テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
最近、元貴がまた仕事人間になって、全くゆっくり会う暇がない。大体、俺が元貴の部屋へ行って、時間があるときはご飯を一緒に食べたり、ちょっとお話ししたり、…ちょっと、イチャイチャしたり…。
付き合ってもう1年ほど経つが、元貴と2人で出かけたのって、付き合う前のあの買い物以来ないんじゃないかな?仕事とか、若井と3人でとかなら、外に出かけることもあるけど、復帰してからここまでミセスが大きくなると、なかなかプライベートで外に出ることが難しくなってきた。特に、元貴とデートなんて…。
はあ、とため息が出てしまう。元貴と付き合って、恋人になれて、ちゃんと愛してもらえて、幸せなはずなのに、寂しさを覚えてしまう俺はなんて贅沢なんだろう。こうやって、どんどんワガママになる自分が少し怖い。しょうがない、こういう人生を選んだのは自分だ。今、自分の手元にある幸せを大事にして、多くは求めないようにしよう。
その時、スマホの通知が鳴った。
『次の休み、夜ディズニーいこ!』
え!!と1人の部屋で大きな声を出してしまった。元貴とディズニー?まさかデート?いやそんなわけないか、若井と一緒だよな。2人で行ったら若井泣いちゃうって言ってたし。
『楽しみ!』
俺は、久しぶりに元貴と一緒に外に出られる、それだけでこんなにも心躍っていた。ああ、好きだなぁ、と再確認して、心が温かくなるのだった。
「いらっしゃい。」
ディズニーの日。元貴の部屋に行ってから、一緒に行こうということになったので、俺は準備をして元貴の部屋を訪ねた。
「若井は?」
まだ準備が終わっていない元貴に声をかけると、元貴は鏡を見ながら
「ん?若井来ないよ?」
と言った。え?という顔をすると、元貴はこちらを振り返って言った。
「来るわけないじゃん。ディズニーデートなんだから。」
え…ごめん若井、俺めっちゃ嬉しい。つい顔がにやけそうになるのをグッと堪えて、元貴に訊ねる。
「え、でもいいの?若井泣かない?」
「はっ、泣かない泣かない。だってアイツ彼女とフツーにディズニー行ってるし。」
「え!そうなの?」
「彼女と行くのはノーカンとか言ってたから、じゃあ俺らも恋人としてデートで行くならノーカンじゃん?」
「そ、そうなのかな…?」
元貴は、そーなの、と言いながらまだ鏡の前で服装やら髪型を整えている。その様子に、カッコいいなぁ、と見惚れていたが、ふと不安になる。
「でも、これ俺たちって目立たないかな。」
「その為に夜にしたんだけど。暗いし、周りも自分らで楽しむのに夢中だし、大丈夫じゃない?」
「うーん…でも万が一気づかれて、しかも2人でってバレたら…ミセス的に大丈夫なのかな。」
うう、出かける段になって急に不安が押し寄せてきた。本当は行きたい、すっごく行きたい。今日までずっと楽しみにしてきた、けどやっぱり不安は拭い切れない。
元貴はニヤッとこちらを見た。
「そー言うだろうと思って、用意しといたよ。」
何を?と俺が不思議に思っていると、元貴が通販の袋からジャーン、と帽子らしき物を取り出した。
「帽子?」
「ただの帽子じゃないよ、ホラ。」
ビニール袋を取ると、ニット帽から伸びる長い髪がサラサラと揺れた。
「え?何これ?」
「面白いでしょ〜、ウィッグ付きの帽子だって。」
「へぇー、そんなのあるんだ。」
「これ、涼ちゃんかぶって。」
「え、俺!?」
「その為に買ったんだから。」
ほらほら、と鏡の前に立たされて、かぶっていたニット帽を取られて、代わりにウィッグ付きのを被される。2人で鏡を見て、無言になる。
「…ノーメイクの30歳男性にこの帽子はキツいって。」
「…だな。よし!メイクしよう!」
元貴はやけにウキウキして、メイク道具を用意し始めた。俺は、やれやれと思いながらも、楽しそうな元貴に目を細めた。
しばらくして、元貴渾身のメイクを施した俺は、再び例の帽子を被された。
「やっば、俺天才。」
元貴が嬉しそうにいろんな角度から写真を撮っている。俺もメイク鏡を見て、おーさすが、と感心した。
じゃ、行こっか、と元貴に促され立ち上がって鏡を見ると、そこには元貴と、やたらデカい女装俺が写っていた。
「待って、これ逆に目立たない?」
「え、そお?」
「うん…なんか元貴とアンバランスかも…。」
「あー俺が小さいからね。はっ倒すぞ。」
そんなこと言ってないじゃん!と俺は言って、帽子を取る。そして、元貴に被せる。
「え?!」
「うん、この方がバランスいいよ、ただのカップルに見える。」
俺は元貴の肩に両手を置いて、鏡を見る。
「ええ〜、せっかく涼ちゃんのために買ったのに〜。」
元貴は口を尖らせブツクサと抵抗を見せる。
「でもほら、元貴すごい可愛いよ。」
