだったか似たような状況に陥った経験を思い出し、いつも傍にいてくれてその時もいてくれたウーヴェの声も思い出す。

『大丈夫だ、大丈夫だから落ち着け、リーオ』

 その声が脳裏で響くと同時に上体を折って胸を足にくっつけるように背中を丸めて床に蹲ると、過呼吸へと向かおうとしていた心身が僅かに平静さを取り戻す。

「……大、丈夫……だ、いじょうぶ……」

 大丈夫だからゆっくり呼吸をしろと脳内でウーヴェが命じるままに呼吸を繰り返すとあの時のような発作は起きず、喉を震わせながら息を吐いたリオンは、皆の心配そうな視線に気付いて唇を噛み締める。

 呼吸は落ち着きを取り戻し始め時折肩が上下に揺れる程度になった頃、心の内側に言い知れぬ不安がざわめきとなって芽生え、それが全身を巡る血に乗って更に増幅させてしまう。

 大丈夫と言ってくれたはずのウーヴェだが、何故ここにいないのか。

「……オーヴェは……?」

 どうしていつも一緒にいると言ってくれたウーヴェがここにいないのか。何故手に入れたいと願いつつも諦めきれていなかった親についての話を、検査の結果を見るのが怖いからと委ねたそれを別の形で突きつけられ、たった一人で受け止めなければならないのか。

 突然教えられた真実と過呼吸を引き起こしかねない驚愕とウーヴェの不在が綯い交ぜになってリオンの胸を締め付け、その痛みを発散させるように握りしめた拳を床に叩き付ける。

「何でオーヴェがいねぇんだよ!」

 悲鳴のような叫び声に室内にいたリオンの成長をずっと見守っていた人達の顔に悲痛な色が浮かぶが、マザー・カタリーナがウーヴェの名を叫び続けるリオンの傍に膝をつき、そっと震える背中を抱きしめる。

「……ウーヴェを呼びましょう」

 母の言葉に縋るような思いで顔を上げたリオンだったが、その時脳裏を占めていたのは冷静なときには絶対に考えることはない、ウーヴェがここにいないのは捨てられたからだとの思いだった。

 生まれてすぐに実の両親によって捨てられた様にウーヴェにも捨てられてしまったのだ。だから今彼はここにいないのだとマザー・カタリーナですら見たことがないような絶望を顔中に浮かべて水の膜の向こうの母を見つめるが、その肩越しにサラリと長い髪をかき上げて心配そうに見下ろす懐かしい顔を見出して目を見張る。

「……ゾフィー……?」

『何を馬鹿なことを考えてるのよ。あの人は絶対に何があってもあんたを見捨てたりしないわ。分かってるでしょう?』

「……そう、か?」

『あんたのことを誰よりも心配してくれるし、愛してくれているわ』

 その彼を私の時の様に信じなさい、あの時彼は誰よりもあんたの心を守るために力を貸してくれたのだからそれを思い出せと姉の声に苦痛以外の理由から目を瞠ったリオンは、前回過呼吸の症状が出た時にウーヴェの手を借りて平静さを取り戻したことと同時に己でも無様だと思える取り乱しようも思い出し、心配げに見下ろして来るゾフィーにありったけの意地を集めたかのような、それでも震える笑みを見せつける。

「……だよなぁ。あんな情けねぇ姿、見せられねぇよなぁ」

 あの時はお前のことで今度は俺自身のことだ、余計に無様な姿なんて見せられないと笑いながら体を起こして胡座をかいてその場に座ったリオンは、心配そうに頬に手を当ててくれるマザー・カタリーナの手を軽く握った後、大丈夫だと伝える代わりに目を細める。

「マザー、オーヴェには連絡しなくていい」

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。……ゾフィーに怒られた」

 ゾフィーがいつもの姿でいつもの顔であんたらしくない、しっかりしなさいと怒鳴ったと皆が驚愕に目を開いて口を閉ざす様な事を懐かしさを込めて呟いたリオンは、そう言えばゾフィーが知らなければ良かった事もあると言っていたなぁと何本目かのタバコに火をつけて軽く反動をつけながら立ち上がると、倒れている丸椅子を起こして腹の据わり具合を見せつける様に足を組んで太い笑みを浮かべる。

 ウーヴェには己の両親について知る事が怖いのかと問われて思わず心の奥底に隠していた恐怖に怯える顔を見せてしまったが、そんな顔を見せるなど二度とごめんだった。

 だからゾフィーに見せつけたような笑顔で、どのような恐怖をもたらすかも知れない話を受け止めようと腹を括ったのだ。

 いつまでも怖い怖いと言って耳を塞いで蹲っているわけにもいかないのだ。

 自分には自分以上に信じてくれる人がいついかなる時も傍にいてくれる。

 それに、心に芽生えた恐怖と同等の知りたいという根源の渇望が、抑えきれないほど沸き起こっているのだ。

 そこから手にする真実が、アダムとイブが食べたとされる禁断の果実のように甘いのか、それとも口にした事を後悔してしまうほどの苦痛を与えてくるかはそれこそ神のみぞ知るだった。

「ゲオルグ、疲れてる所悪ぃんだけどさ、神様の元に行く前に洗いざらい全部話してくれねぇか?」

「……ああ、俺が知っている事は全部話そう。もう俺も先は長くない。黙っていようが喋ってしまおうがどうせ地獄に堕ちるんだ」

 今まで数多の罪を重ねてきた人生に遠い遥かな昔の約束を破った罪が一つ増えた所で座席が少しだけ地獄の王の近くになるだけだろうと、往時を彷彿とさせる笑みでリオンの眼光を受け止めたゲオルグは、驚き痛ましげに目を細めるマザー・カタリーナや司祭、ブラザー・アーベルの顔を順番に見つめた後、この後暗く長い話をする己の為にコーヒーで喉を湿らせて遠い遥かな過去をゆっくり思い出しながら話し始めるのだった。


 重苦しい空気がキッチンに漂い始めたと同時、真夏の雨がキッチンの窓を流れ落ち始め、急に降り出したそれに遊んでいた子ども達の慌てているが楽しさすら滲んだ悲鳴も雨と一緒に窓を伝い落ちていくのだった。




Über das glückliche Leben.

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