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目が合った。
兄は至って冷静に此方を見ていた。
「っ⁉︎」
シルヴィを背に庇い、ディオンの剣を受け止めて押す。だがディオンも譲る気はないらしい。強い力で押し返してくる。
「やめて、ディオンっ」
「邪魔をするな」
両足で踏ん張るがこれ以上は耐えられない。だが自分がここを退けばシルヴィが殺される。
「いっ‼︎」
ディオンに軽く押されただけでリディアは蹌踉めいた。瞬間足を掛けられ、横に転がされてしまう。そして視界に入ってきたのはディオンが剣を振り上げそのまま……。
「っ⁉︎」
「っ……」
「リディ、ア……」
リディアはディオンの足を斬りつけた。深くないが、衣服が切れ血が僅かに滲んでいる。
ディオンはシルヴィから剣を退けた。
兄はまるで信じられないものでも見る様な目でこちらを見ていた。それもそうだろう。まさか妹から斬りつけられるなど思いもしなかった筈だ。
「ごめんなさっ……でも、でもっ」
身体が震えていた。ディオンを斬りつけた事への罪悪感からか、またはディオンへの恐怖故かは分からない。だがそれでも剣を放す事はしない。寧ろキツく握り締める。
瞬間、暗い瞳をしたディオンと視線が交差した。
剣が打つかる。剣を受け止める度に、身体全体に強い衝撃を感じた。先程と比べものにならないくらい力強い。
リディアは戸惑い混乱する。
何故ディオンと斬り合いをしなくてはならないのか……。兄から殺気はない。だが昔と違って、これは稽古でも戯れあっている訳ではない。握っているのは互いに真剣であり木剣ではないのだ。少し間違えれば……死ぬかも知れない。
「お前は……俺じゃなくて、其奴等を……選ぶのか⁉︎」
「違うっ、そうじゃないっ」
「じゃあ、何でだよ!」
強く剣で振り払われリディアは後ろに尻餅をついた。
「俺と一緒に来るって、俺を愛してるんじゃないの?」
「ディオ……」
リディアは言葉を呑み込んだ。その理由は、兄は呼吸を乱し今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。
「お前に出会った時から、今日まで俺はお前だけを支えに生きてきた。お前さえいれば後は何も望まない。こんなにもお前を愛してるんだっ。お前だって、そう言ってくれただろう⁉︎」
ディオンの言葉に唇を噛み締めた。涙をグッと堪える。
「やっぱり、嘘だったのか」
「……ディオン、違う、私は」
「違わない。……お前まで、俺を見捨てるんだね」
そう話す姿は、幼い頃の兄と重なって見えた。胸が押し潰されそうになる。
「違うわ、そうじゃないの! ディオン! ねぇ、聞いて⁉︎」
彼はスッと剣を下ろした。
もう、自分の声は兄へと届いてはいないと感じた。
「ディオン‼︎」
その時階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。姿を現したのは兄のいつかの部下だっだ。
「……行こう」
彼は確かルベルトと言う名だった筈。
ルベルトはリディア達を一瞥してから、ディオンを促す。ディオンは虚ろな表情のまま踵を返した。
(行ってしまうっ……)
「ディオンっ、待って‼︎ ねぇ!」
必死に叫んだ。呼び止めた所で何を言えばいいのか最早分からない。もう何を言っても響かないかも知れない。だがそれでも引き止めなければならいと思った。そうでないともう二度と会えなくなりそうで……怖かった。
「ディオンっ、ディオン‼︎……行かないで、ディオンっ‼︎……お兄様……‼︎」
ディオンが振り返る事は無かった。
リディアは力なく地面に伏しそのまま意識を手放した。
目を開けるとそこは、自邸の自室のベッドの上だった。頭がぼうっとする。
「リディア様! お目覚めになられたんですね」
ハンナは持っていた水差しを手から落とし、ベッドへ駆け寄って来た。ガシャンと割れた頭に響く。
「……ハンナ」
「五日も眠られたままで……本当に良かった……」
涙を流しながらリディアの手を取る。そして、思い出した様に「医師を呼んで参ります」そう言って慌ただしく部屋から出て行った。
「五日……」
ディオンが行ってしまった後の記憶がない。地面に伏して……多分気を失ってしまったのだろう。
それにしても自分はそんなに眠っていたらしい。その所為か身体中が痛い。顔を歪ませながら、ゆっくりと身体を起こしてみた。手を握っては開く。それを呆然と眺める。特に動くのに支障はなさそうだ。
あの後、どうなったのだろう……リュシアンは? シルヴィは?……ディオンは。アレは悪夢だったのか……一体何処からが夢で現実なのか、もう分からない。
(頭が痛い。クラクラして気持ちも悪い……)
「リディア様⁉︎」
程なくしてハンナが医師を連れて戻ってきた。起き上がり気分の悪さに身体を丸めている姿を見て「まだ起きては身体に障ります!」と凄い剣幕で怒られてしまった。