俺が言うと、じーっと鏡を見つめて、不意に帽子を取る。やっぱりやめるのかな、と思って見ていると、元貴は自分の顔にもメイクを施し始めた。
「中途半端な感じがなんかヤダ。やるなら超絶美人になってやる。」
クスッと笑って、俺は元貴のこだわりメイクの完成を待った。
できた、と帽子をかぶった元貴を、スマホでタクシーの配車を調べていた俺は顔を上げて確認した。
「わ、可愛い…。」
「当たり前だろ。」
ふふん、と腰に手を当てて勝気な笑顔をしているのが、これまたすごく可愛い。
鏡の前で2人で写真をいくつか撮ってから、俺たちは出発した。
変装用に、俺はニット帽とメガネとマスク、派手髪は帽子にしまい込んで隠す。
元貴は、ウィッグニット帽にメガネ、せっかく可愛くしたのに…とまた文句を言いながらもマスクをつけていた。
「ね、名前でバレないように、フジくんって呼ぼうか?」
元貴がイタズラっぽく聞いてくる。藤澤だから、フジくんかな?なら俺は…。
「じゃあモリちゃんって呼ぶね。」
「なんかあんま可愛くないなーそれ。」
クスクス笑いながら、腕を組んでタクシーの待ち合わせ場所まで歩く。撮影の時なんかも、お構いなしに元貴は俺にちょっかいをかけたり腕を組んだりしてくるけど、やっぱり2人だけのデートの時は、幸福度が段違いだな、と俺はしみじみと感じた。
無事にディズニーに着いた俺たちは、その世界観に没頭した。今日は夜デートということで、より雰囲気のあるシーの方へ来た。
比較的空いているアトラクションを選んで乗りに行ったり、そこらでたくさんの写真を撮ったり、でもやっぱりメインは街並みを散歩しながらの食べ歩き。
元貴もずっと瞳を輝かせて、マスクをしていてもエクボが見えそうなくらいの笑顔だった。
「りょう…フジくん、あっちの方いこ。」
「え、でももうすぐショー始まるよ?」
「いいの、またいつでも見ればいいんだし。」
「うん…。」
元貴に手を引かれるまま、人の群れがショーの場所へと集まる中を逆行し、街並みの入り組んだ奥まで行く。
元貴はキョロキョロと周りを見回し、より人の少ないところを探して彷徨う。
ショーが始まった音がして、人がポツポツとしかいない場所まで辿り着くと、元貴はプハッとマスクを外した。
「大丈夫?息苦しかった?」
俺は小声で元貴に問いかける。
「ううん、普通の写真撮りたかっただけ。ほら、涼ちゃんもとって。」
元貴はニット帽まで外してしまった。俺は慌てたが、周りを見渡すと、それぞれカップルらしき人たちが自分たちの世界に入り込んでいて、誰1人俺らを気にする人などいない。
大丈夫そうかな、と俺も数々の変装グッズを外す。
元貴は嬉しそうに顔を寄せ合ったり、肩に頭を乗せたり、ちょっと抱きついたり、いろんな写真を撮った。元貴が楽しそうで、本当に良かった。俺もすごく楽しい。
「ね、涼ちゃん。」
俺が変装グッズをまた身につけている時に、元貴が小声で俺を呼ぶ。なに?と俺も元貴の話を聞こうと顔を近づける。
元貴が軽くキスをした。俺はびっくりして固まる。元貴はニッと笑って、変装グッズを付け始めた。俺はこの人には敵わないな、と改めて思ってしまった。
元貴の家に帰り着き、疲れた〜、と2人ともソファーにへたり込んだ。変装していても、やっぱりどこかで気は張っていて、なんだかとても疲れた。
俺がソファーに座りながら、やれやれと帽子やら上着やらを脱いでいると、元貴がウィッグニット帽を俺に被せてきた。
「わっ、なに?」
「うん、やっぱり涼ちゃんが似合うよ。」
「そうかなぁ、元貴もすごく可愛かったけどね。」
ウィッグをサラサラと手で触りながら言うと、元貴が俺の前に立ち上がり、ソファーの背もたれに両手をついて俺を追いやる。
「ううん、涼ちゃんが可愛い。」
「そ、そう…ありがとう…。」
俺はドギマギして答える。元貴は口の片端を上げて笑う。
「俺は、可愛いんじゃなくて、カッコいいの。そうでしょ?」
俺の被っているウィッグを手で触りながら、元貴が言った。元貴の瞳に射止められ、俺は動くことが出来ない。元貴から目を離せず、静かに頷くと、元貴は満足そうに笑みを浮かべて、顔を近づける。俺は、元貴の深く優しいキスを受け入れた。
外のデートもいいけど、やっぱり2人の部屋が1番かな、と俺はそんな贅沢な気持ちを噛み締めていた。
コメント
4件
わーーーもうほんとにすきです😭
初コメ失礼します!今更かもですが作者様の作品全部読ませていただきました🥹(どこにコメントさせていただこうか悩みましたがこちらにさせていただきました😅) どのお話もほんとにこんなやり取りがあったんじゃないかなと思うほど口調や行動の表現方法が素晴らしくて感動してます✨これからもいろいろなお話楽しみにしてます❤️ またコメントさせて下さい- ̗̀👏🏻 ̖́‐