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『ただいまー!』
あの後、会場や楽屋の片付けを一通り手伝った俺たちは、堀江さんとスタッフさん、まだ作業の残っているMIUさんに挨拶をして会場を後にした。
相当楽しかったのだろう。すっかり暗くなった空の下、キラキラとした笑顔で今日の出来事を語り続ける彼女を、俺は静かに見守りながら家路についたのだった。
「てつや疲れてるやろ?ご飯はうちが作るからてつやは休んでてっ」
部屋の鍵を開けるや否や、あおいは乱雑に花柄の靴を脱ぎ冷蔵庫まで走っていった。
「おいおい、18900円だぞ……」
俺は我が家で一番高級な靴を丁寧に揃えた後、部屋の机に鞄を置き、あーでもないこーでもないと冷蔵庫の中を物色しているあおいの後ろ姿に声をかけた。
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えるとするよ。俺は先に風呂に入るから、お皿とかはそこの戸棚の中から適当に使ってくれ」
そう言ってキッチンの上の戸棚を指差した俺は、脱衣所の扉を開け、汗で汚れたシャツを勢いよく脱いだ。
ドアの外からは食材の焼ける音と調子の外れた鼻歌が聞こえてきた。
とても心地の良い音楽だった。
♢
ーーふう
俺はシャワーを浴びながら今日の出来事を思い出していた。
「まさかこんな怒涛の一日になるとはな……」
思い返せば今日と言うより昨日からか。
あおいが現れたのが昨日の事だとは信じられないくらいに、濃い二日間だった。
ーーそして、プロデュース
正直、何をどうすれば良いのか全くわからないが、あの場でやると言った以上引く事は出来ない。考えれば考えるほど、やるべき課題は山の様に湧いてくる。
その中でもまずは、やはりこれか。
俺は頭に浮かんだ無数の考えの一つに当たりをつけると同時に、ある人物の顔を思い浮かべた。
あの人なら、あおいの歌を更に引き上げてくれるはずだ。
ーーそう言えば、知っているような発言をしていたな
俺は楽屋での日比谷おとねのセリフを思い出そうとして、蛇口を強くひねった。
水圧の強くなったシャワーのお湯が、勢いよく顔にあたる。
いや……聞けばわかる事だ。
あまり思い出したくはない記憶をお湯で洗い流し、俺は風呂からあがることにした。
♢
「じゃじゃーんっ!!」
脱衣所のドアを開けた俺の目の前には、誇らしげに両手を広げるあおいと、出前でもとったんじゃないかと思う程に完成された料理が並んでいた。
実は、身体を拭いている最中とんでもなく嫌な予感がした俺は、内心穏やかではないままバスタオル横のスウェットに素早く着がえ、恐る恐る脱衣所のドアを開けた。
こういう場合、アニメや漫画だと大抵ヒロインの料理は失敗に終わるものだからだ。
しかしそんな心配など全く不要だった。
充満する香りに、思わず腹が鳴る。
「てつやうちが料理できひんって思ってたやろー?自慢じゃないけどうち料理はめっちゃ得意やねんでっ」
“ドヤァ”と言う効果音が聞こえて来そうなあおいの顔を見て、図星をつかれた俺は
「い、いや、そんな事思ってないに決まってるだろ。それより、凄いじゃないか」
少し強引に話題を変えたものの、目の前に並んだ料理を見て素直に続ける。
「俺は料理なんてほとんどしないから、冷蔵庫にろくなものがなかっただろ?まさか、それがこんなに美味そうになるなんてな」
「へへー、嬉しい」
両手をモジモジさせ、あおいが喜んだ。
「じゃあ、食べようか!」
「うんっ!」
『いただきまーす』
うまいっ!
目の前の料理を一口食べ思わずそう声を上げた。
誰かの手料理なんて母親以外に食べた事がない俺は、目の前のお皿に綺麗に盛り付けられたソーセージや、野菜ときのこの炒め物をおかずに、白米を口いっぱいにほおばった。
目の前を見ると、あおいが俺の方を見て満足そうにニコニコしている。
幸せ過ぎて、もしかして今日死ぬんじゃないか?などと物騒な事を思いながら、ゴクンと口に入ったご飯を飲み込んだ俺は、改めて気になっていた事を聞いた。
「なあ、あおい。本当に良かったのか?プロデュースの事」
「もう、しつこいで。うちとてつやで決めた事なんやろ?うちはすっごい楽しみなんやから」
彼女は少しむすっとした表情で答えた。
「そうか。ならいいんだ。俺のために無理させてるんじゃないかって、どうしても思ってな。でもこれからは、二人の夢として考える事にするよ」
俺がそう言うと、あおいも満足そうな表情でうん!と答えた。
「それで、これからの事なんだが……」
「まずは俺の師匠に会いに行ってみないか?」
俺は風呂で考えていた本題に入った。
「お師匠さん?てつやの?」
「ああ、俺が上京してからずっとお世話になっていた歌の師匠でな。師匠ならあおいの歌を、その……もっと良くしてくれると思うんだ」
俺は直接的なワードを避けながらそう提案する。
「うわー!めっちゃ楽しそう!うん!行く行く!」
あおいはおはしを持ったまま、手をブンブンと動かして喜んでいる。
「よし、そうと決まれば飯の続きだ!」
俺は二杯目のご飯をよそいに、炊飯器へと向かった。
♢
「ふー、美味しかった。ごちそうさま」
「ごちそうさまー!」
先程までテーブルに並んでいた色とりどりの料理が、綺麗に二人の胃袋に収まっていた。
「あ!洗い物は俺がやるから、あおいは風呂に入ってきなよ」
いつもの儀式を終え、食器を流しに持って行こうとするあおいに、俺は慌ててそう言った。
「そう?じゃあ、うちもお風呂入ってくるな」
「ああ、シャワーの使い方はわかるよな?服はーー
そう言いながらタンスを開け、出来るだけ綺麗なシャツを取り出した。
「かなりブカブカになるが、これぐらいしかないんだ。ズボンは脱衣所にあるスウェットを使ってくれ」
そう言ってシャツを渡そうとした時、同時に重大な事実に気づいた俺の手がピタッと止まる。
ちょっと待て……。
下着はどうするんだ?
俺は冷や汗をたらしながら恐る恐るあおいの方を向き、出来るだけ気持ち悪くならない様な声色を心掛けながら聞いた。
「あおい。し、下着はどうするんだ?さすがに女性用のなんてうちにはないし……」
俺がそこまで言った所であおいは
「うち何でもいいよ。てつやのでいい。じゃあお風呂入ってくるねー」
何食わぬ顔でそう言って、俺の腕からシャツを取り、脱衣所の扉を閉めた。
「お、おいちょっと待て!あおい!」
俺の叫びも虚しく、脱衣所のドアからは鼻歌が聞こえる。
「いや、さすがに俺のパンツはまずいだろ……。
はぁ、仕方がない。コンビニにでも買いに行くか」
学生時代にコンビニでアルバイトをしていた時、確か女性用の下着を置いていた事を覚えている。
俺は机に置いた鞄から財布を取り出し、脱衣所に向かって少し外に出て来る!と叫び、家を出たのだった。
♢
ーーなんでよりにもよって店員が女性なんだよ
家から五分ほどの距離にあるコンビニに着いた俺は、まず慎重に周りを見渡し客が誰もいない事を確認、雑誌コーナーの対面に置かれている女性用下着をあるだけ掴んでレジへ向かった。
しかし直前に店員さんが若いギャルである事に気づき、慌ててたいして読みたくもなかった雑誌二冊に下着を挟みなんとか無事ゲットする事に成功。
そそくさとコンビニを出たのがつい先程の事だ。
はぁ……これからあのコンビニには行きづらいな。少し遠くなってしまうが、しばらくはもう少し先のコンビニに行くか。
そんな事を考えていた俺は、突然あることを思い出し声を発した。
「ーーそうだ!」
時刻はもうかなり遅いが、俺は居ても立っても居られずスマホを取り出し、”師匠”と書かれた電話番号をタップする。
ーープルルル
ーープルルル
ーープルルル
ーーガチャ
「あ、もしもし!」
「こんばんは、てつやくん。久しぶりだね」
とても優しく安心感のある声が、俺のスマホから聞こえた。